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第三章
第九十四話 キュウvsマウロの従者
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時はアルティマがマウロともう一人の冒険者ミヤマシジミに襲われて戦いを始めた瞬間。
キュウはフィーナの手を引いてその場から退避した。キュウが優先すべきなのは、アルティマの邪魔にならないことだからだ。板状の魔法道具で主人に連絡し、最初は話し中で驚いたけど、すぐに繋がった。
主人もすぐに来てくれるらしい。キュウは緊張で逆立っていた耳と尻尾を撫で下ろした。マウロたちは恐ろしいほどの魔力を放出している相手だけれど、あの最果ての黄金竜と比べたら人間に過ぎない。その最果ての黄金竜を破ってみせた主人が来てくれれば、絶対に安心だ。
それに話を聞く限り、アルティマ一人でも優勢な状況らしい。早くその場を離れなければと考えたキュウは、少しばかり心配のしすぎだったかも知れない。
「あ、すいません」
「いえ、大丈夫です」
ずっと握っていたフィーナの手を謝罪と一緒に放す。
「あの人たちは―――」
フィーナが何かを言いかけたところで、背後から悲鳴が上がった。キュウの耳に捉えた声は、カイルの仲間の女性エイダのものに違いない。
キュウは急いで耳に力を集中させて状況を把握しようと努める。そしてすぐに理解した。カイルが刺されたのだ。マウロとミヤマシジミはアルティマが抑えているので、あの二人の仕業ではない。
全く別の第三者がカイルを刺したらしい。
キュウがフィーナにそのことを伝えると、彼女は何の迷いもなく来た道を走って戻る。フィーナは【プリースト】なので、治癒しようと考えたに違いない。
カイルを刺した人物の異様は見ただけで理解できる。キュウがフィーナを追って対峙したのは、ミイラのように全身を包帯で巻き、手足がキュウの身長よりも長い人物だった。亜人族だろうとは思うけれど、包帯のせいで種族を特定することはできない。
その人物はカイルに馬乗りになり、執拗にカイルを刺し続けていた。
エイダが止めようと入って返り討ちに遭ったのか、血塗れになって傍に転がっている。デニスというアクスマンの男性も白目を剥いて全身を痙攣させながら倒れていた。
「あぁ」
悲痛な思いを口にしたのは、キュウだったのかフィーナだったのか。
キュウの耳が捉える限り、三人とも呼吸はあるし心臓の鼓動も聞こえるので生きている。しかしこのまま放って置けば確実に死へ至るだろう。
キュウは板状の魔法道具を取り出した。主人に連絡しようと思ったのだ。しかし包帯の人物は、キュウが板状の魔法道具を取り出すと同時に襲い掛かって来た。
「きゃっ!」
両手に持ったナイフで、キュウを切り裂こうとして来る。耳で包帯の人物の行動を把握していたキュウは咄嗟に地面を蹴って回避できた。
しかし包帯の人物はナイフを投擲し、そのナイフは板状の魔法道具を貫いた。板状の魔法道具は光の粒子になって消えてしまう。主人が友人のピアノと取引してまで渡してくれた魔法道具を失ってしまった。キュウの胸に痛みが走る。
「マウロ様の、従者として、命令、従う」
包帯の人物がキュウを睨み付ける。
従者と聞いて、キュウの身体が竦む。
キュウが知っている本物の“従者”と言えばアルティマとフレアの二人で、二人共がキュウと比べて圧倒的な力を持っていた。本物の従者にキュウが勝てるはずがない。
しかしふと思った。今の攻撃、相手がアルティマやフレアだったら、キュウは回避できただろうか。
答えは否だ。アルティマやフレアが本気でキュウを殺そうと襲いかかったら、キュウは何もできずにあっという間に殺されてしまうだろう。しかし今は生きているどころか、相手の攻撃を見極めて回避までできた。
つまり包帯の人物とキュウの間には、絶望的なレベル差はない。
勝てる、とは思わない。けれど戦える、とは思う。
キュウの頭に馬鹿な考えが過ぎった。たしかにキュウは目の前の敵と戦えるレベルなのかも知れない。けれどもキュウはまともな戦闘経験がないのだ。キュウの戦闘経験は、主人が氷漬けにする魔物を叩いているのがほとんどで、対人戦闘の経験など望むべくもない。
だから馬鹿な考えだ。キュウがやるべきなのは、アルティマの邪魔にならないように主人の到着を隠れて待つことのはず。
