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第五章
第二百十四話 vsチートツール
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オンラインゲーム黎明期より、ゲームの運営開発はチートとの戦いだった。対戦ゲームで一方だけが無敵になったり、レースゲームでゴール前にワープしたり、カードゲームで必ず最高の手札が配られたり、色々な意味で運営や他のプレイヤーに損害を与えるものだ。
これに対して、現代リアルワールドでは法律の整備も進んで少なくなったものの、チートを使う者がゼロになることは未だにない。
ファーアースオンラインの運営開発では、チートに対する訴訟、アカウント停止やアンチチートシステムの実装に積極的で、AIによる強力な監視体制も敷いていたので、ほとんど居なかったと言って良い。
それでも、ほとんどだ。本当に極少数、チーターは存在した。そしてそういうチーターの標的になるのは、廃課金の超有名プレイヤー、魔王様と揶揄される嫌われ者、最強のフォルティシモである。
だからフォルティシモは、誰よりもチーターとの戦闘経験が豊富だった。
フォルティシモはカリオンドル皇帝を睨み付けながら考える。カリオンドル皇帝の表情には見覚えがあった。チートを使って最強のフォルティシモを倒そうとするプレイヤーたちが見せて来た、恥知らずな嗜虐的笑み。
フォルティシモは小さく溜息をして、気持ちを落ち着かせる。
「サーバーがないから、トラフィックの書き換えチートは有り得ない」
フォルティシモはカリオンドル皇帝へ向けて右手を掲げた。
「領域・爆裂!」
爆発と爆風に塗れるが、カリオンドル皇帝は変わらず無傷。
「凄まじい魔術だが、貴様は偉大なる初代皇帝の御力には及ばん」
「外部ツールによる亜量子ビットの書き換えの可能性なし」
カリオンドル皇帝の身体が消える。出現した時には既に攻撃態勢に入っていて、前後にあるはずのエフェクトも一切ない。検知不能の瞬間移動だった。
カリオンドル皇帝は連続瞬間移動から、フォルティシモの急所を狙ってくる。こめかみ、肘、鳩尾、膝と次々に攻撃されるが、やはりフォルティシモにダメージはない。
カリオンドル皇帝はチートツールを使って滅茶苦茶に攻撃しているだけで、ダメージボーナスが入るような攻撃さえもできていない。
「何という固さだ」
「移動速度じゃなくて座標の書き換えか」
フォルティシモは滅多に使わないスキルを発動。
「生命・減少」
いわゆるデバフスキルの一つで、一定時間相手の最大HPを減少させる。ここで初めて、カリオンドル皇帝のHPが見るからに減った。
「スキルアルゴリズムへの割り込みの可能性もなし」
「なっ!」
己のHPが減ったことに気が付いたのか、カリオンドル皇帝の動きが止まった。フォルティシモのカンストしたスキルレベルのデバフを受ければ、最大HPが十分の一以下になる。痛みはないだろうが、全身が急に重くなったような倦怠感を覚えているはずだ。
「な、何をした?」
「単純なメモリハックチートか」
「何をしたと聞いている!?」
「ファーアースオンラインを知り尽くしたこの最強のフォルティシモに、そんなものが通用すると思ったか?」
フォルティシモは魔王剣をインベントリに収納し、代わりに拳を握り締めた。
カリオンドル皇帝はフォルティシモに対して、一歩だが確実に足を後退させる。
「究極・打撃」
フォルティシモは拳をカリオンドル皇帝の左胸、心臓に位置する場所へ打ち込んだ。
「が、あああぁぁぁ!?」
カリオンドル皇帝のHPが一気にレッドゾーンまで減少する。カリオンドル皇帝は胃の中の内容物を吐き散らしながら、地面に膝を付いた。
「な、なひ、が?」
「一定以上のステータスと、ある組み合わせの打撃系【コード設定】でクリティカルを出した時、別メモリが参照され、あらゆる防御を無視してダメージが入る。お前には分からないだろうが、オーバーフローした数値分、ダメージ計算式を無視してHPが減る。物理無効のゴーストやガチガチのタンクにも有効な奥義だ」
ピアノが「またバグ技かよぉ!」と叫んでいる幻聴が聞こえるが、誰がどう言おうと幻聴だ。これはあくまで仕様の限界を利用した奥義である。
カリオンドル皇帝の表情に恐怖が浮かんだ。あと一撃、同じ攻撃を放てばカリオンドル皇帝は死ぬ。なまじ情報ウィンドウで己のHPを正確に把握しているものだから、それが分かってしまう。
