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第一章

逃げる算段を

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 あまりの出来事に、部屋までどうやって帰ってきたのかもわからない。
 どうしてもフロルと二人きりで話したいのだと、ロッシには部屋の外で待ってもらった。
 フロルは、真っ青な顔をして戻ってきた俺に紅茶を出した。ゆっくりと俺の話を聞き出したフロルは、フラリと倒れそうになってどうにか踏ん張った。

「あなたはバカですね!」

 また怒鳴られた。しかも言い方が微妙に酷くなっている。
 そんな風に言わなくても自分がバカだって自覚している。

「こんな事になるなんて思うわけないだろ!」

 俺は出来るだけ審査で選ばれない為に頑張った。
 誰が選ばれるなんて思うんだ……。

 頭を抱えて悩む。
 フロルは俺を見つめて真剣な表情を向けた。

「逃げましょう──」
「でも! 逃げて平気なのか……?」
「穏便に逃げましょう!」

 堂々と言ってのけるフロルに唖然としながらも、徐々に俺も気力を取り戻してくる。

「どうやって?」
「それを今から考えるんです! 婚約者として城に移ってしまったら、それこそ逃げ場が無くなります」
「この屋敷にいる間に逃げるとして……レイジェルを怒らせずに逃げるって難しくないか……?」
「ならば、ミリアンナ様は、王太子妃として嫁ぐつもりですか?」

 絶対無理だ──。
 俺が女だったら子供だって産めるし、結婚だって普通にできたはずだ。
 けれど、俺はどう頑張っても女にはなれない。
 俺を選んだレイジェルに申し訳ない。

「ミリアンナ様を選んだぐらいです。多少は怒っても、大した罰にはならない……と、いいですね」

 何だその言い方は……。
 俺の得意技の遠い目をするな。

「手紙書いて置いとく? 俺には勿体ない話だって」
「そうですね……それが良いかもしれません」
「あとさ、他の王女達にまだ帰らないでくださいってお願いしておくとか? 俺が結婚できないんだから他の人見つけないとだろ?」
「そうですね……ダメ元でやってみましょう」

 そして、やってきたイリーナの部屋。
 話があると言えば、嫌々ながらも部屋に入れてくれた。
 高そうな調度品がいくつか目についた。
 居心地良くするために自分で色々と揃えたんだろう。俺の部屋とは大違いだ。

「私はどうしても結婚出来ない理由がありまして……」
「馬鹿にしていらっしゃるの? 選ばれたのはあなたなのよ。わたくしはあなたの代わりになるつもりはありません」

 それはそうだよなぁ……。

「すみませんでした。他の方にお願いしてみます」

 イリーナは、プライドの高い人だ。なんとなくその返答だとわかっていた。
 俺の代わりなんて嫌なんだろう。
 フロルもそうなると思っていたらしい。
 カーラとフェリシャには、頼める気がしない。
 カーラはレイジェルに怯えっぱなしだったし、フェリシャは国に好きな人がいる。

 フェリシャ……どうするんだろう……。

 気になってしまってフェリシャを訪ねてみた。
 フェリシャは、快く部屋に入れてくれた。

「私のことを心配してくださったのでしょう?」

 見透かされて苦笑いする。

「私は、国に帰って新たな男性と婚約するでしょう。テレフベニアの審査に最後まで残っただけでも箔がつくの。結婚して欲しいと言ってくる男性は沢山いるわ」
「そんな……」
「一度婚約を解消しているの。リベラートは……待っているはずがないもの……」

 フェリシャは、寂しそうに瞳を伏せた。
 思わずガシッとその手を両手で握った。
 びっくりして顔を上げたフェリシャと視線を合わす。

「も、もしも! もしも……リベラート様が、フェリシャ殿下を待っていたら……必ずその気持ちに応えてあげて下さい。今度こそ絶対に、その手を放してはダメです。私が誰にも邪魔させませんから!」

 俺が何かできるわけでもないけれど、フェリシャには自信をつけて欲しかった。
 フェリシャは、びっくりした顔のままでいたけれど、楽しそうにクスクスと笑った。

「不思議ね。あなたにそのように言われたら、なんだか少し気持ちが軽くなったわ。ミリアンナ殿下がそこまで仰るなら、そうしますわ」
「絶対ですよ!」
「約束しましょう」

 優しく微笑むフェリシャに笑顔を返した。
 フェリシャとは、国に帰っても手紙のやり取りをしようと言って別れた。

 次に行ったのは、シェリーの部屋だ。
 シェリーもニコニコしながら部屋に入れてくれた。
 見事にラブリーに飾られた内装に同じ間取りだったのかと疑いたくなる。
 視界がピンクだ……。

「ふふっ。あなたやるわねぇ~。完全にノーマークだったわぁ。でも、前の前のドレスも可愛かったけど、あのドレスを着たあなたを見た時から、私と同じくらい可愛いって思ってたのよぉ。あのドレスはどうしたの? もうあのドレスは着ないのかしら?」

 シェリーは、可愛いものが大好きらしい。
 カーラとのやり取りだけでは、俺のドレスの話だったのだとわからなかったみたいだ。

「あれは……着れなくなってしまって……」
「まぁ。勿体無いわぁ。それなら、私からあなたに可愛いドレスを贈るわ。王太子妃になったって、女は可愛くいなくちゃダメよぉ」

 女じゃないけどね……。

「私の事、目障りじゃないんですか?」

 普通に考えて目障りだと思う。
 シェリーは、ブハッと吹き出した。
 王女だけれど、気さくに笑う可愛らしい人だった。

「とんでもない。私は私を選ばない男に興味はないの。確かにレイジェル殿下は、大陸一の優良物件で、結婚できれば贅沢できるし威張れるけれど、ただそれだけよ。レイジェル殿下は癖があってそれはそれで苦労しそうだと思うの。こういう時のために、何人か相手は見繕ってるのよ。過去の男に未練はないわ。次よ、次」

 次から次へと花を飛び回る蝶みたいだ。

「レイジェル殿下の事はもういいんですか?」
「ええ。私は、今度こそ次の国の王太子妃になるわ」
「私がいなくなるからここに残ってもらう事は……」
「何言ってるのよぉ。私はもう次の国へ行く手配が済んでいるの。邪魔しないでね」
「は、はい……」

 なんて切り替えの早い人なんだ……。

「あなたとは仲良くやっていける気がするの。また会いましょうね」

 そう言ってヒラヒラ手を振るシェリーに完敗した気分だった。
 シェリーは、かなり逞しかった。

 部屋に戻ってくる途中でカーラに会った。
 俺の顔を見た瞬間に部屋に入って鍵を閉められた。
 俺は怪物か何かか……。
 フロルと目を合わせてやれやれと首を振った。

     ◆◇◆

 夜中にこっそりと起き出して、フロルとヒソヒソと小声で話す。

「王女の方々には、この際期待せず、我々でどうにかしましょう」
「って言っても手紙書くぐらいしか思い浮かばないけどな……」

 フロルも俺と一緒にため息をついた。

「そうですね……手紙を書きましょうか。それを置いて、明日の朝にはここを発ちましょう」
「そうだな……」

 机に向かって、用紙とペンを取り出す。

「まずは……お礼の気持ち……だよな」
「穏便に、ですよ」

 その日の夜は、俺のう~んと悩む声が密かに響いていた。
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