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鍛冶師と調教師ときどき勇者
ふたりのミシュロクロイン
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それは明らかに人の外にあるもの。
手を出してはいけないものと誰しもの心に警鐘が鳴り響く。
味わった事のない圧が絶望を携えてゆっくりと向かって来ていた。
吹き荒れる黒素の嵐によって隠れていた全容が、映し出されていく。
誰もが息を飲む巨大な体躯。
青黒く艶のない闇夜のような皮膚から、赤い目だけが浮かび上がる。
黒龍。
巨大な体を支える為の太い四本の足が大地を踏みしめる度に、砂ぼこりを巻き上げていた。
吼える事もなく、重い足音だけを地鳴りを共ない響かす。
首から背中に掛けて伸びる硬質な背ビレが屈強な姿を後押しした。
長い首が遠くの餌をついばむ、巨大な足の下敷きになれば人など簡単に潰れてしまう。
長い首の先にある角を携える小さな頭で何を考えているのか、ギラつく瞳からは苛立ちしか感じ取れなかった。
その隣には艶のない赤黒い皮膚を持つ巨大なもう一頭。
赤龍。
二本足でゆっくりと進む。
極端に短い前足は飾りではないのかと勘違いしてしまうが、その指先に鋭利な爪を携えていた。
黒龍よりも鋭い二本の背ビレが背中を覆い、他者を寄せ付けはしない。
大きな頭を支える太く短い首、全てを噛み砕く巨大な顎から鋭い牙が上へと延び、全てを突き通す。
太く長い尾を引きずり、地面が重さで削れて行った。
白く濁る黒い瞳が虚ろに前を見据える。
足元など気にする素振りもなく、ただひたすらに進むべき方向だけを見ていた。
10Miは有にある動体がふたつ。
圧倒的な存在感に、ただただ立ちすくむ。
その後ろから距離を開けて追従する白精石の壁。
アレを何とかすればいいのか?
ミルバがじっと睨む、その姿を見てヤクラスが声を掛けた。
「白精石の壁を壊しても、今の段階では意味がない。奪ってこっちに持ってこれさえすれば、北に追い込む事が出来るが⋯⋯。あの龍をまずは倒す、それが第一選択じゃないか」
「あいつは後ろか?」
「あいつ? アントワーヌか? だろうな。壁の後ろに兵がうじゃうじゃいて、その後ろに馬車があるって言っていたからな、おそらくその馬車に主要なヤツらがいる」
「そうか⋯⋯」
ミルバは視線を外さない、近づく絶望を睨む。
近づくその姿に回避する術を模索していた。
「壁を壊せば、進軍は止まるのではないか?」
「壊して白精石をバラ撒いてしまったら、そいつを回収しないとアイツらの頭が北に向く事はない。アイツらの頭が南を向いたままなら、一定以上黒素がある所まで、南下しちまうんじゃないか」
「またどうして厄介極まりないものだな」
ミルバは溜め息まじりに言い放った。
傷つき、疲弊した自軍を見渡し、また嘆息する。
魔術師が再び詠唱を開始し、弓師が配置について行く。
ミルバはドンと地面に大剣を突き刺し、目を閉じてその時を待った。
じわじわと迫る黒い圧、ミルバの横にヤクラスとミアンが並び立つ。
その後ろに猫人のジッカも臨戦態勢を取っていく。
「ミルバ、そんなに抱え込むな。ここからは俺達の時間だ」
「そうそう、やっと出番よ」
後ろからの声に振り返ると、ウォルコットのパーティーとエーシャがやる気に満ちた表情で前方を睨んでいた。
その後ろからふたつのパーティーが後を追う。
「とりあえず、あの大物をなんとかしないとね」
アステルスが口に手を当て、逡巡している。
追従するパーティーもやる気を見せていた。
「どうでる?」
「ワシとギドでも、ちと荷が重いのう」
大楯を構える、大男とドワーフが前を睨みながら逡巡するアステルスに声を掛ける。
大男は特大のランスを携え、ドワーフも小さめのランスを突き立てていた。
ふたりは前方を睨んだまま、思うように事が運ばない事を想像し、苦い表情を浮かべる。
「ギドとボッスでもあれは止められないの? それじゃ、定石通り足と目じゃないの? アレン、頭行けない?」
「え?! オレ? アコ、自分で行けよ⋯⋯全く。 ん~、行けと言われれば行くけど、ちょっとデカ過ぎねえか、背ビレも厄介そうだ。足場がないと厳しいぞ」
犬人の女が狼人の男に無茶ぶりに近い要求を突きつけた。横で聞いていたエルフが弓をふたりにかざして見せた。
