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第二章 最近の若者は元気がよろしいことで。
第11話 L・R・L・R♪
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「・・・・・・あっちぃ・・・・・・何でこんなに暑いんだ・・・・・・」
眠気に霞む視界で壁を見つめ、勇氏は現状を認識した。
・・・・・・あー、そっか。お嬢様の不興を買わないように、居間の押入れで寝てるんだっけ・・・・・・。
夕べ・・・・・・というか、今朝の朝方の出来事を思い出す。ヘロヘロの身体でヴァネッサの為に居間のコタツを片付け、押入れの下段から来客用の布団を引っ張り出して敷き、役目は終わったと自分はドラえもんよろしく押入れに潜り込んだのだ。ふすまを閉めれば押入れだって別部屋だろ、という訳である。
・・・・・・しかし冬は暖かくて快適なものの、夏にふすまを閉めれば、敷いた布団やら体温やらの熱が籠って暑い。なので当然クーラーをかけてはいたのだが・・・・・・
「・・・・・・あいつ電源切りやがったな・・・・・・、リモコン持っときゃよかった・・・・・・」
時間はまだ午前8時前、昨日夜を明かした身としてはあと数時間は寝ていたい。とりあえずクーラー付けて寝なおすか、と勇氏は静かにふすまを開く。幸いヴァネッサは既に起床しているようで、布団は畳んでまとめられていたが、どうにもリモコンが見当たらない。
「えー、リモコンリモコン、・・・・・・座る、座る、オー、シット・ダウン・プリ―ズ・・・・・・」
「オーイェィ、フィードバックに体預けてッ♪」
呟いた歌詞に乗っかり、踊りながらスパァンと障子を開いて、昨日の机ダンサーが目の前に現れた。・・・・・・・なんで出てきたのが知らんが、とりあえずリモコン、つまりは俺の睡眠が最優先だ。勇氏は手招きしてリモコン探しを手伝わせることにした。
「・・・・・・おーい、リースだったっけ。きみきみ、ちょっとリモコン探すの手伝ってくれねェ?」
「待ってくれ、いま良い振り付けが、インスピレーションが止めどなく溢れてきてるんだ! ちょっとサビだけ踊らせてくれ! 廻るッ、廻るッ、オー、ターンニィーンアラァーンド、イェエアッ!」
「・・・・・・アニキぃ、朝からそんな中身が無い曲歌うなよ。確かにノリとテンポは良いけどさぁ、それ以上に曲は歌詞が大事ってもんじゃないか・・・・・・」
「まあそう深く考えるな弟よ、聞いてて楽しいんだからいいじゃないか! そして名曲《リモコン》がいきなり聞こえてきたらノらなきゃ損ってものさぁ! 踊る、踊る、ダァンシーンナァーイ、イェエア!」
「・・・・・・貴様ら、何をしに来たのか忘れてないか? 隊長殿、目覚めの時間だ。マルキュウマルマルには着席が求められており、我々は引率無き寮からの外出は禁じられている。」
「え、えっとグスタフ、そこは午前九時って言った方がいいと、思うんだけど・・・・・・」
・・・・・・奥を見やれば来てるわ来てるわ、階段の踊り場まで溜まってるよおい。しかもその後方から濡れた髪を滴らせ、ヴァネッサまで風呂場から飛び出てきた。ブラウスの色は変わったが、薄手のブレザーとスカートはそのままだ。お気になんだろうか? いや知らんが。
「ったく騒々しいわね、人がのんびりお風呂入ってるってのに。一体何の騒ぎ・・・・・」
うるせえのはどっちだ、どうでもいいから寝せてくれ・・・・・・と睡眠不足でくらつく頭に手を当てていると、「あーっ!」と声が上がった。ったく次から次へと、キリってもんを考えろよ。
「ヴァネッサじゃない、6年ぶりね!? 最近会わなかったから寂しかったのよもー!」
「・・・・・・って、えっ、サラ? なんであんたがここに・・・・・・、っていうかみんないるじゃない。どういうこと?」
