鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と調教師ときどき勇者

託す者達

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 絶望を運ぶもの。
 その光景を目にし、一瞬の体の硬直。
 咥えられたまま天高く舞い上がるドワーフの姿に、アステルスが赤黒い懐へと飛び込んで行く。
 赤龍クルの瞳が飛び込むアステルスを睨む。
 その瞳から焦る様は皆無、余裕さえ見せつけていた。
 滅龍剣ドラゴンスレイヤーを絶望へと振り抜く。
 ドワーフを救わんが為、力の限り振り抜く。
 聖剣は一文字の白い弧を描き、絶望へと迫った。その太刀筋に、一縷の望みを繋ぎ勇者は振り抜いていく。

 ガキッツ。

 鈍い音を立て、アステルスの渾身の一振りは止まった。
 短い前足から伸びる三本の指。
 その先に携えていた鋭い爪のひとつが吹き飛んで行く。
 渾身の一振りはドワーフまで届かず、爪をひとつ飛ばしただけ⋯⋯アステルスは顔をしかめ絶望を睨む。
 赤龍クルに焦燥する姿はなく、そのまま残る爪でアステルスを叩き潰す。
 爪が頭から顔、胸と肉を抉り、アステルスを地面へと叩きつける。
 勇者の頭から、胸から激しい出血を見せ、フラフラと立ち上がり地面に血溜まりを作っていた。

「アステルス下がれ! フィアラ! アステルスを頼む!」

 ギドの叫びを受け、治療師ヒーラーらしき長身の女は、前線へと駆け出した。
 赤龍クルを睨む、アステルスとの距離を測り疾走する。
 アステルスを失えば打つ手を失う。
 今、目の前の絶望に抗う事が出来るのは勇者の刃だけ。
 ギドは必死に赤龍クルの視界で派手に動く、ボッスを咥えたまま冷めた視線をギドに向けている。
 今しかない。

「アステルス、下がるよ」
「⋯⋯フィアラ」

 血塗れの勇者は立っているので精一杯だった。
 彼女の細い腕がアステルスの筋骨隆々な二の腕を掴み、後退して行く。
 傷が深い。
 フィアラは、アステルスの姿を間近にして苦い顔を見せた。
 おぼつかない足取りで治療師ヒーラー達が控える後方へと必死に下がって行く。
 ほんの一瞬、一撃で局面が様変わりしてしまう。
 アステルスの負傷にざわつく治療師ヒーラー達を尻目に、フィアラはヒールを詠った。

「【癒白光レフェクト・レーラ】」

 いい所七割かしら。
 光球を落としながら、アステルスの傷を診ていた。
 戦場に復帰して貰うけど全開は無理ね。
 ボッスもなんとかしないと。

「フィアラ、助かったよ。次はボッスを頼むよ、何とかしてくる」
「無理は利かないからね。気を付けるだけは、気を付けて」
「うん、分かっているさ」

 眼光は鋭く、口元だけは強がった笑みを見せた。アステルスは前線へと、再び飛び出して行く。
 フィアラは深い溜め息を漏らし、治療の指揮に戻って行くと黒い龍ドラゴンを見つめるひとりの女性が、目を剥き焦燥していく。

「フィアラさん、ここちょっと任せます。こっちもまずいです!」

 それだけ言うとアルフェンパーティーの治療師ヒーラー、小柄なスヘルが弾かれたように前線へと駆け出した。
 小さな体で必死に前線へと向かう、小脇に抱えるカバンには大量の回復薬を詰め込み、黒い龍ドラゴンへと最速で迫る。
 威風堂々と地上を見下ろす黒龍ジルニトラの粘着質な視線が、ちょこまかと動くスヘルに向いた。

「スヘル! 止まれ!」

 傷だらけの前衛ヴァンガードが、盾を構える。
 その叫びに反射的に足を止めた。
 刹那、目の前を通り過ぎる黒龍ジルニトラの頭。
 その速さが作り出す風の圧にスヘルは思わず尻餅をついてしまった。
 アルフェンが握る龍殺しの聖剣アスカロンドラゴンの帰り血を帯び、その細身の刀身を汚していた。
 白く輝く剣の姿はすでになく、四つ足の龍ドラゴンにいくつもの傷を作り、自らも頭から、背中から、足から、全身を自らの血で汚していた。
 アルフェンは、龍殺しの聖剣アスカロンを一振りし、刃についた血糊を吹き飛ばす。
 いつもの温厚な表情は消え去り、前を睨むオッドアイの表情は険しかった。
 パーティーは疲弊し、アルフェン自らも深い傷を刻んでいる。
 美しい栗毛はすでに乾いた血の跡と土埃に汚れ、肩で息をする姿が痛々しかった。

