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第一章
第四審査
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すぐに来てくれた護衛はカインと名乗った。
「よろしくお願いします……」
濃紺の髪色をしたカインは、あまり表情の変わらない人だった。
必要以上に喋らないし、凛々しい。
カッコいいドーベルマンみたいだ。
「ミリアンナ様……ファン……です……」
ボソリと呟いて、ほんのり顔を赤くした。
うん? よくわからないので笑顔で首を傾げておく。
喜んでる……?
基本的に扉の前で待機して部屋を守ってくれていた。
第四審査は次の日だった……。
ドレスないけど、まぁいっか。
そもそも俺は戻ってくるつもりはなかったし、選ばれたくないとはっきり言ったし、今度こそ国に帰してほしい。
俺が戻って来た事で、王女達は驚きを隠せなかったようだ。
集まった大広間で嫌味を言われた。
「なんて図太いの。出て行けと言われたのになんでいるのかしら? それに、その格好……何も変わってないじゃない」
イリーナははっきり言うので、笑顔でニコニコと誤魔化す。
その出て行けと言ったご本人が迎えに来たんですよ……。
俺自身にもなぜここにいるのかわからなくなってきている。
「あれだけやっておいて、戻って来れるなんてすごいわ。もう才能よ」
シェリーは、俺に感心してしまっている。
そっちの方がなんかやるせない。
「あなた、そのドレスしかないのによく顔を出せたわね」
カーラはクスクスと俺を嘲笑う。
仕方ないじゃないかと思ってから気付く。
──ちょっと待て。今、なんて?
カーラが俺のドレスがない事をなぜ知っているのか──。
俺はドレスがないなんて誰にも言っていない。他の審査で着たものも持っていると思うのが普通だ。ドレスがない事を知っているのは、フロル達以外にはクローゼットを開けたその犯人だけだろう。
犯人はカーラ──か……。
嘲笑う顔がものすごく極悪に見えてきた……。
背景を紫色に染めておーほっほっと高笑いする悪魔みたいだ。悪魔の角と羽根と尻尾も見える気がする……。
訴えた所でどうする事もできないけれど、用心はした方が良さそうだ。
「私はライバルがいなくなって喜ぶべきなのに、あなたが戻って来て嬉しいの。複雑だわ」
フェリシャは俺に向かって微笑んでくれた。
そのうちにレイジェル達が室内に入ってきた。
俺を見て微笑んだ気がするのは、きっと気のせいだろう。
それぞれが席に着いた。
それを見計らって前に出て来たのはマレクだ。
「第四審査は──ヴァイオリンの演奏です。前に来て演奏して下さい」
俺は楽器なんて弾いた事がない。
教育係さんはそこまで考えが及ばなかったみたいだ。
ダンスより楽器やっといた方が良かったんじゃないだろうか。
特にヴァイオリンなんて無理じゃないか?
今度こそきっちり落とされるだろう。
構え方すら見よう見まねでしか覚えていない……。
このままヘタクソに演奏すれば、確実に落とされるからまぁいっか。
考えても無駄な気がして諦めて、窓の外へ目を向けた。
あ、雲が猫みたいな形してる……もう一匹が来て追っかけっこして……くっついた……あはは、君たち結局仲が良いんだね。
現実逃避ってこうやるんだよね……。
「では、イリーナ殿下。よろしくお願いします」
「はい」
イリーナは、普段偉そうにしているだけあって、とても綺麗な演奏をした。英才教育を受けたんだろうな。
シェリーも驚くほどの腕前だった。人魚姫が歌ってるみたいな音色に痺れる。
フェリシャもすごかった。外だったら飛んでいる小鳥がみんな集まってきてチュンチュン言いそうな場面が思い浮かぶ。
そして、何よりも驚いたのはカーラだった。上手だ。深みのある豊かな音がカーラのヴァイオリンから聞こえる。
王女ってみんなヴァイオリン弾けるんだ……知らなかった……。
「では、ミリアンナ殿下どうぞ」
仕方がないので、俺のどうしようもない音を聞かせてやろうと立ち上がった。
カーラが俺にヴァイオリンを渡してきた。
ヴァイオリンに細工とかしてないだろうな……と考えながら、前に出ようと足を出した瞬間にドレスの裾を踏まれて前のめりに倒れ込んでしまった。
その瞬間にバキッと音を立てたヴァイオリン。
前のめりに倒れた事で、反射的に手を前に出してしまってヴァイオリンを地面に叩きつけたようだ。見ればネックの部分がポッキリと……一気に青ざめた。
お、お、お、折れたぁぁぁぁぁ!
ど、ど、どうしよう! これいくらすんの!? べ、弁償とかないよな!?
冷や汗ダラダラで硬直していた。
高いやつだったらどうしよう……。
考え事しながら歩いちゃダメだった……。
「あら? 大丈夫?」
そう言いながら手を差し出してきて笑ったカーラに恐怖する。
なんて女だ……。
俺が勝手にすっ転んだ事になっているらしい。
カーラ……お前は俺に何の恨みがあるのか……。
仕方なくその手を取って立ち上がる。
「ありがとう……ございマスゥ……」
顔面がヒクヒクと引きつる。
「楽器もまともに扱えないなんて、田舎王女はどうしようもないわね」
そう俺だけに囁きながら席に戻っていく。
折れたヴァイオリンを見つめる。
どうせ弾けなかったし、まぁいっか。やっちゃったものは仕方ない。
ため息をつきながらそのままみんなの前に立った。
「よろしくお願いします……」
濃紺の髪色をしたカインは、あまり表情の変わらない人だった。
必要以上に喋らないし、凛々しい。
カッコいいドーベルマンみたいだ。
「ミリアンナ様……ファン……です……」
ボソリと呟いて、ほんのり顔を赤くした。
うん? よくわからないので笑顔で首を傾げておく。
喜んでる……?