「なんだってシスター? ぼくたちの従姉妹がここに・・・・・・いても不思議じゃないか、うん。元々この家国王様のだし」「いやいや待てよブラザー? 一つ屋根の下に隊長殿と同居? もしや男女男男女男女してんの? だとしたら“妖精”としては見過ごせんねぇ」「やっほーヴァネッサ! ホントいつ見てもうらやましいなぁ、どうして手入れ一つしてないのにそんなにキレイな肌なのさ! まったく、ボクにも分けて欲しいくらいだよっ!」「おっ、ヴァネッサ久しぶり、元気にしてたか!? 俺は元気だぜ! ほら、この通りだ!(マッスルポーズ)」
「ちょ、ちょっと待ってみんな! 本当に久しぶりだけど、これからわたし“試験”の資料をしなくちゃ・・・・・・!」
懐古に高揚する言葉は連鎖し、ヴァネッサの声は埋もれてしまう。拡大していく喧騒に、勇氏は頬を引きつらせてため息をついた。
突然の居候に唐突な引率。んでもってそいつらが昔馴染みの知り合い? ・・・・・・まあ“あっち”のお偉い様方の交友は、こっちで言う田舎の近所付き合いのようなもんだ、そういうことがあっても不思議じゃない・・・・・・
・・・・・・と、言うとでも思ったか。出来すぎてんだよ、ふざけんな。
世の中がそんなに都合よくいかないことを、勇氏は知っている。
まるで自分の行動が、誰かに誘導されているような。
まるで取り巻く環境が、誰かに形作られているような。
・・・・・・気持ち悪さに眠気はすっ飛び、吐き気すらしてくる。これだからテンプレは、ご都合主義は嫌いなのだ。人《キャラ》を駒のように扱い、下らない自己満足を描くために状況《現実》を捻じ曲げていく。盤上から無理矢理引きちぎられ、望まぬ道を進まされる者の背景や、心情も鑑みることすらしやがらねえ。
・・・・・・とにかく、こんな筋書きを書きやがったドサンピンの目星はついている。
ボロを出すとは思えないが、とりあえず学校行って探ってみるか・・・・・・。
朝っぱらから騒がしい阿呆共の中を縫うように進み、玄関へサンダルを取りに行き、踊り場に溜まっている連中も押しのけ勇氏は階段をのぼる。昨日受け取った制服を、脱ぐのも面倒だと上から着込みながら寮へと向かうゲートをくぐると・・・・・・・、柱に身を預けるように一人、長髪の少年が佇んでいた。・・・・・・名前は確か・・・・・・ヘクター、だったか?
「よう、こんな所で何してんだ? 残りの奴らはあっちで久しぶりのお友達と会って、仲良しこよししてるぞ。お前は行かなくていいのか?」
「・・・・・・まあ、ね。騒がしいのは嫌いじゃないが、生憎それに加わるのはちょっと苦手でねえ。ヴァネッサには後で挨拶しておくさ。それより大将はどういったご用件でこちらに? 登校時間まではまだ、時間がありそうだけどね?」
コンクリに放ったサンダルに足を突っ込みつつ、様子見に軽く煽る。しかし、ヘクターは微笑みながらすました顔で聞き返してきた。
・・・・・・やはりこいつは、フーバルトの資料通り“要注意”だな、と勇氏は認識する。ぶっちゃけ昨日の守銭奴ガールもいろいろアレだったが、コイツは違う。フーバルトのような得体の知れなさをその身の周りに滲ませているが、あろうことかコイツはそれを楽しんでいる。
・・・・・・おまけに他人に幻覚見せられるとか、ふざけた能力まで持ってやがる。面倒くせえ奴だなぁ・・・・・・。
思い、適当に誤魔化そうと勇氏は口を開・・・・・・こうとしたが、その時ふと思い立った。
「・・・・・・なあヘクター、お前の幻覚って・・・・・・」
「ああ、視覚はもちろん、聴覚や触感なんかもいじれるよ? うちはイタチの万華鏡車輪眼みたいなもの、と思ってくれていいさ。お望みとあらば今ここで、見せてあげようか?」
