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第七章

第三百五十一話 太陽神の神威 前編

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 フォルティシモは最高高度ダンジョン『ユニティバベル』の最上階で、セフェールが巨大亜量子コンピュータを掌握するのを待っていた。

『これはぁ、すごいですねぇ。フォルさんが作った機器とはぁ、月とすっぽんですねぇ』

 セフェールはフォルティシモが自らの手で作った最強最高のAIであり、クレシェンドやつう、エンシェントにだって負けていないと思っている。

 ただその性能を発揮するためには膨大な金の掛かった精密機器が必要で、そのために現代リアルワールドでセフェールの能力をすべて引き出すことは叶わなかった。廃課金と呼ばれたフォルティシモにだって、出せる金額の限度はある。だから巨大亜量子コンピュータの身体を手に入れたセフェールを喜ぶべきだった。

「そうか」

 だがフォルティシモは、クレシェンドが最後に伝えて来た重大な情報のせいで頭がぐちゃぐちゃになっていて、喜ぶことができない。

 フォルティシモは神戯の勝利条件を達成した。これから【最後の審判】とやらを達成すれば、神戯が終わる。

 終わったら、キュウや従者たちが消える。

 従者たちは元のAIに戻るだけと納得できる、のだろうか。いや、それさえも考えられないくらいに、フォルティシモが神戯に勝利したら、キュウが消えてしまう事実が脳内を混沌に陥れていた。

『後味の悪い勝利でしたねぇ』
「もう少し前に、クレシェンドが母さんのサポートAIだって知っていたら、もっと良い勝利の方法を見つけられたかもな」
『フォルさんにとって、あの事件は特別ですからねぇ。私は記事でしか知りませんけどぉ。その私からぁ、言わせて貰うとぉ、いつものようにぃ、最強だからってふんぞり返るのが良いんじゃないですかぁ?』

 セフェールの暢気な口調を聞いて、思わず脱力を感じてしまう。しかし同時に苦笑も漏れた。

「そうだな。当初の目的は、すべて達成できる。最強の完全勝利とは言い辛くなったが、俺の勝ちだ」

 拠点攻防戦で両陣営を全滅させずに終わらせること。フォルティシモの仲間は当然として、デーモンと狐人族に犠牲者を出さないこと。エルディン、アクロシア王国、カリオンドル皇国、トーラスブルス海上王国など地上の国々にも大した被害がないこと。三日以内であること。

 クレシェンドを倒すこと。

 フォルティシモはそのすべてを達成できる。

「………クレシェンドは、どうなった?」
『情緒形成記憶領域はぁ、削除したようですねぇ。余程ぉ、フォルさんに見られたくなかったんですよぉ』

 セフェールの物言いから、クレシェンドの死因は自殺と呼ぶべきだろうか。

「この最強のフォルティシモをここまで手こずらせたのは、お前が最初で最後だ」

 もし何かの事情が違えば、フォルティシモはクレシェンドを第二の父親と呼んでいたかも知れない。母親である近衛姫桐が生きていたら、そのサポートAIであるクレシェンドを家族と呼んだに違いないから。

「とにかく今は最後の仕上げだ。セフェ、こっちの身体も操作できないのか?」

 フォルティシモは今までセフェールと呼んでいた桜色の髪のアバターを支えていた。女性版フォルティシモな容姿のセフェールのアバターは、巨大亜量子コンピュータをハッキングした後に魂の抜け殻となっている。

『そうですねぇ。アカウントを作成してぇ、分身はいっぱい作れるみたいなんですがぁ、上手くその身体に戻れないですねぇ』
「………俺も見るから、データをこっちにも回せ。このままだと、セフェを犠牲にしたみたいで気分が悪い」
『AIだった頃に戻っただけですけどねぇ』

