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鍛冶師と調教師ときどき勇者

逡巡と出迎え

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 地響きが遠のく。
 それは安全を担保するものではないが、【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】団長フィン・ザガノは険しい目つきのまま頬を緩ませた。
 赤龍クルは東へ、黒龍ジルニトラは西へそれぞれが勇者の後を追い、中央に道を開けて行く。
 絶望と絶望の間に作り上げた希望の道が眼前に広がった。

「行くぞ!!」

 フィンの掛け声に一斉に駆け始める。
 焦れた心を解放させ、眼前に作られた一本道を真っ直ぐに進む。
 目標は白精石アルバナオスラピスの壁を運ぶ馬車、そして後ろに控える敵兵。
 何も出来ずにいたもどかしい思いを一気に爆発させ、戦士ファイター達は疾走した。
 壁を運ぶ馬車を守る者達が迎撃を開始する。矢を放ち詠唱を開始していった。
 疾走するフィン達へ放たれる矢と光が襲う。

「怯むな!!」

 勢いで押す。
 決して足を緩めない。乱戦に持ち込めば迂闊に弓も、詠唱も放てないはずだ。
 盾を構えたまま飛び込む。矢が、光が、盾と激しくぶつかり合い甲高い音を鳴らす。
 
「押せー!!」

 届く!
 フィンの戦斧が、馬車を守る者を一閃した。
 それが口火となり、白精石アルバナオスラピスの壁へと一斉に雪崩込む。




『届くぞ』

 フィンの動きを遠目から注視していた二つのパーティー。
 前方を睨む獣人達が一斉に告げた。
 壁を制圧し、まずは龍の進軍を止める。
 止まらない可能性も考えたが、それだと壁を動かしていいる意味がないはずだ。
 まずは、ドラゴンの進軍を止める。それは相手の思惑をひとつ潰す事にもなる。
 東方から睨むミルバが、フィンの動きにいち早く呼応した。
 前方から派手な動きで、突っ込むフィン達に、視線と関心が固定した瞬間を見逃さない。

「行けーー!!」

 ミルバが鬨の声を上げると【イリスアーラレギオ(虹の翼)】の戦士ファイター達が東方の壁へと突っ込んで行った。
 突然の出来事に敵兵達の混乱が見える。ヤクラスがそれを見逃すはずが無かった。真っ先に飛び込み、先陣を切って行く。
 完全に虚を突かれた壁を守る者達。混乱が渦巻き、統制は取れずに烏合の衆と化す。

「混乱したままでいて貰うよ」

 ヤクラスが次々に首を落として行く。
 犬人シアンスロープのミアンもヤクラスに続く。猫人キャットピープルのジッカがトリッキーな動きを見せ、混乱に拍車を掛ける。
 相手に立て直す隙を与えない電光石火の襲撃。
 ミルバはゆっくりと赴き、辺りを見回した。
 その堂々たる姿に、制圧は時間の問題だと理解する。
 



「気を抜くな!」

 リグ達【ブルンタウロスレギオ】のパーティーも西方の壁制圧は時間の問題だった。
 フィン、ミルバ、そしてリグ。三方からの一斉の攻撃に敵は困惑、混乱は止まらない。
 盾を構えゴリ押しするリグ達に、敵はなす術なく倒れていった。
 弛緩しそうな空気をリグが引き締める。
 中央でフィン達が抑え込んでいるから出来る技、中央のフィンが崩れればここも容易くはない。
 それに、壁の後ろに控えるヤツらが黙ってはいないはずだ。
 中央に人数を割いているとはいえ、向こうの圧倒的な数とは桁が違い過ぎる。
 あまりにもドラゴンに依存しているからこその油断。
 そこを突いた奇襲でしかない。
 さて、どう出る。
 後方に控える敵兵を睨む。
 しかし、壁を守ろうってのに随分と手薄というか手応えのないヤツらばかりだ。
 所詮、烏合の衆なのか?
 白精石アルバナオスラピスの壁からさらに200Mi以上先に映る人影を睨む。
 壁の速度は目に見えて遅くなり、一番奥に控えるヤツらがじりっと近づいて来る。
 そこに焦っている様子は見られない。
 むしろ、あえて近づく速度を遅くしているようにも感じ取れる。
 壁を守るヤツらは所詮捨て駒か、本命は後ろに控える無数の敵兵。
 ここを押さえても、すぐに取り返せる自信の裏返しとでも取るべきか。
 リグの逡巡をよそに壁の制圧は順調に進む。
 勇者が作った道、中央のフィン、東方のミルバ、西方のリグ。
 苦戦しているのは勇者の所だけ。
 順調過ぎる、まるで向こうにこちらの考えが筒抜けのような感覚。
 心の粟立ちが止まらない、それはフィンもミルバも感じていた。
 制圧していく姿を三人は後方から見つめ、視界にはその奥に控える敵兵を睨んでいる。
 制圧が進めば進むほど、心の粟立ちは激しくなった。
 向こうが壁の制圧をどう捉えているのか、攻めながらも見えてこない様が不気味でしかない。
 じりっと歩み寄る無数の敵兵、ドラゴンと同じように遅い歩みを見せていた。




 猫人キャットピープルが馬車の中から単眼鏡を覗いている。
 他の面子は、覗くのが飽きたのか思い思いの姿で弛緩していた。
 単眼鏡を飽きずに覗いている猫人《キャットピープル》に呆れ気味に嘆息して見せる。