「・・・・・・いや、その必要はねえよ。それより・・・・・・」
「・・・・・・フーバルトの所に忍び込めっていうんだろう? うん、いいよ。そのかわり協力はしてもらうからね」
「・・・・・・おいおい、やけに物分りがいいな」
思っていたことを先に言われ、勇氏は肩をすくめておどける。ヘクターはニッ、と笑って、得意げに片眉を弾ませた。
「まあねぇ、大将ならそう言いそうだって思ってたから。・・・・・・それとも、“僕たちが従っていたのはフーバルトがいたからさ。勇氏の大将なんかについてく理由はないね”とでも言って欲しかったのかい?」
「おいおい、名前が同じだからってロマサガ2のフリーファイターにネタを振るな。・・・・・・ってか、仮にお前が俺の指示に従ったとしても、何のメリットもねえだろ」
「そうかな? 部下が上司に従うのは当然だと思うけど・・・・・・まあ強いて言うなら、怖いのかな? どうしてもに敵に回したくない人種が、4タイプいるんだよ。
1つ。自分の夢や目的の為に、手段を選ばない人間・・・・・・フーバルトがそうだね。犠牲が出たら、悪いと思いながらも仕方ないと割り切るタイプだ。この中じゃ一番マシだけど、巻き込まれちゃたまらない。
2つ。自分を世界の中心と考えて、異を唱える者を容赦なく引き潰す人間・・・・・・いわばfateの金ぴかだ。一緒にいると楽しそうだけど、少しでも間違えればハイお終い。HP、MPが0になってもメガンテを唱え続ける、バグった爆弾岩に取り付かれるなんて御免だねぇ。
3つ。ネットで“無敵の人”なんて呼ばれてる、何も大切にするものがない人間・・・・・・つまりは大将のことさ。おっと、勘違いしないでおくれよ? なにも大将が悪人だなんて言ってる訳じゃない、・・・・・・ただ、不気味でたまらないんだ。世界一硬いダイヤモンドがトンカチで砕けるほど脆いように・・・・・・いつ、一体何がきっかけで反転するか分かったもんじゃないからね。
そして、4つ目。・・・・・・たった一つしか、“大切なもの”を持たない人間。何よりこれが、一番怖い。ありとあらゆる物を無駄と切り捨て、限りのある自分の命を、時間を、守りたい物の為『だけ』に捧げた人間に、勝てるわけがない。うっかりその“大切”に触れてしまおうものなら、・・・・・・ああ! 考えるだけで怖くてたまらないよ・・・・・・!」
「はいはい、長々とご苦労様なことで。・・・・・・だが、それだと“上司だから”ってちっぽけな理由で、お前は俺とフッさんをはかりにかけて俺に与するわけだ。別にはぐらかすことも出来ただろうに、お前はそれをせず、むしろ喜んで引き受けるかのように。・・・・・・これって、おかしいよなぁ?」
肩を抱きしめ、大げさにその身を震わせてみせるヘクターを、勇氏はさらに疑ってみる。
ヘクターは一瞬勇氏の瞳を覗き込むと、すぐに肩をすくめて両手を広げた。先ほど勇氏がとったポーズである。
「いやぁ参った参った、大将には敵わないねぇ。・・・・・・本当のことをいうとあの先生のすまし顔が気に入らなくてさ。吠えづらかいてもらおうと、昨日校長室を探ろうとしたんだ。・・・・・・さて、ドアは開きっぱなしだったけど面倒なことに監視カメラがあってね。
・・・・・・僕の能力じゃ人の目は欺けても、機械の目は欺けない。あの兄妹《ふたり》がいたならどうとでもできたんだけど、生憎と検問で引っかかってるからそれもできない。
さて、参ったなー困ったなー、と考えてるときに、ちょうど大将が話を持ちかけてきてくれた、って訳さ。バックアップを受けられるんだ、乗らない手はないさ」
「・・・・・・本当だな? もしテメエがチクッたら・・・・・・」
「いやいや、そんなことはしないよ! 僕はもっといろんな人の感情が、中身が見たいんだ。きみの不興を買って、自分の命を危うくするなんてまっぴら御免さ!
