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第一章

顔合わせと第一審査

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 俺としては、ここでレイジェルに嫌われて国に帰るのが一番だ。
 しかも、機嫌を損ねないように嫌われなければならない。案外難しいかもしれない。

 俺達が通されたのは、城にある舞踏会を開けるような大広間だった。
 そこに高い段差があって幾つかの立派な椅子が並んでいる。
 レイジェル達はあそこに座るようだ。

 王女達は、その下にごった返している。
 ざっと十五人ぐらいはいるんじゃないか?
 色とりどりのドレスがキラキラと眩しい。みんな大国の王太子妃になりたいのだと良くわかる。
 上は二十代後半から下は一桁っぽい子供までいる……。
 姉妹で来ている国もあるらしく、顔が似ている王女もいた。
 ふとミリアンナを思い出す。

『お兄様と私って顔がそっくりでも全然似てないわよね』
『お兄様? いたの?』

 ミリアンナから言われた言葉を思い出したらこれだけだなんて……うん……大した思い出がなかった……。
 そう思って遠い目をして現実逃避だ。

 ザワザワと騒がしい室内で、どうにか端っこによけて目立たないようにした。
 そのうちに国王の従者が室内に入ってきた。
 国王の謁見の時に隣にいた人だ。

「私は、アデニス陛下付きの従者で、名はマレクです。以後お見知り置きを──」

 ペコリとお辞儀した。とても丁寧な人だった。

「これより、アデニス陛下とレイジェル殿下が参られます」

 みんなシーンと静まり返って注目する。

 テレフベニアの国王が入ってきた。その後ろから歩いてくる人物に王女達は息を呑んだ。
 少し癖のある金の髪は、陽の光を反射してキラキラと輝いた。通った鼻筋に薄い唇。
 国王と似ている……けれど、若いだけ国王よりも洗練されていると言うべきか。
 他の王女達が色めき立っているのは、レイジェルが所謂いわゆるイケメンだかららしい。
 大男を想像していたけれど、身長は高くても断然見目麗しい王子だった。マントの付いた王子の正装がとても似合っている。
 他の王女達もレイジェルがこんなイケメンだったなんて知らなかったようだ。もしくは、知っていてレイジェル目当てで来たのか。

 椅子の前に来て、こちらを見渡した瞳は髪よりも暗い金だった。
 背筋がゾクリとした。まるで獲物を睨む獅子だ。【冷徹な若獅子】というだけあって、冷たい印象がする。
 そんな奴にキャーキャー言える女子の気がしれない。
 
「これより、第一審査に通過した王女様方を発表します」

 喋り出したのはマレクだ。

 第一審査……?

 そんなもの受けた記憶がない。
 もしかして、ドレスが地味だから減点だったとか!?
 それなら俺は、すぐに帰れるってわけだ!
 さっさと読み上げてほしい。

「お名前を呼ばれた方のみこちらに残って下さい。その他の王女様方については、既に選ばれずに帰宅すると知らせを出しました。それでは、発表します──」

 名前が呼ばれると、呼ばれた王女は前に出てアデニスとレイジェルに膝を折って頭を下げた。

「イリーナ・ラステー殿下」

 あの金髪王女も名前を呼ばれた。

「シェリー・コルアーノ殿下」

 うわ……ドヤ顔で周り見回したぞ……。
 これ、どんな基準で選ばれているのか疑問だな。
 その後も何人も呼ばれていく。
 俺の名前はない。呼ばれなくて済んで、王都をどうやって回って帰ろうかとウキウキしていた。

「最後に、ミリアンナ・ヴァーリン殿下」

 え……?
 今、俺の名前が呼ばれたのか……?