「カダ、良く飽きねえな。なんか動きでもあったか?」
「うーん、特に。壁がそろそろ向こうに取られちゃうよ」

 カダの言葉を聞いて、いかつい男はさらに興味を薄くする。
 単眼鏡から、目を離すといかつい男に向かって口を開いた。

「トアン、聞くんならもう少し興味持てよ」
「ああ? 壁を取られた所で構わないんだろ、好きにさせておけばいい」

 男は面倒くさそうに言い放ち、目を閉じていく。
 カダは少し、不貞腐れながらまた前を睨んだ。

「カダも少し休めばいいのに。向こうが壁を奪った所で破壊する分けじゃないのだから好きにさせておけばいいのよ」

 狼人ウエアウルフの女も呆れ声で、真剣な目つきで前を睨もうとするカダに声を掛けた。
 小さな揺れを繰り返し、ゆっくりと進む最後尾に控える馬車内は、相変わらず弛緩している。
 リグやミルバが危惧していた通り、今はまだ彼らの手の平で踊っているだけだった。

「あ、左右の壁が動き始めた。完璧に乗っ取られたな」
「どのように動きそうですか?」

 エルフの女が始めて興味らしい興味を示し、前を覗くカダに憂い帯びた瞳を向けて問いかける。

「両端の二台を大回りさせて前に進めている。このままドラゴンの頭を押さえる気じゃないかな」
「そうですか。あいつの言っていた通りですね」
「あいつ? ああ、アッシモか。そうだな。そういや、やつはまだ戻って来ないのか?」
「誰かと交戦しているのではありませんか?」
「そうなのかな? だとしたら、そっちも言っていた通りだったのかな」
「そこまでは存じ上げませんが」
「ジュアンは相変わらずクールだね」

 カダは再び、前を覗きジュアンは腕を組み憂いのある瞳を閉じた。

「違うよ。ジュアンはアッシモが嫌いなんだよ。あいつ、何だかエルフに嫌われているものね」
「ファミラも嫌いなのか?」
「どっちでもないかな。たまに気持ち悪い時あるけど、あいついなかったらアントワーヌの願いは叶わなかったでしょう」

 狼人ウエアウルフの女が後ろ手に組んだまま言い放つ。
 ジュアンはファミラを一瞥し、また目を閉じた。
 ファミラの言葉を聞いたカダが、少し考える素振りを見せる。

「なんで、アッシモはエルフに嫌われるんだろう? ジュアンなんで?」

 ジュアンはカダを睨み、諦めたかのように嘆息した。
 この様子だときっと言うまでしつこく聞いてくる。
 ジュアンは諦めて、口を開いた。

「嫌いというか、エルフの考えとは合わないのでしょう。エルフは基本自然体であるべきと考えます。それは自分達を包む環境も然り。アッシモはそれを、自然の摂理を平気で捻じ曲げます。むしろ喜々としてやっている節も見えます。ですので、根本的な部分で合わないのでしょうね。私なんかはそこまでではありませんが、セルバ辺りは考えが極端ですからね。きっと受け入れ難いのでしょう」
「ふーん。なるほどね」

 カダもファミラも、ジュアンの言葉に納得した様子で大きく頷く。
 そんな様子を覗く目がある事に彼らはまだ気が付いていなかった。
 地面に伏せて、馬車を覗く単眼鏡。
 狼人ウエアウルフの目が、弛緩した馬車の様子を睨んでいる。
 今かと、滾るパーティーをなだめすかすキャットピープルとエルフのハーフ。

「ドルチェナどうだい?」
「緩み切っているぞ。舐めやがって」
「いいじゃないか。緩み切ってくれている方が話は早いだろ」

 ドルチェナがオットを一瞥し、また前を睨んだ。
 静かに時を待つ。




 濃くて暗い。
 黒素アデルガイストがこんなに濃い所なんて初めてだ。
 黒岩石アテルアウロルベンの凹凸の少ない漆黒の地面が、光を吸い取ってしまっているのかのようだ。
 黒素アデルガイストが、陽光を遮っているというのもあるのだろうが、経験したことの無い黒さが不気味に映った。
 全てを飲み込む漆黒の世界。
 言葉を失う現実感のない世界。
 キルロはパーティーに振り返り、あえて強がった笑みを見せた。
 その姿に一同が顔を見合わせ、諦めたように苦笑いを浮かべていく。

「すげえ所だな。まさか、こんな所まで来る事になるなんて思わなかったよ」
「そらぁそうだ。おまえさんはいつも斜め上からいろいろ起こすが、これはさすがに想像を絶するな」
「全くね」

 マッシュの言葉に一同が大きく頷くが、キルロだけは唇を尖らせた。
 視界の狭まる中、ゆっくりと歩を進める。
 一歩、また一歩。
 時折、立ち止まりフェインが方角の確認をする。
 優秀なマッパーは、機材に頼らずとも方角が感覚で分かるらしい。
 時折大きく息を吐き出し、黙々と歩く。
 どれくらい歩いたのか、分からない。
 距離と時間の感覚が麻痺していく。
 フェインの後ろを行く、マッシュがフェインの肩に手を置き、止まれのサインを出した。
 パーティーに緊張が走る。
 モンスター? これだけ濃い黒素アデルガイストの中でのエンカウント、厄介なヤツしか現れないのは容易に想像出来た。

「モンスターか?」

 前を睨む、マッシュにキルロは声を掛ける。
 前を睨み続けるマッシュの姿に、拍動が強くなっていく。
 マッシュは前を睨んだまま口を開いた。

「モンスターじゃない。どうやら、お出迎えみたいだ⋯⋯」
「お出迎え?」
「待ち伏せていたって事よ、王子」

 シルの瞳が冷ややかに滾る。マッシュの横に並び立ち、前を睨む。
 マッシュが目を凝らしながら、少し、また少しと前進して行く。

「シル⋯⋯、当たりかもしれんな。エルフのお出迎えだ」

 ユトの瞳が見開く、ラランが険しい表情を見せて行く。
 シルは口元に笑みを湛え、滾る心を必死に押さえた。
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