・・・・・・それに、その様子を見ると、大将も“大切なもの”をフーバルトのやつに握られてるようだし、ね。いやぁ、てっきり“無敵の人”と思ってたんだけどそうでもないのかな? いやむしろ、どっちでもある、とか・・・・・・?」
「・・・・・・“好奇心は猫を殺す”って言葉、知ってるか?」
「いやいやごめん、僕が悪かったからそんな怖い顔しないでくれよ。・・・・・・いやはや“全部ない”と“1つだけある”は見分けにくい・・・・・・、本当に人を見透かすのは難しいねぇ。まだまだ折原イザヤみたいにはなれないや・・・・・・」
恫喝するとあっさりと頭を下げ、すぐに何事もなかったかのように呟き始めるヘクター。ほー、大した度胸だと半ば呆れながら思っていると、後ろから声が飛んできた。
「おーい、ユウジー! せっかく起こしに来たのに、先に行くなんてひどいじゃねぇか!」
首だけ動かし後方を見やる。・・・・・・誰かと思えばマックスか。話の邪魔をするんじゃねえよと思いながら、勇氏は視線を戻す。
・・・・・・しかし、既にそこにヘクターの姿はない。代わりに紙切れが一つ、柱にピンで留められていた。
(・・・・・・チッ、話の途中で消えやがって。まだ打ち合わせもやってねえだろうが。・・・・・・これで適当な仕事しやがったら、マジでただじゃおかねえからな・・・・・・)
「・・・・・・なあマックス、お前らわざわざ俺を呼びに来るくらいなら、準備は出来てんだろ? 出発するからさっさと全員呼んで来い。 ・・・・・・ああそれといくら懐かしかろうと、あんまり試験中の人間の気を散らすもんじゃねえって、騒がしくしてる連中には伝えとけ」
・・・・・・部屋の間取りにカメラの場所(視認できた分だけ、との注意書きがある)が記されたそれを引っぺがし、勇氏は学校へと歩き出した。
眠気に霞む視界で壁を見つめ、勇氏は現状を認識した。
・・・・・・あー、そっか。お嬢様の不興を買わないように、居間の押入れで寝てるんだっけ・・・・・・。
夕べ・・・・・・というか、今朝の朝方の出来事を思い出す。ヘロヘロの身体でヴァネッサの為に居間のコタツを片付け、押入れの下段から来客用の布団を引っ張り出して敷き、役目は終わったと自分はドラえもんよろしく押入れに潜り込んだのだ。ふすまを閉めれば押入れだって別部屋だろ、という訳である。
・・・・・・しかし冬は暖かくて快適なものの、夏にふすまを閉めれば、敷いた布団やら体温やらの熱が籠って暑い。なので当然クーラーをかけてはいたのだが・・・・・・
「・・・・・・あいつ電源切りやがったな・・・・・・、リモコン持っときゃよかった・・・・・・」
時間はまだ午前8時前、昨日夜を明かした身としてはあと数時間は寝ていたい。とりあえずクーラー付けて寝なおすか、と勇氏は静かにふすまを開く。幸いヴァネッサは既に起床しているようで、布団は畳んでまとめられていたが、どうにもリモコンが見当たらない。
「えー、リモコンリモコン、・・・・・・座る、座る、オー、シット・ダウン・プリ―ズ・・・・・・」
「オーイェィ、フィードバックに体預けてッ♪」
呟いた歌詞に乗っかり、踊りながらスパァンと障子を開いて、昨日の机ダンサーが目の前に現れた。・・・・・・・なんで出てきたのが知らんが、とりあえずリモコン、つまりは俺の睡眠が最優先だ。勇氏は手招きしてリモコン探しを手伝わせることにした。
「・・・・・・おーい、リースだったっけ。きみきみ、ちょっとリモコン探すの手伝ってくれねェ?」
「待ってくれ、いま良い振り付けが、インスピレーションが止めどなく溢れてきてるんだ! ちょっとサビだけ踊らせてくれ! 廻るッ、廻るッ、オー、ターンニィーンアラァーンド、イェエアッ!」
「・・・・・・アニキぃ、朝からそんな中身が無い曲歌うなよ。確かにノリとテンポは良いけどさぁ、それ以上に曲は歌詞が大事ってもんじゃないか・・・・・・」
