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第二章

馬車の中は…… ③

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 今日はもうアスラーゼに着く日だ。
 やっと地獄の時間が終わる……。
 レイジェルと馬車に揺られながら、昨日のフロルの会話を思い出して気まずい。
 それでも、離れられない距離というのは辛いもので、レイジェルは俺の気持ちなんてお構いなしで近付いてくる。

「家族構成は知っているつもりだが確認させてくれ。国王と亡くなった王妃。王太子と第二王子。それから、君の双子の兄がいるんだったな?」
「はい」
「名前は、ミリオン殿下だな?」
「そうです」

 俺なんだけどね……。

「留学していて国にはいないんだろう?」
「はい」

 そういう事になっている。

「そうか。是非会いたかったんだがな」
「そうですね……兄もそう思っていると思います……」

 嘘って苦しいな……。
 下を向いた俺にレイジェルは、笑顔を向けてきた。

「ミリアンナ。アスラーゼに着いたら何をする?」
「レイジェル殿下は何がしたいのですか?」
「そうだな。君と一緒にいたい」

 ニコニコしながらサラリと言ってのけた。
 顔が熱くなる。

「そ、そういう事を気軽に言わないで下さい……」
「言わないと伝わらないだろう? 少しぐらいは、その気になってきてるだろう?」

 俺を女だと勘違いしながら、こんな事を言ってのけるレイジェルに嫌だと思う自分がいる。それがまた嫌だ。
 勘違いするな。男の俺だったら……そもそもそんな事も言ってくれない……。

「なってません。私は結婚出来ないし、したくないんです」
「そう言うな……」

 苦笑いしたレイジェルにズキンと胸が痛む。罪悪感を感じるな、と自分に言い聞かせる。

「レイジェル殿下にはもっと相応しい人がいると思います……」

 俺でなければ誰だっていいんだ──。

 レイジェルは、そこで俺の唇に人差し指を当ててきた。
 ドキンッと胸が鳴った。人差し指の感触をやけに意識して唇が熱い。

「気に入らない事がある」

 レイジェルの人差し指が俺の口を開く事を許してくれない。反論をするなと言われているようだ。

「私は君を選んだ。それ以外は必要ない。それを理解しろ。いい加減不愉快だ」

 そんな事言われても……。

「それから、私を呼ぶ時はレイジェルと呼べ。コルテスもラトも普通に呼んでいるんだ。正式な場以外は、私も呼べ」

 レイジェルは、何を言い出しているんだ!?

「敬称など必要ない。レイジェルだ。呼ばないと次は指ではなく、唇で塞ぐ」

 それって……キスするって事!?
 唇の熱が一気に顔中に広がった。
 何これ……どうすればいいの……?

「わかったのか?」

 コクコクと頷けば、スッと指を離してこちらを見据える。

「それで、私は誰だ?」

 これ、言わないとダメなやつ……。

「レ、レイジェル……」

 戸惑いながらも名前を呼べば、花が咲いたような満面の笑みを向けられて、顔が一気に熱くなった。
 こんな顔を見た事ない……こんな事で喜ぶなんて……。

「君にそう呼ぶ事を許す」

 そう言って笑うレイジェルにドキドキする……。

「レイジェルは……その……どうして私が……好き……なんですか? どう考えてもおかしいです……」

 俺は、レイジェルが好きになってくれるような事をした記憶がない。

「君を好きになるのは、私にとっては当たり前の事だ。私は例え君が何者になっても好きになる自信がある」
「そんなはずはありません……」
「そんな事はない。例えば、君が野良猫になっても美しい毛並みに見惚れて城に連れて帰って甘やかすだろう」
「何ですか、それ」

 猫を可愛がるレイジェルを思い浮かべると少し笑える。

「パン屋になれば、美味しいパンを焼くのは誰だとパンを買いに行き、やはり君を見つける。人魚姫になっても私を助けてくれたのは君だと気付き、泡になって消させはしない。男になっても──変わらずに愛せるよ」

 ドキンッと心臓が跳ねた。優しく笑うレイジェルに本当の自分に言われているのではないかと勘違いしそうになる。
 これは、俺が男だと分かっていない今だからこそ言える事だ……分かっていても胸が熱い。俺は男なんだと打ち明けたい。でも、嫌われたくない……。
 フロル……自分はどうしたらいいのか、俺の方が教えて欲しいんだ……。

     ◆◇◆

 久しぶりに見たアスラーゼはまぁ田舎だった。
 森と畑が広がり、川が流れて鳥が飛ぶ。
 のんびりした雰囲気は、戻ってきたなぁと思えた。
 王都もそこまで盛り上がっているわけではなく、野菜がゴロゴロ売られている。

 城では、父や兄、臣下や使用人が整列してレイジェルを出迎えていた。
 レイジェルに手を取られエスコートされながら、馬車から降りた。
 腕を差し出されたので、仕方なくその腕に掴まる。
 戻る事はなかったと思われる城に足を踏み入れる。

 出迎えた国王は、ヘコヘコと胡麻ごまをするような態度でレイジェルに話しかけてきた。

「レイジェル殿下……こんな田舎に来て頂けるなんてありがとうございます」

 汗ダラダラで水分大丈夫かな。
 拭いているハンカチがびっちょびちょ。

「ミリアンナはご迷惑をお掛けしてませんか?」
「とんでもない。私の癒しだ」

 そう言って笑顔を向けられた。
 家族の前でやめてほしい。

「レイジェル殿下は、妹を選ぶなんて見る目がありますね」

 アウミールは、嘲笑っているのだとわかる。
 レイジェルを、男を選ぶ見る目のない王太子だと言っている気がした。
 俺への嫌味でもあるんだろう。

「殿下はなぜ妹をお選びに?」

 マーリスの言葉にレイジェルは笑顔のまま答える。

「一緒に過ごしている家族なら、なぜ選んだのかわかるはずだ」
「そう……ですね」

 一緒になんて過ごしてないから言葉に詰まるんだ。
 そして、俺には一言も声をかけない。
 そうだったな……この人たちは、こういう感じだった。

「そ、それでは、滞在するお部屋にご案内します」
「わかった」
「ミリアンナは、家族水いらずで話がありますのでこちらに──」

 そのまま連れてかれそうになったのをレイジェルが遮った。
 腕を組んでいた手を握られた。

「案内はミリアンナも一緒がいい。でなければ、他に宿を取ってもいい」
「い、いえいえ! それでは、こちらにどうぞ」

 ニコニコするレイジェルに、誰も逆らえなかった。
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