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アフターストーリー

第四百九十四話 騎士王の帰還

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 その時のラナリアは国際会議もできる都内ホテルの廊下で、セフェールからの通話を受け取っていた。

 リアルワールドへ残った元<時>の神々との会談の真っ最中であるものの、休憩時間と称して中座している。本当は休憩時間こそ相手の有力者と雑談に興じたいが、セフェールからの連絡は重要だった。

『エンさんから連絡がありましたよぉ。フォルさんがぁ、ゼノフォーブフィリアさんと協力してぇ、マリアステラさんと戦い始めたそうですぅ』
「ゼノフォーブフィリア様がフォルティシモ様を巻き込む可能性は考慮していましたが、これほど早く動くとは。それだけ急いでいたとも考えられますね」
『そうですねぇ。もしかしたらぁ、仕込みの一つVRMMOファーアースオンラインのアップデートを使うかも知れないのでぇ、私はそちらに係り切りになりますねぇ』
「分かりました。私のフォローはこれ以上は不要ですので、そちらへ集中してください。しかし、好都合ですね。私たちが<星>に勝てると証明するのに、最高のタイミングになります」

 元<時>の神々は、<時>では<星>に勝てないと思って、死さえも受け入れた者たち。この会談中にフォルティシモがマリアステラに勝利しようものなら、ただでさえ優勢な話し合いは、もはや一方的なものになるだろう。

 ラナリアが事態が動いたら連絡が欲しいと頼んで通話を切ると、タイミングを見計らったかのようにクロノイグニスが廊下の端から姿を現した。

「彼らの協力は得られそう? 俺は説得できなかったけど」
「彼らは<時>に対する絶望と後悔、後ろめたさがある一方、私たち<最強>には恐怖と敬意、そして希望があります。こちらが友好的に歩み寄る態度を見せれば、軟化するのは当然でしょう。こんなものは交渉ではなく、権威と暴力を後ろ盾にした脅しです」
「ふーん、ま、そうかもね。ところで、<最強>って言って恥ずかしくない? フォルさんじゃないんだから」
「いいえ、まったく。私の愛する方は最強ですが何か?」

 クロノイグニスは神々の中でも、ラナリアやラナリアの故郷を燃料の薪程度にしか考えておらず、使い捨てようとした偉大なる男神である。

 ラナリアからすれば神とさえ呼びたくない。ラナリアたちに祝福を与え続けていた星の女神や太陽神のが慈悲深い神に見える。

 ましてフォルティシモと比べるなど、有り得ない。

 ラナリアはその後も元<時>の神々と交流を続け、情報を得るだけでなく今後の話にまで繋げていった。<最強>は彼らの生活を脅かすことはないと理解してくれた後、具体的な協力体制の話まで詰めていく。

 彼らは現代リアルワールドで、今の生活を失わず、時に忘れられて消えなくて済むかも知れないと、少し興奮気味にラナリアへ語ってくれた。

 黄金の竜神が暴れ出すまでは。



 ◇



 現代リアルワールドの刀匠を尋ねたマグナは、お互いの技術を見せ合いながら盛り上がっていた。

「決めたぞ! 俺の後継者はてめぇだ!」
「それは断る」
「断んじゃねぇ! 後生だ! 老い先短いジジイの頼みだぜ!? お前しかいねぇんだよ!」
「流派の技術だけは私が蓄えていってやるよ。そうだ。異世界ファーアースこっちへ来るつもりはない? 歓迎するよ」

 最初はお互いにすべては見せないようにしていたのだが、どちらかともなく相手の知らない技術を披露すると、自然と開示が始まり、すぐに遠慮がなくなった。

 マグナはバレるとフォルティシモに怒られると言いながら、【ヘファイストスの炎】や現代リアルワールドには存在しない鉱石や魔法鎚などを取り出し、刀匠はそれらを初見で打ってみせる。

 そんな盛り上がりに水を差したのは、刀匠の弟子だった。

「し、師匠! 大変だ!」
「ああん! 邪魔してんじゃねぇ! こっちは歴史が変わろうとしてんだぜ!」
「化け物が出たんだよ! こっからでも見えるような馬鹿デカイ化け物が!」
「昼間から酒飲んでんじゃねぇよ!」
「もう夜だよ! じゃなくて、いいから来てくれ、師匠! 避難の準備もしなくちゃならねぇ!」