「まあそう深く考えるな弟よ、聞いてて楽しいんだからいいじゃないか! そして名曲《リモコン》がいきなり聞こえてきたらノらなきゃ損ってものさぁ! 踊る、踊る、ダァンシーンナァーイ、イェエア!」
「・・・・・・貴様ら、何をしに来たのか忘れてないか? 隊長殿、目覚めの時間だ。マルキュウマルマルには着席が求められており、我々は引率無き寮からの外出は禁じられている。」
「え、えっとグスタフ、そこは午前九時って言った方がいいと、思うんだけど・・・・・・」
・・・・・・奥を見やれば来てるわ来てるわ、階段の踊り場まで溜まってるよおい。しかもその後方から濡れた髪を滴らせ、ヴァネッサまで風呂場から飛び出てきた。ブラウスの色は変わったが、薄手のブレザーとスカートはそのままだ。お気になんだろうか? いや知らんが。
「ったく騒々しいわね、人がのんびりお風呂入ってるってのに。一体何の騒ぎ・・・・・」
うるせえのはどっちだ、どうでもいいから寝せてくれ・・・・・・と睡眠不足でくらつく頭に手を当てていると、「あーっ!」と声が上がった。ったく次から次へと、キリってもんを考えろよ。
「ヴァネッサじゃない、6年ぶりね!? 最近会わなかったから寂しかったのよもー!」
「・・・・・・って、えっ、サラ? なんであんたがここに・・・・・・、っていうかみんないるじゃない。どういうこと?」
「なんだってシスター? ぼくたちの従姉妹がここに・・・・・・いても不思議じゃないか、うん。元々この家国王様のだし」「いやいや待てよブラザー? 一つ屋根の下に隊長殿と同居? もしや男女男男女男女してんの? だとしたら“妖精”としては見過ごせんねぇ」「やっほーヴァネッサ! ホントいつ見てもうらやましいなぁ、どうして手入れ一つしてないのにそんなにキレイな肌なのさ! まったく、ボクにも分けて欲しいくらいだよっ!」「おっ、ヴァネッサ久しぶり、元気にしてたか!? 俺は元気だぜ! ほら、この通りだ!(マッスルポーズ)」
「ちょ、ちょっと待ってみんな! 本当に久しぶりだけど、これからわたし“試験”の資料をしなくちゃ・・・・・・!」
懐古に高揚する言葉は連鎖し、ヴァネッサの声は埋もれてしまう。拡大していく喧騒に、勇氏は頬を引きつらせてため息をついた。
突然の居候に唐突な引率。んでもってそいつらが昔馴染みの知り合い? ・・・・・・まあ“あっち”のお偉い様方の交友は、こっちで言う田舎の近所付き合いのようなもんだ、そういうことがあっても不思議じゃない・・・・・・
・・・・・・と、言うとでも思ったか。出来すぎてんだよ、ふざけんな。
世の中がそんなに都合よくいかないことを、勇氏は知っている。
まるで自分の行動が、誰かに誘導されているような。
まるで取り巻く環境が、誰かに形作られているような。
・・・・・・気持ち悪さに眠気はすっ飛び、吐き気すらしてくる。これだからテンプレは、ご都合主義は嫌いなのだ。人《キャラ》を駒のように扱い、下らない自己満足を描くために状況《現実》を捻じ曲げていく。盤上から無理矢理引きちぎられ、望まぬ道を進まされる者の背景や、心情も鑑みることすらしやがらねえ。
・・・・・・とにかく、こんな筋書きを書きやがったドサンピンの目星はついている。
ボロを出すとは思えないが、とりあえず学校行って探ってみるか・・・・・・。
朝っぱらから騒がしい阿呆共の中を縫うように進み、玄関へサンダルを取りに行き、踊り場に溜まっている連中も押しのけ勇氏は階段をのぼる。昨日受け取った制服を、脱ぐのも面倒だと上から着込みながら寮へと向かうゲートをくぐると・・・・・・・、柱に身を預けるように一人、長髪の少年が佇んでいた。・・・・・・名前は確か・・・・・・ヘクター、だったか?
