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第九章

第四百二十八話 死中救活 後編

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 懐中時計を返してくれたトッキーは、キュウの作戦を見守ってくれるのだと言う。

 キュウは主人を異世界召喚するため、最大の障害はトッキーだと考えていた。オウコーは『マリアステラの世界』への道を開くのに集中している。あとは時間の神を相手にして、時間を稼ぐなんて可能なのか、そこだけが不安だった。

 だからトッキーが邪魔をしないのは予想外の幸運なはずなのに、作戦成功率がガクンと落ちた気がする。

「我が偉大なる神が認めた子狐よ」
「ケペルラーアトゥム様にとって、私の最も高い価値がそれだというのは分かりました。でも呼びづらいのでキュウで良いです」

 太陽神ケペルラーアトゥムはじっとキュウを見つめた。

「キュウ、あれがこの遊戯盤で最強だったのは認めよう。しかし、今や<時>の一柱にも及ぶまい。ましてクロノイグニスと戦えるはずがない。召喚したところで、何かが変わるとは思えないが?」
「ご主人様は最強です」
『フォルティシモは最強だ』

 ―――フォルティシモは最強だ

「え?」

 キュウは何か聞こえるはずのない声が聞こえて、状況も忘れて周囲を見回してしまった。キュウの視線に入って来る光景に変化はない。それでも心臓が強く脈打つのを感じる。

 キュウが主人を求めるのは正しい。

 正しいけれど、何かが間違っている。

 主人は最強だ。それは間違っていないはず。ならば、間違っているのは。

 その戸惑いを狙ったかのように、別のプレイヤーがキュウたちの会話に割り込んだ。

「いやいや、そうはならないでしょ、クロノイグニス様。こんな大戦の前に、何を余裕ぶっこいてんの? 馬鹿なの?」
「俺的に完璧な戦略なんだけど、まあ、気に食わないなら好きにやって良いぜ。俺はマリアと違って、みんなの意志を尊重してる」

 空の上の領域に雲を突き抜けて現れたのは、巨漢の男だった。キュウには見覚えがない人物だが、その存在感だけで<時>の神々の一柱なのだと分かる。

「あんたがそう言うなら好きにさせて貰う。許可は貰った! 来い!」

 現れたのは巨漢の男一人ではない。人影が積乱雲を越えて次々と上昇して来て、あっという間にキュウ、天烏、太陽神ケペルラーアトゥムが取り囲まれてしまう。

 主人が求めたカンストを越えるプレイヤーたちが、キュウたちを注視している。

「キュウ、お前の作戦、もう一つ穴があるようだな。この<時>の愚神共を前に、我々が生き残らねばならない」

 太陽神ケペルラーアトゥムの本体であれば、この全員を相手にしても一瞬で勝利しただろうから、キュウが責められているような気がする。

 太陽神ケペルラーアトゥムは、<時>の神々へ向かって天烏の背を蹴り飛び立った。

 <時>の神々はキュウには興味がないようで、太陽神ケペルラーアトゥムだけに注目し、彼女を囲んで攻撃を仕掛けていく。最初は太陽の力を警戒していたけれど、徐々に太陽神ケペルラーアトゥムが力を失っていることに気が付いて、その攻撃は苛烈さを増していった。

 ここで太陽神ケペルラーアトゥムを倒されてしまったら、本当にすべての望みが絶たれてしまう。

「待って、ください! ここは、逃げること、をっ」

 オウコーやトッキー、そして<時>の神々から逃げる方法など存在しない。敵軍の戦力があまりにも巨大になりすぎて、対抗なんて言葉さえ浮かんで来ない。この中の一人を倒すのだってキュウの全力を注いで可能性があるくらいの話だ。

 むしろ太陽神ケペルラーアトゥムが前へ出てくれたお陰で、キュウだけは逃げ切ることができるかも知れない。それを感覚的に理解しているから、キュウの言葉は弱々しく届かない。

 しかしキュウだけ逃げて何が変わるというのか。

『キュウ』

 キュウは何か手はないかと考えて、必死に周囲の状況を聞き回していた。そんな中でAI主人の声が先ほどまでとはまったく違った声音でキュウへ語り掛けて来て、驚きで全身を震わせる。

『屈辱だ、本当に、屈辱だが、マリアステラと取引した』

 主人と女神マリアステラが顔を合わせた時、主人は女神マリアステラを信頼できないと断じた。それでも今、主人は彼女と取引したと言う。

 キュウの情報ウィンドウにある【救援要請】のボタン。

 そしてキュウのフレンドリスト最上段に、一つだけある名前、マリアステラ。意味は考えるまでもない。

 キュウは【救援要請】のボタンをタップした。



> あははは、もちろん行くよ、キュウ!

