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第三章

第六十八話 カイルの出会った狐人族

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 冒険者カイル。半年ほど前にアクロシアの田舎にある小さな村から仲間たちと一緒に上京し、冒険者の登録をして活動していた。冒険者としての才能は、はっきり言ってしまえば並以下だ。面倒見が良く人柄も良好で信頼されるタイプだが、頭の回転が速いわけでも剣術に優れているわけでも魔術に秀でているわけでもない。仲間を大事にし過ぎるため、パーティの安全優先で報酬を使っているので金も貯まらない。半年経ってもFランクに居続けレベルも低い、そんなうだつの上がらない冒険者だろうというのがギルド職員から見た評価だった。

 カイル本人もそれに気が付いており、それでも自分に才能などないことを理解しているから、決して背伸びはせずに暮らしていける最低限度の依頼をこなしつつ、何とか僅かでも成長できるように動いているつもりだった。

 それが変わったのはつい先日の話である。カイルの力ではどうしようもない国家間の戦争が始まった。

 冒険者にとって戦争というのは稼ぎ時だ。直接殺し合う傭兵稼業以外にも、魔物から得られる物資は高騰するし、運び屋の仕事だって増えるし、単純に人手不足によって依頼料が上がるのもある。大陸最強のアクロシアが負けるなんて微塵も思っていなかったし、その王都となれば今しばらくは安全だろうと考えていたのだ。

 それが間違いだった。正しく電光石火の勢いで敵対国エルディンの軍勢はアクロシアを侵略し、逃げる暇すら無かった。否、とっくに逃げることはできなくなっていたのだ。カイルと田舎から一緒に出て来た幼馴染みであり親友であるデニスとエイダは、エルディンから【隷従】を受けて奴隷となっていた。

 彼にとって、何もかもが甘かったと思い知らされる出来事だ。



「ちょっと、カイル、聞いてる!?」

 物思いに耽っていたところを、エイダの言葉で中断される。彼女はマジシャン用の杖で今にもカイルの頭を叩きそうな仕草をしている。

 ギルドの依頼が貼り出されている部屋は盛況で、職員たちが忙しそうに走り回っている。依頼書は次々に追加され、貼り付ける場所の無いものは急遽用意された机の上に無造作に置かれていた。

「ああ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「しっかりしてよね」
「なんだっけ?」

 戦争が本格的に始まったことで、カイルのパーティは解散していた。今冒険者ギルドの安物の丸テーブルを囲んでいるのは、初めにアクロシアの関所を通った同郷のデニスとエイダだけだ。

 幸いなことに命を落とした者はおらず、王都が攻撃された事件によって危険を感じて冒険者を辞めた者、働き手を取られたため田舎に戻った者、国を守るため軍に志願した者など、それぞれ道は異なっている。だから暗くなる必要は無いのだが、数日前まで依頼一つ受けるのも大騒ぎだったことを思うと、どうしても寂しい気持ちが湧いて来る。

「いいかカイル」

 体格の良い親友デニスはテーブルの上に置いた依頼書を指さす。

「騎士団の連中、続々と戻って来てやがる。俺の勘だがエルディンとの戦争には勝ったんだろう。なのに、武器や薬品の素材を集める依頼が減るどころか増えた」
「まだそんなに時間も経ってないんだぞ? いくらなんでも戦争がもう終わったってことは」
「アクロシアの騎士団は強い。精鋭はレベル四〇〇を超えてるらしい。そいつらを使って戦争に勝ったはいいが、その後に何かヤバイことが起きたんだ」

 レベル四〇〇とはカイルの約十倍だ。大人と子供以上の差がそこにはある。

「巻き込まれる前に逃げないか? この依頼の出し方は普通じゃないぞ」
「………今、アクロシアより安全な国なんかないさ」
「なにあんた、救国の王女様の話を信じてるの?」
「まさか」

 救国の王女とは、アクロシアの王女ラナリアがエルディン王が討伐された現場に居わせたことから、彼女こそ王城に神鳥と御使いを呼び寄せてアクロシア王国を救ったのだと言われている噂話だ。

 実際は、ヴォーダンを名乗るエルフに【隷従】を掛けられて連れて行かれたのが事実だと知っている。カイルは王女と一緒にその場に居たし、ヴォーダンに立ち向かって重傷を負った。無力感に苛まれながら神鳥と呼ばれる鳥に乗った彼に頼む―――彼は彼で救いたい少女が居た―――と、王城を削り取る魔術と天を貫く魔技をもってヴォーダンを倒したのだ。

 エイダはこの時のことを覚えておらず、カイルも誰かに話すことはなかった。彼が居る限り、アクロシア以上に安全な国など存在しない。

「それに行く当てもないしな」
「まあ、そうだな」
「それよりも強くなるべきだ。討伐や魔物から採取できる素材の依頼を優先したい」

 カイルは自分の手元にある手提げ袋の中身を見た。そこには大量の布が入っている。恥を忍んで彼に強くなりたいと頼んだ時に渡された魔法道具だ。

「良いけど。私ら三人でやるの?」
「そこは、同じような目的の仲間を探して」

 カイルが周囲に目線をやると、見知った姿が部屋に入るところだった。

 黄金色の耳と尻尾を持った狐人族の少女。

 気弱そうな所作が目立ち、戦闘とは無縁な性格だと思う。どこからどう見ても冒険者に向いていないが、彼女のレベルは騎士団の精鋭と同じく四百を越えており、アクロシアの冒険者たちの中でも最上位の強さを持っている。見た事もない防御魔術を使用していたし、人は見かけによらない典型だ。

