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第一章

第二審査の裏側 ラト視点

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 次々に呼ばれた王女は、得意げに出題の答えを述べた。
 この質問に正解はない。王女の人となりを見るためのものだ。

「わたくしでしたら、食べ物を分け与えますわ」

 イリーナ殿下は、王女らしい答えを述べた。

「では、その食べ物も尽きてしまったら?」
「わたくしのドレスを売ります」

 レイジェルの質問にすかさず答えていく。

「それも尽きたら?」
「そうね……宝石を売ろうかしら?」

 実に王女らしい。だが、自分の物を差し出しても民を救おうとする精神は好感が持てると言うべきか……。
 食物がなくなれば、食物は高騰する。逆にドレスや宝石なんて価値はなくなるだろう。王女の私財を投げ打っても、救える民なんてごく僅か。そもそも売るはずの食べ物ですら無くなると考えないのだろうか。そこまで頭が回らないらしい。
 王女は、毎日お腹いっぱい食べている。そこまで食べ物が無くなるという考え自体があまりできないんだ。

「わかった。ありがとう」

 レイジェルがお礼を言った事で、手応えがあったと思ったのか自信たっぷりで部屋を出て行った。

 その後の王女達も似たようなものだった。これは、甲乙付け難い。
 時々されるレイジェル達の話し合いで、似たような答えを言ったみんなを残すことにしたようだ。

 一番最後に呼ばれたミリアンナ様は、誰もが目を引くドレスに身を包んでいた。
 アスラーゼの特産品なのか、特にロレーナ王妃は興味津々で見ている様子だった。

「考えるだけ無駄ですわ」

 レイジェルの質問にそう答えたミリアンナ様にみんなの注目が集まる。
 今までの王女とは違う答えだった。
 レイジェルも次々に質問する姿にミリアンナ様の答えに興味が出たように見える。

「はい。お腹が空くのはみな同じでしょう。動物を狩り、魚を釣り、民と一緒に畑を耕して、泥まみれになる事も私は構いません」

 なんて素敵な王女なんだ。
 やっぱりミリアンナ様は他の王女とは違う。
 一緒に泥まみれで畑を耕したい。頬に泥を付けてみんなを励ますその光景はきっと美しい……。

「必要なら他国に頭を下げます。それが王女としての務めだと思います」

 この答えには、みんな驚いて静まり返っていた。
 普通王族は頭を下げる事をしない。他国へ侮られない為にそれは必要な事だ。
 けれど、そんな事など関係なく、国民を想うその姿勢は王妃に相応しいと思う。

 特にレイジェルには何か思うところがあるのか、ミリアンナ様を見つめる視線がすごく良い!

 ロレーナ様に至っては、自分から話しかけるほど気に入ったようだ。主にドレスが。
 ドレスの話がまとまれば、ミリアンナ様が退出したのを見送ってみんなで話し合いだ。

「王族としては相応しくありませんな」

 ミリアンナ様の事をそんな風に言ったのは、ベルエリオ公爵だ。前国王の弟でアデニス陛下の叔父にあたる。公爵として城を出ているが、王族に連なるものであり、彼に一目置いている人も多い。王族が一番偉いと思っているようなプライドの高いおっさんだ。
 その公爵がノーと言えば、同調する者もいる。