 マグナは刀匠とその弟子の遣り取りを聞きながら、時計を確認する。化け物云々は興味がなかったが、時間が夜になっているのは問題だった。

 フォルティシモは「約束の時間の五分前に現れなければ苛立つ主義」と言うだけあり、時間にうるさい。従者たちはそれを知っているので、もうすぐラナリア辺りが迎えに来るに違いない。

「名残惜しいけど、私もそろそろだから」
「んだと!? 泊まってけよ! なっ!?」
「だから! そんなこと言ってる場合じゃないんだよ! 化け物が出たんだって!」

 刀匠はマグナがお開きを宣言したため毒気が抜かれたのか、渋々と弟子に引かれて鍛冶場の外へ出た。マグナも現代リアルワールドには在ってはならない物だけを回収し付いていく。

 マグナの目の前で、刀匠が彼方の空を見上げて足を止めた。

「なんだ、ありゃあ………?」

 マグナも釣られて都心の方向の夜空を見る。

 かなり遠くではあるものの、すぐに分かった。

 巨大な体躯を持つ黄金のドラゴンが浮いている。それを見た瞬間、マグナは一瞬の迷いもなく<フォルテピアノ>のチームチャットへ疑問を投げ掛けた。

「フォルさん、誰でも良い、何が起きてる?」



 ◇



 キャロルは現代リアルワールドへやって来てから、神戯で生き残ったプレイヤーたちから渡された手紙を配って回っていた。

 手紙を配達する過程で、異世界召喚されたプレイヤーたちに残された者たちと出会うことになる。それは色々な意味で精神的に辛いものであり、そのせいで異世界の力をコンビニで使ってしまうトラブルもあった。

 そのトラブルを報告して手紙配達を続け、キャロルの手に残った最後の手紙の送り主は、サトウアーサー。

 キャロルの主人である主神フォルティシモをライバルと言い、協力しているのか邪魔しているのか分からない行動を取り続けるプレイヤーだ。

 悪い予感をひしひしと覚えていると、AIタクシーが都内にあるタワーマンションで停止した。キャロルがアーサーからの手紙を送り届けるべき相手が住んでいるマンションである。

 キャロルが手紙を届ける相手が住んでいる場所は、このタワーマンションの最上階の一室だった。

「誰が住んでやがるんですかね」

 プレイヤーたちは家族や恋人への手紙をキャロルへ託していた。アーサーの様子を見るに恋人はないだろうから、家族である可能性は濃厚だ。

 エレベーターを使い、目的の部屋の番号の前に立つと、部屋のドアが勝手に開いた。ドアの先には玄関と廊下があるだけで、人の姿はない。

『お待ちしておりました。私はアーサーのサポートAIマーリンです。あなたのお名前を教えて頂けますか?』

 人の姿はないのに声がするのは、現代リアルワールドでは当たり前の光景なので驚くことではない。それでもアーサーが自分のサポートAIを異世界へ連れて行かなかった点は気になった。フォルティシモなんてサポートAIエンシェント以外にも、全員を連れ出している。

「名乗られたから名乗りますが、元ゲームAIで、今は何の因果か神になっちまったキャロルです」
『いつもアーサーがお世話になっております』
「迷惑掛けられてるんで、世話してるってのも間違ってねーです」
『申し訳ありません。私はアーサーのサポートをするために産み出されました。しかし、私の主人アーサーは、一般的に流通しているサポートAIの学習データとは掛け離れており、充分なサポートが行えませんでした』
「あー、そりゃー同情しちまいますね」



