鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

文字の大きさ
上 下
255 / 263
鍛冶師と調教師ときどき勇者

愚者

しおりを挟む
 ふたりの勇者は頭から血を流していた。
 止めどなく流れ落ちる血が、足元を汚す。
 唯一の光が赤く塗り潰され、微かな希望も塗り潰される。
 抗う心があっても、もはや足掻く事しか出来ないもどかしさ。
 刃を支えに今一度立ち上がる。
 絶望に対峙する為に、後に続く道を作る為に。
 瞬速の首がアルフェンを襲う、前衛ヴァンガードのクラカンが血濡れたアルフェンを渾身の力で後ろへと投げ捨てた。
 投げ終わったクラカンは力尽き、その場に膝をつく。
 眼前を黒龍ジルニトラの頭が横切り、生きた心地などするはずはない。
 血と埃で体中を汚すタントとミース。ヨロヨロとアルフェンの元へ向かい手を貸していく。もはや立つ事さえままならぬアルフェンに手を伸ばす。
 立つのすらやっとの状態。
 
 赤龍クルに対峙するアステルスもまた同じ。
 見た目のダメージで言えばアステルスの方が酷く見えた。
 
 肩で荒い呼吸を繰り返す血塗れの勇者達。
 希望が赤く塗り潰されていく。
 その場で立ちすく事しか出来ない多くの人々が、拳をきつく結んだ。
 悔しさと不甲斐なさが襲い、その場に絶望が黒く影を落とし始めた。




「アルフェンの目。じゃあ、アステルスは? 僕の能力ギフトは何だと思う?」

 アントワーヌはおちょくる分けでもなく、柔和な顔をキルロとハルヲに向けた。
 アルフェンのオッドアイのように他のふたりに何かしらの能力ギフトがあってもおかしくはない。
 キルロはハルヲの前に待てと手をかざした。
 一瞬、怪訝な顔を見せたがハルヲは大人しく剛弓を下ろす。

「さっぱり分からねえな。だけどその口ぶり、三人揃わなければ道はひらかれないって事か」
「へぇー。意外と察しがいいね。その通りだよ。アルフェンが見い出し、アステルスは最後の扉を開く。ちなみに今、僕が手にしているこれは、本来ならアステルスが持っているはずの白い聖剣エクスカリバー。綺麗だよね」

 アントワーヌはその白い聖剣エクスカリバーを目の前でかざして見せた。
 キラキラと白く輝くしなやかな剣。今のアントワーヌには全く持って似つかわしくない美しさを見せる。

「それじゃあ、その剣があれば最後の扉を開けられるって事? そんな話をしていいの? 私達に?」
「構わないよ。だって、アステルスがここにいないからね。君達ではきっと使えないよ」

 笑顔を向けるアントワーヌにハルヲは背筋に冷たい物を感じた。
 全てを自分の手の平で転がしている全能感に酔っている。
 全てが芝居じみた嘘臭さで覆われていた。
 自分の思惑通りになると信じている。
 気持ち悪い。
 生理的な嫌悪感を起こさせるアントワーヌの一挙手一投足にハルヲは顔をしかめていく。

「それでお前の能力ギフトって結局なんだ?」

 イラつくキルロの言葉にもアントワーヌは柔和な顔を返す。

「アステルスが今持っている滅龍剣ドラゴンスレイヤー。あれは本来、僕がもつべき物。僕の能力ギフト龍を殺す者ドラゴンスレイヤードラゴンに唯一仇なす者。分かったかい、これで。アステルスとアルフェンがいくら頑張ったところでドラゴンを倒す事は出来ないんだ。思い出してみてよ、アルフェンは一番南、国や街に近い所で君を探した。アステルスは中心部で腕を磨き、僕は最北でドラゴンを探した。そして見つけた。でね、思ったんだ。いつでも殺せるなら今じゃなくていいかなぁって。結局、勇者なんておだてられても救世主メシアの引き立て役でしかない。そんな風に感じ出したら、なんだかドラゴンに抗うのが馬鹿らしくなってね」

 悪びれる素振りもなく淡々と語る様がハルヲは薄気味悪かった。
 少し浮かべる笑みも、世界を潰すという当事者意識は感じられない。
 はぁっとキルロは盛大な溜め息をついた。

「ぜんぜん分からん! 何ひとつわかんねえ。そもそも、アルフェンはやるって言ったらあいつはやる。お前、弟だぞ。そんな事も知らねえのか?」

 アントワーヌの眉がピクリと微かに動いた。
 キルロの言葉が自分の手の平から零れていく。
 救世主メシアたるキルロの言葉がアントワーヌの心にさざ波を起こした。
 絶望に黒く塗り潰すはずが、あっさりと跳ね返されアントワーヌの表情が困惑を見せて行く。




 最北のレグレクィエス(王の休養)。
 運び込まれる人は後を絶たない。
 飽和状態の救護テントに飛び込む前線の逼迫した状況。
 稀代の治療師ヒーラーヒルガ・ヴィトーロインとアルタ・ヴィトーロインのふたりは額に大粒の汗を滲ませながら愚直にヒールを落としていった。
 救われた命はどれほどなのか、本人達は知る由もなく、ただただ光球を落とし続ける。
 その様子にラランは思った、まるで聖者のようだと。
 人を救い続けるその様に⋯⋯。
 治療を終え、笑顔を浮かべる者に向ける本物の笑顔。
 それに救われる思いがした。

