鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と調教師ときどき勇者

黒い嵐の中

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 オットの義足がしなると激戦の隙間を縫うように駆けぬけた。他の物よりひと回り大きな馬車へと飛び込む。
 いない? ここではない?
 いるはずのアントワーヌの姿がない。
 オットはらしくない、激しい動揺を見せる。
 もうひとつの馬車か? 
 激しい攻撃を受けながら並走する隣の馬車を睨む。
 あちらにもいる気配は感じない。
 出し抜かれたような苛立ちが、オットの心を掻きむしる。
 ここにいないヤツらと共にどこかに消えた?
 まさか東方? だとしたら出し抜かれたのは自分達?
 そう考えるのは早計か、【スミテマアルバレギオ】がなんとかする。
 いや、きっと、何とかしてしまう。
 オットは頭を切り替え、馬車に飛び込んで来た敵と激しく切り結んだ。




「おらぁあああ!」

 マッシュが吼え、ジャックに激しく斬り掛かる。
 マッシュの咆哮は、黒素アデルガイストの嵐に吸い込まれていった。
 ジャックは大振りの刃をいとも簡単に避けると、軽やかな突きを見せていく。
 簡単に避けられた自らの刃に、マッシュは眉間に皺を寄せ、剣呑な顔でジャックを睨んだ。
 冷ややかな目つきでそれに返し、ジャックは素早い突きを見せて行く。
 攻め急ぐマッシュを、嘲笑うかのような素早い突き。
 一撃一撃は軽い。ただ、何度となく迫る刃に、攻め急ぐマッシュが苛立ちを隠さない。
 厳しい表情のまま、大きな一撃を狙う。
 マッシュの大振り。いとも簡単に跳ね飛ばし、自らも後ろへと跳ね一旦距離を置いた。
 ジャックの感情のない目に逡巡の色が見える。
 マッシュのらしくない攻撃。
 ブラフなのか、ただ単純に焦っているのか⋯⋯。
 ジャックの思考がゆらゆらと揺れていた。
 マッシュを見つめれば、その瞳から怒りが見える。
 仲間をやられた事への怒り⋯⋯。
 そう思わせたい? 無表情のままジャックは揺れる。
 マッシュの剝き出しの腕や、頬から掠めた刃が傷をつけ、血が滲んでいた。
 あの血はブラフではない。
 激情に駆られた愚行。
 大味な攻撃を躱すなど分けない。
 マッシュの大きな振りを見極め、小さな傷を負わせて行く。
 傷が増えていく度にマッシュが熱を帯びていくのが分かる。
 こんなものか、つまらない。
 怒りの形相で睨むマッシュを、淡々と見つめる。
 もう終わらせるか。
 決めにかかるジャックの刃が、傷まみれのマッシュに向いて行った。


 エルフにして剛腕。
 重い斬撃が幾度となくシルを襲った。
 エルフらしくない巨躯が、黒素アデルガイストの嵐の中ゆらりと現れては重い剣を振り落とす。
 シルの素早い動きに空を斬り、そのまま柔らかな漆黒の大地を削る。
 
「ちっ」

 ラルスは軽く舌を打ち、剣を構え直した。
 力を込める二の腕の筋肉が盛り上がり、またシルと対峙する。

「あなた本当にエルフなの? 力でゴリ押しするヤツなんて聞いた事がないわ」
「そっくりそのままその言葉を返そう。エルフとしての矜恃もなく、誰彼かまわず慣れ合う君こそエルフとして疑わしいものだね」
「矜恃? くだらない」

 シルの瞳が、冷ややかに滾る。
 心底くだらない。
 呆れるを通り越して苛立ちしか覚えないラルスの言葉。
 はなから説得出来るとも、しようとも思ってはいなかったが⋯⋯。

「まぁ、いいわ。もう沈みなさい」

 シルの舞が始まる、剛に対しての柔。
 柔らかな舞いがラルスを追い込んで行く。
 剛剣の動きはシルの刃を阻む為に、忙しなく上下運動を繰り返した。
 甲高い金属音と、金属が擦れた火花が散る。
 シルの目に一段と力がこもった。
 少し俯く防戦一方のラルスの口元から、薄い笑みが零れていく。


