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コト、と音を立てて目の前に置かれたカップからは、紅茶のいい香りがする。ダージリンだ。喉が渇いていた私は、遠慮なく口をつけた。そうしている間にも、パンや目玉焼きなんかが次々と目の前に並べられていく。
食事をするような気分ではないけれど、わざわざ作ってもらったものを食べないのも悪いかと思って、いただきます、と手を合わせてからパンを小さくちぎって口に入れた。
つい先程まで二階のあの部屋にいて、私は矢継ぎ早に質問を投げかけていたけれど、彼はおかしそうに笑いながら、「落ち着いて。まずは下で何か飲もう」と言って私を一階のダイニングに連れて来たのだ。彼とは会社でたまに雑談をする程度の仲だったから、どういう人なのかよく分からない。でも、悪い人ではないことは確かだ。目立つ方ではないけれど仕事は正確で、さりげなく人のフォローもこなしている姿を何度か見かけたことがあった。
「そのパン、僕が焼いたんだけど……口に合うかな?」
「えっ、すごい……パン焼けるんですね。とっても美味しいです」
「そう、よかった。……ここは近くにお店がないから、何でも自分で作るようになったんだ」
ふふ、と笑う無邪気な顔は会社では見たことがなかった。プライベートではこんな感じなんだ。
「あの……私、なんでここにいるんですか?昨日、何があったかあまり思い出せなくて……」
「心配いらないよ。安心してここにいればいいから」
「昨日、何があったんですか?」
「昨日か……」
彼はふう、と一息ついたかと思うと、遠い昔を思い出すように視線を宙へ彷徨わせていた。職場でたまに目にする表情だった。
「昨日、君を迎えに行ったらあの男がいたでしょう?驚いたよ……」
「あの男って……誰か見たんですか!?彼は無事なんですか!?」
あの男、というのは私と彼氏を襲った人物に違いない。やっぱり、彼氏が倒れて頭から血を流していたのは悪い夢なんかじゃなくて事実だったんだ……。
思わず涙が浮かんできて、それを見られるのが恥ずかしくて顔を逸らした。
「誰かって……君の隣を歩いてたでしょ?覚えてないの?」
「え……?」
昨夜、隣にいたのは私の恋人だけ。もしかして、彼氏のことを言ってるの?
涙を拭いて顔を上げると、彼は小さく微笑んだ。
「危害を加えるつもりなんてなかったんだけど……仕方ないよね。あの場にいられたらね」
「な……何言ってるんですか……?」
「……嫌いだったんだ、あいつのこと。いつも君にベタベタしててさぁ……」
時が止まったような感覚を覚えた。頭が動かない。ただ呆然と目の前の人物を見つめていると、斜め下を向いて恥ずかしそうに笑った。
「あの時の僕はカッコ悪かったと思う……手も足も震えてたし……でも、人をあんな風に石で殴りつけるなんて、初めてだったから……」
「…………」
「そんなに見つめられると恥ずかしいよ……でも、これからは二人きりだから、すぐに慣れるかな」
それまでの思考停止状態が嘘みたいに、私は勢いよく立ち上がるとその部屋を飛び出した。知らない家だったけど、廊下に出ればすぐ玄関が見える。扉に体当たりするくらいの勢いで、鍵を開けて外へ飛び出した。
昨夜、私たちを襲ったのはあの人だったんだ。誰か人を見つけて、警察を呼んでもらって……彼はちゃんと手当を受けられたのかな?
昨夜の、彼の血塗れの手を思い出すたびに涙が出てくる。でも、泣いてる場合じゃない。私がしっかりしないと。彼の無事な姿を見るまでは、決して立ち止まれない。
そう決心した私の目に飛び込んできたのは、青々とした木々と植物。近所の人に助けを求めようと思っていたが、見渡す限り周囲に家なんてなかった。
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