身代わりおまけ王子は逃げ出したい

おみなしづき

文字の大きさ
上 下
64 / 94
第三章

少しの変化

しおりを挟む
 テアロが戻って来たのは、お店を閉めて夕方になってからだった。
 時々フラッといなくなる事はたまにあったので、それほど気にしていない。
 テアロにもテアロの事情があるんだとわかっている。

「テアロ、お帰り!」
「ああ……ただいま」

 優しく微笑むテアロが少し元気がないように見えた。

「どうした? 何かあった?」
「何も。先に風呂入るからな」
「わかった」

 テアロは、すぐに風呂場へ向かう。テアロがお風呂に入っている間にご飯を作っていれば、すぐに戻ってきた。
 キッチンにいた俺の隣に立って、作っていた野菜スープをつまみ食いした。

「味付けまだかよ……」
「先に食べるからだろ」

 テアロは、すぐに調味料を取り出して、味付けをしてくれる。
 その間にフライパンで焼いていたお肉が焼けた。

「テアロ、お皿取って」
「はいよ」

 テアロの向こう側にあったお皿をとってくれた。

「お肉いい匂いだな。腹へった……」
「すぐ食べよ」

 一緒に料理する事はたまにあって、二人でキッチンに立つのは慣れたものだ。
 今日も一緒にご飯を食べる。一人じゃないって楽しい。

 風呂に入って寝る時に、テアロはまたドアを開けて待っていた。

「今日も一緒に寝てくれるって事?」
「ああ……」

 テアロの言葉に甘えて部屋に入ってベッドに入った。
 テアロは、すぐにベッドに入ってこなかった。

「テアロ?」

 ベッドの端に腰掛けて、やけに真剣な顔で上から覗き込んで猫を撫でるように俺の髪を撫でる。

「今まで……俺はお前が安心できる場所が作りたくて、お前の喜ぶ顔が見たかった」
「うん」

 テアロの優しさは、よく分かっているつもりだ。

「お前は言ったよな……俺の笑った顔も見たいって……」
「言った……」
「お前は俺がどうしたら喜ぶか知ってるか?」
「え……」

 テアロが喜ぶ顔……たくさんある気がするのに、なんでそんな顔をしていたのかは思い出せない。
 俺は、甘えてばかりだったかもしれない。

「教えてくれるの?」
「俺は、ここでミオと一緒にいる事が嬉しいんだ……」
「俺も、テアロが側にいてくれて嬉しいと思う」
「お前の気持ちと俺の気持ちは違う」

 俺は、テアロと一緒にいれて嬉しい。
 その気持ちとは違うって事か?

「はっきり言わないとわかんないか?」

 よくわからなくて、コクリと頷いた。
 するとテアロは真剣な顔のまま俺の両頬を手で包み込んだ。テアロの顔が一気に近付いた。
 おでこに触れた唇の感触は、とても優しかった。
 手は俺の両頬を包んだままで、至近距離で見つめ合う。見つめ合う事は何度もあった……それなのに、今までのどんな時よりも経験した事がない雰囲気だった。
 テアロから目が離せない。

「これは……好意のキスだ」

 好意のキス……それはつまり……。

「お前の事、すげぇ好き」

 テアロの赤い眼が本気なんだと訴えてくる。
 ドキンと心臓が音を立てて鳴る。

「い、今までそんな事言ったことなかった……」
「今まではさ、それで良かったんだ。でも、今はそうはいかない。これでも焦ってんだよ……返事はいらない。俺の事、意識してもらいたかっただけだ」
「俺、自分の部屋で寝ようかな……」

 隣で寝るなんてできない。
 テアロは、起きあがろうとする俺の肩を掴んだ。

「逃げんなよ。俺に言わなきゃ良かったって後悔させんな」

 そのまま布団に入って俺を胸に抱きしめる。

「だって……寝れない……」

 先ほどと全く違う。気まずいようなこの感じ……。顔が熱い。

「俺はお前の安心できる場所になりたかった……でも、それだけじゃダメだった……」

 テアロは俺のために今までずっとそう思ってくれていたのか……。

「俺を好きになれ。そうすれば、俺はお前の横で笑っていられるからさ。怖がらせたいわけじゃないんだ。この関係を壊したくもない……」
「テアロ……」

 そっと背中を撫でる手は、いつもと同じ優しい手だった。
 俺は、無神経だったかもしれない。いっぱいテアロに甘えてきた。

「俺もテアロの事、好きだ」
「知ってる。でも、それは、俺と同じ気持ちじゃない」

 本当の家族より家族みたいな存在で大好きだ。

「ごめん……」
「だから、意識して欲しかっただけだ。これから好きになればいい」
「好きにならなかったらどうするつもりなの?」

 俺は卑怯なのかもしれない。
 テアロの気持ちに応えられないのに、一緒にいたいと思っている。

「別に何も変わらない」
「そっか」

 俺、ホッとしてる。

「それなら、好きになったら何が変わるの?」
「キスして、エロい事する」
「え!?」

 恥ずかしい事を堂々と言ったな……!

「お前が言う好きと俺が言う好きの違いは、それができるかどうかだろ?」
「確かにそうだけど……」
「していいなら今だってできる」

 何を言い出すのか!

「ダメダメダメダメ!」

 首を横に何度も振る。

「全力で否定すんな」

 いつもの仏頂面だ。

「嫌われたくないんだ。お前がいいって言わなきゃ何もしねぇって」
「うん……」

 その言葉が信じられるのは、普段のテアロが俺の嫌な事はしないからだ。いつだって俺の気持ちを尊重してくれる。

「テアロ……ありがとう」
「何も変わらないさ。お前が少しだけ俺を意識するようになるだけだ。もう寝ろよ」

 やっぱり安心させようとしてくれる。

「おやすみ」
「ああ……おやすみ……」

     ◆◇◆

 朝起きるとテアロはベッドにいない。
 一階に降りるとバターの香りと卵を焼いている音がする。

「おはよう」
「はよ。ミオは飲み物用意しろ」
「はーい」

 テアロの隣に立って食器棚からグラスを取って振り返れば、狭いキッチンで肩が触れ合った。
 視線が絡み合った。やたらと恥ずかしい。
 いつも気にならなかった事にドキリとする。
 不快感はない。これが意識するって事か……。

「ご、ごめん……」

 テアロは、ニヤリと笑った。

「そうやって少しずつ俺の事考えて、いつかは俺の事だけで頭がいっぱいになるといいな」
「ばか……」
「いい感じだ」

 そう言って頭をポンッと触ったテアロに少し照れる。
 俺は、少しずつテアロに惹かれているのかもしれない。
 元々大好きだ。好きになるのはあっという間かもしれない。
しおりを挟む
感想 98

あなたにおすすめの小説

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが…… 想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。 ※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。 更新は不定期です。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

藤枝蕗は逃げている

木村木下
BL
七歳の誕生日を目前に控えたある日、蕗は異世界へ迷い込んでしまった。十五まで生き延びたものの、育ててくれた貴族の家が襲撃され、一人息子である赤ん坊を抱えて逃げることに。なんとか子供を守りつつ王都で暮らしていた。が、守った主人、ローランは年を経るごとに美しくなり、十六で成人を迎えるころには春の女神もかくやという美しさに育ってしまった。しかも、王家から「末姫さまの忘れ形見」と迎えまで来る。 美形王子ローラン×育て親異世界人蕗 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...