鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と調教師ときどき勇者

切望

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「キルロー!!」

 聞いた事のないキノの叫びが届く。
 
 ああ、いつもそうなんだ。
 誰かの声がないと動けないんだ。
 いつもそうなんだ。
 
 停止していた思考が一気に動き始める。
 時間にしてみれば、一瞬の停止。
 なんとも不甲斐ない。
 クエイサーは漆黒の一角獣ユニコーンの首元に飛び込む。
 キルロは白い聖剣エクスカリバーを握り締め、一拍遅れて漆黒の一角獣ユニコーンへと飛び込んだ。
 角に突き刺さる血濡れのハルヲを黒素アデルガイストの嵐の中悠々と掲げ、その無慈悲な佇まいに怒りを向ける。
 腹を突き破る漆黒の角は背中まで突き通し、ハルヲはだらりと生気の見えない姿を晒す。
 剣を握るキルロの手にキノが手を添えた。
 純白の刃が金白色にまばゆい光を放つ。

「こんのぉおおおおおおー!」

 クエイサーが喉笛を捉える。
 キルロの振り下ろす白光の刃が、一角獣ユニコーンの胴体を分断した。
 
 軽い、手応えがない。

 不安な感触を剣先から感じながらも、一心不乱に振り抜いていく。
 怒りと不安を振り払うべく、ただ剣を振るった。
 
 漆黒の一角獣ユニコーンは、黒素アデルガイストの嵐に吸い込まれるかのように消えて行く。
 実体はかすみのように消えていき、ドサっという地面を叩く音。

「キルロ! まだ!」

 キノの緊迫した声色にすぐに顔を向ける。

 そうだ。
 まだだ。
 急げ。

 キルロはハルヲの元へ駆け出し、ダラリと力の抜けているハルヲを左腕で抱き抱えた。

「【復回白光レフェクト・エルピス・テンペスト・メディスナ

 生死の確認などはしない、キルロはただ詠う。
 そこにあるのは救うという想いだけ。
 金色の光のシャワーが、ハルヲにかざす右手から降り注ぐ。
 ハルヲから伝わるのは、ぬるっとした生温かさだけ。
 血塗れの腹部から噴き出した血がハルヲの体を赤くしていた。
 蒼白の顔から生気と呼べるものは全て抜け落ちている。
 穴の開いた腹部へ、右手を添えていく。
 戻れ。
 大丈夫だ。
 切望。
 それと希望。
 クエイサーはしゃがんでハルヲを心配そうに覗き込んでいる。
 キノは口をきつく結び、黙ってキルロの肩に手を置いていた。
 直視出来ないほどの金色の光。
 ハルヲに動く素振りは見えない。
 頼む、戻れ。
 強く切望する心。
 そして意識は途切れる。
 希望に辿り着けたのだろうか?
 自問自答する間もなく、キルロの視界は黒く塗り潰され、力無くハルヲへと覆い被さった。




 抗う者達を見つめる隻眼の魔術師マジシャン
 思いを乗せるその瞳は熱を帯びる。
 視線を外せば、膝を折りこうべを垂れる者達が自身を悔いていた。
 あなた達は良くやったよ。
 エーシャの隻眼は柔らかな視線を向けた。
 自分の出る幕はもはやない。
 マインドの尽きたウイッチが前線に上がった所で、足手纏いにしかならないのは目に見えている。
 祈る事しか出来ないもどかしさ。
 だから託す。
 抗う者達の先、北を真っ直ぐ見つめる。




「こいつが最後だ! ⋯⋯しかし、ひでぇ有様だな」

 ヤクロウが回復薬の入った大きな木箱をエレナの元に届けた。
 辺りを見渡し、膝を抱える者、呻きを上げ続ける者、微動だにしない者。
 この散々たる有様に、厳しい表情を見せた。

