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本編

天敵

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獅貴しき。何度その髪を直せと言ったらわかるんだ」

 目の前の茶髪にパーマを緩くかけた派手な男にため息をつく。
 グレーのブレザーも着用せず、ベストを着ているけれど指定のものではない。
 ネクタイもせずにシャツのボタンを数個開けて、高そうなネックレスを見せつけている。腕にも高そうな時計だ。
 鼻筋が通っていて、アーモンド型の瞳にはハッキリとした意思が見える男だった。

 2年の同じクラスなのに、久しぶりに廊下でばったり会った。
 授業に出なくても学園に来れば出席扱い。
 幼い頃から一通りの教育を受けていて成績は優秀。

 自分がかけている眼鏡のブリッジの部分をクイっと上げて、神宮寺じんぐうじ獅貴を厳しい視線でジッと見つめれば、獅貴の薄い唇が弧を描いた。

兎和とわは、いつもうるさいね。この学園で僕にそんな事言うのは兎和だけだ」
「風紀委員が注意しなくてどうする」
「どうして兎和は僕にビビらないの?」

 それは、俺が一般人だからだ!

 ビビる以前に、両親がいなくて神宮寺と関わり合いなんて全くないのでビビる必要がない。

 そんな事口が裂けても言えないが……。

 この来栖くるす学園高等部は、家柄の良い金持ちの子息が通う名門の男子校だった。
 この学園では、知られてはいけない事がある。

 それは──自分が一般人である事だ。

 暇を持て余した金持ち子息達は、生徒の中に一般人がいると知ると、寄ってたかってイジメたがる。
 殴られたり蹴られたり、パシリにされたり、性欲処理に使われたり……。

 奴隷と称してもてあそばれる。

 一般人か、或いは落ちぶれた元金持ち達は、奴隷にならない為に自分の真実を隠す。
 そこまでしてこの学園を卒業したがるのは、やはり名門校の学歴は絶大な効果を発揮するからだった。

 そんな学園にどうして俺が通えているのかと言うと、学園の理事長と俺の父親が親友だった事から始まっている。

 両親と弟と親子四人で暮らしていたが、両親は俺が小学生の時に交通事故で亡くなってしまった。
 頼る親戚もいなくて未来が絶望しかないように思えた。
 そんな時に、父の親友だという人が現れた。

 それが、理事長だった。

 その後、理事長が色々と面倒を見てくれた。
 この学園の初等部に入学もさせてくれた。
 その恩に報いるために、勉強をずっと頑張った。
 そのおかげで、特待生として学費を免除され、高等部になってもこの学園にどうにか通えている。
 
 この学園の現状は、いくら大人が注意した所で変わらない。
 それどころか、先生達ですら脅されたりするらしい。
 理事長も財閥の子息の扱いは難しく、表面では優等生を気取る学園の生徒達の扱いに困っていた。
 そうなると、生徒同士でどうにかするしかない。

 少しでも、いつも助けてくれている理事長の役に立てたらいい。
 そう思って風紀委員になった。

「兎和って理事長の愛人って本当? 来栖の家に住んでるの?」

 この噂は、不愉快極まりない。
 理事長がそんな人の訳ないだろ。

「くだらない」
「僕とも遊んでくれない?」

 クスクスと笑う獅貴を睨みつける。

「兎和がやらしてくれるなら、髪染めてもいいよ」
「ふざけるな」

 睨んでも面白そうに笑うのが気に入らない。
 獅貴の隣にいる奴らもニヤニヤ、クスクスと笑うので気に入らない。
 そもそもこいつらの全てが気に入らない。

 獅貴は、この学園で一番の権力を持つほどの大企業の一人息子。
 その両サイドにいる南條院なんじょういん圭虎けいとも、楢伊達ならだて穂鷹ほだかも、獅貴に次ぐ大企業の子息達だ。
 こいつらがイジメをやめろといえば、イジメなんてなくなるはずなのにそれをしない。
 むしろ、この学園の現状を楽しんでいる最低の奴らだった。

「兎和、一回でいいからやらしてよ。お前のその澄ました顔が歪むの見てみたいな……」

 妖しく微笑みながら、ズイッと近付いてきた獅貴を蔑んだ目で見る。
 そうやって見つめても、クスクスと楽しそうだ。

「授業に出ろ」
「やらせてくれたらね……」

 また一歩距離を詰められる。
 俺よりも少し身長が高いから目線は上だ。
 それでも視線を逸らすことはしなかった。

 逸らしたら負けな気がする。

「お前達、授業になるぞ」

 先生に注意されて、獅貴は肩を竦める。

「もう行こっと」

 獅貴は、踵を返して手をヒラヒラと振りながら歩いていく。
 今日もあいつは授業に出ないらしい……。
 その背中を見送りながらため息をついた。
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