「実はな、お前を殺す方法ならまだ他にもある。お前を拘束して血管にアルコールを注入し続ければ、いつか死ぬ。それだけじゃない。水も食糧も与えず餓死させるとか。俺の【睡眠】スキルなら海に放り込めば窒息死するまで起きない」
ゲームと違い、人の死因はHPがゼロになることだけではない。最強の力で圧倒すれば、チーターを倒す方法などいくらでもある。フォルティシモ自身、異世界でアルコールで二日酔いになってからは気を付けていたほどだ。
カリオンドル皇帝は怒りに染まる。勢いよく立ち上がり、獣の咆吼を上げた。それは己を奮い立たせるウォークライである。
「ならば………獅子の狩り場で嬲り殺してくれる!」
カリオンドル皇帝の全身から靄のような光が湧き上がる。
> 領域『アルテミスの狩猟場』に侵入しました
「神域・征討」
カリオンドル皇帝はレイドボスモンスターのようにインスタンス空間を作り出した。
だが【魔王神】の権能はそれを許さない。発生した領域を制圧し、砕く。サバナ気候の草原のような光景が一瞬だけ広がり、すぐに元の場所へ戻ってきた。
カリオンドル皇帝はフォルティシモの力を理解したのか、ぺたりと地面に座り込んだ。
「ま、魔王………」
フォルティシモが一歩近付く。
「く、来るな!」
フォルティシモとカリオンドル皇帝の間に、巨大な岩のオブジェクトが現れた。フォルティシモはすぐに【爆魔術】で粉々にする。
「ひっ!」
「お前がチートツールを手に入れた経緯を―――」
教えて貰おうか、と続けようとして、フォルティシモはそれに気が付いた。
「ガ、ガガ、Execution Anti-Cheat」
フォルティシモとカリオンドル皇帝を見つめる人影がある。
蠅の触覚と羽を持っている人型。一見すると、蠅人族にも見える。しかし顔や手足まで蠅そのものであり、生理的な嫌悪感を覚える見た目をしていた。
ファーアースオンラインの亜人族は、人間に他の種族の特徴が付いた見た目をしている。目や鼻や口は絶対に人間のものだし、五指も必ずあるし、関節や体付きは人間のそれだった。それは亜人族の虫型と言えど変わらない原則だ。
だが突如として現れたこいつは、目は複眼、鼻は見当たらず、口は突起型、蠅人族ではなく、蠅人間だった。
デモンスパイダーを筆頭に、ファーアースオンラインには気持ちの悪いモンスターも数多くいるけれど、ここまで気持ちの悪い見た目をしているモンスターは初めて見た。そもそもモンスターなのかさえ分からない。
「分析!」
獣
Lv?????
そしてフォルティシモのカンストした【解析】スキルを完全に無力化した。
これに対して、現代リアルワールドでは法律の整備も進んで少なくなったものの、チートを使う者がゼロになることは未だにない。
ファーアースオンラインの運営開発では、チートに対する訴訟、アカウント停止やアンチチートシステムの実装に積極的で、AIによる強力な監視体制も敷いていたので、ほとんど居なかったと言って良い。
それでも、ほとんどだ。本当に極少数、チーターは存在した。そしてそういうチーターの標的になるのは、廃課金の超有名プレイヤー、魔王様と揶揄される嫌われ者、最強のフォルティシモである。
だからフォルティシモは、誰よりもチーターとの戦闘経験が豊富だった。
フォルティシモはカリオンドル皇帝を睨み付けながら考える。カリオンドル皇帝の表情には見覚えがあった。チートを使って最強のフォルティシモを倒そうとするプレイヤーたちが見せて来た、恥知らずな嗜虐的笑み。
フォルティシモは小さく溜息をして、気持ちを落ち着かせる。
「サーバーがないから、トラフィックの書き換えチートは有り得ない」
フォルティシモはカリオンドル皇帝へ向けて右手を掲げた。
「領域・爆裂!」
爆発と爆風に塗れるが、カリオンドル皇帝は変わらず無傷。
「凄まじい魔術だが、貴様は偉大なる初代皇帝の御力には及ばん」
「外部ツールによる亜量子ビットの書き換えの可能性なし」
カリオンドル皇帝の身体が消える。出現した時には既に攻撃態勢に入っていて、前後にあるはずのエフェクトも一切ない。検知不能の瞬間移動だった。
カリオンドル皇帝は連続瞬間移動から、フォルティシモの急所を狙ってくる。こめかみ、肘、鳩尾、膝と次々に攻撃されるが、やはりフォルティシモにダメージはない。
カリオンドル皇帝はチートツールを使って滅茶苦茶に攻撃しているだけで、ダメージボーナスが入るような攻撃さえもできていない。
「何という固さだ」
「移動速度じゃなくて座標の書き換えか」
フォルティシモは滅多に使わないスキルを発動。
「生命・減少」
いわゆるデバフスキルの一つで、一定時間相手の最大HPを減少させる。ここで初めて、カリオンドル皇帝のHPが見るからに減った。
