上 下
94 / 509
第三章

第九十四話 キュウvsマウロの従者

しおりを挟む
 時はアルティマがマウロともう一人の冒険者ミヤマシジミに襲われて戦いを始めた瞬間。

 キュウはフィーナの手を引いてその場から退避した。キュウが優先すべきなのは、アルティマの邪魔にならないことだからだ。板状の魔法道具で主人に連絡し、最初は話し中で驚いたけど、すぐに繋がった。

 主人もすぐに来てくれるらしい。キュウは緊張で逆立っていた耳と尻尾を撫で下ろした。マウロたちは恐ろしいほどの魔力を放出している相手だけれど、あの最果ての黄金竜と比べたら人間に過ぎない。その最果ての黄金竜を破ってみせた主人が来てくれれば、絶対に安心だ。

 それに話を聞く限り、アルティマ一人でも優勢な状況らしい。早くその場を離れなければと考えたキュウは、少しばかり心配のしすぎだったかも知れない。

「あ、すいません」
「いえ、大丈夫です」

 ずっと握っていたフィーナの手を謝罪と一緒に放す。

「あの人たちは―――」

 フィーナが何かを言いかけたところで、背後から悲鳴が上がった。キュウの耳に捉えた声は、カイルの仲間の女性エイダのものに違いない。

 キュウは急いで耳に力を集中させて状況を把握しようと努める。そしてすぐに理解した。カイルが刺されたのだ。マウロとミヤマシジミはアルティマが抑えているので、あの二人の仕業ではない。
 全く別の第三者がカイルを刺したらしい。

 キュウがフィーナにそのことを伝えると、彼女は何の迷いもなく来た道を走って戻る。フィーナは【プリースト】なので、治癒しようと考えたに違いない。

 カイルを刺した人物の異様は見ただけで理解できる。キュウがフィーナを追って対峙したのは、ミイラのように全身を包帯で巻き、手足がキュウの身長よりも長い人物だった。亜人族だろうとは思うけれど、包帯のせいで種族を特定することはできない。

 その人物はカイルに馬乗りになり、執拗にカイルを刺し続けていた。

 エイダが止めようと入って返り討ちに遭ったのか、血塗れになって傍に転がっている。デニスというアクスマンの男性も白目を剥いて全身を痙攣させながら倒れていた。

「あぁ」

 悲痛な思いを口にしたのは、キュウだったのかフィーナだったのか。

 キュウの耳が捉える限り、三人とも呼吸はあるし心臓の鼓動も聞こえるので生きている。しかしこのまま放って置けば確実に死へ至るだろう。

 キュウは板状の魔法道具を取り出した。主人に連絡しようと思ったのだ。しかし包帯の人物は、キュウが板状の魔法道具を取り出すと同時に襲い掛かって来た。

「きゃっ!」

 両手に持ったナイフで、キュウを切り裂こうとして来る。耳で包帯の人物の行動を把握していたキュウは咄嗟に地面を蹴って回避できた。

 しかし包帯の人物はナイフを投擲し、そのナイフは板状の魔法道具を貫いた。板状の魔法道具は光の粒子になって消えてしまう。主人が友人のピアノと取引してまで渡してくれた魔法道具を失ってしまった。キュウの胸に痛みが走る。

「マウロ様の、従者として、命令、従う」

 包帯の人物がキュウを睨み付ける。

 従者と聞いて、キュウの身体が竦む。
 キュウが知っている本物の“従者”と言えばアルティマとフレアの二人で、二人共がキュウと比べて圧倒的な力を持っていた。本物の従者にキュウが勝てるはずがない。

 しかしふと思った。今の攻撃、相手がアルティマやフレアだったら、キュウは回避できただろうか。

 答えは否だ。アルティマやフレアが本気でキュウを殺そうと襲いかかったら、キュウは何もできずにあっという間に殺されてしまうだろう。しかし今は生きているどころか、相手の攻撃を見極めて回避までできた。

 つまり包帯の人物とキュウの間には、絶望的なレベル差はない。

 勝てる、とは思わない。けれど戦える、とは思う。

 キュウの頭に馬鹿な考えが過ぎった。たしかにキュウは目の前の敵と戦えるレベルなのかも知れない。けれどもキュウはまともな戦闘経験がないのだ。キュウの戦闘経験は、主人が氷漬けにする魔物を叩いているのがほとんどで、対人戦闘の経験など望むべくもない。

 だから馬鹿な考えだ。キュウがやるべきなのは、アルティマの邪魔にならないように主人の到着を隠れて待つことのはず。

 主人の友人カイルやキュウの友人フィーナに命の危険があったとしても、できることとできないことはある。でも、それでも、ここでただ隠れて待つだけだったら、主人の“従者”ではない。主人が望んだのは奴隷ではなく従者だ。