 細い切っ先が空気を切り裂く、耳元でヒュンと軽い音を何度も響かせるカイナのレイピア。
 フェインは怯む事なく推進力を保つ。
 眼前に迫る切っ先に口から心臓が飛び出るのではないかという程の拍動を見せても、それを怒りで覆っていった。
 気に入らないこのエルフを殴る。
 自分の大切な人達をおとしめた数々の言動と許されない愚行。
 鉄の拳を振り抜く為に飛び込む。
 頬を掠る鉄の拳にカイナは顔を少し歪め、フェインは当たりの浅さに顔をしかめた。
 一度距離を取り、胸の前でガチっと鉄の拳を合わせる。
 ふたつに結わえた髪が揺れ、また飛び込む。
 細い切っ先が頬を斬り裂く、フェインの頬に赤い口が開くのなどお構いなしに飛び込んだ。
 カイナが頭を振り、鉄の拳を簡単に避ける。
 フェインはさらに目を剥き、勢いのままに体を捻ると鉄の踵をカイナの脇腹へと見舞った。

「ぐぼっ」

 余りの勢いに呻きは止められない。そのままカイナの体は横へと飛んで行き漆黒の地面を転がった。
 フェインはすぐに追い討ちを掛ける。
 転がるカイナを踏みつけんと、鉄の踵を地面に向かい落として行った。
 ゴロゴロと転がり、フェインの踵から逃げる。
 迫るフェインの足に目掛けレイピアを振る。軽い音ともにフェインの脛に傷が浮かび上がると、一度後ろへと跳ね距離を置いた。
 脇腹を押さえながら立ち上がるカイナと、流れる血を拭おうともしないフェイン。
 再び対峙し、互いに間合いを計っていく。一歩も引かない互いの意地が再びぶつかり合う。


 周りを囲まれたふたりに四方から向かう緑光。
 その光は風の刃となり、ドワーフと兎を強襲した。
 斬り刻まれ、体がバラバラとなって終わり。
 囲む連中からは、余裕とも取れる弛緩が流れていく。
 襲いかかる風の刃にユラとカズナは、黒の外套で体を覆い隠した。
 無駄な事を。
 その一瞬に流れたエルフ達の嘲笑。
 その顔が一瞬で困惑へと変貌する。
 ふたりに向いたいくつもの風の刃は、間違いなくふたりを捉えた。
 爆散すると思われた中央のふたり。
 その光がベヒーモスの皮に吸い込まれ、消えた。
 刹那、盾を構えたままユラが困惑するエルフへと突っ込んで行った。

「【炎柱イグニス】」

 目の前で起こった出来事に思考がついていかない。
 そんなバカな!?
 しかもドワーフが詠う? エルフ達の激しい困惑。
 困惑する時間を与えない。
 ユラの炎が横一閃、囲むエルフ達の顔を焼いていく。
 至近距離で受けた炎になす術なく、漆黒の地面でのたうち回る。

「シッ!」

 カズナが鉄の踵を振り抜く。
 立ち並ぶ敵のこめかみを砕いた。
 崩れ落ちる敵を一瞥する事もなく、次と拳に携える短い刃を喉笛に突き刺して行く。
 叫ぶ事も出来ず、首を必死に押さえるが、吹き出す血の勢いは止まらない。
 白目を剥き、自らの血溜まりへと沈む。
 顔を焼かれギャーギャーと喚き散らしているエルフをユラが足蹴にして、残るエルフと対峙する。

「エルフがドワーフに足蹴にされるいわれなどない!!」

 ユラは首を傾げ、叫びを上げるエルフを蔑んだ目を向けた。
 怒りに震えるエルフを嘲笑するかのように口角を上げる。

「エルフ? どこにおるんじゃ? 見当たらんのう? あ! シル達か? ここに転がっているヤツらがエルフ? ヌシこそ何をほざく、ここに転がっているのはただのクズだ、ヌシらと同じな」

 盾を構えたまま突っ込む。先ほどの詠唱が頭をよぎるエルフ達は怯んだ。
 無防備な姿を一瞬さらす。ユラはそれを見逃さない。
 ユラの杖は脳天を貫き、崩れ落ちるエルフ。
 間髪入れず、隣に並ぶエルフのこめかみを打ち抜く。
 困惑、混乱をついたユラとカズナの奇襲に幾人ものエルフが沈んだ。
 囲いが崩れるとふたりは一度後ろへ跳ね、態勢を整える。
 それでもなお十人近い手練れのエルフがふたりに目掛け飛び込んで来た。

