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第八章

第三百八十五話 勝利の女神 前編

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 フォルティシモが出会った頃のアーサーは、付き合ったばかりの恋人かと見紛うばかりに一日に何度もフォルティシモへメッセージを送って来た。それも内容はほとんどが自分語りだったので、フォルティシモは速攻でブロックしたものだ。

 しかしそれも、最近は逆になっていた。

 アーサーの権能をテストに使ったり、キュウの実験台にしている内に、フォルティシモが呼び出しても警戒して用事を聞いてくるようになった。しかも連絡しても、なかなか返事をしないこともある。

 だから今回は急ぎだったので、ラナリアからアーサーを呼び出して貰うことにした。

 ラナリアに呼ばれたアーサーは、すぐに『浮遊大陸』のエルディンへ現れた。真っ白な礼服にバラの花束を抱えて。そして待ち構えていたフォルティシモを見て叫ぶ。

「だ、騙したな! 純真無垢なラナを利用するなんて、君には人の心がないのか!?」
「騙したのは悪かったが、お前はラナリアに騙されてるぞ。俺は出会ってから一度も、ラナリアを純真無垢なんて感じたことがない」
「誤解ですよ。フォルティシモ様」

 フォルティシモはラナリアの代わりにバラの花束を受け取り、【爆魔術】スキルで消し飛ばし、早速本題へ入る。内容はアーサーのいつも話している勝利の女神と会いたいというものだ。

「君が勝利の女神と会いたいと言うのかい? 僕の勝利に嫉妬する気持ちは分かるけれど、勝利の女神は君の勝利を願わないよ」

 アーサーはふさっと髪をかき上げた。その動作の意味は不明だ。

 フォルティシモは思わず「今の状況でアーサーが神戯に勝つと思ってる、その勝利の女神の頭は大丈夫か?」と聞きそうになって、なんとか我慢した。

「お前から連絡はできるのか?」
「ああ、彼女は今、アクロシア王国の王都に居るからね」
「何? ファーアースに来てるのか? そうか。心の中の言葉だが、謝らせてくれ。かなり馬鹿にして悪かった。今の状況で来たってことは、情報収集能力も分析能力も最低限はあるな」
「君の情報収集能力と分析能力は、僕のライバルなのに駄目なようだね。もっと頑張らないと、僕のライバルから脱落してしまうよ?」

 肩を竦め大きな溜息を見せるアーサー。

「勝利の女神は、僕が神戯に参加してからずっとこの世界に居たのさ。僕と共に転移して来てくれたんだ」
「何? ………お前もだと?」
「驚くのも無理はない。僕が大氾濫の英雄と呼ばれた戦いも、彼女の脚本によるものだった」
「お前が自分で考えて英雄的行動ができるとは思わなかったから、納得した」
「ところで、も、って言ったね? どういうことだい?」
「もう一人、神戯へ参加すると同時に神を連れてきた、奴を知ってるだけだ」

 天才近衛天翔王光は竜神ディアナを連れて神戯へ参加した。神戯へ参加する前から神のバックアップを受け、参加後もその力を振るったらしい。

 認めたくはない。本当に、心の底から、感情が拒否しているけれど、認めなければならない。

 アーサーは神戯に参加する前から神と交流し、参加後も神と共に神戯を戦っていた近衛天翔王光に匹敵する天才なのかも知れない。

 認めないことにした。

「とにかく、会わせてくれるのか?」
「僕と決闘して、勝ったら勝利の女神に聞いてあげよう! 君が負けたらラナとキュウちゃんを解放するんだ!」
峰打ミニモ光速ライオ乱打ペガル・トルメンタ

 フォルティシモは最後の理性を動員して、HPがゼロにならない攻撃を叩き込んだ。



 アクロシア王国の王都は、VRMMOファーアースオンラインで最も栄えた都市である。プレイヤーが最初に降り立つ場所だし、誰もが来られるから季節イベントや限定イベントの開始場所にも頻繁に指定された。

 それは異世界ファーアースになっても変わらず、これだけ巨大な都市をモンスターから防衛し続けられているのは、大陸中を探してもアクロシア王都とカリオンドル皇都だけだろう。

 そんな王都だからか、内政に多大な影響力と先見性を持つラナリアさえ把握できない区画がある。

 アクロシア王都の半地下都市、いわゆるスラム街だ。半地下というのは、半分だけ地面の下という意味ではない。

 アクロシア王国は防衛するための壁を広げるのが困難だと考え、代わりに地面を掘り始めた。そこへある程度の地下建造物を作れたものの、大した建築技術もないのに掘ったためにそこら中で崩れてしまい、地下だったり地上部分が崩れていたりする場所が半々、という意味だ。

 いつ全体が崩れるか分からない地域のため、まともな者は住んでいない。VRMMOファーアースオンラインでは、そういう設定だった。異世界ファーアースでどんな扱いなのかは聞いていない。

