上 下
471 / 509
アフターストーリー

第四百七十話 現代リアルワールドの神

しおりを挟む
 かつてこの地で開催された神々の遊戯において、最強の神が誕生した。

 二柱の偉大なる神と一人の天才によって催されたそれは、この地で神々と神へ到達し得る人に千年の戦いを繰り広げさせた。その遊戯で誕生した最強の神は、滅び行く世界を再創世し、人々へ死からの解放と恩恵を与えた。最強の神は信仰され、人々は新たな世界を開拓していく真っ最中である。

 現在、そんな世界の人々を救った偉大なる最強の神は、表情を強張らせて真剣に迷っていた。

 それと言うのも、フォルティシモの目の前に二つの物体があるせいだ。

 一つは金色でふさふさで、モフモフな尻尾だ。もう一つは金色でふさふさで、モフモフな尻尾だ。

 言葉にすれば同じだが、その二つの尻尾は違う。

 キュウ、狐の神タマ、キュウステラの尻尾に対してクオリアの概念の絶対的正しさを経験したフォルティシモからすれば、この二つの尻尾を同じと言うのは冒涜にも等しい。

 それでも何が最も違うかと言うと、それぞれの持ち主。キュウの尻尾とアルティマの尻尾である。

 とても簡単に言えば、たった今、最強神フォルティシモの目の前に、キュウとアルティマの尻尾が並んでいた。最強神フォルティシモは最強神として、この目の前に並べられた据え膳を味合うべきかどうか悩む。

 フォルティシモがこの目の前の尻尾を好き放題にしても、キュウとアルティマの二人は怒らないだろう。しかしその場合、どちらから味わうべきなのか。そして締めをどちらにするべきなのかが問題だ。

「困ったな」
「ご主人様?」
「主殿?」
「なんでもない。続けてくれ」

 ここは『浮遊大陸』に新しく作られた狐人族の里だった。地上にあった狐人族の里をそっくりそのまま移設した、百人程度が暮らせる小さな里。草木で荒れ放題だった家屋や田畑は、ゴーレムや従魔を使ってすっかり綺麗になっている。

 その里で最も豪華な平屋の一室、障子の扉に綺麗な畳、掛け軸まで掛かっているような和室で、フォルティシモ、キュウ、アルティマが膝をつき合わせている。

 神戯ファーアースの最後の戦いの後、狐人族たちは『浮遊大陸』へ移住していた。

 そうして移り住んで来た狐人族たちは、単純なNPCではない。狐人族たちは、狐の神タマが特別に作成した“タマが神になる前に暮らしていた里の人々のコピー”なのだ。

 そして狐人族たちは自分たちが神戯のNPCであることを自覚し、タマからの仕事をしていたという知識と自我を持っている。

 狐の神タマのコピーでありタマの記憶を持つキュウにとっては、幼少期を過ごした隣人くらいに知った仲なのに、無関係な他人でもある。

 そんな狐人族の里の実質的な執務は、アルティマが担当している。

建葉槌たけはずちさんからは、エルフの皆さんとの取引で少し問題が起きていると聞いています」
「うむ。そうなのじゃ。エルフは主殿に最初に恭順した種族として、狐人族が贔屓されるのが気に入らないと見える。どこでも先輩面したい奴はいるのじゃ」

 アルティマはキャロルやリースロッテに対して先輩として接している節があった。フォルティシモの従属神は、ブーメランの投げ方まで主神から引き継いでいるのかも知れない。

「今は大きな問題にはなっていないそうですけど、アルさんから見て、早めに対応したほうが良いでしょうか?」
「ラナリアなら、今の内に仕込みをしておくと思うのじゃ」
「狐人族とエルフ、それぞれの有力者と会談を設けて、何かあればすぐに連絡するルートを作っておくとかでしょうか」

 フォルティシモの目の前で、キュウの尻尾がくるりと回った。

 フォルティシモの視線はそれを追う。

「妾とキュウが、エルミアとテディベアと共に当事者から話を聞くのも有効だと思うのじゃ。今回の諍いは主殿から見てどっちが上かという不満、ならば妾たち四名が話を聞いたという事実があれば、当事者たちの気持ちも少しは収まると思うのじゃ」

 今度はアルティマの尻尾がくるりと回った。

 フォルティシモの視線はそれを追う。

 フォルティシモはキュウとアルティマを見る。

 二人は真面目な表情で、手に持った資料を片手に話し合いを続けている。

 フォルティシモは情報ウィンドウを起動し、頼りになるサポートAIへ質問を投げ掛けた。

> エン、キュウとアルが俺を誘ってくる。どうしたら良いと思う?
> 主の勘違いだから大人しくしていろ

 フォルティシモは“頼りになるサポートAI”エンシェントの回答に正直な気持ちを返答する。

> 俺が気にしてるのは、キュウとアルティマを比べたい、って意味に取られない方法だ。それぞれを楽しみたいって穏便に伝えるにはどうしたら良いと思う?
> いいか、馬鹿主。もう一度言うが、大人しくしていろ

 エンシェントに言われた通り、キュウとアルティマの話し合いを大人しく見守る。そうしている間に、順調に話し合いが進んでいく。

 真剣に狐人族の里のことを考えているキュウを見ると、尻尾をどうにかしようとしていた自分が恥ずかしくなってくる。

 自分も真面目な思考に没頭しようと考えた時、フォルティシモの情報ウィンドウから通知音が鳴った。それはメッセージを受信したことを報せるものだったので、慣れた動作で右手を振るいメッセージの項目をタップしていく。