「よう、こんな所で何してんだ? 残りの奴らはあっちで久しぶりのお友達と会って、仲良しこよししてるぞ。お前は行かなくていいのか?」
「・・・・・・まあ、ね。騒がしいのは嫌いじゃないが、生憎それに加わるのはちょっと苦手でねえ。ヴァネッサには後で挨拶しておくさ。それより大将はどういったご用件でこちらに? 登校時間まではまだ、時間がありそうだけどね?」
コンクリに放ったサンダルに足を突っ込みつつ、様子見に軽く煽る。しかし、ヘクターは微笑みながらすました顔で聞き返してきた。
・・・・・・やはりこいつは、フーバルトの資料通り“要注意”だな、と勇氏は認識する。ぶっちゃけ昨日の守銭奴ガールもいろいろアレだったが、コイツは違う。フーバルトのような得体の知れなさをその身の周りに滲ませているが、あろうことかコイツはそれを楽しんでいる。
・・・・・・おまけに他人に幻覚見せられるとか、ふざけた能力まで持ってやがる。面倒くせえ奴だなぁ・・・・・・。
思い、適当に誤魔化そうと勇氏は口を開・・・・・・こうとしたが、その時ふと思い立った。
「・・・・・・なあヘクター、お前の幻覚って・・・・・・」
「ああ、視覚はもちろん、聴覚や触感なんかもいじれるよ? うちはイタチの万華鏡車輪眼みたいなもの、と思ってくれていいさ。お望みとあらば今ここで、見せてあげようか?」
「・・・・・・いや、その必要はねえよ。それより・・・・・・」
「・・・・・・フーバルトの所に忍び込めっていうんだろう? うん、いいよ。そのかわり協力はしてもらうからね」
「・・・・・・おいおい、やけに物分りがいいな」
思っていたことを先に言われ、勇氏は肩をすくめておどける。ヘクターはニッ、と笑って、得意げに片眉を弾ませた。
「まあねぇ、大将ならそう言いそうだって思ってたから。・・・・・・それとも、“僕たちが従っていたのはフーバルトがいたからさ。勇氏の大将なんかについてく理由はないね”とでも言って欲しかったのかい?」
「おいおい、名前が同じだからってロマサガ2のフリーファイターにネタを振るな。・・・・・・ってか、仮にお前が俺の指示に従ったとしても、何のメリットもねえだろ」
「そうかな? 部下が上司に従うのは当然だと思うけど・・・・・・まあ強いて言うなら、怖いのかな? どうしてもに敵に回したくない人種が、4タイプいるんだよ。
1つ。自分の夢や目的の為に、手段を選ばない人間・・・・・・フーバルトがそうだね。犠牲が出たら、悪いと思いながらも仕方ないと割り切るタイプだ。この中じゃ一番マシだけど、巻き込まれちゃたまらない。
2つ。自分を世界の中心と考えて、異を唱える者を容赦なく引き潰す人間・・・・・・いわばfateの金ぴかだ。一緒にいると楽しそうだけど、少しでも間違えればハイお終い。HP、MPが0になってもメガンテを唱え続ける、バグった爆弾岩に取り付かれるなんて御免だねぇ。
3つ。ネットで“無敵の人”なんて呼ばれてる、何も大切にするものがない人間・・・・・・つまりは大将のことさ。おっと、勘違いしないでおくれよ? なにも大将が悪人だなんて言ってる訳じゃない、・・・・・・ただ、不気味でたまらないんだ。世界一硬いダイヤモンドがトンカチで砕けるほど脆いように・・・・・・いつ、一体何がきっかけで反転するか分かったもんじゃないからね。
そして、4つ目。・・・・・・たった一つしか、“大切なもの”を持たない人間。何よりこれが、一番怖い。ありとあらゆる物を無駄と切り捨て、限りのある自分の命を、時間を、守りたい物の為『だけ』に捧げた人間に、勝てるわけがない。うっかりその“大切”に触れてしまおうものなら、・・・・・・ああ! 考えるだけで怖くてたまらないよ・・・・・・!」