 フォルティシモはアーサーに案内されながら、その区画を歩いていく。最低限の同行者としてキュウ、セフェール、リースロッテ、ラナリア、狐の神タマも一緒である。危険な地域でも護衛などは付けていない。強いていえば、フォルティシモこそが最強の護衛だ。

 リースロッテはキュウの服の裾を掴みっぱなしで歩くので、キュウが歩きづらそうだった。ラナリアの視線はせわしなくスラム街の四方へ向けられている。セフェールと狐の神タマはいつもと変わらない足取りだ。

「十年前の大氾濫、というか十年以上前から、勝利の女神はこの地域に住んでるのか?」
「ああ、僕と彼女が転移してから、ここを【拠点】に決めた」
「もしかしてヒヌマイトトンボがアクロシア王国を制圧しようとしていたのは、十年前の大氾濫で勝利の女神が介入したのを知ったせいか?」
「誰だい?」
「お前はもう少し他人の行動へ関心を示せ」

 フォルティシモは異世界ファーアースから元の世界へ帰ることを願っていたプレイヤーヒヌマイトトンボを思い出した。彼らは結局、仲間の一人に皆殺しにされてしまったけれど、異世界に残るつもりのない彼らが貴族になったのは、勝利の女神のことがあったからに違いない。

 しばらくアーサーに付いて歩いて行った先には、小さな事務所があった。汚れテクスチャーで偽装していたけれど、その事務所の正体はすぐに分かった。

「ガチャアイテムの芸能事務所だな」
「さすが僕のライバル。君もこのアイテムを持っているんだね」
「倉庫にぃ、五千個ほど入っていますねぇ」
「状態異常、状態異常耐性、状態異常耐性貫通、状態異常耐性貫通無視、状態異常耐性貫通無視無効を実装しやがってぇ! クソ運営が! それぞれ百パーセントにするまで、いくら掛かったと思ってる!」

 フォルティシモが真の魔王へシフトチェンジしそうになると、セフェールとリースロッテによって、キュウがフォルティシモへ向かって投げつけられた。

「ふう」

 キュウの体温と耳と尻尾のもふもふで落ち着いた。キュウは状況が分からずに目をパチパチとしていた。

「ここがアーサーの【拠点】か。フレンドを許可してるか?」
「もちろんさ。僕のライバルは入れるよ」



「あーくん、お帰り-。友達ってラムテイル? 久しぶりだねぇ」

 外見年齢は二十代後半くらい、身長はラナリアに近いがかなりの細身。寝癖が暴れ放題の金髪、ボロボロで斑模様の袢纏、額に『あーくん命』の文字入りハチマキをした何かが、フォルティシモたちの前に出現した。

「………こいつは何だ?」

 フォルティシモは目の前の物体を理解したくなくて、アーサーへ問いかける。

「ただいま戻りました。勝利の女神!」
「ぎゃあああぁぁぁーーー! 誰えええぇぇぇーーー!?」

 勝利の女神は奇声を発しダッシュして近場の部屋へ駆け込み、ガチャリと部屋の鍵を掛けた。

 フォルティシモはその様子を見守ってから、頭を抱える。

「くっそ、勝利の女神は、最果ての黄金竜側か。マリアステラ、ディアナ、タマ、太陽神が神っぽかったから油断してた。いやアーサーのことを考えたら、勝利の女神がまともな奴のはずがなかった。俺のミスだ」
「神っぽいと言われても、困るかえ」
「誰よりも黄金竜さんが可哀想ですねぇ」

 アーサーは勝利の女神が引き籠もったドアをガチャガチャと鳴らしていた。

「勝利の女神!? どうしたのですか!?」
「あーくん! 友達を連れて来るなら言ってよ!」
「いえ、だから連れて帰っても良いかと尋ねました!」
「知らない人だよ!」

 アーサーと勝利の女神は何やら扉越しにやりとりをしている。

「フォルティシモ様、私にお任せ頂けませんか? なんだか凄く上手く対処できる気がします」

 ラナリアが酷く悪い顔を見せた。

「俺もラナリアに任せるのが最善だと思ったが、こっちは手伝って貰う側だ。ここは筋を通したい。まずは俺が話す」

 部屋のドアへ近付いて、アーサーと場所を交代する。

「勝利の女神、俺はアーサーのフレンドのフォルティシモだ。突然の訪問を、まずは謝罪したい。お前に用事があって来た。話をさせて貰えないか?」

 ドアの奥からの返答はない。

「俺はいち神戯参加者ではあるが、この神戯の現状をある程度理解しているつもりだ。勝利条件も達成し、【最後の審判】を待っている。星の女神マリアステラや、太陽の女神ケペルラーアトゥムとも話をした。この場には、狐の女神タマも来ている」

 ガタンと部屋の中から音がした。そしてガタガタと音が続いた後、ゆっくりと部屋のドアが開かれる。
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