 そして確認したメッセージの送り主は、現代リアルワールドの神だった。



 ◇



 現代リアルワールドにある高層ビルが立ち並ぶ街。

 そこは世界的大企業がいくつも入っているビジネス街で、ビジネスマンたちが昼夜問わず行き来する姿を見ることができた。昼間は世界最高の人口密度を誇ると称されるのは伊達ではなく、VR全盛になった今でも人の姿が絶えることがない。

 この区画に三十階以下の建物などなく、それぞれのビルを十階ごとに空中歩道が繋いでいる。そんな一つの意志によって計画的に建造された巨大ビジネス街。

 その一等地に建つビルに、金髪で虹色の瞳を持つ美少女と褐色肌の美人が入っていく。

 ビルの受付AIは、すぐにデータベースから来訪者を参照し、最高の笑顔で出迎えて案内した。

 二人の女性が乗ったエレベーターが行く付く先は、この会社の社長室である。このビルは金髪虹眼の少女が暮らす場所とは異なり、豪華な装飾や様々な芸術品が飾られることなく、AR機器や測定器がそこら中に設置されていた。

 金髪虹眼の少女はエレベーターホールから真っ直ぐ進み、大きな両開きの扉を勢いよく開く。

「久しぶり、ぜー!」

 挨拶をした先には、大きなデスクとその周囲の壁をビッシリと埋め尽くす基盤剥き出しのコンピュータがあった。それだけではなく、床にも何かの回路が走っていて点滅しているし、天井にもLEDが明滅して何かが埋め込まれているのが分かる。

 そして、そんな空間に異質なものが一つ。

 黒髪の少女だった。

 年齢にして十代前半、黒曜石のような色の髪に、弱々しささえ感じさせる幼い体躯。子供用白衣を身に着けていて、大人用のシステムチェアに膝を立てて座っている。

 そして血のように紅く輝く瞳が、金髪虹眼の少女を見つめ返していた。

 一見すれば、子供が迷い込んで座り込んでいるようにも思えるけれど、事実は全く違う。

 この黒髪紅眼の少女こそ、この会社の最高経営責任者CEOだ。

 そして褐色肌の美人が、挨拶をせずに跪いて頭を下げるほどの偉大なる神である。あまりにも偉大なる存在の前では、挨拶のために口を開くことにも許可が必要なのだ。

「まー、吾は多忙だ。アポイントメントを取ってから来てくれ」

 黒髪紅眼の少女は金髪虹眼の少女を愛称で呼び、文句を口にした。

 受付AIが金髪虹眼の少女を歓迎したにも関わらず、約束を取り付けていなかったという矛盾した反応である。

「友達のところへ遊びに行くのに、いちいちスケジュールの確認とかするの?」
「情報伝達が進歩した今、訪問前に相手の状況を尋ねるのが当然のマナーだ」
「でも私とぜーは友達だから、大丈夫だね」

 金髪虹眼の少女が歩いていき、大きなデスクへ腰掛ける。来客マナーからすれば最悪なものだったけれど、黒髪紅眼の少女は無表情のまま何も言わなかった。

「ありがとう。全部終わったよ。まあ、ちょっとの観測外はあったけど、それがまた楽しかった。だから最高の結果だったよ」
「まー、お前が“最強”の神威を誇る強力な神と、お前に匹敵するほどの観測能力を持つ神を、<星>の派閥に引き入れたという情報がある。神々の戦争でも起こすつもりか?」
「いやいや、まさか。私は魔王様のファンであって、キュウはただの友達だよ」

 金髪虹眼の少女は右手人差し指を空へ向け、くるくると回した。

「まあ、でも、私が魔王様以外に殺されそうになったら、魔王様もキュウも助けに来てくれるけどね」

 金髪虹眼の少女は嗤う。

「そうか。楽しそうで何よりだ。今日の用件は何だ?」

 金髪虹眼の少女はデスクから飛び降りて、黒髪紅眼の少女を真横から抱き締めた。さらに金髪虹眼の少女が黒髪紅眼の少女へ頬ずりをする。黒髪紅眼の少女は無表情を崩さなかったけれど、どこか不満気な雰囲気をまとっていた。

「友人として助言に来たんだよ。魔王様がキュウたちを連れて、ここで目茶苦茶やるつもりみたい。だから、頑張ってね。現代リアルワールドの神様」
「お前が敗北した最強の神には興味があるな」
「負けてないけどね」
「<星>を丸ごと救われた上に、お前自身が殺される寸前までいったな」
「すべて計画通りだから」
「もしもの際は、吾に救援を求めたのにか」
「でも要請しなかったよ?」

 頬ずりするほどに至近距離だった金髪虹眼の少女と黒髪紅眼の少女は、飛び退き向かい合う。

 それぞれの瞳が耀き、虹の光と紅の光が今にも火花を散らそうとした。

 それだけで地震が起きたように部屋全体が揺れる。そのまま向かい合えば、このビジネス街に壊滅的な被害が訪れたのは想像に難くない。

「まー、吾が最強の神とやらを滅ぼしても、文句を言うなよ」
「ぜー、できるものならやってみなよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...