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第六章

第二百六十四話 神を殺す武器

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 キュウは主人から手渡された棒を見つめた。棒は一メートルくらいに真っ直ぐ伸びていて、太さはキュウの両手で包み込める程度で洗濯物を干す物干し竿に近い。重さは鉄よりも軽いので、簡単に振り回せる。

 そんなキュウの目の前で、主人とアーサーが組み付き合っていた。いや正確には主人がアーサーを羽交い締めにしていて、アーサーは必死に抵抗しているけれど主人の拘束からは逃れられない。

「キュウに頼みがある。それでこいつを殴れ」
「え?」
「気でも狂ったのか!?」

 主人の命令とは思えない内容に、キュウ自身も戸惑った。主人は何の理由もなく、いきなり暴力を振るえと言う人ではない。

 戸惑いながらも主人を信じているキュウは、己の耳に力を注いで主人の状態を確認する。主人の心音は穏やかで冷静だった。そうだとすると、この行為は主人にとって必要なものなのだ。

 主人を止めるべきか悩んだけれど、キュウの耳は主人が冷静であり本気だと判断した。

「お、落ち着くんだ、狐の君! そうだ、僕の花として今夜楽しませてあげよう! だから止めるんだ!」
「………キュウ、全力でこいつを殴ってくれ。必要なことなんだ」

 キュウの望みは主人の望みである。なんか「全力で」の部分は違う気がするので、抑え目で。

「行きます!」



 ◇



「さて、色々調べたり、調べて貰ったりしたが、そろそろ結論しても良いだろう」

 フォルティシモは自分の【拠点】のリビングルームで、同じソファにキュウを座らせて、つう、エンシェント、セフェールと向き合っている。

 フォルティシモの表情に遊びはない。色々な気持ちが複雑に絡み合って、どんな表情になっているのか自分でも分からないと言うのが適切か。

「爺さんが言った母なる星の女神は、女神マリアステラで」

 一拍置いて呼吸をする。

「神を殺す武器は、女神マリアステラがキュウに渡した特殊なクラス【神殺し】である可能性が非常に高い」

 【神殺し】。フォルティシモが従者たち全員と再会した日、死神となったマウロとの戦いの中でキュウが女神マリアステラの声を聞き、クラスチェンジした。あの日の出来事のせいで女神マリアステラにキュウが付け狙われている。

 フォルティシモが結論しても良い、と言いつつ最後に可能性まで下げてしまったのは、フォルティシモの迷いから来るものだった。

 テディベアは元より、初代皇妃の記憶をある程度取り出せるルナーリス、あのクレシェンドまでクラス【神殺し】について注目していなかった。バランスブレイカーな力を発揮しているにも関わらずだ。ならば“知らなかった”と考えるべきだろう。

 語ったのはたった一人、与えた本人である女神マリアステラだけ。それが近衛天翔王光が神に復讐するために用意した、神戯に存在しない要素だからと考えれば納得がいく。

 神を殺す武器、それを見知らぬ相手が持っていたりチートツールのように敵対勢力が手にしたことを考えれば、キュウが持っているのは僥倖である。

 問題は神を殺す武器、クラス【神殺し】は女神マリアステラが用意したもので、女神マリアステラを倒すことができるとは思えない点。

 ちなみにフォルティシモはこの話し合いの場に、堂々とキュウを同席させている。隠し事は苦手だし、相手にとって重要な事実は包み隠さず話すのが信頼だと思っている。話した上で、お互いに本音でどうするのか、どうしたいのかを決める。

 時々口から飛び出す性欲という名の欲望は、重要ではないから隠すが。

「そうなると、対女神用の戦術探しは振り出しだな」
「爺さんに期待した俺が馬鹿だった。あれだけ天才だと持ち上げてやったのに」
「八つ当たりですねぇ」

 無駄な時間と労力を費やしてしまったので、思わず八つ当たりをしてしまった。しかしフォルティシモには、祖父への文句を言う資格くらいはあるはずだ。

「やはり元の線を辿る。テディベアたち初期組を異世界ファーアースへ転移させた狐の女神か、アーサーが言っていた勝利の女神、こいつらと会って女神マリアステラと戦う術を探る」
「主、気付いているか? 近衛天翔王光が用意した神殺しの武器は、神戯に関連した神を殺すためだ。なら、その二柱のどちらかが、主の両親を殺した首謀者である可能性もある」