「アルフェンさん!!」

 スヘルの悲痛な叫びを背中で感じる、それでも黒龍ジルニトラを睨み、前を向き続けた。
 龍殺しの聖剣アスカロンを握り締め、また黒龍ジルニトラへと飛び込もうと構える。

「いい加減にせんか」

 クラカンが華奢なアルフェンの首根っ子を掴み、後ろへと追いやった。
 クラカンと戦士ファイターのミースがアルフェンの前に進み出る。

「たまには言う事を聞け。勇者が倒れたら、全てが終わるぞ、ここは任せて一度下がれ」
「治療してすぐ戻れ、それくらいの時間ならなんとかする」

 猫人キャットピープルのタントが曲刀を構え、クラカン達の横に立った。
 口元を覆うマスクを直し、獣人らしくしなやかな動きで巨大な足元へと飛び込んで行く。

「アルフェンさん! 早く!!」

 アルフェンは悔しさを滲ませながら、スヘルの元へ駆けた。

「みんな、すぐ戻るから頼むよ!」
「おうよ」

 クラカンが兜を直し、盾ごと前進して行く。
 黒龍ジルニトラの首が振りかざす、その瞬間クラカンは後ろへと跳ねた。
 頭を振りかざした瞬間に避けねば、簡単に餌食になってしまう。
 超速の振り下ろしが何度も掠めては、吹き飛ばされ、傷を刻みながらタイミングを学んでいった。
 振り下ろしで生まれる風圧が、クラカンを襲う。
 その度に背筋が凍る程の恐怖が襲った。
 食らったら終わる。
 死とこんなにも近しい距離を何度も味わった事はない。
 【蟻の巣】ですら、微かな希望の灯は見受けられた。
 自らの力次第で掴む事の出来る光がそこにはあった。
 今まで培った勘と経験、それを頼りに対峙していく。
 ここに自分で掴む事の出来る光は残念ながら見る事は出来ない。
 光は託す。
 何とも不甲斐ないが、託す者に繋ぐ事は出来る。
 ミースの剣も、タントのしなやかな動きも、後方に控えるラースのうたも、託す者を繋ごうと抗った。
 ここにも絶望に折れない者達が集う。
 足元のミースとタントを襲う巨大な足での超速のストンプ。
 巨大の足が地響きを鳴らす。
 一撃で全てが終わる足音が鳴り響く。
 ミースの緩く結んだ黒髪が避ける度に激しく揺れた。
 切れ長のいつも冷静な眼差しを見せる瞳が、険しさを見せていく。
 アルフェンの作った黒龍ジルニトラの傷口に剣を突き立てる。
 黒龍ジルニトラの赤い瞳がギロリと足元のミースに向いた。

「ミース!!」

 クラカンの叫びより先に、黒龍ジルニトラの頭がミースを捉える。
 バンッ! と激しい衝突音がなり、木の葉のように簡単に吹き飛んだ。
 チッ!
 タントは険しい表情で舌打ちをすると、ミースの元へと駆けた。

「ラース! 頭に煙張れ!」
「【炎柱イグニス】」

 ラースの赤い光が炎となり、黒龍ジルニトラの顔面を捉えた。
 爆発音を鳴らし、黒龍ジルニトラの顔に爆炎が上がる。

「タント!」

 クラカンの叫びに呼応し、前線からミースを引き剥がす。
 力なく引きずられるミースの姿にクラカンもラースも、拍動が一気に上がっていった。
 爆炎で出来た、一瞬の隙。
 クラカンは足元へ飛び込み、突き刺さったままのミースの剣をさらに奥へと蹴り込んだ。

『ゴアァアアアアアアアアアーー!!!』

 耳をつんざくほどの咆哮。
 勇者以外の者が初めて傷をつけた。
 見出したわずかな光。
 しかし、その代償は大き過ぎる。
 足元の虫を踏みつぶそうと再び超速のストンプ。
 ただし、ミースの剣が突き刺さる右の前足を動かすのを少しばかり躊躇する素振りを見せた。
 見えたか。
 ミースがこじ開けたわずかな突破口、それでも一撃必殺のストンプには変わりはない。
 クラカンは必死に地面を転がる。

「クラカン! こっちに!」

 治療を終えたアルフェンが大きく外側で手招きをしていた。
 クラカンが転がりながらアルフェンの呼ぶ方へと跳ねて行く。
 繋ぐ、光を見出す者に託した。
 黒龍ジルニトラの赤い瞳は、それをさせまいと激しい足音を鳴らしながらクラカンを追い討つ。
 転がり込むクラカンと入れ替わるようにアルフェンが足元へと飛び込んだ。
 龍殺しの聖剣アスカロンをミースの剣の横に突き刺し、斬り上げていく。
 アルフェンの滑らかな剣の動きに合わせ、縦に盛大な傷を作りあげた。
 柔らかい物でも、斬るかのような剣さばきに傷口から黒龍ジルニトラの血が溢れ出す。
 オッドアイが厳しく睨むと、黒龍ジルニトラの見下す視線が絡む。
 互いにひく事は有り得ない、互いにそれを確証した。
 アルフェンが龍殺しの聖剣アスカロンを一振りすると、刃についた血糊を吹き飛ばす。
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