「私がこの弓で足場を作りましょう。それが出来ればアコとアレンなら簡単に届くのではありませんか」
「うん、アレンなら行ける、行ける。まかしたわ」
「おまえの方が体重軽いじゃねえか、アコ、おまえが行け」
互いに押し付け合っている所に法衣を纏う、小さな魔術師が割って入った。
「あのう⋯⋯、とりあえず⋯⋯、ど、どっちをやっつけるのですか?」
杖を握り締め、オドオドとその少女がアステルスに問いかける。
一同がアステルスを注目した。
前方を一瞥し振り向く、いつもの柔和な表情で一同を見つめる。
「アルマ、赤だ」
「ひーっ、あ、あんな大きな口を相手にするのですか⋯⋯。心配です⋯⋯」
「アルマは相変わらずですね、あんなものはちょっと大きな熊みたいなものですよ」
「出た、ネルドラの根拠のない自信。あんたさぁ、エルフなんだからもう少し慎重になりなさいよ」
「アコ、何かい僕達が負ける要素があるとでも言うのかい」
「あるわけないじゃない。アレンもそう思うでしょ?」
「あ⋯⋯、まぁ勝つけどね」
アコとネルドラが赤龍を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「フ、フ、フ、フ、フゥー」
「アコ、その気持ち悪い笑い方、止めろよ。そんなんだから彼氏が出来ねえんだよ」
「うるさいわね、アレンだって彼女いないじゃない。それに今、そんな事言っている場合じゃないでしょう」
「あ⋯⋯、まぁ確かに」
近づく地響きに表情は見る見る険しくなっていった。
アステルスのパーティーにも、緊張が覆い始める。
「それじゃあ、僕達は黒だね」
アルフェンがアステルスの隣に並び立ち、オッドアイがしっかりと前を見据えていた。
前衛のクラカンに戦士のミース、魔術師のエルフ、ラースそして、猫人のタント。
クラカン以外女性という相変わらず女性上位のパーティーがアルフェンの後ろに並び、アルフェンと共に前方を睨んだ。
絶望を運ぶ黒い四つ足を睨み、静かに心を滾らせていく。
アルフェンの柔和な笑顔は不敵な笑みへと変貌し、全てを飲み込む覚悟をしていた。
ここで全てを終わらす、それは勇者としての自分達の矜恃であり、為すべき事。
向こうで自らの運命に翻弄されているであろう若者を思い、東方をチラリと一瞥した。
「どう出る?」
クラカンが後ろから声を掛ける。
さすがにあそこまでの大きさと対峙した経験のある者はいなかった。
規格外の大きさに不確定要素の潜む可能性は十二分に考えられる。
だからと言って、慎重すぎて臆病になってもいけない。
「難しいね。僕達の場合頭に上るにはちょっと首が長すぎるよね、やはり足かな。そういえば以前にミルバの所が大きな四つ足と対峙していたよね。ミルバ! ベヒーモスの時はどうやって倒したのだい?」
ミルバがヤクラスを一瞥し、答えるように促した。
ヤクラスは少し肩をすくめて見せたがすぐに答える。
「あん時は魔法が一切効かなかったんで、ミルバの指示で地面に魔法を使ってどでかい溝を掘って、そこに嵌めた。スピードが厄介だったから嵌めてしまえばなんて事なかったけど、嵌めるまでは苦労したぜ」
「でかくて速かったのか、そらぁ難儀だったなぁ」
アルフェンの隣で聞いていたクラカンが、ヤクラスの答えに渋い顔をして見せた。
コイツらも速かったら厄介にも程があるな、クラカンはそう思いながら黒龍を見つめる。
「魔法で掘ったのかい!? ミルバしか思いつかないね、それは。同じ手は使えないけど、足止めをするって方向性は同じかも知れないね」
アルフェンは近づく地響きに焦る素振りも見せず、冷静に前を見据えていた。
絶望を象徴する二体の巨躯が、ゆっくりと迫るとその姿は徐々に大きくなって来る。
アルフェンは視線を動かし逡巡する、終わらす為の道筋をどう作ればいいのか。
「ミルバ! 頼まれてくれないかい」
「なんだ」
ミルバの大きな体が、華奢なアルフェンの隣に立った。
アルフェンの言葉に黙って頷き、一瞬渋い顔をして見せたがすぐに大きく頷く。
「リグ! リグはいないか!?」
「なんじゃ、おるぞ」
「おまえ達、ちと手伝え」
耳打ちするミルバに、リグは黙って頷き動き始める。
ミルバのパーティーは大きく東に展開し、リグのパーティーは西へ大きく展開して行った。
「僕らも行こうか」
アステルスとアルフェンがマントを投げ捨て、臨戦態勢を取る。
