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エピローグ

第四百五十九話 遠き未来の森妖精

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 アクロシア大陸には中央部アクロシア王国と、大陸東部の国々に挟まれた森林地帯がある。

 そこには元々エルディンと呼ばれるエルフたちの国があり、エルフたちは森と湖の情景の美しい場所で静かに暮らしていた。

 しかし神戯に参加したプレイヤーにより、エルフたちはほとんど全員が奴隷にされ、戦争の道具にされてしまう。更に復活した最果ての黄金竜は、エルディン一帯を焼けた荒野へと変えた。

 そんな場所で暮らして行くことはできず、エルフたちは『浮遊大陸』へ移住し、天空の国の庇護の元で生活を始める。天空の王はエルフたちに好意的な立場を取ってくれていたため、生活に不自由することはなかったし、以前よりも豊かになったのも間違いない。

 しかしそれでも、エルフたちの中には故郷へ戻れるものなら戻りたいという気持ちがあった。

 だから最後の大氾濫の日、エルフたちは決死の思いで故郷の地を取り戻したのだ。



「なんて言うか。本当に何でもアリって感じね」

 エルフの冒険者エルミアは、頭にテディベアを乗せながら、元祖エルディンの森の中を歩いていた。

 荒野になってしまった森は、すっかり元の姿を取り戻している。何かとてつもない力を手に入れたフォルティシモが、一瞬にして以前のエルディンへ戻してくれたのだ。

 もちろん木々の一本一本、葉の一枚一枚まで同じなのかまでは分からないけれど、「元のエルディンへ戻した」というのは言葉通りの意味だろう。

『ファーアースオンラインに残されてたバックアップから、こっちのエルディンを復元したらしいけど、本当に綺麗だ』
「ええ、そうね。子供の頃に歩いた森、そのまま」

 元の森になるまで数百年の時間を要すると思えた故郷の地。それでもエルフたちの寿命は長い。たとえ千年掛かってもと意気込んだエルフたちの決意は、どこかへ吹き飛んでいる。

 エルミアは歩みを進め、木の実や草木に溢れた地面、木々の間から差し込む木漏れ日、鳥や虫の啼く声を聞きながら、懐かしさに浸る。

 そのまま奥まで進んで行くと、一際巨大な樹木の元までやって来た。

 これはエルディンで御神木と呼ばれた木で、幼いエルミアにとって家族のような存在だった。

 エルフたちの中でも始祖セルヴァンスの能力を色濃く発現したエルミアは、この巨大な樹木と会話することができた。そのお陰でプレイヤーの魔の手から逃れられたけれど、それは数十年にも至る故郷を取り戻す戦いの始まりだった。

 デーモンたちの千年の戦いを知った今、百年もしない内に救いの神たる最強神が現れて良かったと思う。

『木はあるけど、さすがに僕は居ないね』

 今、元御神木だった家族のような存在は、頭の上に乗っているテディベアである。フォルティシモが御神木からテディベアへ、魂を移し替えたのだ。

「テディさんは、御神木さんに戻りたいとか思う?」
『まさか。指一本動かせない樹木になんて戻りたくないよ。樹木って痛覚はないけど、触覚がない訳じゃないんだ。鳥に糞とかされると、雨の日まで不快だった』

 エルミアの質問にテディベアは冗談交じりで答えてくれた。熊のぬいぐるみがブンブンと手を振り回しても、彼はエルミアの頭から落ちそうになることはない。

「じゃあ、その、エルフに戻りたいって言うのは?」
『それは………』

 御神木は千年前、プレイヤークレシェンドによってプレイヤーセルヴァンスが変化させられた存在なのだ。彼はエルミアの祖先でもある。

 今のフォルティシモなら人間の身体くらい創造できるだろうし、【アバター変更】という超絶効果を持った魔法道具も存在している。

 実を言うと、エルミアはこの話をテディベアへするため、事前にフォルティシモから【アバター変更】を貰っていた。課金アイテムという貴重な魔法道具でも、フォルティシモもテディベアとは友情を感じているから、テディベアのためと言ったら喜んでくれたのだ。

 だからテディベアが元のエルフへ戻ることを望んだ時、サプライズでプレゼントするつもりだった。

『たぶん、僕がフォルティシモへ頼んだら、フォルティシモは何とかしてくれると思う。贅沢な話だけど、なんか今すぐ戻らなくても良いかなって思ってる』
「どうして? ぬいぐるみの身体って不便じゃないの?」
『神に成ろうと驕ったセルヴァンスは、死んだから、かな』

 テディベアがどこか遠くを見つめる。

『それに、そこまで不便じゃないよ。フォルティシモの作ったテディベアのぬいぐるみは、物理法則システムの様々なアシストを受けられるからね』

 エルミアはテディベアから聞いた知識がほとんどだけれど、この世界で行われた神戯というゲームには、幾人ものプレイヤーが参加して来た。

 プレイヤーを誘うのは神々の仕事で、神によって誘い方も様々だ。拉致同然であったり、他に選択肢がなかったり、死んだ後に呼ばれたり。

 そんな中でセルヴァンスは、本人の意志を持って、神に成るべく神戯へ参加した。彼らを召喚した狐の神タマは、神戯の要項を、かなり詳細に説明してくれたというのはフォルティシモも知るところだ。

『万能の天才だと思っていたクレシェンドでさえ、神には成れなかった。フォルティシモみたいに突き抜けた何かがないと、駄目なんだ。それに………』

 テディベアが言葉を切ると、エルディンの森に風が吹いた。風は一枚の葉っぱを運んで来て、テディベアの頭に葉を乗せる。

「それに?」
『結局、神様も戦争をしていた。人と変わらない。神は自分に似せて人を創り、人は己の理想で神を作った。同じなのは、当たり前だった』

 エルミアは何となく、頭の上のテディベアを取って腕の中へ抱き締めた。

 セルヴァンスに戻ったところで、彼の愛した人も、神戯に参加した仲間も、一緒にエルディンを作った同胞も居ない。再び神戯へ挑戦したとして、その先に待っているのは無限の闘争かも知れない。

 それが千年の時間、樹木として過ごした末に生きることになったテディベアの現状だった。

『慰めてくれてる? ありがとう。エルミアは優しいね』
「そんなことないわ」

 エルミアは再びテディベアを頭へ乗せる。

「そうね。私も神戯って言うのに参加して、神様に成ろうかしら」
『え? エルミア?』
「だって、ずっとアイツに頼りっぱなしって言うのも気持ち悪いじゃない?」
『いや、でも………あ! ああ、そうか。そうだね。挑戦してみるのも、良いかも知れないね。その時は、協力するよ』

 偉大なる神へと至ったフォルティシモは、神々の中へ入っていくだろう。

 エルミアもいつまでも彼を見上げ、信仰しているだけでは―――。



 かつてエルミアがフォルティシモへ年齢を問いかけた時、エルミア自身の年齢は若輩者でしかなかった。

 しかしハイエルフの寿命は数万年にも達する。ハイエストエルフへ進化すれば、寿命そのものが消滅する。

 近衛天翔王光は人類最高の天才だったのだと言う。

 しかし人類文明の歴史、それはせいぜい二万年前程度の話だろう。

 どれほど凡百なる人間であれど、数万年、数十万年の研鑽を積んだ時、それは人類最高の天才とどちらが上だろうか。

 答えは、そこへ至った者だけが知る。
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