「でも、とても共感の持てる王女でしたわ」

 やはりロレーナ様はミリアンナ様を気に入ったようで嬉しい。

「あんな野蛮な王女を迎え入れる気にはなりませんよ」

 ミリアンナ様を鼻で笑う公爵の鼻の穴に指を突っ込んでやりたい衝動を我慢して聞いていた。

「彼女は──残す」

 レイジェルのこの一言で、ベルエリオ公爵にチッと舌打ちをさせて黙らせた。
 レイジェルもミリアンナ様を気に入ったように思えて心の中で万歳した。

     ◆◇◆

 数日後、ミリアンナ様は、約束通りにロレーナ様にドレスを譲った。
 しかもロレーナ様は、新しい刺繍入りだと喜びながらレイジェルの所に見せびらかしにきた。

「見て、レイジェル。この刺繍もあの子が入れたらしいの。こんなに刺繍が上手いのよ」

 レイジェルは、ミリアンナ様の入れた刺繍をまじまじと見て頷いていた。

「これは上手い……」
「でしょ。とても気に入ってしまったわ」

 俺にも見せてくれて、丁寧に仕上げられている刺繍に感嘆する。
 ロレーナ様はニコニコと嬉しそうで、こちらも笑顔を返す。

「母上、良かったですね」

 あの【冷徹な若獅子】がフッと笑った。
 こんな優しい顔をするのは心を許した者にだけだ。やはり母親というものは特別なんだろう。
 俺も母さんにちょっと会いたくなった。

「手直しはまだしないで下さい。そのドレスと同じサイズのドレスを作らせます」
「それなら、早くしてあげないと。第三審査はもうすぐよ」
「いえ……それなら大丈夫です。ミリアンナ殿下は、既に第三審査もクリアしました」
「そうなの? ふふっ。私はミリアンナ殿下がお嫁さんになってくれたら嬉しいわ」
「そうですね……」

 微笑み合う二人になんだか胸が熱くなった。
 これは、ミリアンナ様に大変脈ありじゃないか!
 レイジェルもミリアンナ様の事を気にかけるようになった。
 やっぱり本人と話したのは良かったと思う。

 レイジェルと二人きりになった時に聞いてみた。

「レイジェル様もミリアンナ様を気に入ったんですか?」
「…………」

 冷めたような表情は心が読めない。

「声が──」

 レイジェルがボソリと呟いた。

「声が、とても素敵だった──」
「だろ!」

 レイジェルがそんな事を言ったのは初めてで、俺自身も心が躍る。
 思わず友人としての自分が出てくる。

「ラトとは少し違うが……やはり彼に似ている気がした。彼が大人になったみたいに思えた……声も……私が覚えているものよりは低かったが……似ている……」

 懐かしむようなレイジェルに優しい笑顔が見えた。

「ミリアンナ様に決めろ! レイジェルは、最初からミリアンナ様を気にかけてたじゃないか!」

 このままミリアンナ様に決めてしまえばいい。

「だが……特別扱いはできない……」

 本当に不器用なやつだ。見ていてれったい。

「そんな事言って、ドレスだって贈ってやるんだろう!? それは特別扱いだろうが!」
「…………」
「特別扱いしてもいいって思ったんだろ!? 素直になれよ!」
「──これは、私の個人的な感情だ。これを抜きにして考えなければならない。それに……ドレスはお礼だ……」

 レイジェルの中で、ミリアンナ様が特別になりつつあるのがわかる。
 変な所で真面目になるのをやめてほしい。

「だっから! お前は頭が固いんだって! 惹かれ始めている気持ちを抜きにして考えるな! 俺はお前自身が幸せになる事が条件に入っていていいと思う!」

 レイジェルは、俺に向かって厳しい表情を向ける。

「ラトの気持ちは嬉しいが、審査は重要だ」
「ミリアンナ様の考え方にだってお前は興味を持っていたはずだ!」
「そうだ。ミリアンナ殿下は、国民に寄り添う王妃になると思う……」
「だったら、いいじゃねぇか! 俺たち国民は、そういう王と王妃がいいんだ!」
「だが、それで納得しない人もいる」

 公爵の事が思い出されて歯を食いしばる。
 どこまでも真面目なレイジェルにガシガシと頭をかいた。
 どの王女を選んだって納得しない人が出てくるのは明白だ。それを言い訳にして、自分の気持ちを認めたくないように見える。
 言っても聞かないのは今に始まった事じゃない。これ以上しつこく言ったら逆に意地になりそうで、さらにまくし立てたいのを我慢する。

「ところで……第三審査ってなんだ?」

 話題を変えてみれば、レイジェルはニヤリと笑う。

「それはな──」

 俺はその内容を聞いて、確かにミリアンナ様なら合格だと思った。
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