一同の緊張が高まっていく、誰もが厳しい表情を浮かべ前方を睨んでいった。
手を出してはいけないものと誰しもの心に警鐘が鳴り響く。
味わった事のない圧が絶望を携えてゆっくりと向かって来ていた。
吹き荒れる黒素の嵐によって隠れていた全容が、映し出されていく。
誰もが息を飲む巨大な体躯。
青黒く艶のない闇夜のような皮膚から、赤い目だけが浮かび上がる。
黒龍。
巨大な体を支える為の太い四本の足が大地を踏みしめる度に、砂ぼこりを巻き上げていた。
吼える事もなく、重い足音だけを地鳴りを共ない響かす。
首から背中に掛けて伸びる硬質な背ビレが屈強な姿を後押しした。
長い首が遠くの餌をついばむ、巨大な足の下敷きになれば人など簡単に潰れてしまう。
長い首の先にある角を携える小さな頭で何を考えているのか、ギラつく瞳からは苛立ちしか感じ取れなかった。
その隣には艶のない赤黒い皮膚を持つ巨大なもう一頭。
赤龍。
二本足でゆっくりと進む。
極端に短い前足は飾りではないのかと勘違いしてしまうが、その指先に鋭利な爪を携えていた。
黒龍よりも鋭い二本の背ビレが背中を覆い、他者を寄せ付けはしない。
大きな頭を支える太く短い首、全てを噛み砕く巨大な顎から鋭い牙が上へと延び、全てを突き通す。
太く長い尾を引きずり、地面が重さで削れて行った。
白く濁る黒い瞳が虚ろに前を見据える。
足元など気にする素振りもなく、ただひたすらに進むべき方向だけを見ていた。
10Miは有にある動体がふたつ。
圧倒的な存在感に、ただただ立ちすくむ。
その後ろから距離を開けて追従する白精石の壁。
アレを何とかすればいいのか?
ミルバがじっと睨む、その姿を見てヤクラスが声を掛けた。
「白精石の壁を壊しても、今の段階では意味がない。奪ってこっちに持ってこれさえすれば、北に追い込む事が出来るが⋯⋯。あの龍をまずは倒す、それが第一選択じゃないか」
「あいつは後ろか?」
「あいつ? アントワーヌか? だろうな。壁の後ろに兵がうじゃうじゃいて、その後ろに馬車があるって言っていたからな、おそらくその馬車に主要なヤツらがいる」
「そうか⋯⋯」
ミルバは視線を外さない、近づく絶望を睨む。
近づくその姿に回避する術を模索していた。
「壁を壊せば、進軍は止まるのではないか?」
「壊して白精石をバラ撒いてしまったら、そいつを回収しないとアイツらの頭が北に向く事はない。アイツらの頭が南を向いたままなら、一定以上黒素がある所まで、南下しちまうんじゃないか」
「またどうして厄介極まりないものだな」
ミルバは溜め息まじりに言い放った。
傷つき、疲弊した自軍を見渡し、また嘆息する。
魔術師が再び詠唱を開始し、弓師が配置について行く。
ミルバはドンと地面に大剣を突き刺し、目を閉じてその時を待った。
じわじわと迫る黒い圧、ミルバの横にヤクラスとミアンが並び立つ。
その後ろに猫人のジッカも臨戦態勢を取っていく。
「ミルバ、そんなに抱え込むな。ここからは俺達の時間だ」
「そうそう、やっと出番よ」
後ろからの声に振り返ると、ウォルコットのパーティーとエーシャがやる気に満ちた表情で前方を睨んでいた。
その後ろからふたつのパーティーが後を追う。
「とりあえず、あの大物をなんとかしないとね」
アステルスが口に手を当て、逡巡している。
追従するパーティーもやる気を見せていた。
「どうでる?」
「ワシとギドでも、ちと荷が重いのう」
大楯を構える、大男とドワーフが前を睨みながら逡巡するアステルスに声を掛ける。
大男は特大のランスを携え、ドワーフも小さめのランスを突き立てていた。
ふたりは前方を睨んだまま、思うように事が運ばない事を想像し、苦い表情を浮かべる。
「ギドとボッスでもあれは止められないの? それじゃ、定石通り足と目じゃないの? アレン、頭行けない?」
「え?! オレ? アコ、自分で行けよ⋯⋯全く。 ん~、行けと言われれば行くけど、ちょっとデカ過ぎねえか、背ビレも厄介そうだ。足場がないと厳しいぞ」
犬人の女が狼人の男に無茶ぶりに近い要求を突きつけた。横で聞いていたエルフが弓をふたりにかざして見せた。
「私がこの弓で足場を作りましょう。それが出来ればアコとアレンなら簡単に届くのではありませんか」
「うん、アレンなら行ける、行ける。まかしたわ」
「おまえの方が体重軽いじゃねえか、アコ、おまえが行け」