 カイルは尊敬する友人の恋人、だと思っている。

 友人は一緒ではないようだが、知り合いを見かけたら挨拶をするのが信条だ。ついでにオススメのレベル上げスポットでも聞ければ良いと思い声を上げた。

「キュウちゃん!」
「キュウさんっ」

 同じタイミングで別の方向から声が掛かった。プリーストの杖と帽子を装備した金髪の少女で、美人というよりは可愛い部類の顔、年齢にしては胸が大きくてエイダ以上だろう。低ランクの依頼書が張り出されている掲示板の前に居ることから冒険者としては新米だと思われた。

 年齢も近そうだし、声を掛けた狐人族の少女キュウの友達だと推察する。カイルの用事は挨拶の域を出ないので苦笑いをして、身振りでプリーストの少女に譲る。

 だがプリーストの少女は狐人族の少女に近づくことなく立ち止まった。

「汝ら! 妾にマナダイトを寄越すのじゃ!」

 ずっこけそうになった。あの子はこんな話し方をしない。別人だったのだ。というか、変人だった。
 狐人族の少女の声量が特別大きかったわけでもないので、一瞥しただけで気にしない冒険者が大半だ。

「なんで無視するのじゃあぁ!」

 カイルは持ち前のお節介精神が顔を出したため、席を立って少女に近づく。

「依頼を出すのは階が違うよ」
「ち、違うのか?」

 少女が言っているマナダイトなる物がどんなものかは知らないが、ギルドに依頼を出したいのだろう。カイルたちが居るのは依頼を受注するための受付であって、依頼を発注するための受付は別の階にある。

「依頼を出すのは一階だ。一階に案内が出てたと思うから、それに従って歩けばすぐに見つかるよ」

 近づいてよく見ると、狐人族の少女が着ている服は見たことのないほど高級な物のようだった。どこかの貴族か豪商の娘だと思われる。

「しかし、いつもここで受け取っていたのじゃ」
「いつも? 冒険者なの?」
「違うのじゃ」

 カイルは頭の中に疑問符を浮かべながら、少女の事情を慮ろうと想像を働かせる。父親か母親が冒険者で、彼女は幼い頃にここで報酬を受け取る親の姿を覚えていたのではないだろうか。それで記憶を頼りにここまでやって来た。有りそうな話だ。

「ここは冒険者が依頼を受けて報酬を貰うための場所なんだ。君が欲しがってるマナダイト、だっけ? それが欲しいならお金が必要なんだけど、大丈夫?」

 お金の話をするのは気を引けたが、現在は冒険者の数と比して依頼の数が上回っている状況だ。報酬は普段よりも上乗せしなければ、誰も受注してくれないだろう。

「一ファリスも持ってきてないのじゃ」
「いや、それは。一旦帰って持ってくるしか、無いんじゃないかな?」
「そ、それは無理なのじゃ」
「どうして?」
「つうに怒られてしまうのじゃ………」

 先ほどまで自信満々だった少女の耳がへたりと折れた。どうも保護者から逃げている家出娘らしい。助けてやりたいと思う気持ちはあるものの、さすがにお金を出せるほどの余裕はない。

「あとは、冒険者になって依頼をこなす、とか」
「クエストか! ならばそれをするのじゃ」

 狐人族の少女は足早に部屋を出て行く。

「あのイケメンが連れてる子にやたら似てたな」
「キュウちゃんじゃなかったよ」
「そんくらいは分かるぜ。似てるだけで全然違っただろ」
「あの子は私らにまでペコペコしてるしね」

 悪いように聞こえるかも知れないが、デニスもエイダもキュウという友人の仲間に対して悪い印象は抱いていない。むしろ、あれだけ高レベルにも関わらず謙虚な態度には好感を覚えている。普段からギルドの依頼をこなすのに、貴族や商人たち、高ランクや高レベルの冒険者の高圧的な態度に接しているからこそ余計にそう思う。

 もちろん、その中にはもしもの時に高レベルの知り合いが居るという事実が、どれほど自分の命を救うかを知っているのも含まれる。高レベルの知り合いに対しては、陰口であろうと決して悪口は言わないものだ。

 ふと同じように狐人族の少女に話し掛けようとしていたプリーストの少女と目が合った。お互い人違いをしたので何となく苦笑いをやりとりする。

「キュウさんとお知り合いなのですか?」
「まあ、ちょっとだけ。君は、キュウちゃんの友達かな?」
「洗濯場でお話する程度の中ですが」
「フォルティシモの仲間って訳じゃないのか」
「え!? いえ、私など、違います」

 プリーストの少女は目線を明後日の方向へ飛ばしていた。その反応だけでフォルティシモを知っていることと、彼に対しての感情が読み取れるというものだ。だからこそ、カイルは彼女に声を掛けようと思った。

 フォルティシモが大量にくれた布を使うに当たって、フォルティシモを知らない相手に対して使うように促しても疑問を持たれるだけだし、何かあってもフォルティシモに迷惑を掛けないで済むだろう相手を探していたのだ。

「俺、カイルって言うんだけど。こっちは、デニスとエイダ。今、パーティが三人だけになっちゃってて。君、プリーストだし、フォルティシモの知り合いだし、良かったらパーティを組まないか?」
「私はフィーナと言います。私も友人とパーティを組んでいますが、三人ですので相談をしてみます。ところで、あの方の」
「友達、って俺は思ってるけど、あいつはなんて言うかな」
「きっとフォルティシモさんは、友人だと答えてくれますよ」

 フィーナと名乗ったプリーストの少女は、はにかむように笑うとそう答えてくれた。

「それより、下の階が騒がしくなったんだけど」
「………行ってくるよ」
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