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第一章

追う ① レイジェル視点

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 大広間に入った時からミリアンナのドレスが自分の贈ったものではないとわかっていた。
 何を着ようが本人の自由だ。そう思いながら、席に着いた。だが、どうしても気になってしまった。
 私の贈ったドレスをどうして着ていないのか……。
 ミリアンナが私のドレスを着ていなかった事にかなりのショックを受けていた。
 そんな自分にも驚いていた。
 マレクを止めて、ミリアンナの前に行った。

 あのドレスを見て、ミリアンナは確かに喜んでいたはずだ。
 私も、第三審査の結果発表の時に、ミリアンナがあのドレスを着ているのを見て嬉しかった。
 ラトに揶揄われても悪い気はしなかった。
 あんな風に胸を高鳴らせたのは、初恋の時以来だった。
 ミリアンナは、初恋の相手に似ている。けれど、それだけじゃない。

 今もそうだ。目の前の彼女に胸が高鳴る。
 その分、ドレスを着ていない事に落胆している。

「──この前のドレスはどうした?」

 私はこんなにも低く冷たい声が出るのか……。
 ミリアンナは、私から視線を逸らした。

「この前着たので……今回は……このままで……」

 私のドレスが気に入らなかったのか?
 あんなにも喜んでいたのに、もう着ないのか?

「そんな見窄みすぼらしい格好でか?」

 そんな言葉しか出て来なかった。自分の気持ちを踏みにじられた気がして、思い切り傷付けてやりたかった。
 自分がこんな風になるなんて思ってもいなかった。

 どうして着ていないのかと考えて一つの結論に思い至る。
 
「君は──のか?」

 そんな事をされたら、私の妃になりたくないのではないかと思えた。
 では、私は? こんなにも苦しいのは、ミリアンナに私の妃になって欲しいと思っていたからなのか?

「はい──選ばれたくありません」

 真っ直ぐ私を見るミリアンナは、迷いなんてない瞳だった。
 胸の奥がキリキリと痛い──こんな気持ちを味わったのは初めてだ。
 拒絶されるなんて思ってもいなかった。
 誰もが私に選ばれたいんだと思っていた。
 ミリアンナですらそうなのだと私は自惚れていたんだろう。
 自分の感情を上手くコントロールできなかった。

「──出て行けっ!」

 目の前にいるミリアンナが私を拒絶した事と自分の勘違いが腹立たしい。
 思わず叫んだ私の声に、誰もが慄いていて動けないでいた。
 そんな中で、ミリアンナだけが颯爽と歩いて大広間を出て行った。一度も私を見なかった。その背中だけを見送った。

 シーンと静まり返った室内で、口を開いたのは父上だった。

「今日は解散だ──」

 誰も逆らえない王者としての風格が見えた気がする。
 この一言でこの場はもう切り上げだ。
 マレクが頭を下げる。

「では、今日の審査は中止とします」

 それを合図にそれぞれが大広間を出ていく。

 ロッシが慌てて広間を出て行こうとした。それをめざとく見つけたラトが、捕まえて私の所へと連れて来た。
 今は誰とも話したい気分じゃない。
 冷めた瞳でラトとロッシを見つめていた。

「なんだ?」
「なんだじゃないですよ。レイジェル様は、ロッシの話が聞けないほど追い詰められたんですか?」

 ラトは、おどけた調子でもその目は真剣だった。ちゃんと話を聞けと言われているみたいだ。
 私が追い詰められているだって?
 ラトは私より私の事がわかるような事を言う。それが大概たいがい正解なのが腹が立つ。

 プイッとそっぽを向いてもラトはお構いなしだった。

「ロッシ。ミリアンナ様に何があったのか教えろ」

 まるで何かあったかのようなラトの言い方に疑問に思う。

「何があったかなんて、私のドレスが気に入らなかっただけだろう」
「レイジェル様はミリアンナ様がドレスを着てなかったショックでおバカになったんですか?」

 こ、こいつは……。

「俺にはミリアンナ様が人の気持ちを踏みにじる人には見えませんけどね。何かあったとしか考えられません」

 ラトの言葉に考え込む。

「それなら、選ばれたくないと言ったのは……」
「それは本音かもですね。レイジェル様酷いこと言ってましたもん。いくらドレス着てなくてショックだったからってあれはないでしょう。その上怒鳴られて、ミリアンナ様可哀想だったなぁ」