「ちと、厄介だな」
「そうだナ」

 ふたりは構え直し、飛び込んで来るエルフを迎え討つ。



 
 吹き荒れる黒素アデルガイストの嵐の中アントワーヌが歩み寄る。
 少しばかり距離のあるところでアントワーヌとキルロ達は対峙した。
 金髪に近い栗毛色のくせ毛が風でなびくほど伸びている。
 以前より精悍なったというより、やつれた頬のこけ方。
 眼鏡の奥に見える瞳は、何を考え、見つめているのかキルロには分からなかった。
 ただ、そこに迷いや混乱などは見えない。
 口元に手を置き考える仕草でさえ、理知的な雰囲気を醸し出す。
 サーベルタイガーを見つめ、ハルヲを見つめ、キルロを見つめ、最後にキノを見つめた。
 攻撃する隙がない。明らかに物思いにふけっていながらも、その強者の放つ強烈なオーラに対峙するキルロ達は固まって動けないでいた。
 
「【スミテマアルバレギオ】⋯⋯、アルフェンの所だよね。こんな所で何をしている⋯⋯」

 こちらに問いかけているのか、自問自答しているのか掴みどころのない声色に、キルロとハルヲが困惑の色を見せた。
 再度キルロ達を見渡し、嬉しそうに目を剥いた。まるで難解な問題を解いたかのように晴れやかな表情を見せる。

「ハハハハ、そうか。アルフェンそういう事か。しかし、まぁ、思い切った手というか無謀というか⋯⋯」
「さっきから何だ? おまえは? おまえの野望はここでついえる。それの何が嬉しい」
 
 キルロが睨みを利かす。
 アントワーヌは勇者らしい柔和な笑顔を返した。

「潰える? ハハハハハ。無知というのは素晴らしいね。絶望を知らないから希望を持てる。どう足掻あがこうと答えは同じ。むしろ君達からここに来てくれるなんて手間が省けて良かったよ」
「あなたの言っている事はさっぱり分からないわ。手間が省けたのはこちらの方よ」

 ハルヲは弓を構えると、アントワーヌが白く輝く剣を抜いた。
 まるで周辺の黒素アデルガイストを吸い取るかのように、真っ白に浮かび上がるその刃が暗い世界を白く照らし出している。
 見た事もない業物にキルロは目を奪われた。あれは何だ? ただの剣じゃない。

サクロの寵愛を受ける小さき者。救世主メシア⋯⋯そして光の種。まさか幼女とはね、ハハハ。いやぁ、アルフェンにすっかりやられたよ。パーティーに入れるものだとばかり思っていたからね。しかも、あなたが小さき者とはねぇ。フフフフ、また賭けに出たものだ」
「何が面白いのか、微塵もわかんねえ。まぁ、分かりたくもないけど。このやり取りで分かる、オマエがクソに成り下がったって事だ。その何もかも見下す態度が、イラつくんだよ」
「見下す? 違いますよ。憐れんでいるのですよ」
「それを見下すって言うのよ」

 ハルヲが言い放つと、弓を引く腕に力を込めた。
 その姿にアントワーヌは盛大な溜め息をつく。

「これだから、無知な者は困るね。アステルスやアルフェンは君達に教えていないのかな? 自分達ではドラゴンを倒せないって」

 キルロとハルヲの思考が止まる。倒せないってどういう事だ。コイツは何を言っているんだ。
 怪訝な表情を浮かべアントワーヌを睨む。
 ハッタリか?
 ただ、ここでハッタリかまして時間を掛ける何かがあるとは思えない。
 ふたりの逡巡が、アントワーヌに伝播する。

「下手に希望を持たれると厄介なのでお教えしましょうか? 君がここにいるという事は、アルフェンは伝えたみたいだね。べつにアルフェンだけが、ミシュロクロイン家の能力ギフトを受け取っているわけではないのですよ」

 柔和な笑顔で語りかけるアントワーヌの言葉にふたりは困惑の色を深めるだけだった。
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