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第一章

昔の記憶 ② レイジェル視点

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 ミオとテアロは、とても仲が良かった。
 ミオはテアロを頼りにしていたし、テアロはミオを大事にしていた。
 笑い合う二人に少し妬けたのは、私がミオを好いているのだとすぐにわかった。
 相手はまだ幼さの残る、それも男──。
 それでも、一目惚れという感覚が嬉しくて、ミオを見つめる時間が増えていた。だから、わかってしまった。テアロも同じ瞳でミオを見ていた。

 この小屋は、二人の仕事の為に使っているだけのものらしい。
 服を染めるのに使う草や花を森の中で探すらしい。私が流された川で水を汲んで服を染めたりするのだそうだ。

 ミオが来るのは、昼から夕方にかけての間だった。
 野菜は町で買ってきて、魚は川から取ってくるらしい。

「テアロめ……」

 ボソリと呟く。
 包帯も薬も布団の脇に置いてあるだけで、自分でやれと言われた。
 どうにか身体を起こして包帯を交換しようと四苦八苦していれば、ミオが近寄ってきた。

「レイ、手伝ってあげる」

 テアロとの約束もあって、レイジェルとは名乗れなかった。
 その代わりに愛称を名乗ったのは、ミオに呼んで欲しかったからかもしれない。
 ミオが傷口に薬を塗ってくれる。

「痛そうだな……」
「それほど痛くはない」

 そっと触られるだけなのは、私を気遣っているからだとわかる。
 ミオを見ていると胸がほわほわとしてくる。頭を撫でてやりたくなってきた。

「それなら俺がやってやるよ──」

 私たちの事を見ていたテアロは、急にそんな事を言ってきた。
 テアロは、ミオから薬を奪った。

「ミオは向こうへ行け」
「テアロがするなら、最初からやってあげれば良かったのに」

 ため息混じりに言いながらミオがいなくなると、テアロは本性を現す。
 薬はグイッと傷口に塗られて激痛が走ったし、包帯はギュウギュウ締められた。

「わ、私が何かしたのか……?」
「こんなのは自分でやれ」

 もしかして、ミオが私に触れた事を怒っているのか……。
 なんて心の狭いやつだ……。
 テアロは、ミオを極力私に近付けなかった。

     ◆◇◆

 そんなある日、身体を休めている所に歌が聞こえて目が覚めた。
 キラキラと夜空の星が舞っているかのような旋律が耳に届いてきた。
 か細い声で歌っているのは──ミオ?
 透き通るような声は、私の鼓膜どころか脳まで届くようで、それでいてどこか悲しげだった。
 歌で胸がキュッと絞られるような気持ちになったのは初めてだ。
 昼間なのに、星が煌めくような声で歌が聞こえる。

「♪お~花、お~花、君は可愛い赤い花~あんたはクールな青い花~べ~んべ~んべん~」

 星みたいなキラキラした声でおかしな花の歌を歌っている……笑いそうになる。

 どうしても気になって身体を起こせば、ミオは歌いながらテーブルの上で取ってきた花を仕分けしていた。
 銀色の髪が窓から差し込む陽の光に照らされて輝き、神秘的に見えた。
 放っておいたら消えてしまいそうな雰囲気がやはり天使みたいだと思った。
 花がとんでもなく似合う。可愛いな……。
 私に気付いたミオは、ピタリと歌を止めてしまった。

「レイ、起こしちゃった?」
「歌……」
「聴かせるつもりはなかったんだ。テアロが下手くそだから人前で歌うなって言ってたのに──ごめんね」

 それは違うと言いかけてやめた。
 テアロは、ミオを独り占めしたいんだ。子供みたいな独占欲だ。

「テアロには内緒ね」
「わかった」

 二人きりの秘密はとても甘美だった。
 脇腹が痛んでも歩けるようにはなった。ミオの所まで歩いて行く。

「隣いいか?」
「どうぞ」

 ミオの座っていた椅子の隣に腰掛けた。
 腕と腕が軽く触れ合う距離が嬉しかった。
 人が近くにいて胸がドキドキするという感覚が初めてでとても新鮮だった。

「毎日来てるが、家の人は平気なのか?」
「全然気付かないから大丈夫」

 ミオは、花を仕分けしながらクスクスと笑う。

「気付かない……とは?」
「俺は、いてもいなくても同じだから──」

 ミオの苦笑いに胸が苦しくなった。
 それは、家ではあまり必要とされていないのだと言ってるみたいだった。
 私はたった一人の王太子として、表立って私をないがしろにするような人はいない。
 ミオの気持ちを理解しようとしても無理だろう。それでも、知りたかった。
 ミオの事をもっと知りたい──。