「スキルアルゴリズムへの割り込みの可能性もなし」
「なっ!」
己のHPが減ったことに気が付いたのか、カリオンドル皇帝の動きが止まった。フォルティシモのカンストしたスキルレベルのデバフを受ければ、最大HPが十分の一以下になる。痛みはないだろうが、全身が急に重くなったような倦怠感を覚えているはずだ。
「な、何をした?」
「単純なメモリハックチートか」
「何をしたと聞いている!?」
「ファーアースオンラインを知り尽くしたこの最強のフォルティシモに、そんなものが通用すると思ったか?」
フォルティシモは魔王剣をインベントリに収納し、代わりに拳を握り締めた。
カリオンドル皇帝はフォルティシモに対して、一歩だが確実に足を後退させる。
「究極・打撃」
フォルティシモは拳をカリオンドル皇帝の左胸、心臓に位置する場所へ打ち込んだ。
「が、あああぁぁぁ!?」
カリオンドル皇帝のHPが一気にレッドゾーンまで減少する。カリオンドル皇帝は胃の中の内容物を吐き散らしながら、地面に膝を付いた。
「な、なひ、が?」
「一定以上のステータスと、ある組み合わせの打撃系【コード設定】でクリティカルを出した時、別メモリが参照され、あらゆる防御を無視してダメージが入る。お前には分からないだろうが、オーバーフローした数値分、ダメージ計算式を無視してHPが減る。物理無効のゴーストやガチガチのタンクにも有効な奥義だ」
ピアノが「またバグ技かよぉ!」と叫んでいる幻聴が聞こえるが、誰がどう言おうと幻聴だ。これはあくまで仕様の限界を利用した奥義である。
カリオンドル皇帝の表情に恐怖が浮かんだ。あと一撃、同じ攻撃を放てばカリオンドル皇帝は死ぬ。なまじ情報ウィンドウで己のHPを正確に把握しているものだから、それが分かってしまう。
「実はな、お前を殺す方法ならまだ他にもある。お前を拘束して血管にアルコールを注入し続ければ、いつか死ぬ。それだけじゃない。水も食糧も与えず餓死させるとか。俺の【睡眠】スキルなら海に放り込めば窒息死するまで起きない」
ゲームと違い、人の死因はHPがゼロになることだけではない。最強の力で圧倒すれば、チーターを倒す方法などいくらでもある。フォルティシモ自身、異世界でアルコールで二日酔いになってからは気を付けていたほどだ。
カリオンドル皇帝は怒りに染まる。勢いよく立ち上がり、獣の咆吼を上げた。それは己を奮い立たせるウォークライである。
「ならば………獅子の狩り場で嬲り殺してくれる!」
カリオンドル皇帝の全身から靄のような光が湧き上がる。
> 領域『アルテミスの狩猟場』に侵入しました
「神域・征討」
カリオンドル皇帝はレイドボスモンスターのようにインスタンス空間を作り出した。
だが【魔王神】の権能はそれを許さない。発生した領域を制圧し、砕く。サバナ気候の草原のような光景が一瞬だけ広がり、すぐに元の場所へ戻ってきた。
カリオンドル皇帝はフォルティシモの力を理解したのか、ぺたりと地面に座り込んだ。
「ま、魔王………」
フォルティシモが一歩近付く。
「く、来るな!」
フォルティシモとカリオンドル皇帝の間に、巨大な岩のオブジェクトが現れた。フォルティシモはすぐに【爆魔術】で粉々にする。
「ひっ!」
「お前がチートツールを手に入れた経緯を―――」
教えて貰おうか、と続けようとして、フォルティシモはそれに気が付いた。
「ガ、ガガ、Execution Anti-Cheat」
フォルティシモとカリオンドル皇帝を見つめる人影がある。
蠅の触覚と羽を持っている人型。一見すると、蠅人族にも見える。しかし顔や手足まで蠅そのものであり、生理的な嫌悪感を覚える見た目をしていた。
ファーアースオンラインの亜人族は、人間に他の種族の特徴が付いた見た目をしている。目や鼻や口は絶対に人間のものだし、五指も必ずあるし、関節や体付きは人間のそれだった。それは亜人族の虫型と言えど変わらない原則だ。
だが突如として現れたこいつは、目は複眼、鼻は見当たらず、口は突起型、蠅人族ではなく、蠅人間だった。
デモンスパイダーを筆頭に、ファーアースオンラインには気持ちの悪いモンスターも数多くいるけれど、ここまで気持ちの悪い見た目をしているモンスターは初めて見た。そもそもモンスターなのかさえ分からない。
「分析!」
獣
Lv?????
そしてフォルティシモのカンストした【解析】スキルを完全に無力化した。
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