 その声に、キュウだけでなく太陽神ケペルラーアトゥムとトッキー、<時>の神々までも驚愕に染まる。この場にそぐわない心から楽しそうな声だけれど、全員の行動を制止するには充分なものだった。

 キュウの肩に手が置かれ、その存在が現れる。偉大なる星の女神マリアステラが降臨した。

「マリアステラ様!」
「我が偉大なる神!?」
「マリア? おいまさか、自分の世界を見捨てて来たの? ここは防衛優先だろ。今、お前の世界、マリアとラーちゃん両方欠いてるんだぞ。お前、自分の従属神や派閥の神を、なんだと思ってるんだよ。神になった奴らは、お前のオモチャじゃねーんだぞ」

 キュウ、太陽神ケペルラーアトゥム、トッキーはそれぞれの驚きを示す。

 他にもこの場に居る者たちが女神マリアステラへ話し掛けたけれど、彼女はそれらすべてを無視して、キュウの両耳を摘まんで引っ張った。

「………」
「………」
「………」

 場が静寂に支配される。神々は戸惑っている。

 しかし最も戸惑っているのはキュウだと断言できた。何せ実際に耳を引っ張られているのだ。引っ張られた耳は痛くないけれど、ムズムズする。

『てめぇキュウにそれ以上触ったら、PKするぞ』
「だからさ、これは友達同士のスキンシップだよ。ほら、キュウも嫌がってない」
『俺が嫌がってるだろ!』
「独占欲が最低すぎるね魔王様!」

 AI主人と女神マリアステラが時間を動かすと、トッキーがまた頬を掻く動作を見せる。

「いやぁ、俺、やっぱマリアのこと嫌いだわ」
『それはトッキーに同意だ』

 女神マリアステラは一通りキュウの両耳で遊ぶと、ぱっと放して、それからキュウと恋人同士のように腕を組んだ。キュウはずっとされるがままである。

「そう? でも私とキュウは違うよぉ。私たちって魔王様は愛してるけど、トッキーもオウコーも嫌いだからさ」

 キュウは初めて女神マリアステラに心の底から同意できた。主人は大好きだが、トッキーとオウコーはもう嫌いだ。

 同意したからか、彼女の立場になった場合の考えが浮かぶ。

 偉大なる星の女神マリアステラは、死んだ主人の母親姫桐を異世界転生させ、死んだ主人の親友ピアノを異世界召喚し、主人とキュウが出会う神戯ファーアースを開催してくれた。

 主人は女神マリアステラを警戒し、冷たい計算でしか動かない悪鬼羅刹のように言っていたけれど。その冷徹な計算は、誰のためだったか。

 もしかしたら、彼女は、ずっと。

「それに、見捨てて来た? 違うよ。見に来たんだよ。最前列の最高の席で、最強のショーを!」

 ―――私、魔王様のファン第一号だし

 あの言葉が本当に何の裏もなく、心からの言葉だったのなら、キュウたちにとって女神マリアステラは最高の救援になる。

「マリアステラ様! ケペルラーアトゥム様の代わりに、あの神々プレイヤーを止めて頂けますか!?」

 時の男神トッキーが時間停止なんて反則技を使っても、同格である星の女神マリアステラなら大丈夫のはず。

 太陽神ケペルラーアトゥムと母なる星の女神マリアステラ、この超強大な二柱の協力が得られたらキュウの作戦は成功したも同然だ。

 キュウが叫ぶと女神マリアステラは嗤って、首を傾げた。

「えー? キュウも私の話聞いてなかった? 見に来たんだよ。見に来ただけ。前も言ったでしょ、私レベル一のノービスだから戦えるわけ無いよ?」

 キュウは最高の救援だと言った心の中の前言を、全力で撤回した。やはり女神マリアステラは分からない。

「星の女神をやれ!」

 これまで太陽神ケペルラーアトゥムを攻撃していた<時>の神々プレイヤーたちの狙いが、一斉に女神マリアステラへ向いた。それもそのはずで、彼らにとったら敵の大将が丸裸で最前線に現れたようなものだからだ。

 女神マリアステラはキュウと恋人のように腕を組んでいるので、キュウも一緒に狙われている。

 救援どころか良い迷惑だ。
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