 キャロルはアーサーのサポートAIマーリンに案内されるままにタワーマンション最上階の一室へ入る。

 リビングルームに足を踏み入れた直後、キャロルの持っていた手紙が、光り出した。

 そして手紙が意志を持っているかのようにキャロルの手から飛び出して、手紙を中心に青白く輝く光の渦を造り出した。

「【転移】のポータル。てめーらは、自分たちだけの力でリアルワールドへ帰還できやがるんですか」

 リビングルームの中央で輝く光は、二メートルほどの直径まで至ったかと思うと、人の姿を吐き出す。

 人影は赤い燕尾服を着た見目麗しい青年で、フローリングの床に着地したのと同時に光の渦を振り返る。青年が光の渦へ向かって手を差し出すと、光の渦から白い手が重ねられた。

 次に光の渦から出て来たのは、キッチリとした身なりの青年とは正反対の、寝癖だらけの金髪に半纏を着た女性である。

「ありがとう、あーくん、転移で手を差し出してくれるなんて、優しくて超格好良い!」
「美しき勝利の女神のお気に召したのであれば幸いです」

 燕尾服の青年アーサー半纏の女性勝利の女神はお互いを褒め称え合った後、待ち構えていたキャロルに気が付いた。

「おお! 虎の君! 僕の手紙を運んでくれたんだね。御礼に今夜、僕の部屋に来ても構わないよ。最高の一夜を楽しませると約束しよう」
「全力で拒否するんで、二度と言わねーでください」

 キャロルが嫌な顔をしながら断ると、アーサーは「恥ずかしいかい?」なんて言い出した。アルティマかリースロッテだったら、口よりも先に手が出ただろう。彼女たちが正しいかも知れない。

「それで、ヴィカヴィクトリアでいーんですか?」

 キャロルはいそいそと別の部屋へ移動しようとしていた半纏の女性へ話し掛けた。半纏の女性、勝利の女神ヴィカヴィクトリアはびくりと身体を硬直させる。

「ぶ、無礼な、偉大なる最強の神の従属神よ。この勝利を司る女神に傅きもせず、許可なしに話し掛けるとは」
「そーいうのいーんで」
「はい………」
「何しに戻ってきやがったんですか?」
「あーくんが戻りたいって言ったから。それと、置いたままだったあーくんグッズを、そろそろ持ち帰ろうかなって」
「このゴミの山ですか?」

 キャロルがリビングルームの床を指差す。

 三人の立っているリビングルームは、円型お掃除ロボットが動けないほど所狭しに物がぶちまけられている。男物や女物の衣服は乱暴に床へ投げ捨てられているし、今時珍しい紙の本は開かれたまま、他にも団扇やペンライトなど様々な物があった。

「私のあーくんグッズがあああぁぁぁーーー!?」
「くっ、僕の美しさに嫉妬した強盗かっ!?」

 半纏の女性は半泣きになりながら、本や団扇などを優先的に回収しようとする。燕尾服の青年は天を仰いでいる。

「いや、僕が異世界へ行ったことに絶望したファンかも知れない。どうして行ってしまったんだと、僕へ対する怒りの余り、こんな行為に。だとしたら、これは僕の美しさが招いた罪。僕は君を許そう」
「普通に住居不法侵入の罪じゃねーですか」
「げ、限定三枚のサイン色紙の端が、お、おれ、折れて、る? 許さない。絶対に許さない」
「目の前に本人が居るんで、またサインして貰ったらいーじゃねーですか」

 荒らされた部屋に対して、燕尾服の青年と半纏の女性は半狂乱で騒いでいた。

『おかえりなさい、アーサー、ヴィカヴィクトリア。メッセージを受け取った時には驚きました。まさか帰還されるとは。こうして手紙を持つ者を招待した甲斐があります』

 アーサーのサポートAIマーリンにとっては、己の主の帰還は喜ばしいだろう。

 キャロルだって異世界ファーアースへ転移した後、フォルティシモが見つかって戻って来て、嬉しかったのだから。

『部屋を荒らしたのは、ピュアです』
「………ピュアな心から、ってことですか?」
『いいえ、キャロル様。佐藤サトウ一心ピュア、今は離婚されて母方の姓を名乗る文屋一心という女性です』
「妹がいやがったんですか」

 その部屋には、ある天才少年とその妹が、まだ仲睦まじい頃の写真が飾られている。

「それで、そっちは何しに来やがったんですか?」
「僕のライバルを手伝いに来たのさ」
「どーやって追い返したらいーですかね」
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