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第八章

第三百九十八話 vs天使軍

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 始まりに一人のエンジェルが、アクロシア大陸の上空に降臨した。

 純白の翼に手には黄金のラッパを持っているエンジェルの青年は、そのラッパを吹き鳴らす。

 すると天空に光の渦が現れた。光の渦は一つ、また一つと数を増していき、数を千にまで至らせる。

 光の渦は天界と下界を繋ぐ道であり、それより現れるのは審判を下す神の使徒。

 天使の軍団が現れた。

 空に現れた天使の軍団の存在感は強大で、大氾濫が続いている中でも人々の注目を引いた。

 異世界ファーアースの人々は少しだけ、天使が自分たちを助けに来てくれたのだと期待した。女神への祈りが届き、人類を助けるために天の御使いを使わせてくれたのだと、有り得ない妄想に囚われた。

 その期待は呆気なく砕かれる。

 天使の軍団は、大氾濫の魔物を統率し始めた。大氾濫の魔物は天使に従う。これまで本能のままに人々を襲うだけだった魔物たちは、天使の意志によって戦略的連携を取り始める。

 大氾濫は無限に魔物が発生する事象で、その無限の魔物を指揮する一騎当千の指揮官が現れた。

「そんな、天使が俺たちを殺すのか? 魔物は、神の試練で、天使たちの、人は………」
「見捨てられたのだ。女神に。もう終わりだ」
「これが女神の神託の真実か」



 ◇



 アクロシア大陸にとって最悪の災害大氾濫を、人類滅亡が危惧される未曾有の災害へと変える天使の降臨。

 それは同時に、フォルティシモの信仰心エネルギーFPを奪うための戦略にもなる。女神の神託に加えて天使の姿を見れば、フォルティシモへ祈る者は減るだろう。

 それでもフォルティシモは、太陽神ケペルラーアトゥムと向かい合いながら余裕を崩さなかった。

「このプレイヤーの肉体であっても、待機させていた者たちを呼び寄せることは可能だ。私とお前の戦いで決着が見えないならば、別の要素を加える」
「戦術的には正しい。俺もよく、スポットでフレンドに救援を依頼したもんだ」

 ソロでは挑戦不可能な人数を集めるために、曲がりなりにもフレンド登録している者たちへ、トレード可能な課金アイテムやレアアイテムを交換条件に協力して貰った経験は幾度もある。

 今考えると、この異世界ファーアースの友人たちに比べたら、彼らは友人フレンドではなかった。取引相手とか同盟者と呼ぶべきだ。フォルティシモはそんな感慨を振り払う。

「だが想定通り過ぎて面白みがない」

 天使の軍団の降臨。フォルティシモはその戦力には警戒していたけれど、その現象には最初から警戒していなかった。

「知らないようだから教えてやる。俺の知ってるファーアースオンラインでは、天使の軍勢は定期的に発生するイベントでしかない」

 ちなみにそのイベントで天使たちをソロで千体倒すことが、【魔王】クラスへのクラスチェンジ条件となる。以前のフォルティシモはキュウが【魔王】になることを期待して、いつかはキュウに天使を虐殺させる予定だった。初めて会った時に、たしかにそう言った。

 しかし今や、それは無意味になった。『マリアステラの世界』から帰って来たキュウは、【魔王】クラスを取得していたからだ。詳しい事情はキュウを悲しませそうで聞いていない。