「はいはい、長々とご苦労様なことで。・・・・・・だが、それだと“上司だから”ってちっぽけな理由で、お前は俺とフッさんをはかりにかけて俺に与するわけだ。別にはぐらかすことも出来ただろうに、お前はそれをせず、むしろ喜んで引き受けるかのように。・・・・・・これって、おかしいよなぁ?」
肩を抱きしめ、大げさにその身を震わせてみせるヘクターを、勇氏はさらに疑ってみる。
ヘクターは一瞬勇氏の瞳を覗き込むと、すぐに肩をすくめて両手を広げた。先ほど勇氏がとったポーズである。
「いやぁ参った参った、大将には敵わないねぇ。・・・・・・本当のことをいうとあの先生のすまし顔が気に入らなくてさ。吠えづらかいてもらおうと、昨日校長室を探ろうとしたんだ。・・・・・・さて、ドアは開きっぱなしだったけど面倒なことに監視カメラがあってね。
・・・・・・僕の能力じゃ人の目は欺けても、機械の目は欺けない。あの兄妹《ふたり》がいたならどうとでもできたんだけど、生憎と検問で引っかかってるからそれもできない。
さて、参ったなー困ったなー、と考えてるときに、ちょうど大将が話を持ちかけてきてくれた、って訳さ。バックアップを受けられるんだ、乗らない手はないさ」
「・・・・・・本当だな? もしテメエがチクッたら・・・・・・」
「いやいや、そんなことはしないよ! 僕はもっといろんな人の感情が、中身が見たいんだ。きみの不興を買って、自分の命を危うくするなんてまっぴら御免さ!
・・・・・・それに、その様子を見ると、大将も“大切なもの”をフーバルトのやつに握られてるようだし、ね。いやぁ、てっきり“無敵の人”と思ってたんだけどそうでもないのかな? いやむしろ、どっちでもある、とか・・・・・・?」
「・・・・・・“好奇心は猫を殺す”って言葉、知ってるか?」
「いやいやごめん、僕が悪かったからそんな怖い顔しないでくれよ。・・・・・・いやはや“全部ない”と“1つだけある”は見分けにくい・・・・・・、本当に人を見透かすのは難しいねぇ。まだまだ折原イザヤみたいにはなれないや・・・・・・」
恫喝するとあっさりと頭を下げ、すぐに何事もなかったかのように呟き始めるヘクター。ほー、大した度胸だと半ば呆れながら思っていると、後ろから声が飛んできた。
「おーい、ユウジー! せっかく起こしに来たのに、先に行くなんてひどいじゃねぇか!」
首だけ動かし後方を見やる。・・・・・・誰かと思えばマックスか。話の邪魔をするんじゃねえよと思いながら、勇氏は視線を戻す。
・・・・・・しかし、既にそこにヘクターの姿はない。代わりに紙切れが一つ、柱にピンで留められていた。
(・・・・・・チッ、話の途中で消えやがって。まだ打ち合わせもやってねえだろうが。・・・・・・これで適当な仕事しやがったら、マジでただじゃおかねえからな・・・・・・)
「・・・・・・なあマックス、お前らわざわざ俺を呼びに来るくらいなら、準備は出来てんだろ? 出発するからさっさと全員呼んで来い。 ・・・・・・ああそれといくら懐かしかろうと、あんまり試験中の人間の気を散らすもんじゃねえって、騒がしくしてる連中には伝えとけ」
・・・・・・部屋の間取りにカメラの場所(視認できた分だけ、との注意書きがある)が記されたそれを引っぺがし、勇氏は学校へと歩き出した。
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