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犬を飼うということは、(side美夜飛)
02
しおりを挟む食堂と大浴場は真逆の方向で、もし他の部屋に入られたら探しようがないな、と思ったとき、洗濯室の電気がついていることに気づいた。
ドアのないそこは、ずらりと並んだドラム式洗濯機と乾燥機の他に、壁沿いに設置された自動販売機とベンチ、フロアの隅に作業台と脚の長い華奢な椅子がいくつかある。
職員室みたいな乳白色の電灯は何本か切れていて、暗闇の廊下から見るとそこだけ明るい。
田舎で見かける寂れたコインランドリーのような、湿り気をまとったくすんだ空気を感じた。
そこに足を踏み入れるより先に、中央のベンチに腰かけた兼嗣の後ろ姿が見える。
苛立ちは自然と鎮まり、だけどさらに軽く息を吸ってから、その背に近づいた。
「……ずっとそこにいるつもりか」
「……みーちゃん……」
兼嗣は俺の存在を足音で分かっていたみたいだった。
とくに驚くような素振りもなく、こちらを一瞥すると暗いうつむき加減でまた向こうを向いてしまう。
「……裕太は?」
「部屋に置いてきた」
「……そう」
開いた膝の間で両手を組み、項垂れる兼嗣の前にまわりこんで、目の前に立つ。
図体がでかくて普段は見えない頭頂部が見える。
つむじがどこか分からない、濃い茶色のくせ毛。
肩幅も、広い。服を着ていても分かる、羨ましい体格。
なんとなく頭突きでもしてやろうかと思ったが、やめた。
ここで抱きしめるのも、全然違う。
代わりに、こっちを見ろという意味で兼嗣の足許をつま先で小突いた。
「っわ、……な、何……?」
「……」
なんでもない、わけが、ない。
言いたいことは腐って捨てるほどある。
頭の中ではずっと悪態をついていた。
でもいざそのときが来てみれば、どれを何から言おうか迷って、結局無言になる。
兼嗣は叱られた犬みたいに顔の全パーツを垂れさせて、飼い主の指示をあおぐように俺の顔色を窺う。
「……お前さ、なんでそんな余裕ないの」
「……っ、」
「いちいち嫉妬に狂ってたら身がもたねえぞ、俺も、お前もさ」
思った以上に落ち着いた声が出て、ひとまず自分に安堵する。
兼嗣は俺の視線から逃げて、ふい、と目を逸らす。
組まれた両手の指先が、小さく震えているのが見えた。
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