基本的に扉の前で待機して部屋を守ってくれていた。
第四審査は次の日だった……。
ドレスないけど、まぁいっか。
そもそも俺は戻ってくるつもりはなかったし、選ばれたくないとはっきり言ったし、今度こそ国に帰してほしい。
俺が戻って来た事で、王女達は驚きを隠せなかったようだ。
集まった大広間で嫌味を言われた。
「なんて図太いの。出て行けと言われたのになんでいるのかしら? それに、その格好……何も変わってないじゃない」
イリーナははっきり言うので、笑顔でニコニコと誤魔化す。
その出て行けと言ったご本人が迎えに来たんですよ……。
俺自身にもなぜここにいるのかわからなくなってきている。
「あれだけやっておいて、戻って来れるなんてすごいわ。もう才能よ」
シェリーは、俺に感心してしまっている。
そっちの方がなんかやるせない。
「あなた、そのドレスしかないのによく顔を出せたわね」
カーラはクスクスと俺を嘲笑う。
仕方ないじゃないかと思ってから気付く。
──ちょっと待て。今、なんて?
カーラが俺のドレスがない事をなぜ知っているのか──。
俺はドレスがないなんて誰にも言っていない。他の審査で着たものも持っていると思うのが普通だ。ドレスがない事を知っているのは、フロル達以外にはクローゼットを開けたその犯人だけだろう。
犯人はカーラ──か……。
嘲笑う顔がものすごく極悪に見えてきた……。
背景を紫色に染めておーほっほっと高笑いする悪魔みたいだ。悪魔の角と羽根と尻尾も見える気がする……。
訴えた所でどうする事もできないけれど、用心はした方が良さそうだ。
「私はライバルがいなくなって喜ぶべきなのに、あなたが戻って来て嬉しいの。複雑だわ」
フェリシャは俺に向かって微笑んでくれた。
そのうちにレイジェル達が室内に入ってきた。
俺を見て微笑んだ気がするのは、きっと気のせいだろう。
それぞれが席に着いた。
それを見計らって前に出て来たのはマレクだ。
「第四審査は──ヴァイオリンの演奏です。前に来て演奏して下さい」
俺は楽器なんて弾いた事がない。
教育係さんはそこまで考えが及ばなかったみたいだ。
ダンスより楽器やっといた方が良かったんじゃないだろうか。
特にヴァイオリンなんて無理じゃないか?
今度こそきっちり落とされるだろう。
構え方すら見よう見まねでしか覚えていない……。
このままヘタクソに演奏すれば、確実に落とされるからまぁいっか。
考えても無駄な気がして諦めて、窓の外へ目を向けた。
あ、雲が猫みたいな形してる……もう一匹が来て追っかけっこして……くっついた……あはは、君たち結局仲が良いんだね。
現実逃避ってこうやるんだよね……。
「では、イリーナ殿下。よろしくお願いします」
「はい」
イリーナは、普段偉そうにしているだけあって、とても綺麗な演奏をした。英才教育を受けたんだろうな。
シェリーも驚くほどの腕前だった。人魚姫が歌ってるみたいな音色に痺れる。
フェリシャもすごかった。外だったら飛んでいる小鳥がみんな集まってきてチュンチュン言いそうな場面が思い浮かぶ。
そして、何よりも驚いたのはカーラだった。上手だ。深みのある豊かな音がカーラのヴァイオリンから聞こえる。
王女ってみんなヴァイオリン弾けるんだ……知らなかった……。
「では、ミリアンナ殿下どうぞ」
仕方がないので、俺のどうしようもない音を聞かせてやろうと立ち上がった。
カーラが俺にヴァイオリンを渡してきた。
ヴァイオリンに細工とかしてないだろうな……と考えながら、前に出ようと足を出した瞬間にドレスの裾を踏まれて前のめりに倒れ込んでしまった。
その瞬間にバキッと音を立てたヴァイオリン。
前のめりに倒れた事で、反射的に手を前に出してしまってヴァイオリンを地面に叩きつけたようだ。見ればネックの部分がポッキリと……一気に青ざめた。
お、お、お、折れたぁぁぁぁぁ!
ど、ど、どうしよう! これいくらすんの!? べ、弁償とかないよな!?
冷や汗ダラダラで硬直していた。
高いやつだったらどうしよう……。
考え事しながら歩いちゃダメだった……。
「あら? 大丈夫?」
そう言いながら手を差し出してきて笑ったカーラに恐怖する。
なんて女だ……。
俺が勝手にすっ転んだ事になっているらしい。
カーラ……お前は俺に何の恨みがあるのか……。
仕方なくその手を取って立ち上がる。
「ありがとう……ございマスゥ……」
顔面がヒクヒクと引きつる。
「楽器もまともに扱えないなんて、田舎王女はどうしようもないわね」
そう俺だけに囁きながら席に戻っていく。
折れたヴァイオリンを見つめる。
どうせ弾けなかったし、まぁいっか。やっちゃったものは仕方ない。
ため息をつきながらそのままみんなの前に立った。
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