主人の友人カイルやキュウの友人フィーナに命の危険があったとしても、できることとできないことはある。でも、それでも、ここでただ隠れて待つだけだったら、主人の“従者”ではない。主人が望んだのは奴隷ではなく従者だ。
だったらキュウのやる事は。
「フィーナさん、カイルさんたちに【治癒】を。私が、食い止めます!」
戦うことだ。
キュウは腰に差した剣を引き抜いた。主人が作ってくれた剣で、魔法道具としての力は一流の鍛冶師が作った物を上回る力を持っていた。飾り気のない両刃の直剣。刀身輝くその剣を、キュウは片手で構える。
ほとんど毎日上げている【剣術】スキルが、剣の構えと使い方を教えてくれた。キュウの【剣術】スキルレベルを考えると、アクロシアの王国騎士たちを遙かに超える熟練者に見えていることだろう。
包帯の人物はキュウが剣を構えると動きを止めた。
時間稼ぎは望むところだ。フィーナがカイルたちを癒やす時間が必要だし、何より最強の主人がこっちへ向かってくれているのだ。時間はキュウの味方だ。
緊張で息が途切れる。この睨み合いのまま時間が過ぎて欲しいと願う。しかし現実はキュウの願いを裏切った。
包帯の人物はキュウの呼吸が吐かれた瞬間を狙って地面を蹴った。速い。だが対応できないほどではない。特に心音と筋肉の音から次の行動を予測していたキュウにとっては、充分な余裕で回避できるものだった。
キュウは大きく横に飛ぶ。包帯の人物が先ほどと同じようにナイフを投げる。
その動作も一度聞いた音だ。キュウは剣を振るって空中のナイフを切り裂いた。
「うっ!?」
完璧に対応できたと思ったのも束の間、キュウは自分の右腕に針のような物が刺さっているのに気が付く。針からは魔力が感じられて、ただの針ではないのは明らかだった。
急いで抜こうとしたが、包帯の人物はその隙を逃す相手ではない。彼もインベントリを使えるようで、二回のナイフ投擲をしたにも関わらず、真新しいナイフが両手に握られていた。
右腕に広がる痛みに耐えながら、キュウは剣を振るって包帯の人物を牽制する。間合いと先読みはキュウが有利だが、その他はすべて敵のが上だ。
その後は包帯の人物が攻撃に出て、キュウが対応する形が繰り返される。
キュウはその攻撃に対応しきれたわけではない。何度かは無傷で済んだが、最初と同じように針を身体に打ち込まれたり、何度かはナイフで斬り付けられてしまった。
身体が痛い。こんなに痛いのは初めてだった。
主人と出会って、いやその前でも、こんなに傷付いたことはない。
当然だ。キュウは今、初めての戦闘を体験している。最強の主人が後ろにいて何もかもしてくれたり、手強い魔物が現れたら主人がすぐに倒してくれる戦闘もどきではない。どちらが死ぬか分からない、生きるために互いの全力を賭けて戦う本当の戦闘だ。
「は、はっ」
自分でも呼吸がおかしくなったのは気が付いていたが、整えようと思っても上手くいかない。死ぬかもしれないという恐怖が、上手く身体を動かしてくれないのだ。
いや、それは相手も同じはずだ。キュウと包帯の人物に大きなレベル差がないのであれば、どちらが死ぬかはまだ分からない。むしろアルティマの戦闘が優勢なのであれば、焦っているのは相手のはず。従者ならば、早く主の加勢へ駆けつけたいと思うものだ。
キュウはあえて相手から目を逸らした。それはアルティマとマウロたちが戦っている方向で、まるで安堵したような表情を作って見せる。包帯の人物の注意が、わずかに逸れた。
その瞬間を狙って初めて攻撃に出る。彼の焦りを突く。
キュウの予想通り、包帯の人物はキュウが攻撃に出るとは思わなかったようで、迎撃に入るのがワンテンポ遅れた。キュウにとっては、体勢を整える音を聞いてからなのでツーテンポは遅い。
「金剛剣!」
複合魔技を放つ。キュウの剣は包帯の人物を真正面から切り裂いた。轟音と光が炸裂し、包帯の人物が数メートル先まで吹き飛ぶ。
やった、という気持ちよりも安堵が広がった。これでフィーナがカイルたちを治癒し、アルティマがマウロたちを足止めしている間に主人が到着すれば、すべてが上手くいく。
そう思ったキュウは甘かったと知らされた。
「マウロ様によれば、強いのはあの従者だけと言うことだったが」
「こっちのもなかなか強い」
「だが我々からすれば弱者に過ぎん」
三人の新手がキュウを取り囲んでいた。
そしてその中の一人から振り下ろされた拳を受けて、キュウは気を失ってしまう。
