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第四章

第百二十九話 それぞれの祈り

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 『浮遊大陸』の森エリアにある木造のロッジ。フォルティシモがエルフたちのために作った―――正確に言えば設置した―――真新しい建造物の一つにシャルロットを迎え入れた。

 フォルティシモが一人ずつだと言って、誰よりも先に志願したのがシャルロットだった。フォルティシモから見ると、カイルが一番手を買って出ようとしていたものの、それよりも早くシャルロットが声を上げたのは意外という他無い。

 木製のテーブルを挟んで、二人は向かい合っている。

「シャルロットには聞いておきたいことがあったから、丁度良い」
「私もフォルティシモ様にお話がありました。まずはフォルティシモ様のご用事を済ませてください」

 シャルロットは背筋を伸ばした姿勢で椅子に座っている。カイルたちから感じられたような緊張は、少なくとも彼女には見て取れない。

「………思い出したくないことかも知れないが」

 シャルロットの態度はフォルティシモにとって好ましいものだった。感情や直感に頼らない、必要なことを必要な分だけ行おうという意思だ。だからフォルティシモも、重要なことを問い掛ける。

「死んだ時の記憶はあるか?」
「ありません」

 シャルロットははっきりと答えた。

「私が何者かに襲われた後、次に気付いた時には私を覗き込むキュウ様のお顔がありました。実際に蘇生の御技を行使して頂いたのはセフェール様とのことですが」
「そう、か」
「ご期待に添えない解答となり、申し訳ございません」

 シャルロットがわざわざ立ち上がって深々と頭を下げる。

「いやいい。記憶が無い、ということが分かっただけで充分だ。………そういえば、お前からの相談を受けるんだったな?」
「先に祈りを」
「ああ、それは後でいい」

 シャルロットを『浮遊大陸』すなわちフォルティシモの領域に連れて来てから、徐々にだが信仰心エネルギーが回復しているのが分かる。ただその回復量は、降り積もる雪のようなわずかな量である。

「以前フレア殿に、あなた方のような者の従者とならねば、更なる強さを得ることはできないと言われたことがあります」
「スキルの話だったか? それは問題なかったはずだが」
「上位クラスや覚醒もできないとも言われています」
「まあ、それらは試してないから何とも言えないな」
「そうですか。………私は今からとても身勝手な質問を投げかけます。お許し頂けなければ、今この場で首を撥ね、ラナリア様には私は旅に出たとお伝えして頂けないでしょうか」
「………………そんなことしてラナリアが信じると思うか」

 フォルティシモはシャルロットの命を賭けるような発言に焦った。その内容はフォルティシモの逆鱗に触れるかも知れないというものだ。だからフォルティシモはいつものように、答えるつもりだ。つもりだったけれど、口から出たのは少しばかり違う言葉だ。

「キュウを悲しませる以外の願いなら、何を言われても怒りをぶつけたりしない。だから言うことを許す」
「ありがとうございます。私からお尋ねしたいのは、私がラナリア様から【隷従】を受け、従者となった場合では、フォルティシモ様から私へそれらのことが可能であるかどうかです」
「どこに怒る要素があんだよ」

 急激な脱力感を感じながら、シャルロットの質問を考える。

 両手槍の男ヴォーダンがやっていた、従者の従者、奴隷の奴隷というネズミ講のような方法だ。キュウのステータスが補助できるのならやろうと考えていたけれども、キュウに奴隷を作れという指示をするのが嫌で、まだ具体的な行動には移していない。

「私はフォルティシモ様のお力を、ラナリア様のために利用しようとしているのです。これほど無礼な質問があるでしょうか」
「無数の煽りを受けてきた俺でも、そんな低レベルの煽りを受けた経験はないぞ」
「煽り?」
「なんでもない。とにかく俺はそんなつまらないことは気にしない。それで質問に答えると、可能かどうかは分からない。だが俺も試してみたいと思ってたから、実験台に立候補してくれるならラナリアを交えて話したい」
「是非共お願いいたします」

 これが上手くいけば、キュウのために奴隷を探さなければならない。男は論外なのでキュウの負担にならない女の子を奴隷屋に見繕って貰うべきだ。

 このやりとりでフォルティシモはシャルロットのことを、それなりに信用できる相手だと思い、信仰心エネルギーを収集するためのテストをして貰った。

 フォルティシモのことを考えて祈るように言ったり、別のことを考えるように頼んだり、何も考えない瞑想をして貰ったり、シャルロットはそれらの指示を高水準でこなしてくれた。ラナリアが護衛隊長として信頼しているだけはある優秀さだった。

 美しい容姿に優れた能力、高い忠誠心、リアルワールドでもなかなかお目に掛かれない逸材だろう。



 シャルロットと一緒に公園へ戻ると、女性陣が盛り上がっていた。ラナリアが冒険者の女性一同をもてなして、セフェールとアルティマまで加わり声を上げて笑っている。輪に入っていないのは、男性陣であるカイルとデニス、そして青い渦の前で待ち構えていたエンシェントだけだ。