「家族とうまくいっていないのか?」
「うまくいってないわけじゃない」

 そう言いながら微笑んだ。
 なぜだか胸の奥がギュッとなる。

「レイは、家に帰るんでしょ?」
「ああ。みんな私を捜しているだろう」
「そっか……待っていてくれる人がいるっていいね」

 ミオは、儚く笑ったんだ──。

 ミオが、どういう環境にいるのかはわからないが、良いとは言えないんだろう。
 そんなところではなく、私がミオの側に居たいと思ってしまった。
 抱きしめたい衝動を必死で我慢する。テアロが私を許さない。

「ミオには……テアロがいるだろ?」

 ミオは、あははと笑う。

「テアロが一緒にいてくれたら嬉しいけど……テアロは、いつかは国に帰るんだと思う。自由な人だから、フラッといなくなって何日も帰らない事もあるし。それに文句ばっかりなんだよ」

 そんな事を言いながら笑うミオにテアロの気持ちは一ミリも届いていないのだとわかる。
 テアロは不器用なのかもしれない。不憫に思えて笑ってしまう。
 それを良かったと思う自分がいる。私は、結構な性悪らしい。
 ミオがテアロをなんとも思っていないなら、私が遠慮する必要はない。

「ミオ、私は帰るが──」
「ストップ。それ以上何も言うな」

 会話の途中で遮られた。私たちの背後から鋭くこちらを睨んでいたのはテアロだった。
 いたのか……。なんてタイミングが悪い……。
 テアロは『一緒に来ないか?』と言わせてくれなかった。

「ミオ、レイはすぐに帰るそうだ」
「待っている人がいるんだもんね」
「もう歩けるようになった。明日には帰るよな? レイ」

 テアロは、帰れと圧力をかけてくる。
 私にはラトも団員たちもいて、今も捜しているはずだ。

「──帰る」
「そっか……」

 そんな風に寂しそうに笑うな──ミオにそう言えたら良かった。

     ◆◇◆

 翌朝、テアロに叩き起こされた。
 一国の王太子を足蹴にした……しかも怪我してるところをだ……。
 どれだけ私が嫌いなんだ……。

「ミオが来る前に黙って出てけ。川上を歩いていけば、あんたの騎士団がいるはずだ」

 目が据わっている。
 テアロはミオをどうするつもりなのか。

「君はミオと一緒にいてあげられないのだろう?」
「俺には俺の都合がある。あんたに関係ないだろ」

 なるほど。テアロにも複雑な事情がありそうだ。

「お別れぐらい……」
「言えると思うな。ミオの記憶に残らないようにあっさりと出てけ」

 ずっと思っていた。ミオに関してなんて心の狭いやつだ!
 それでも、助けてくれたのはテアロだ。テアロには恩がある。だから従った。

 こんな別れ方をしてしまったせいなのか、いつまで経ってもミオの事を忘れる事はできなかった。
 実らなかった初恋というものは怖い。十年近く経った今も会えないかと女々しく思う。
 ミオは男だったというのに、こんなにも気になってしまっている。
 大人になった今でも、彼のように心を動かされる人に出会えた事はなかった。誰と出会っても、彼以外に興味が湧かなかった。

 会いたい……。

 私はただミオに会いたかった。

 ミオは今どうしているのだろうか?
 もう結婚してしまっただろうか……。
 そんな風に思うのはいつもの事だった。

 そんな私が新たに惹かれる相手ができるなんて思ってもいなかった。
 だから、この結婚は義務だけのものだと割り切ったつもりだった。

 ミリアンナは、彼に似ている気がする。
 ミリアンナの歌を誰にも聴かせたくないと思った時の独占欲は、テアロと同じだったようだ。テアロの気持ちがわかった気がする。
 心のどこかで、やはり彼の面影を探していたのかもしれない。
 それでも、結婚に前向きに考えられる相手ができたのは喜ばしいと思った。
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