 閑話休題、フォルティシモにとって最後の審判が始まる際、ラッパと共に現れる天使の軍団は、それだけ想定された攻撃である。

「アル! ピアノ! 頼むぞ!」

 作戦通り天使の軍団は、既に【魔王】クラスのアルティマ、そしてピアノとデーモンの軍団に任せる。

『ようやく出番なのじゃ!』
『行くぞ! 絶対に、誰も死ぬな!』

 フォルティシモと太陽神ケペルラーアトゥムの戦いは誰にも邪魔させない。



 ◇



「卑しい悪魔共め」
「愚かな天使共が」

 悪魔デーモン天使エンジェルが空で踊る。

 デーモンたちは母なる大地を奪った女神の使徒であるエンジェルたちと、何度となく戦っている。何度も戦い、何度も破れ、それでも諦めなかった。

「大いなる女神の慈悲を理解できぬ悪魔め」
「何よりも慈悲深き女神の御心を思えぬ悪魔め」
「空に輝く御身を見ても傅かぬ悪魔め」

 デーモンたちは間違いなく強い。しかしデーモンたちの千年の研鑽と修練は、今尚、天を駆けるエンジェルには届かない。

「予想通りだ、女神の奴隷共が!」

 <青翼の弓とオモダカ>さえもエンジェル一人に届かないのだ。デーモンたちはエンジェルに勝てない。それは彼らが最も理解していた。エンジェルたちと戦って勝てるならば、デーモンたちはファーアースでもっと大胆な行動を取っていた。

 ならばデーモンたちは、エンジェルたちを倒すという不可能をフォルティシモと約束したのか。

 ピアノが実行直前になって反対した作戦がある。ただ単に命を盾にする、だけであれば、ピアノも反対しなかった。

 ピアノも命を賭けるべき時を分かっている人間だ。しかし命を賭けるのと、命を捨てるのとでは意味が違う。

> 『STRブースト』を使用しました
> 『DEXブースト』を使用しました
> 『VITブースト』を使用しました
> 『INTブースト』を使用しました
> 『AGIブースト』を使用しました
> 『MAGブースト』を使用しました

 課金アイテムのステータスブーストアイテムを、デーモンたちが一斉に使い始めた。

 フォルティシモはステータスブーストアイテムの販売終了を警戒して、万単位で買い込んでいたのだ。お陰で、幸か不幸か<暗黒の光>のデーモンたち全員へ行き渡っている。

 ゲームでは当たり前のようにある、お手軽にステータスを上昇させられる薬。

 ゲームであれば課金アイテムだからマイナス効果がないのは当たり前で、何の代償も無く課金する限り、いくらでも使えるものだった。

 しかし現実に自分の実力の何倍もの力を出せる薬を服用したら、その副作用は死に至るほどになる。ピアノが直前になって反対したのは、その仕様を、システムを、物理法則を知らなかったから。

 デーモンたちは、フォルティシモへ「ステータスブーストアイテムを全力で使って、エンジェルたちを倒す」と約束した。

 代わりに天空の魔王は「必ず太陽の女神を倒す」と約束してくれた。

 だからデーモンたちには何の迷いもない。命を削る薬を使い、天使を堕とす。

 角付きと呼ばれた原住民たちは、天空の魔王と契約し本物の悪魔となった。

 暗黒に、光あれ。



 ◇



 空に浮かぶエンジェルたちの一人は、現在の状況を見て眉を潜めた。

「タイミングがおかしい。ケペルラーアトゥム様に何かがあったに違いない」
「ケペルラーアトゥム様との連絡が途絶えている。されど役割はこなさなければならない」
「予定外だが、部隊をケペルラーアトゥム様の元へ。我らは引き続き―――ぐほっ!」

 エンジェルたちの一人が、巨大な炎の尻尾のようなものに巻き取られ、地上に墜落していった。

 エンジェルたちに動揺が走る。彼らはNPCよりも圧倒的に強く、モンスターを操作する権限も与えられている。およそプレイヤー以外には敗北するはずがない。いやプレイヤーでさえも、エンジェルと戦える者など極少数のはずだった。

 しかし今、一撃でエンジェルの一人が焼かれ堕ちていく。

 それに答えるように彼らの前へ、黄金狐の魔王が立ち塞がった。その背中には九つの巨大な尾が、翼のように煌めいていて、それに含まれた殺気が禍々しさを感じさせる。

「妾の役割の一つを、教えてやるのじゃ」

 空中に浮かんだ黄金狐の魔王は、巨大な九つの光の尾をゆらゆらと揺らしながら楽しそうに笑った。

「主殿と妾以外の誰も、【魔王】にさせないため、イベントの度に誰よりも天使を虐殺すること! 狩る対象がいなくなれば、誰も条件達成できなくなるのじゃ! 妾たち以外、【魔王】は不要! 横殴り上等なのじゃ!」

 史上最も天使を殺した黄金狐の魔王が襲い掛かる。
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