ただ気を失う瞬間の前、声が聞こえた。
「アルか?」
「分かりませんがぁ、同類っぽいですねぇ」
キュウはフィーナの手を引いてその場から退避した。キュウが優先すべきなのは、アルティマの邪魔にならないことだからだ。板状の魔法道具で主人に連絡し、最初は話し中で驚いたけど、すぐに繋がった。
主人もすぐに来てくれるらしい。キュウは緊張で逆立っていた耳と尻尾を撫で下ろした。マウロたちは恐ろしいほどの魔力を放出している相手だけれど、あの最果ての黄金竜と比べたら人間に過ぎない。その最果ての黄金竜を破ってみせた主人が来てくれれば、絶対に安心だ。
それに話を聞く限り、アルティマ一人でも優勢な状況らしい。早くその場を離れなければと考えたキュウは、少しばかり心配のしすぎだったかも知れない。
「あ、すいません」
「いえ、大丈夫です」
ずっと握っていたフィーナの手を謝罪と一緒に放す。
「あの人たちは―――」
フィーナが何かを言いかけたところで、背後から悲鳴が上がった。キュウの耳に捉えた声は、カイルの仲間の女性エイダのものに違いない。
キュウは急いで耳に力を集中させて状況を把握しようと努める。そしてすぐに理解した。カイルが刺されたのだ。マウロとミヤマシジミはアルティマが抑えているので、あの二人の仕業ではない。
全く別の第三者がカイルを刺したらしい。
キュウがフィーナにそのことを伝えると、彼女は何の迷いもなく来た道を走って戻る。フィーナは【プリースト】なので、治癒しようと考えたに違いない。
カイルを刺した人物の異様は見ただけで理解できる。キュウがフィーナを追って対峙したのは、ミイラのように全身を包帯で巻き、手足がキュウの身長よりも長い人物だった。亜人族だろうとは思うけれど、包帯のせいで種族を特定することはできない。
その人物はカイルに馬乗りになり、執拗にカイルを刺し続けていた。
エイダが止めようと入って返り討ちに遭ったのか、血塗れになって傍に転がっている。デニスというアクスマンの男性も白目を剥いて全身を痙攣させながら倒れていた。
「あぁ」
悲痛な思いを口にしたのは、キュウだったのかフィーナだったのか。
キュウの耳が捉える限り、三人とも呼吸はあるし心臓の鼓動も聞こえるので生きている。しかしこのまま放って置けば確実に死へ至るだろう。
キュウは板状の魔法道具を取り出した。主人に連絡しようと思ったのだ。しかし包帯の人物は、キュウが板状の魔法道具を取り出すと同時に襲い掛かって来た。
「きゃっ!」
両手に持ったナイフで、キュウを切り裂こうとして来る。耳で包帯の人物の行動を把握していたキュウは咄嗟に地面を蹴って回避できた。
しかし包帯の人物はナイフを投擲し、そのナイフは板状の魔法道具を貫いた。板状の魔法道具は光の粒子になって消えてしまう。主人が友人のピアノと取引してまで渡してくれた魔法道具を失ってしまった。キュウの胸に痛みが走る。
「マウロ様の、従者として、命令、従う」
包帯の人物がキュウを睨み付ける。
従者と聞いて、キュウの身体が竦む。
キュウが知っている本物の“従者”と言えばアルティマとフレアの二人で、二人共がキュウと比べて圧倒的な力を持っていた。本物の従者にキュウが勝てるはずがない。
しかしふと思った。今の攻撃、相手がアルティマやフレアだったら、キュウは回避できただろうか。
答えは否だ。アルティマやフレアが本気でキュウを殺そうと襲いかかったら、キュウは何もできずにあっという間に殺されてしまうだろう。しかし今は生きているどころか、相手の攻撃を見極めて回避までできた。
つまり包帯の人物とキュウの間には、絶望的なレベル差はない。
勝てる、とは思わない。けれど戦える、とは思う。
キュウの頭に馬鹿な考えが過ぎった。たしかにキュウは目の前の敵と戦えるレベルなのかも知れない。けれどもキュウはまともな戦闘経験がないのだ。キュウの戦闘経験は、主人が氷漬けにする魔物を叩いているのがほとんどで、対人戦闘の経験など望むべくもない。
だから馬鹿な考えだ。キュウがやるべきなのは、アルティマの邪魔にならないように主人の到着を隠れて待つことのはず。
主人の友人カイルやキュウの友人フィーナに命の危険があったとしても、できることとできないことはある。でも、それでも、ここでただ隠れて待つだけだったら、主人の“従者”ではない。主人が望んだのは奴隷ではなく従者だ。
だったらキュウのやる事は。