 現在、フォルティシモの知っている神は六柱。

 言わずと知れた女神マリアステラ。絶賛フォルティシモとキュウへちょっかいを掛けて来ていて、対応策が必須。ただし近衛翔の母を殺した神ではない。

 テディベアたち初期組神戯参加者を転移させた、神戯の内容をしっかり説明し、テディベア曰く善神ではないが悪神ではないと言う狐の女神。

 アーサーを異世界へ転移させ、勝利を約束したという女神。ここ十年の転移して来ているプレイヤーは、この勝利の女神が転移させているらしい噂もある。

 それからカリオンドル皇国の初代皇妃、竜神ディアナと獅子神。二柱とも死亡している。

 最後に、自称竜神の最果ての黄金竜。こいつは知識面で役に立たないことが立証されている。

 この中で近衛天翔王光を危険視し、その娘の殺害を考える神は、狐の女神と勝利の女神だと思われた。

「その時は、俺とキュウの合体スキルが唸るだけだ」
「毎晩こそこそとやっているのは、エコーロケーションだけじゃないのか」
「それは良いですけどぉ、どうやってその神様たちと会うんですかぁ?」
「それが最大の問題だ」

 現在能動的に連絡できるのは最果ての黄金竜のみ。しかも『浮遊大陸』攻略の際に肉盾にしたことを恨んでいるのか、フォルティシモの頼みをなかなか聞いてくれない。

 幾人かのプレイヤーと出会ってきたお陰もあり、神戯についての情報は大分集まっているものの、それを開催している神様たちについてはほとんど情報がない。

 どうするか考えていると、つうがキュウをじっと見つめながら疑問を口にした。

「【神殺し】で、どうやって神様を殺すのかしら?」
「どうって。………どうやるんだ?」

 フォルティシモもつうと一緒になってキュウを見ると、エンシェントとセフェールもキュウへ注目する。キュウは何かを答えようと口を動かしていたが、何も言葉が出て来ないようだった。

 キュウの困っている時の耳や尻尾の動きは、それはそれでムズムズするのだが、フォルティシモに好きな子を困らせて楽しむ趣味はない。ないと思っていたけれど、最近はそれを撤回しなければならないかも知れない。困っているキュウが可愛くて、もっと困らせて反応を見たい衝動に駆られる。

「現状分かっていることは、キュウに権能が無効化されることだけだ。仮に【神殺し】にあらゆる権能に対する耐性の効果があったとして、攻撃に使えなければ神様を殺したりなんてできないな」

 フォルティシモは衝動を抑えるため、努めて冷静な情報で頭の中を埋める。

 フォルティシモの【領域制御】だけではなく、アーサーの権能も無力化されることは確認した。先日、アーサーを呼び出してキュウに叩いて貰ったのだ。

 キュウの力についてアーサーに教えるつもりはなかったので、アーサーの立場からすれば理不尽な暴力を受けたように感じただろう。それは申し訳ないと思っている。

 しかしフォルティシモの知り合いで権能を使える人物がアーサーしかおらず、【神殺し】の仕様確認はやらなければならなかった。

 それにアルティマとリースロッテに殴られても大人しくしていたアーサーなので、キュウにやられても、まあ大丈夫だろう。

「推測するとすれば、神という存在は権能の塊であり権能を消し去ることが神の死に繋がる。もしくは神には必ず不死の権能があり無効化が討伐の必須条件となる場合」
「女神マリアステラの嫌がらせとかぁ」

 エンシェントの推測は妥当そうで、セフェールの推測は有り得そうで嫌な話だった。

「あっ!」

 キュウが声を上げる。

「たしか、マリアステラ様は「権能で死を超越している」って言ってました」
「そういえばあの時のマウロは、HPがゼロなのに動いていた。キュウはそのマウロを倒した。状況だけ見れば、合致しそうだが」

 ならば話は簡単で、フォルティシモが徹底的に弱らせた後に、キュウにトドメを差して貰えば良いだけだ。キュウに危険があるが、フォルティシモはキュウをフォルティシモの最強を支える最強の従者に育てると約束した。その約束を果たせば彼女に早々危険なことはない。

 しかしそんな簡単な話なのだろうか。

 フォルティシモは何か嫌なものが胸に広がる感覚があった。それは女神マリアステラの悪意か。近衛天翔王光の復讐心か。他の何かか。
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