 本当にこいつは……。

「で? 話を聞ける余裕は出ました?」

 ラトにチクチクと責められて段々と冷静になってくる。自分の行いが悪かったのだと思わせられる。
 何かあるなら話を聞くべきだ。

「ロッシ。知っている事があるなら話せ」
「え……で、でも……」

 ロッシの視線があちこちに忙しなく動き回る。何か知っているのは確実だ。

「なぜドレスを着ていなかったんだ?」

 ラトが問いかけた。

「そ、それは……教えられません……」

 ロッシは、嘘がつけない。知らないではなく、教えられないと言った。口止めされているんだとわかる。
 それが何か知りたかった。
 ロッシを厳しい瞳で見つめた。

「──では、お前をミリアンナ殿下の護衛から外す」

 冷めた声で言えば、ロッシが青ざめる。

「そんな! 今お側を離れたら何があるか……!」
「だから話せって言ってんだ!」

 ラトがロッシに睨みを効かせて詰め寄った。そのラトの横に並ぶ。

「ロッシ。お前の従うべき主人は誰だ?」

 静かに言って聞かせれば、ロッシはギュッと拳を握って目を瞑ってから片膝を着いて私達に真剣な顔を向けた。

「ミリアンナ様は、何者かに部屋に侵入され、ドレスを着れないように切り裂かれてしまいました」

 ロッシから聞いた言葉は、私を驚かせるのに充分だった。
 あのドレスが……切り裂かれてもう着れない?
 着なかったのでなく、着れなかった?

「なぜすぐに言わなかったんだ!」

 呆然とする私の代わりにラトがロッシに問いかけた。

「あの屋敷に侵入できて、そんな事ができるのは、王女の誰かしかいないからです。どこかの国の王女とテレフベニアが揉める事をミリアンナ様は望んでいません。向けられた敵意はテレフベニアではなく、ミリアンナ様自身にあり、その事にテレフベニアのレイジェル様が介入するのはおかしいのだと言っていました」
「ミリアンナ様の国はアスラーゼだぞ! そんな弱小国家じゃ、ミリアンナ様の泣き寝入りって事になるじゃないか!」

 ラトの言葉にロッシはコクリと頷く。

「それを承知で、何も言わなかったんです」

 なんて王女だ。加害者の王女を守るなんて……。

「それに……ミリアンナ様は、レイジェル様がドレスを破かれたと知ったら悲しまれると思ったんです……」
「ミリアンナ様も甘いな。レイジェル様は、悲しむというよりは怒り狂う」

 ラトの言う通りだろう。私の贈ったドレスをそんな風にした犯人を見つけ出して、追い詰めて手足をもいでやりたいぐらいには怒っている。

 彼女は、どこまでも優しい人だった──。
 私は、自分の事しか考えていなかった。
 ロッシにすぐに報告を受けていたら、きっと加害者の王女を許しはしなかった。
 その事で国同士が揉めても私は一向に構わなかった。更には、ミリアンナが心を痛めるなんて思いもしないんだろう。

 私は、彼女の内面を知っていたはずだった。王女とは思えない言葉と荒れた手は、彼女自身の内面だ。

 ミリアンナに向けて言った言葉の数々を思い出して後悔する。
 ミリアンナにあんな風に言ってしまった自分を責める。

『そんな見窄みすぼらしい格好でか?』

 なんでそんな事が言えたのか……。

『──出て行けっ!』

 感情に任せて私は彼女を傷付けた……。
 私はなんて事を……。
 後悔は意味がない。居ても立っても居られなかった。

「彼女の所へ行く」

 そう決意すれば、ラトとロッシが顔を見合わせた。

「「はい!」」

 笑顔で付いてくる二人に、なんだか吹っ切れた気分だった。
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