「まるで、聖者のようです。凄いです」

 ラランの賛辞に少し驚いた顔をヒルガが見せた。
 少し照れたように、少し寂しそうにラランに笑顔を返す。

「ハハハ、御冗談を。我々はこれしか出来ないただの【愚者】ですよ。さぁ、頑張りましょう」

 そう、ひとつの事しか出来ないただの愚者。それは謙遜でもなくヒルガの、ヴィトーロイン家の本意だった。
 北に出向いたキルロを思う。
 あいつもひとつの事しか出来ない、諦めの悪いただの愚者だ。
 だからやり通せ、やり通せるはず。
 愚直に、真っ直ぐに、思う通りに進め。
 愚者らしく余計な事は考えなくていい。
 
 ヒルガは一瞬だけ北を向いた。

 進め。

 そしてまた光球を落としていった。




 ミルバの大剣が、唸りを上げた。
 東方から敵の横腹を突いてはいるが、思うように進まない様に苛立ちを募らせる。
 手練れの揃う敵集団。その中に瞳が濁り、人外の力で襲い掛かる者達を散見していた。

「齧っているヤツだ」

 ヤクラスが隣で告げると、また敵へと飛び込んで行く。
 聞いた話とは違う気もするが、あの瞳の濁りは間違いない。
 アッシモがさらに改良を重ねたのか?
 さもありなん。
 細かい事考えても始まらんしな。駆逐するのみ。
 ミルバは目を見開き、敵の渦へと飛び込む。
 その刃は敵を恐怖に陥れていく。
 ひと振りで甚大な被害を産み出す、厄介な存在。
 それに対応するのは至極当たり前の事。
 ミルバの前に狼人ウエアウルフの女がしかめっ面で現れた。

「ああー! ミルバかー、面倒くさいなー」
「ファミラ!」

 ミルバがその名を言い終わる前に、ファミラが突っ込む。
 両手に握る曲刀で斬り上げる。
 ミルバは大剣を盾にして、一度距離を取った。
 面倒なヤツが現れたとミルバの顔が険しくなっていく。
 ミルバとファミラが睨み合う。
 ファミラの口元には薄い笑みが零れた。
 ミルバを前にしても変わらぬ余裕に、ミルバは警戒を最大限に上げていく。


 猫人キャットピープルのカダが鋭い突きを見せた。
 さすがアントワーヌのパーティー、一筋縄でいかん。
 西方でリグがカダと激しく切り結んでいる。
 東方のミルバと同じく思うように事は進んでいなかった。
 その要因のひとつでもあるひとりの猫人キャットピープル。こやつを押さえん事にはどうにもならん。
 パワーで押すリグをしなやかに躱すカダ。その相性はすこぶる悪かった。
 盾の隙間を縫い、カダの切っ先がリグに届く。
 リグは何度となく顔をしかめた。カダの瞳はおごる事なく冷静。
 さすがだのう。リグは構え直し再び対峙する。
 ずれた兜を少し直し、カダから視線を外さない。
 カダの視線は左右に上下に激しく動き、リグの穴をあぶり出す。
 視線が絡まないのもやり辛さの一因でもあった。
 次の一手、その予測が全く立たない。
 カダは剣を頭の後ろまで引き、左手を前に差し出す奇妙な構えを見せた。
 なんじゃ?
 刹那、眼前に飛び込む切っ先。
 なんつうスピード。
 リグは反射的に頭を下げ、兜でその切っ先を受け止めた。
 弾き飛ばされる兜と、額から流れ落ちる血。
 兜がなかったらやばかったのう。
 カダが仕留められると思っていたのか、舌打ちをして構え直した。
 リグとカダの視線が絡んでいく。


 オット達【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】が最後尾の馬車を潰した。
 いるはずのアントワーヌの姿がなかった事にオットはつまらなそうな表情を見せる。
 本命は譲るか。

「ちょっと、残念だね」

 誰に言うでもなく口から零れていった。
 ドワーフのウルスと強靭な体躯を誇るトアンがぶつかり合い、エルフの女とドルチェナが激しく切り結んでいる。

「オット、何余裕かましてやがる」

 細身の男が切っ先を向けた。
 オットがいつもの冷えた笑みを見せる。

「グラス、君じゃあ、役不足だ」

 グラスの口から血が滴る。
 地面へとくずれ落ちるグラスの影から犬人シアンスロープのシモーネが現れた。
 赤く濡れた切っ先を軽く振り、キョロキョロと回りを見渡している。

「シモーネ悪いね。ここはちょっと任すよ。あっちがちょっと苦戦しているみたいだから行って来るよ」

 オットがリベル達の方を指差した。
 シモーネは覗き込むように、オットの指す方へと視線を向けた。

「うん。いいよ、いってらっしゃーい」

 シモーネはオットに小さく手を振ると、また敵の背中へと飛び込んだ。
 義足のバネが超人的な飛躍を見せ、オットはリベル達の元へと疾走する。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...