鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と調教師ときどき勇者

二重奏

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『『『ガアアアアアアァァァァアアアア』』』
『『『ギガァアアアアアアアアアア』』』

 赤が吼える、呼応するかのように黒も吠え、咆哮の二重奏が轟く。
 その場にいる者達へ、畏怖を振り撒いていった。抗う者達は、声を上げ、自身を鼓舞する。その畏怖を運ぶ咆哮に飲み込まれまいと必死に抗った。

「撃て! 撃て!」

 リベルの合図に弓師アーチャーは矢の雨を降らせ、魔術師マジシャンは光を放つ。
 右に赤、左に黒。
 十数Mi程しか離れていない、巨大な二つの的に向かって撃ち放す。
 体中に矢が突き刺さり、巨大な二つの体躯は光を受ける度に爆炎を上げる。
 爆炎の中から浮かび上がるドラゴンの瞳に怯む兆しはなかった。
 ギロリと見下すかのごとく瞳を向けてくる。
 たわいもない存在。
 小虫が飛び回っている程度にしか認識していないのか、ゆっくりと進む速度は依然として維持していた。
 優雅とも、余裕とも取れる足取りを遅らす事さえ出来ない。
 それでも続けなくてはならない、弓師アーチャーは必死に弦を引き、魔術師マジシャンは詠唱を止めなかった。
 

 アステルスのパーティーが赤龍クルと対峙し、見上げる険しい視線と見下す舐めた視線が絡み合った。
 ギドとボッスの前衛ヴァンガードのふたりが大小のランスを抱え、果敢にも足元に飛び込んだ。
 硬い表皮が、ランスの切っ先を跳ね返してしまう。

「おわっ!」

 飛び込んだ勢いがそのまま自分へと跳ね返り、後ろへと転がった。
 足元になんか当たった感触を感じた赤龍クルは、虫でも払うかのように太い尾を足元へと振っていく。
 突然襲い掛かる極太の尾にふたりは盾を構えた。
 ガンッと鈍い音を盾から鳴らし、ふたりは簡単に吹き飛んで行く。
 地面に激しく体を打ち付け、何度となく跳ねた。

「いててて」
「こらぁ、どうしたもんかのう」

 ふたりは背中をさすりながら、体を起こしていく。
 足の皮が少し削れただけで、ダメージらしいダメージは結局与えていない。
 これほどまでに子供扱いされた事などないわな。
 それにあの硬い皮、どれだけの厚さがある? 
 皮が少しばかり削れただけの足を睨み、ふたりは嘆息した。


『おらぁあああああ!!!』

 逡巡するふたりの脇を戦士ファイター達が勇ましく喊声かんせいを上げ、足元へと次々に飛び込んで行った。

「おい、こら! ちょっと待て!」

 ギドの静止は届く事はなく、ギラついた戦士ファイター達は止まらない。
 極太の尾が迫る小虫を薙ぎ払う、何人もが宙を高く舞い、地面に体を叩きつけた。
 呻きながらも動ける人間はまだ良かった、全てを噛み砕く顎が地面に立ち並ぶ者達を餌だと認識する。

 ゴリュ! 
 バギンッ!
 クチャ、クチャ⋯⋯。

 赤龍クルの口元が一瞬で赤く染まった。
 その一瞬の出来事。
 高速に振られた顎が立ち並ぶ者を一気に食らった。
 顎の動線にいた者達の上半身が消えている。
 分断された体が地面にいくつも転がり、一瞬にして地獄絵図と化した。

「うわっ⋯⋯」

 犬人シアンスロープのアコが盛大に顔をしかめる。
 赤龍クルの瞳から飢えが消えたようには見えない、さらに餌を求める貪欲な色が浮かび上がっていく。
 たった一振りで、恐怖と絶望を植え付け、対峙する者達は震え上がった。
 それでも、アステルスのパーティー、指揮を取るリベルの士気は下がらない。
 絶望に折れる事は決してしない、それだけの強い意志を持って臨んでいる。
 勇者としての矜恃と、失った者への弔いが背中を強く後押ししていた。
 
「一度下がって!」

 アステルスが叫びながら一歩前に進み出た、両手で構えるひと際目を引く武骨な大剣。
 幅があるのに薄く、大剣でありながら鋭さを感じる希有な一本。
 ミシュロクロイン家の者だけが握れる聖剣、滅龍剣ドラゴンスレイヤーを握り対峙する。
 アステルスが足元へと飛び込む、赤龍クルはすぐに極太の尾で薙ぎ払いに掛かった。  
 圧を伴って迫り来る尾を一瞥し、上へと跳ねる。
 地面を抉る尾に着地すると、すぐにまた上へと跳ねた。
 左足の付け根が眼前に迫ると滅龍剣ドラゴンスレイヤーを横一閃。
 赤龍クルの硬い表皮がまるで紙でも切るかのようにスーッと口を開いていく。
 
『ガアアアアアアァァァァアアアア!!!』

 赤龍クルが吼える。
 傷つけられる事など有り得ない。小虫がいくら跳ねようが造作ないはずだった。
 アステルスの瞳が滾る。
 迫る巨大な顎に怯む事もなく、剣を振った。
 バキッ!
 アステルスの剣が振り切る。
 盛大な破砕音と共に、大きな牙がクルクルと宙を舞い、大きな音を立て地面に転がった。

『ガアアアアアアァァァァアアアアーーーーー!!』

 赤龍クルの怒りが爆発する。
 アステルスを吹き飛ばそうと尾を振り回し、餌にせんと顎を振った。
 素早い振りにアステルスはなす術なく、一度距離を置き、怒りに赤く染まるものを睨んだ。

