上 下
108 / 509
第三章

第百八話 vsヒヌマチーム

しおりを挟む
 ヒヌマイトトンボたちはキュウの名前をさえ知らなかった。そんなヒヌマイトトンボの言葉に苛立ったのは確かだが、それが理不尽なものだと理解していたので、いきなり皆殺しにするようなスキルは使わない。

 ヒヌマイトトンボたちがキュウを知らなかったことに苛立ったのではなく、よく知りもしないで襲ったことに苛立ったのだ。これは無差別殺人や通り魔に対する憤りであり、正しい怒り。だから己が冷静であることに安堵する。ただし理性はかなり麻痺している。

 重ねて言うならば、客観的に見てフォルティシモだってたった今よく知りもしないヒヌマイトトンボたちへ、理不尽に襲いかかろうとしている。

 フォルティシモがPKすると宣言したため、アルティマやリースロッテなど戦意のある従者が前へ出ようとする。フォルティシモは彼女たちを手の平で押し止め、自らスキルを使った。

大地スエロ縫糸イーロ

 フォルティシモのステータスで攻撃を仕掛けたら、それだけで死んでしまいそうなので、敵を縛り上げて徐々にダメージを与えるスキル設定を選んだ。

 地面から糸のように細い物体が現れて、ヒヌマイトトンボたちを縛り上げる。ヒヌマイトトンボたちから苦悶の声が漏れた。

 ヒヌマイトトンボに命令をした太った男は、攻撃を受けたわけでもないのに白眼を向いて倒れていた。ぶくぶくと口から泡を吹いており、気持ち悪くて触りたくない。

 ベッヘム公爵に気を取られた瞬間、ミヤマシジミがフォルティシモのスキルで作られた糸を破壊し地面を蹴った。タンク職筆頭である【守護者】だけあって、拘束系への対抗策を備えているらしい。

 手に持っているのは突撃槍。

「シジミ!」

 ヒヌマイトトンボの悲鳴にも似た叫びを聞き、ミヤマシジミの顔に笑みが浮かんだ。

「閃光四連突き!」

 ミヤマシジミの持つ突撃槍が光る。【槍術】に何らかの魔術系スキルを合わせた設定だ。フォルティシモは棒立ちでそれを受けた。フォルティシモのHPは一ドットすら減らない。

「こうなりゃやるしかねぇ!」
「行くぞ!」
「ミヤマシジミさん、続きます!」
「回復を!」
「みんな、待つんだ!」

 ヒヌマイトトンボの静止を聞かず、彼の仲間たちはフォルティシモへ殺到した。フォルティシモの従者たちは背中で文句を言っていたが、ここはフォルティシモ一人で片を付ける。

「ファイアストーム!」「火炎剣!」「ナパームボム!」「炎槍四連突き!」

 合図もなしに火属性を集中させたことに感心した。ファーアースオンラインでは同じ属性でタイミングよく連続攻撃を仕掛けると、ダメージが上昇していく。さらに火属性は熱が残るという設定になっており、石や金属系アイテムの性能を一時的に落とす効果がある。

 ミヤマシジミの槍でダメージを与えられなかったことを察知し、同一属性連続攻撃によるダメージ増加と攻撃しながらデバフへ切り替えたのだ。

 判断は良い。間違っているのはフォルティシモは防具の性能で防いだのではなく、純然たるステータスの差でダメージを無効化したということだ。

識域エクステンソ氷結コンヘラル

 地面を対象にして半径百メートル程度の範囲を氷結させた。

 火属性の集中砲火を受けて気が付いたのだが、異世界に来たことで炎を受けるととんでもなく熱い。なので一帯ごと冷やした。汗を掻くと、まるで焦っているようで格好悪いことが理由である。

