鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

文字の大きさ
上 下
253 / 263
鍛冶師と調教師ときどき勇者

対峙

しおりを挟む
 咆哮が鳴り止まない。
 絶望を運ぶその声が体を震わせる。
 多くの弓師アーチャー魔術師マジシャンが絶望を前に無力感に包まれひざまずき動きは止まっていく。
 疲弊するパーティーは限界を越えた。
 前衛ヴァンガードのクラカンが膝をつき、獣人のタントは緩慢な足取りを見せる。
 肩で息をし、前方を睨む。踏みとどまっていられるのも、時間の問題。

「アルフェン下がれ!」

 治療を終えた、ミースが長髪をたなびかせ四つ足へ向かった。
 逡巡するアルフェンに膝をつきながらも、クラカンが一喝する。

「早くせえ! 早々持たん!」

 アルフェンは一瞬天を仰ぎ見、治療師ヒーラー、スヘルの元へと下がって行く。
 その足取りは重く、急ぐ事は出来ない。
 その姿を見つめるスヘルの顔もまた晴れなかった。
 苦戦している姿を覗いているせいもあるが、それだけではない。

「アルフェンさん、後二回が限界です。後方に控える治療師ヒーラー達もほぼほぼ限界が来ています」

 厳しい表情で告げ、そのまま光球を落としていった。
 オッドアイに厳しさが増して行く。
 打開する術が見つからない。
 愚直に顔を上げ、向かって行く事しか出来ない自分の不甲斐なさ。
 それでもやるしかない。

「スヘル、ありがとう。行くよ」
「⋯⋯気を付けて」

 ありきたりの言葉しか、かける事が出来ない自分にスヘルは俯く。
 アルフェンはいつもの柔和な笑顔をスヘルに見せると、すぐに厳しい顔で前を向き走り出す。

「ミース! 下がって! 代わるよ!」

 愚直な勇者が絶望を跳ね返さんと、再び立ちはだかる。




 西方で壁を奪った。
 あやつらの余裕、奪われた所でって事か。
 いとも簡単に明け渡す様に、何かあるのではと勘ぐってしまう。

「リグよ、このままドラゴンの頭を押さえちまえば無理して退治しなくていいんじゃねえのか?」

 屈強な体躯の男が壁を動かす準備をしながら、疑問を投げかけた。
 少しばかり離れているとはいえ、勇者の苦戦は伝わる。
 そう考えるのは無理のない事かもしれない。

「ナワサよ、万が一ウチらが負けたらどうする? ドラゴンが生き残っていたらヤツらのやりたい放題じゃろ。ドラゴンという奥の手を失えば、ヤツらの目論見はついえる。仮にヤツらが全滅してドラゴンが生き残ったとする、こんな危ねえものを放置しといて安心出来るか? 頭を押さえるってのは、最低限の対処でしかない。どう転ぶか分かんねえ状況で放置するって選択はなしじゃ」
「めんどくせえー」
「ほれ、サッサと済まして、次行くぞ」

 ナワサが顔をしかめながら作業に集中していく。

「壁の移動準備出来たら、ジュウサ頼むぞ! 他のやつは横腹から殴り行く! 準備せえ!」
『へーい』

 リグの掛け声に、いつものやる気のない返事が返って来る。
 リグのパーティーが前方へと駆け出した。
 前線に陣取る敵兵の横腹から攻撃を仕掛ける。




 最前線で仕事をこなしていただけの事はある。
 ひとりひとりの練度が高い。
 オットはアントワーヌのパーティーを睨み、感じていた。
 セルバのパーティーに関して言えば人が少なく感じる。
 というか、主要な面子がここにはいない?
 この状況をもってしてなお、馬車で胡坐をかいているのか?
 そこまで舐めているとは思えない、どこかに出払っていると考えるべき。
 東方を睨めば、ミルバ達の苦戦も目に映る。
 壁はあんなにあっさりと渡しておいて、最後は譲らないと使える人間を配置したって事か?
 壁を失った所で痛くない。
 いや、こちらが破壊はしないと踏んでの放置か。
 ドラゴンさえいればどうにでもなると⋯⋯。
 ドラゴンへの依存度が高すぎる。
 勇者ですら倒せないと高を括っているのか?
 いや、倒せないと知っている?
 だからこその依存度の高さ? 
 まさかね。
 アントワーヌは馬車か? 
 まずはヤツを引きずり出す。
 オットが剣を構え突っ込んで行く。




 セルバ!
 馬車からゆっくりと降りて行く姿を遠目で確認した。
 どんなに離れていようと分かる、リベルが滾る。
 それでも、努めて冷静を装いセルバまでの距離を測っていく。
 目の前に立ちはだかる敵兵の壁さえ越えれば⋯⋯。
 一瞬でもいい、道が欲しい。
 リベルは、周りを見渡し、道を探す。