 フォルティシモは情報ウィンドウを開いて、いつものように作業をしていた。

 後味は良くないもののクレシェンドを倒し、あとは<暗黒の光>との拠点攻防戦を穏便に終わらせるだけ。そちらの達成方法は既に分かっているので、セフェールを元の身体アバターへ戻すのを優先した。セフェールのアバターは死人になったようで、このまま時間を置いたら取り返しのつかない事態になりそうだったからだ。



 しばらく情報ウィンドウと睨み合っていると、異変に気が付いた。

 フォルティシモの居るこの部屋は、完璧な空調に管理された巨大亜量子コンピュータを稼働させるための最適な空間だ。窓もないし、外気は遮断され、温度管理は一定、光量だって調整されるはず。

 それなのに光と熱が部屋の中を支配しようとしていた。

 まるで部屋の中へ小さな太陽が顕現しようとしているかのように。

 何が起こっているのかは分からない。それでもフォルティシモは、生物的な本能による危機感が湧き上がって来るのを感じていた。あらゆる生物を超えた究極の何かが干渉しようとしている。

 フォルティシモとセフェールは見た。

 現れたのは腕だった。

 光輝く腕。

 あまりの存在感に、否が応でも理解できてしまった。これまで出会って来た神もどきや、神戯のルールに則って現れる神たちとは根本的に違う。

 真なる神。

 太陽神。

 太陽の女神。

 光は地上三万メートルの塔を消し炭にし、その周囲数十キロメートルも消し去った。



 ◇



 『浮遊大陸』の実験区画で怨敵クレシェンドとの戦いへ主人を送り出したキュウは、残された狐人族の少女たちへ温かいお茶を振る舞っていた。

 主人がコーヒー好きなのでお茶を入れる技術は磨いていないけれど、茶葉が高級品なのでそこそこの味は出るだろう。狐人族の少女たちは口々にキュウへお礼を言うものだから、なんだか嬉しくなってお茶菓子まで出してしまった。

 橙色の毛並みの建葉槌たけはずちも緑色の毛並みの六鴈むつかりも、キュウの故郷の里で見知った二人ではないらしい。

 それでも里で何の役にも立たなかったキュウを、冷静に見守ってフォローしてくれていた建葉槌、文句を言いつつも必ず最後まで付き合ってくれた六鴈に対して、何かできることが嬉しいと思ってしまった。

「あー、フォルツァンドさんが、魔王の擬態だったなんてショック過ぎる。私もう一生、誰かを好きになれないかも。誰見てもフォルツァンドさんと比べちゃうよ」
「一度会っただけで大袈裟な」

 主人を襲撃した狐人族の少女たちは、もう完全に敵意がなくなっていた。元々狐人族の少女たちの戦いへのモチベーションは低く、里長タマの命令だったというのが主な理由だ。しかも、もしもの場合は全面降伏するように言われていたらしい。

 キュウはそんな彼女たちへ、聞いてみたいことがあった。今でなくとも良いのだけれど、せっかく機会に恵まれたので聞いてみたい。

「あ、あのっ」
「何? 答えられることなら答えるよ」
「建葉槌さんたちが、先代、というのは、どういう意味なのでしょうか?」

 キュウの質問に対して、狐人族の少女たちは気まずそうに視線を交わす。建葉槌に問いかけたものの、六鴈が誰よりも早く問いかけに答えてくれた。

「そのままの意味だけど、だって私たちは、里長が失われた狐人族たちを模倣して作成したNPCじゃん? 君も同じでしょ?」
「え? それって―――」

 続きを口にする前に、キュウは有り得ないほどの“力”を耳にした。あまりの強烈なのため鼓膜が破れるかと思うほどで、反射的に両手で耳を塞いでしまう。

 それは純粋な音ではなく、太陽の光だった。光の音がキュウの耳に届いたのだ。

 キュウは次の瞬間には板状の魔法道具へ叫んでいた。

「ご主人様、セフェさん!」

 太陽の光が神の門へ鉄槌を下す前、その言葉は届いた。
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