 だったらキュウのやる事は。

「フィーナさん、カイルさんたちに【治癒】を。私が、食い止めます!」

 戦うことだ。



 キュウは腰に差した剣を引き抜いた。主人が作ってくれた剣で、魔法道具としての力は一流の鍛冶師が作った物を上回る力を持っていた。飾り気のない両刃の直剣。刀身輝くその剣を、キュウは片手で構える。

 ほとんど毎日上げている【剣術】スキルが、剣の構えと使い方を教えてくれた。キュウの【剣術】スキルレベルを考えると、アクロシアの王国騎士たちを遙かに超える熟練者に見えていることだろう。

 包帯の人物はキュウが剣を構えると動きを止めた。

 時間稼ぎは望むところだ。フィーナがカイルたちを癒やす時間が必要だし、何より最強の主人がこっちへ向かってくれているのだ。時間はキュウの味方だ。

 緊張で息が途切れる。この睨み合いのまま時間が過ぎて欲しいと願う。しかし現実はキュウの願いを裏切った。

 包帯の人物はキュウの呼吸が吐かれた瞬間を狙って地面を蹴った。速い。だが対応できないほどではない。特に心音と筋肉の音から次の行動を予測していたキュウにとっては、充分な余裕で回避できるものだった。

 キュウは大きく横に飛ぶ。包帯の人物が先ほどと同じようにナイフを投げる。

 その動作も一度聞いた音だ。キュウは剣を振るって空中のナイフを切り裂いた。

「うっ!?」

 完璧に対応できたと思ったのも束の間、キュウは自分の右腕に針のような物が刺さっているのに気が付く。針からは魔力が感じられて、ただの針ではないのは明らかだった。

 急いで抜こうとしたが、包帯の人物はその隙を逃す相手ではない。彼もインベントリを使えるようで、二回のナイフ投擲をしたにも関わらず、真新しいナイフが両手に握られていた。

 右腕に広がる痛みに耐えながら、キュウは剣を振るって包帯の人物を牽制する。間合いと先読みはキュウが有利だが、その他はすべて敵のが上だ。

 その後は包帯の人物が攻撃に出て、キュウが対応する形が繰り返される。

 キュウはその攻撃に対応しきれたわけではない。何度かは無傷で済んだが、最初と同じように針を身体に打ち込まれたり、何度かはナイフで斬り付けられてしまった。

 身体が痛い。こんなに痛いのは初めてだった。

 主人と出会って、いやその前でも、こんなに傷付いたことはない。

 当然だ。キュウは今、初めての戦闘を体験している。最強の主人が後ろにいて何もかもしてくれたり、手強い魔物が現れたら主人がすぐに倒してくれる戦闘もどきではない。どちらが死ぬか分からない、生きるために互いの全力を賭けて戦う本当の戦闘だ。

「は、はっ」

 自分でも呼吸がおかしくなったのは気が付いていたが、整えようと思っても上手くいかない。死ぬかもしれないという恐怖が、上手く身体を動かしてくれないのだ。

 いや、それは相手も同じはずだ。キュウと包帯の人物に大きなレベル差がないのであれば、どちらが死ぬかはまだ分からない。むしろアルティマの戦闘が優勢なのであれば、焦っているのは相手のはず。従者ならば、早く主の加勢へ駆けつけたいと思うものだ。

 キュウはあえて相手から目を逸らした。それはアルティマとマウロたちが戦っている方向で、まるで安堵したような表情を作って見せる。包帯の人物の注意が、わずかに逸れた。

 その瞬間を狙って初めて攻撃に出る。彼の焦りを突く。

 キュウの予想通り、包帯の人物はキュウが攻撃に出るとは思わなかったようで、迎撃に入るのがワンテンポ遅れた。キュウにとっては、体勢を整える音を聞いてからなのでツーテンポは遅い。

「金剛剣!」

 複合魔技を放つ。キュウの剣は包帯の人物を真正面から切り裂いた。轟音と光が炸裂し、包帯の人物が数メートル先まで吹き飛ぶ。

 やった、という気持ちよりも安堵が広がった。これでフィーナがカイルたちを治癒し、アルティマがマウロたちを足止めしている間に主人が到着すれば、すべてが上手くいく。

 そう思ったキュウは甘かったと知らされた。

「マウロ様によれば、強いのはあの従者だけと言うことだったが」
「こっちのもなかなか強い」
「だが我々からすれば弱者に過ぎん」

 三人の新手がキュウを取り囲んでいた。
 そしてその中の一人から振り下ろされた拳を受けて、キュウは気を失ってしまう。

 ただ気を失う瞬間の前、声が聞こえた。

「アルか?」
「分かりませんがぁ、同類っぽいですねぇ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...