 ヒヌマイトトンボの仲間たちは驚いて、攻撃の手を止めた。フォルティシモは棒立ちのままやられる趣味もないので、その隙に攻撃する。

 フォルティシモは最も近くに居るミヤマシジミに対して、【峰打】と【拳術】の設定を打ち込んだ。

峰打ミニモ打撃ペガル

 フォルティシモの打撃を受けたミヤマシジミは、うめき声を上げて氷の地面に倒れる。

「そんな、ミヤマシジミさんが、一撃で」
「い、いやあぁぁぁ!」
「手を休めんじゃねぇ!」

 ヒヌマイトトンボの仲間たちは悲鳴をあげながらも、攻撃を続けた。しかし腰が引けてしまっているため、最初ほどのようにうまく連続攻撃が繋がっていないようだ。

 地面に伏せたまま動かなくなったミヤマシジミに女性プレイヤーが駆けつけ、【治癒】スキルを使用する。つまりフォルティシモに接近した。

峰打ミニモ打撃ペガル

 フォルティシモは無造作に女性プレイヤーへ向けて拳を振るった。

 女性プレイヤーはミヤマシジミの上に倒れた。

「き、さまあぁぁぁ!」
「う、うわぁぁ!」

 二人の男がフォルティシモへ向かって来た。最初に向かって来た男の形相が般若のようだったので、思わず顔面に拳を叩き込んだ。男は後方に頭から倒れた。

 次の男は目を瞑っていて、戦闘中に目を瞑るなんて初心者でもやらない行動に呆れる。鳩尾を狙った。男は胃の中の物を吐き出して倒れた。

「こん、のバケモンがぁ!」

 メリケンサックを装備した革ジャンの男がファイティングポーズを取って、フォルティシモへ接近する。動きが洗練されているので、もしかしたらプロボクサーか何かかも知れない。

 ただ、VRゲームにおいてその道のプロは意外と弱い。現実の物理法則に囚われて、ステータスを充分に発揮して戦えないからだ。異世界になってどうなったかは分からないけれど、この世界の物理法則は元の世界のそれよりもVRゲームファーアースオンラインに近い。

 フォルティシモは目にも留まらぬ速度のアッパーで彼の顎を打ち抜いた。

 そうしてフォルティシモの足下には、五人のプレイヤーが転がった。残りはヒヌマイトトンボを含めて三人。フォルティシモを取り囲むベッヘム公爵軍は、もはや微動だにせずに成り行きを見守っているため除外。

「こ、ここまでなんて」

 ヒヌマイトトンボは驚愕に目を見開いて後退りをした。凍り付いた地面がしゃりと音を立てる。

「ヒヌマイトトンボ」

 フォルティシモはプレイヤー五人を打ちのめして、本当の意味で冷静さを取り戻す。そしてヒヌマイトトンボの名前を呼ぶと、彼はあからさまに身体をビクつかせた。

「今一度問うが、俺の敵になりたいのか?」
「そ、それは………」
「それは?」
「………仲間たちに、上手く伝えられなくて」

 ヒヌマイトトンボは叫び出す。

「聞いてください! あなたが、ここまで強いなんて思っていなかったんです! 俺たちは、十年以上前から元の世界に戻るために協力してきた。ある程度情報も溜まっています! あなたが元の世界へ戻ることを目的にしていないのであれば、協力できます! 俺たちは、元の世界へ戻るためなら、どんなことでもする!」

 元の世界へ戻るためならどんなことでもするという言葉は本当だろう。フォルティシモだって、元の世界に何らかの未練があれば全力で帰還手段を探したはずだ。

 ヒヌマイトトンボの発言に理解を示す一方で、逆に言えば帰還のためならフォルティシモも害するという意味だと判断する。

 残念だが、それを受け入れて、彼らを利用できるほどフォルティシモは自分の頭脳を信頼していない。フォルティシモは論理と理性に支配された世界ならばそこそこの自信はあるが、感情と直感には滅法弱い。

 しかしだ。神戯、という文字が頭に浮かぶ。

 ヒヌマイトトンボの一派を利用した方が、これから先の事態に対処しやすくなる確率は高い。ヒヌマイトトンボとは利害が対立しないのも大きい。

 誰かに相談しようかとフレンドリストと従者リストに意識が向くが、すぐに考え直した。重要な決断するべき事柄は、他人に任せないのがフォルティシモの信条である。後悔するのであれば自分で選んで後悔したい。

 フォルティシモが決断を口にしようとした瞬間、事態は予想外の方向へ動く。

「ごふっ」

 ヒヌマイトトンボの胸元から、ナイフが生えて来たのだ。いや何者かがヒヌマイトトンボを後ろから刺した。

「嫌だな。ヒヌマイトトンボさん。なに日和ってるんですか。あなたは強いプレイヤーだと思ってたのに、ガッカリですよ。まったく、てんで弱いじゃないですか。僕を騙してたんですか? 許せませんね。でも今まで世話になったので、一回PKするだけで勘弁してあげます。僕、もう大人ですから」

 少年は無邪気に笑っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...