「フィーナさん、カイルさんたちに【治癒】を。私が、食い止めます!」
戦うことだ。
キュウは腰に差した剣を引き抜いた。主人が作ってくれた剣で、魔法道具としての力は一流の鍛冶師が作った物を上回る力を持っていた。飾り気のない両刃の直剣。刀身輝くその剣を、キュウは片手で構える。
ほとんど毎日上げている【剣術】スキルが、剣の構えと使い方を教えてくれた。キュウの【剣術】スキルレベルを考えると、アクロシアの王国騎士たちを遙かに超える熟練者に見えていることだろう。
包帯の人物はキュウが剣を構えると動きを止めた。
時間稼ぎは望むところだ。フィーナがカイルたちを癒やす時間が必要だし、何より最強の主人がこっちへ向かってくれているのだ。時間はキュウの味方だ。
緊張で息が途切れる。この睨み合いのまま時間が過ぎて欲しいと願う。しかし現実はキュウの願いを裏切った。
包帯の人物はキュウの呼吸が吐かれた瞬間を狙って地面を蹴った。速い。だが対応できないほどではない。特に心音と筋肉の音から次の行動を予測していたキュウにとっては、充分な余裕で回避できるものだった。
キュウは大きく横に飛ぶ。包帯の人物が先ほどと同じようにナイフを投げる。
その動作も一度聞いた音だ。キュウは剣を振るって空中のナイフを切り裂いた。
「うっ!?」
完璧に対応できたと思ったのも束の間、キュウは自分の右腕に針のような物が刺さっているのに気が付く。針からは魔力が感じられて、ただの針ではないのは明らかだった。
急いで抜こうとしたが、包帯の人物はその隙を逃す相手ではない。彼もインベントリを使えるようで、二回のナイフ投擲をしたにも関わらず、真新しいナイフが両手に握られていた。
右腕に広がる痛みに耐えながら、キュウは剣を振るって包帯の人物を牽制する。間合いと先読みはキュウが有利だが、その他はすべて敵のが上だ。
その後は包帯の人物が攻撃に出て、キュウが対応する形が繰り返される。
キュウはその攻撃に対応しきれたわけではない。何度かは無傷で済んだが、最初と同じように針を身体に打ち込まれたり、何度かはナイフで斬り付けられてしまった。
身体が痛い。こんなに痛いのは初めてだった。
主人と出会って、いやその前でも、こんなに傷付いたことはない。
当然だ。キュウは今、初めての戦闘を体験している。最強の主人が後ろにいて何もかもしてくれたり、手強い魔物が現れたら主人がすぐに倒してくれる戦闘もどきではない。どちらが死ぬか分からない、生きるために互いの全力を賭けて戦う本当の戦闘だ。
「は、はっ」
自分でも呼吸がおかしくなったのは気が付いていたが、整えようと思っても上手くいかない。死ぬかもしれないという恐怖が、上手く身体を動かしてくれないのだ。
いや、それは相手も同じはずだ。キュウと包帯の人物に大きなレベル差がないのであれば、どちらが死ぬかはまだ分からない。むしろアルティマの戦闘が優勢なのであれば、焦っているのは相手のはず。従者ならば、早く主の加勢へ駆けつけたいと思うものだ。
キュウはあえて相手から目を逸らした。それはアルティマとマウロたちが戦っている方向で、まるで安堵したような表情を作って見せる。包帯の人物の注意が、わずかに逸れた。
その瞬間を狙って初めて攻撃に出る。彼の焦りを突く。
キュウの予想通り、包帯の人物はキュウが攻撃に出るとは思わなかったようで、迎撃に入るのがワンテンポ遅れた。キュウにとっては、体勢を整える音を聞いてからなのでツーテンポは遅い。
「金剛剣!」
複合魔技を放つ。キュウの剣は包帯の人物を真正面から切り裂いた。轟音と光が炸裂し、包帯の人物が数メートル先まで吹き飛ぶ。
やった、という気持ちよりも安堵が広がった。これでフィーナがカイルたちを治癒し、アルティマがマウロたちを足止めしている間に主人が到着すれば、すべてが上手くいく。
そう思ったキュウは甘かったと知らされた。
「マウロ様によれば、強いのはあの従者だけと言うことだったが」
「こっちのもなかなか強い」
「だが我々からすれば弱者に過ぎん」
三人の新手がキュウを取り囲んでいた。
そしてその中の一人から振り下ろされた拳を受けて、キュウは気を失ってしまう。
ただ気を失う瞬間の前、声が聞こえた。
「アルか?」
「分かりませんがぁ、同類っぽいですねぇ」
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