「エーシャ! フィン!」

 走り回る隻眼のウィッチと団長のドワーフを呼び止め、耳打ちをした。
 エーシャはニコリと笑顔を向け、フィンはやれやれと呆れ顔で頷く。

「ヌシ、道は作ってやる。届けよ」
「もちろん。イバン、リリ、コルーカ、一緒に来て」
「んじゃ、始めるよ」

 リベルがエーシャに頷くと最高速で飛び込んで行った。
 ヘッグが正面へ突っ込んで行く、傷をつけられない敵兵達が対処をあぐねている隙をつく。

「【雷光ブロンテ】」

 エーシャが放つ雷が真っ直ぐ前方へ伸びて行く。
 避けられぬ者は体を焦がし、その雷の威力に目を剥く者達が次々に横へと回避した。
 雷が作り出した道。フィン達が盾を構え、その道へと飛び込む。
 エーシャの作った道を塞ぐまいと盾を構え、リベル達がその道を駆け抜ける。
 わずかな隙を突き、リベル達はセルバの眼前へ飛び込んだ。
 その姿を一瞥し、セルバは感情の薄い顔をリベルに向ける。
 探し求めていた者を眼前にリベルの口元には自然と笑みが零れていた。

「久しぶり。そして、さようならね。話す事は特にないわ」

 リベルが言うか言わぬか、剣を引き抜きセルバへと切っ先を向けた。
 リベルの切っ先を避け、後ろへと跳ねる。
 少しだるそうな素振りで抜剣し、ゆっくりと剣を構えた。
 大きく嘆息し、首を横に振る。

「君といい、シルといい、メイレルといい、優秀な妖精エルフだというのに、こうも分からないものなのか?」
 
 その言葉にリベルは少し首を傾げた。

「分かりたくもない」

 静かに言うと、セルバにまた切っ先を向けていく。




 振り向かずに漆黒の地を進む。
 仲間を信じて、託した。
 黙々と北を目指すキルロの達。
 さらに濃くなる黒素アデルガイストが、嵐のように吹き荒ぶ。
 視界は塞がれ、数Mi先を覗くのがやっと。
 視界が捉えるのは、延々と続く黒素アデルガイストの嵐。その光景が息苦しさを呼んだ。
 平坦だった道が、少しずつ険しさを増してくる。
 切り立つ黒岩石アテルアウロルベンが、行く手を遮るかのように立ちはだかった。
 全てを拒むかのように切り立つ漆黒の岩場。
 遅くなる歩みにもどかしさを感じながら進んで行く。
 細い山道を進む、吹き荒れる黒素アデルガイストを隔てる物はない。
 吹きさらしの道。下を拝む事すら出来ない程、黒素アデルガイストが覆い隠した。
 いつ終わるのか分からない道程。
 折れるなと前を向く。
 狭かった山道が開けた。
 視界が悪く、どれほどの広さがあるのかすら分からない。

「頂上? かな」

 荒い息と一緒にキルロが言葉を吐き出した。
 ハルヲが隣に立ち辺りを見渡す、怪訝な表情を浮かべ首を少し傾げる。

「どうかしら? 何かあるようには見えないわね」
「とりあえずもうちょい行くか」
「そうね」
「キノ、大丈夫か?」
「うん」
「クエイサーおいで。よし、大丈夫そうね」

 ハルヲがサーベルタイガーの体を撫で、様子の確認をした。
 疲労はあるが、逆に言えばそれだけだ。
 まだ、大丈夫。
 気を取り直して前を向く。
 一同が一斉に何かの気配を感じた。
 歓迎すべきものではないこの感じ。
 頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響く。
 黒素アデルガイストがこれだけ濃い所でのエンカウント。
 どれだけ厄介なものが現れる?
 隣に立つハルヲも同じ事を考えているのが分かった。
 眉間に皺を寄せ、厳しい顔で前を睨む。
 クエイサーに預けていた黒の剛弓を手にし、いつでも行ける準備をした。
 キルロも抜剣し、構える。
 ハルヲと視線を交わし、じりっと近づいて行った。
 その気配が、黒素アデルガイストの嵐の先にぼんやりと浮かび上がっていく。
 ふたりの拍動が一気に上がる。
 さして大きくもない、人ほどの影が立っていた。
 こちらに気づいているはずなのに微動だにしない影。
 いつこちらに牙を剥くのか分からない緊張感。
 
「え⋯⋯?」

 現れたのは思ってもいなかった者。キルロもハルヲも言葉を失った。

「アントワーヌ⋯⋯」

 キルロから零した言葉にハルヲも目を剥いた。
 なぜ、こんな所にいる? 向こうで指揮を取っているのではないのか?
 アントワーヌも厳しい顔でこちらを睨んでいた。
 その表情は困惑しているようにも見える。
 互いに予想していなかった展開に戸惑いを募らせた。
 アントワーヌは大きく息を吐き出すと、ゆっくりとキルロ達へ歩み寄って行く。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...