「ミリアンナ殿下? いらっしゃらないのですか?」

 やっぱり俺の名前だった。

「あ、は、はい……」

 慌てて前に出て、アデニスとレイジェルに向かってドレスの裾を上げて膝を折った。
 呼ばれた王女は全部で八名。一気に数が減った。その中に俺がいる……。
 この状況に頭が追いついてこない。

「では、残りの皆様方はお帰り下さい」
「こ、こんなの納得いきません!」

 そう言ってマレクに歩み寄った王女がいた。

「わ、わたくしも納得できませんわ!」
「わたくし達が落とされた理由を教えて下さい!」

 みんなでマレクに詰め寄っていく。
 そんなに選ばれたいなら代わってあげたい。
 マレクがレイジェル達の方を見れば、レイジェルが立ち上がった。
 みんなレイジェルに注目する。
 ギロリと睨む顔は、さすが戦場に出て【冷徹な若獅子】と言われただけはある。
 王女達も黙り込む。

「君達は、私の妻になる者に相応しくないからだ。それ以外に説明がいると?」

 きつい人だ……。
 もっと言い方があるんじゃないか?

「与えられた結果に納得できずに、マレクに詰め寄る者を私が認めると思うのか?」

 シーンと静まり返った室内……。
 重い! 空気が重い!
 低音で発せられる声音に怒りが混じっている気がしてめちゃくちゃ怖い。
 こんな人の妻になる人は苦労しそうだ。恐ろしすぎる。
 これ、男だとバレたら俺は殺されかねない気がする……。
 冷や汗が止まらない。
 背中びっちょりになりそう……。

「これだけの王女がいるんだ。選ぶ基準が必要な事は誰でもわかる事だ」

 おお……怖い……。レイジェルって良いのは顔だけだな。
 普通の女の子なら、こんな厳しい人と結婚なんて無理だろう。

 シーンとする室内で、アデニスは、はぁぁと大きなため息を吐いた。

「ここまで来られた事、感謝する。だが、選ばれるのはたった一人。この大人数から選ぶのは、レイジェルだ。レイジェルが否と言えば否だ。何があろうと決定はくつがえらない」

 遠回しに、決まった人も絶対だと言われているようで顔が引きつりそうだ。
 その言葉を聞いて、悔しそうな顔をしながら最初の王女が広間から出ていけば、次々に他の王女も出て行った。
 俺も出て行きたいんだけれど……。
 残された王女達は、レイジェル達の前に一列に並ぶ。俺は端っこがいい。

 レイジェルは、そのまま俺達を見回した。

「この結婚は、王太子としての義務だ。私は、結婚に対してこころよくは思っていない。君達に求めるのは義務だけだ」

 男である俺は、義務なんて果たせるはずがない。子供を産めとか言われても無理だ。絶対に帰らなきゃ。
 レイジェルも望まない結婚をしないといけないのか……王太子という立場は、ある意味可哀想だ。
 しかも各国の頂点に立つ特別な王太子──。

 俺がそう思うのとは裏腹に、各国の王女達の反応は違った。

「王女の結婚とはそういうものでしょう。必要なのは、王女という身分と国の後ろ盾ですわ」
「一理ある」

 イリーナの言葉に、アデニスが頷く。けれど、まだ言葉が続いた。

「だが、テレフベニアに国の後ろ盾など必要ない。私が求めているのは、頑固なレイジェルが結婚しても良いと思える人物という事だけだ」

 イリーナは、アデニスの言葉に怯んだりしなかった。

「でしたら、わたくしがそうなりますわ」

 レイジェルを真っ直ぐ見つめるイリーナの瞳には、自信が満ち溢れていた。
 アデニスがニヤリと笑う。良い印象だったのだろう。
 ぜひイリーナに頑張ってほしい! 俺はさっさと帰りたいんだ!

「マレク」

 マレクは、レイジェルに名前を呼ばれて頷いた。

「残った方々には、幾つかの審査を受けて頂きます。第二審査は、数日後にこの場にて行います。日にちは後日お知らせ致します」

 マレクが恭しく頭を下げれば、話は終わったとばかりにアデニスとレイジェルが退出して行く。
 ホッと息を吐き出した。
 やっと終わった……。

 それにしても……どうして俺は選ばれたんだ……。
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