互いに押し付け合っている所に法衣を纏う、小さな魔術師が割って入った。
「あのう⋯⋯、とりあえず⋯⋯、ど、どっちをやっつけるのですか?」
杖を握り締め、オドオドとその少女がアステルスに問いかける。
一同がアステルスを注目した。
前方を一瞥し振り向く、いつもの柔和な表情で一同を見つめる。
「アルマ、赤だ」
「ひーっ、あ、あんな大きな口を相手にするのですか⋯⋯。心配です⋯⋯」
「アルマは相変わらずですね、あんなものはちょっと大きな熊みたいなものですよ」
「出た、ネルドラの根拠のない自信。あんたさぁ、エルフなんだからもう少し慎重になりなさいよ」
「アコ、何かい僕達が負ける要素があるとでも言うのかい」
「あるわけないじゃない。アレンもそう思うでしょ?」
「あ⋯⋯、まぁ勝つけどね」
アコとネルドラが赤龍を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「フ、フ、フ、フ、フゥー」
「アコ、その気持ち悪い笑い方、止めろよ。そんなんだから彼氏が出来ねえんだよ」
「うるさいわね、アレンだって彼女いないじゃない。それに今、そんな事言っている場合じゃないでしょう」
「あ⋯⋯、まぁ確かに」
近づく地響きに表情は見る見る険しくなっていった。
アステルスのパーティーにも、緊張が覆い始める。
「それじゃあ、僕達は黒だね」
アルフェンがアステルスの隣に並び立ち、オッドアイがしっかりと前を見据えていた。
前衛のクラカンに戦士のミース、魔術師のエルフ、ラースそして、猫人のタント。
クラカン以外女性という相変わらず女性上位のパーティーがアルフェンの後ろに並び、アルフェンと共に前方を睨んだ。
絶望を運ぶ黒い四つ足を睨み、静かに心を滾らせていく。
アルフェンの柔和な笑顔は不敵な笑みへと変貌し、全てを飲み込む覚悟をしていた。
ここで全てを終わらす、それは勇者としての自分達の矜恃であり、為すべき事。
向こうで自らの運命に翻弄されているであろう若者を思い、東方をチラリと一瞥した。
「どう出る?」
クラカンが後ろから声を掛ける。
さすがにあそこまでの大きさと対峙した経験のある者はいなかった。
規格外の大きさに不確定要素の潜む可能性は十二分に考えられる。
だからと言って、慎重すぎて臆病になってもいけない。
「難しいね。僕達の場合頭に上るにはちょっと首が長すぎるよね、やはり足かな。そういえば以前にミルバの所が大きな四つ足と対峙していたよね。ミルバ! ベヒーモスの時はどうやって倒したのだい?」
ミルバがヤクラスを一瞥し、答えるように促した。
ヤクラスは少し肩をすくめて見せたがすぐに答える。
「あん時は魔法が一切効かなかったんで、ミルバの指示で地面に魔法を使ってどでかい溝を掘って、そこに嵌めた。スピードが厄介だったから嵌めてしまえばなんて事なかったけど、嵌めるまでは苦労したぜ」
「でかくて速かったのか、そらぁ難儀だったなぁ」
アルフェンの隣で聞いていたクラカンが、ヤクラスの答えに渋い顔をして見せた。
コイツらも速かったら厄介にも程があるな、クラカンはそう思いながら黒龍を見つめる。
「魔法で掘ったのかい!? ミルバしか思いつかないね、それは。同じ手は使えないけど、足止めをするって方向性は同じかも知れないね」
アルフェンは近づく地響きに焦る素振りも見せず、冷静に前を見据えていた。
絶望を象徴する二体の巨躯が、ゆっくりと迫るとその姿は徐々に大きくなって来る。
アルフェンは視線を動かし逡巡する、終わらす為の道筋をどう作ればいいのか。
「ミルバ! 頼まれてくれないかい」
「なんだ」
ミルバの大きな体が、華奢なアルフェンの隣に立った。
アルフェンの言葉に黙って頷き、一瞬渋い顔をして見せたがすぐに大きく頷く。
「リグ! リグはいないか!?」
「なんじゃ、おるぞ」
「おまえ達、ちと手伝え」
耳打ちするミルバに、リグは黙って頷き動き始める。
ミルバのパーティーは大きく東に展開し、リグのパーティーは西へ大きく展開して行った。
「僕らも行こうか」
アステルスとアルフェンがマントを投げ捨て、臨戦態勢を取る。
一同の緊張が高まっていく、誰もが厳しい表情を浮かべ前方を睨んでいった。
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