「【氷槍撃グラシェプフムス】」

 小さな魔術師マジシャン、アルマの詠う声が響き渡る。
 いつものオドオドとした態度は消え失せ、朗々と詠い上げていく。
 放たれた青い光は極大の氷の矢と化し、アステルスが作った斬り口へ狙いすました一撃となった。
 足の付け根に氷の矢が深々と突き刺さる。

魔術師マジシャン! 弓師アーチャー! アルマに続いて!」

 リベルの声に足の付け根へと光と矢が向いていく。
 嫌がる赤龍クルが身をよじり逃れようと暴れた。

「あ⋯⋯、ネルドラ。足場作ってよ」
「アレン、行けるのか? うーん、右足の後ろなら行けるかな」

 ネルドラはすぐに弓を構え、右足へと狙いを定める。

「アコも手伝えよな」
「本当に行くのー!? しゃーない行くか」

 溜め息をつきながらも犬人シアンスロープの女は、前方を睨んだ。
 ネルドラの放つ矢の行く末を見つめる。
 ふたりの獣人がマスクを上げ、臨戦態勢を整えていく。
 狙いすましたエルフの矢が何本も右足に突き刺さった。
 狼人ウエアウルフの目が右足をジッと見つめる。

「もう少し上も」
「承知。⋯⋯これでどうかな?」
「あ⋯⋯、いいよ。大丈夫。アコ行くぞ」
「はいはい」

 ふたりの獣人が赤龍クルに向けて駆け出した。
 目指すは右足、深々と突き刺さった矢を足場に頭を目指す。
 赤龍クルの視界に入らぬよう大きく回り込んで行く。
 その姿にアステルスと前衛ヴァンガードのふたりが、赤龍クルの視線の先へと飛び込んだ。
 チラチラと映るアステルス達の姿に、苛立ちを隠さず顎と尾を振っていく。
 鋭いひとつひとつの振りに死の匂いが湧きたった。
 修羅場をいくつも越えて来たとはいえ、初めてとも言える圧に表情は見る見る固くなる。

「クソ、アレン達の動きが分からんぞ」
「こ⋯⋯うも、振りが鋭いと避け⋯⋯るので手一杯だな」
「来ますよ!」

 迫る尾に後ろへと跳ねる。
 アステルス達はバラバラと跳ねていく。
 赤龍クルの瞳がギロリとひとりを睨んだ。
 容赦のない顎が狙いを定めた。

『フッー! フッー!』

 鼻息の荒い姿で、ひとりのドワーフに食らいつく。
 ドワーフの一回り小さな体が捕らえられると、そのまま宙へと運ばれて行った。

「ボッス!!」

 ギドの悲痛な叫びが木霊する。




「お! 赤龍クルがアステルスのパーティーに食いついたぞ」
「トアン、私にも見せろ」

 狼人ウエアウルフの女が手綱を握る男から単眼鏡を奪い取った。
 女は感嘆の声を上げながら、下卑た笑い声を上げる。

「うっひゃああー、やっぱドラゴンさんは、えげつないわぁ」
「ファミラ、オレにも貸せ」

 男が狼人ウエアウルフの女から単眼鏡をひったくった。
 静かに覗き、口元に笑みを浮かべていく。

「あんなもんじゃない、まだまだ始まったばかりだ。しかし、あんなもんは相手にしたくないねえ」

 冷ややかに言い放つと隣に佇むエルフに単眼鏡を渡す。
 エルフはさして興味を示さず、すぐに隣に座る猫人キャットピープルに手渡した。

「どれどれ」

 猫人キャットピープルは、すぐに前方を望む。
 白精石アルバナオスラピスの壁の先、二体のドラゴンに振り回されている人々の姿にわざとらしく顔をしかめて見せた。
 それが余裕から来る見下す態度なのは、ありありと伺える。

「アステルス、ピーンチ! 仲間が食われているぞ、早く助けなきゃ」

 まるで喜劇でも鑑賞しているかのような高揚を見せる。
 ちょっとしたヒマ潰し程度にしか捉えていない。

「対抗出来るのは、やっぱり勇者様の聖剣だけだな」
「一本はウチの大将が握っちゃっているけどね」

 猫人キャットピープル狼人ウエアウルフの女は苦戦する様が、大層愉快だった。
 
「カダ、ちょっと貸せ⋯⋯⋯⋯。ああ、確かに赤龍クルの足に傷あるな、アステルスの剣か。聖剣ってやつはある意味ズルだよな、モンスターなら何でも真っ二つだもんな」
「グラス、返せ!」

 がっちりとした体躯の男から、猫人キャットピープルのカダが、再び単眼鏡を奪い取った。
 カダがまた、前方に標準を合わせながら口を開く。

アルバの恩恵を受けているだかなんかだから、アデルに対して絶大な力をうんたらかんたらって言っていたよな。ドラゴンだろうとお構いなしか⋯⋯。さて、黒いドラゴンの方はどうかなっと⋯⋯。はははは、超苦戦している。三男がんば!」
「ちょっと貸して!」

 ファミラがカダから単眼鏡を奪い返し、前方を覗いて行く。
 黒龍ジルニトラと対峙している、アルフェンの様子に口元から笑みが零れた。

「あらあら、本当ね。大苦戦じゃない。大丈夫~、アルフェンちゃん。かわいい顔しているから応援しているのに、フフフフ」

 馬車の上から高みの見物を決め込んでいた。
 緩み切った空気の車内で、ダラダラとした時をすごしている一団に緊張の二文字は全く見えない。
 隣を覗くとセルバが相変わらず感情の薄い表情で手綱を握っていた。
 戦場からの距離は500Mi程、戦場とは正反対の弛緩した空気。
 当事者意識の薄い者達が馬車に揺られていた。
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