「ヤクロウさん、ありがとうございます! 製薬が出来ないのならこっちを手伝って下さい」
「相変わらず人使いが荒い⋯⋯なんて言っている場合じゃねえな。お嬢! 何すればいい? 指示くれ」
「あちらに並んでいる白い布を巻いた人達に回復薬を上げて下さい」
「おう」

 ヤクロウは木箱を抱え、傷つき苦しむ者達の元へと向かう。
 エレナは次々に運び込まれる傷ついた者達を、必死に治療へと導いていた。
 ここも戦場で間違いなかった、秒を争う判断が常にエレナに降り注ぐ。
 目の前の人を救う。
 キルロやハルヲから学んだその思いだけで突き動く。
 北に思いを向ける事もなく、ただひたすらに目の前で傷つく者に寄り添っていった。




 漆黒の大地に、カラカラと小石が転がって行く。
 凹凸とした黒岩石アテルアウロルベンの地面に腰を下ろしている。
 一同は一点、北を見つめていた。
 首尾よく運んでくれと誰もが祈りにも似た思いを寄せる。

「あのよ、あのよ、こんな所でのんびりしているだけでいいのか?」
「良くはないよな」

 マッシュは足を投げ出したまま天を仰ぐ。
 要領を得ない、マッシュの答えにユラは首を傾げた。

「んじゃよ、行こうぜ」
「どっちにだ? 北に向かって団長達の後を追うか? 時間を掛けて南下して勇者に合流するか?」
「うーん」

 ユラは一瞬、眉間に皺を寄せ熟慮する素振りを見せたが、さすがドワーフ、すぐに答えを出した。

「んなもん、北だな。ウチの団長になにかあったら、動けるのはオレ達だけだ」
「うん。だな。ただ、オレ達は途中までしか行けないかも知れんぞ。勇者のあの口ぶり、辿り着くには何か条件がいる。そんな感じしなかったか?」

 マッシュの言葉に、ユラはまた眉間に皺を寄せた。
 マッシュの隣で同じように足を投げ出していたシルが口を開く。

「それでもいいじゃない。行ける所まで行ってみましょう。万事上手く行って出迎えるなら、私は一番がいいわ」
「私もです」

 しゃがみ込んでいるフェインもおずおずと小さく手を上げた。
 マッシュは口角を上げ、北を見つめる。

「だな。北に向かうの反対なやつはいるか?」

 一同は顔を見合わせ、口元から笑みを零した。
 ここに反対をする者はいない。
 誰もが北へと思いを馳せた。

「よし。んじゃ、行こうか」

 マッシュは少し重くなった腰を、勢いをつけて上げた。
 一同の足取りは軽くはない。
 疲弊した体に鞭を入れ、気合を入れ直した。
 黒素アデルガイストの嵐の中、再び北を目指し、歩を進める。
 これが希望の足音となる事を切望し、漆黒の地を踏みしめて行った。




 吹き荒れる黒素アデルガイストの嵐。
 大きくない漆黒のクレーターに、白く浮び上がるキノの美しく輝く白髪と透き通るような白い肌。
 白髪は風にたなびく。
 口をきつく締め、北を睨み続けている。
 真っ直ぐに見つめるその金色の瞳からは強い意志が読み取れ、凛と佇む小さな体を大きく感じさせた。
 聖獣サーベルタイガーは、動かない小さき者に寄り添うように漆黒の地面に静かに伏せて見守る。
 キルロに抱かれたまま動かないハルヲ、そのハルヲに覆いかぶさるように動かないキルロ。
 心配するクエイサーを横目に、キノは静かに時を待つ。
 一瞬なのか、永遠なのかキノは佇む。
 吹き荒れる黒素アデルガイストの嵐に抗う一本の杭のように、その白い体は黒い嵐に浮び上がる。
 漆黒の地面へと投げ出された指がピクリと動いた。
 クエイサーがのそりと起き上がると、キノもそちらへと視線を動かす。
 キノの穏やかな金色の瞳が優しく見つめる。
 明滅する意識の断片が、ゆっくりと繋がり始めた。
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