身代わりおまけ王子は逃げ出したい

おみなしづき

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第一章

身代わりって……俺は男です

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「頼む! ミリオン! お前にしか頼めんのだ!」

 人払いされた妹の部屋で、俺の手を握って必死でお願いしてくる国王である父に遠い目をする。

「お兄様なら、わたくしと瓜二つですもの!」

 お願いポーズで俺に迫る銀髪に薄青の瞳をした妹にも遠い目をする。
 双子なのだから瓜二つは当たり前だろう。

「ミリアンナ様の事はこの私にお任せを!」

 このアスラーゼ王国の騎士団長の息子であるローウェンにも遠い目をする。

「お前は第三王子。それに対してミリアンナは唯一の王女だ! 手元に置いておきたい! どうせ嫁がせるならローウェンのように国に属している男で、すぐに会える距離がいいんだ!」

 そもそもこの話はミリアンナが婚約者候補として呼ばれているだけで、結婚するとは誰も言っていない。
 呼ばれているのは、周辺諸国の未婚の王女だ。

「わたくしのこの美しさでしたら、絶対に選ばれてしまいます!」

 何を勘違いしたのだか、妹のミリアンナはもう妃に選ばれたかのように振る舞っている。
 そう思うなら、同じ顔の俺でも選ばれちゃうだろうが……。

「ミリアンナはこんなにも可愛いだろう! 確実に選ばれてしまう!」

 父も言うのか。

「それではダメなんだ! 選ばれてしまったら離れ離れになる!」

 早く言っちゃえば、遠くに嫁がせたくない……と。なんてわがままな!

「一国につき王女を一人送らないと、反逆の意思があるとみなすと書簡にあった! テレフベニア王国が、このアスラーゼ王国を攻める口実を作ってしまう! お前も聞いた事があるであろう! あの非道な国王は容赦しない!」

 だったら、国の為にミリアンナを行かせればいい。選ばれるなんて思わないし……。

 周りを海で囲まれた大陸には、何カ国もの大小の国があった。
 それぞれが争い合い、領地を広げようとしていた。それを一つに統一したのは、テレフベニア王国だった。
 テレフベニア王国は、軍事力を武器に大国にのし上がった軍事国家だ。大陸全土はテレフベニアの属国に入るか同盟を組む事で、大陸は一つになった。
 国王は、冷酷で情け容赦ないと言われるほどの人物だ。逆らおうとした数カ国は見事に潰された。だからこそ、各国は白旗を上げてテレフベニア王国に服従を誓った。恐れながらも認めている。

 そんな国の王太子が結婚するにあたり、各国から王女を一人寄越すようにと書簡が届いた。その中で気に入った王女を王太子妃にするらしい。婚約者になれずとも、気に入られれば報酬が出るとか。誰もが大国と繋がるチャンスと報酬を手に入れようと競い合うように王女を送っているそうだ。それが普通の反応なのに、この国の王女(妹)は行きたくないと駄々を捏ねた。

「わたくし、ローウェン様と離れ離れになりたくありません!」

 そんな必死に訴えられても……。
 ローウェンと恋仲だったとは、ここ一番の驚きだ。

「王太子であるレイジェルは【冷徹な若獅子】ですよ! そんなお方にミリアンナ様を嫁がせるわけにはいきません!」

 ローウェンよ。俺はいいのかい?
 しかもまだ選ばれてもいないから嫁ぐと決まってもいない。
 お前も国王や妹と一緒かよ。

 俺自身も聞いた事がある。戦場に出れば敵を一刀両断、血も涙も無い若き獅子の如く突き進むテレフベニアの王太子レイジェル・デラール。付いた異名が【冷徹な若獅子】だなんて恐怖しかない。一体どんな大男なんだ……。
 そんな男でも大国の王太子だ。みんなその妻の座を狙っていると言うのに、ミリアンナときたら嫌だの一点ばりだ。
 妹がレイジェルと結婚すれば、アスラーゼは安泰なのに、そういう王女としての義務は全然頭にないらしい。

「そのレイジェル殿下は、女子供でも容赦なく厳しくあたるって! そんな所にお嫁になんて行けないわ!」

 ローウェンは、泣き出したミリアンナの肩を抱いた。
 そのローウェンの手を握るミリアンナ。背景にキラキラとエフェクトがされて、まるで二人の世界だ。
 俺は何を見せられているのか……。

「ミリオン! お前はこの二人を引き離せるのか!」

 国王が追い討ちをかける。
 いい加減にしてくれ。

「ミリオンの婚約者も決めていなかった! これは幸いなんだ!」

 そんなの、ミリアンナの婚約者を決めていなかったから、俺を後回しにしていたにすぎない。
 しかも可愛がりすぎて、ミリアンナの婚約者を決められなかっただけのくせに。

「お前が国を出たところで、困ることは微塵もないんだ!」
「──っ!」

 効いた……国王のこの一言が一番効いた……結構な致命傷だ。

 確かに俺がいなくなった所でこの国は誰も困らないだろう。
 この国に王太子はいるし、もう一人兄もいるし、国王である父はこんなだし、双子の妹であるミリアンナもこんなだし……誰も悲しむ事もない。

 だからって、この人達は、俺をミリアンナの代わりにレイジェル・デラールの元へ行かせようなんて頭がおかしいんじゃないだろうか。

「ミリオン! 頼む!」
「お兄様!」
「ミリオン様!」

 グイグイと迫られて引く……。

 君達……根本的な事を忘れていないかい?

「お兄様なら、男だって問題ありません!」

 そこが一番問題あるだろう!

「お兄様なら大丈夫ですわ! 見た目はわたくしと同じですが、取り柄なんてありませんもの!」

 それはお前もだろうが!

「わたくしはローウェン様のお屋敷に匿ってもらうので、無事に帰ってきたなら、お兄様も一緒に匿ってもらいましょうね!」

 それって、ミリアンナは匿うって名目で事実上の結婚みたいな感じだよね?
 ほら、ローウェンと見つめ合ってまた二人の世界だ。

 話の流れが怪しい方向へ……。

「そうと決まれば、ミリオンは他国へ留学という事にしておくからな」

 いや、決まってないんだけど……。

「ミリアンナ、支度をしてローウェンの屋敷へ向かえ。私もお忍びで会いに行くからな。援助もするからね」

 甘やかしてんなよ、じじい。
 口元緩んじゃって情けない。

「ミリオン、お前は今日からミリアンナだ! ここがお前の部屋になる! 女らしい所作、女らしい言葉遣い、短期間で覚える事はたんまりあるぞ! さぁ、着替えて来い!」

 ドンッと突き飛ばされて、そこにいた侍女にガシッと羽交締めにされた。
 妹の部屋で話があると言われた時に怪しむべきだった。

「私がミリオン様──いえ、ミリアンナ様のお世話を致します。以後、お見知り置きを──」

 綺麗に結い上げた赤い髪が、キッチリとした性格を表しているような侍女だった。
 この人、力強いな……。
 ずるずると引き摺られて、無理矢理着替えさせられる。

 気付いてる? 俺、ここまで一言も喋れてないんだけど……。

「マジかよ……」

 やっと絞り出した一言はため息混じりのこれだった。
 元々家族の前であまり喋る方ではない俺は、やっぱりそれ以上言葉を発せれなかった……。
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