「随分と楽しそうだな」
「ラナリアにとっては、冒険者を話術で手玉に取るのは造作もないことだろう」
「ラナリア様はフォルティシモ様の御友人に退屈させないよう配慮したのです」

 エンシェントとシャルロットのラナリアに対する評価は同じようで根本的に違う。フォルティシモとしてはどちらも正解のような気がする。

「ご主人様」

 キュウがフォルティシモに気が付いて立って側まで迎えに来てくれるのは嬉しい。しかしまだシャルロットで一人目なので、座っていて構わないと思う。

「意外と時間が掛かりましたねぇ」
「思いの外、良い感じだった」
「シャルロットの能力を評価頂き嬉しい限りです」

 ラナリアが心底嬉しそうに胸を張る。

「ああ、ラナリアの腹心じゃなかったら勧誘したいくらいだ。シャルロットのお陰で掴めてきたから、一人ずつやるのはあと二、三人で良い」
「じゃあ私がやります!」
「私もお願いします」
「わ、私も」

 サリス、ノーラ、フィーナが立候補。

「じゃあ、三人と」

 フォルティシモは安堵の溜息を吐いていたカイルを見る。

「カイル、最後はお前もやってくれ」
「俺か? まあ、最初からやるつもりだったから、良いけどな」



 ◇



 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を思い出す【ソードマン】サリスの場合。

「ここってもう『浮遊大陸』なんですか?」
「まあな」
「外見て来ても良いですか!?」
「このロッジが見える範囲から出るなよ」
「行って来ます!」

 ―――。

「森しかないじゃないですか!?」
「キュウやラナリアは空を見ただけで、違うってことを理解してたぞ」
「そんな特別な人たちと一緒にしないでください!」

 キュウとラナリアが褒められると、自分のことのように良い気分になった。こちらは依頼者なのに勝手に出掛けたことは帳消しにする。

「お前は冒険者で、俺は依頼者だ。依頼を果たせよ」
「あ、すいません。私にとってはフォルティシモさんは超高ランクな先輩冒険者なので、つい」

 そう言われると少し弱い。

「いいから、今から俺の言う通りにしてくれ」
「脱ぐのはキュウさんに言いつけますよ?」
「本当に脱がすぞ」



 ◇



 ギルドマスターの娘【マジシャン】ノーラの場合。

「思ったよりも効果がないんですね?」

 ノーラは自分の信仰心エネルギー充填の結果を言い当てた。

「どうして分かる?」
「初めて会った時、あなたは翼を持ち、神々しいほどの力を纏っていました」
「それが何か関係あるのか? 神の使いってのは否定したと思うが」
「だから私は人の身でありながら、神へと近づいた者だと思いました」

 それはある意味で、現在のフォルティシモという存在の本質を言い当てていた。

「私があなたを信仰しようとしても、様々な雑念が浮かぶ。純粋な祈りとはならないため、効果が薄いのではと考えました」
「………なるほどな」
「すいません」
「正直に言ってくれるだけで充分だ」



 ◇



 キュウの友人【プリースト】フィーナの場合。

「―――」

 膝を突き、両手を合わせ、目を瞑り祈りを捧げる姿は、まるで聖女のようだった。

「いかがでしょうか?」
「ああ、今のところお前が最高だな」

 フィーナはフォルティシモの言葉でクスッと笑う。

「祈ることに上も下もありません」
「他の奴は上手くできなかったみたいだが」
「それはきっと、祈りを難しく考えているからでしょう。祈ることは想うことです。誰でもできますし誰もが自然としています」
「………悪いんだが、俺は神は信じているが、宗教は信じてない」
「私は、神様も信じてなかったです」
「意外だな。敬虔な信徒かと思ってた」
「何言ってるんですか、私は冒険者ですよ」

 握り拳を作ってみせる手は傷付いていて、ところどころ包帯が巻いてある。

「キュウさんではなく私たちに依頼したってことは、私たちにしかできないことがあるんですよね? 何でも言ってください」



 ◇



 カイルの場合。

「何が悲しくて男と二人きりで、祈られなきゃならないんだ。拷問かよ」
「フォルティシモの依頼だろ」

 フォルティシモの軽口に、カイルも苦笑を返してくれた。

「フォルティシモには大きな借りがあるから、全力で祈るつもりだ。子供の頃は村の礼拝堂に毎朝祈りを捧げに行かされたからな。それを思い出して全力を尽くす」
「別の意味で期待してる」

 カイルは目を閉じて直立不動の姿勢を取る。そうすると、意外なことにフォルティシモの中にある信仰心エネルギーが、フィーナのそれを凌駕するほど回復していることに気が付く。

「なんだと」
「どうした?」
「お前って男色だったりするか?」
「そんなわけあるか!」
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