鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と調教師ときどき勇者

イリスアーラレギオ(虹の翼)

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 救護テントから呻きと嘆きが止まらない。
 この短時間でテントに入りきらない程の負傷者が運び込まれた。それが意味する事。前線での疲弊と劣勢。
 治療師ヒーラー達の必死の治療が無駄になるケースも多々。
 苦しむ人を前に無力感が漂うと、すぐに頭を切り替える。
 ここも戦場。
 ミルバのパーティーから離れ、ラランが必死にここを取り仕切っていく。額を拭うララン。その汗が、暑さからではないのは明らかだった。

「命に別状の無い傷は外! 重傷者は中に入れて!」
 
 運び込まれる人達へ、治療師ヒーラーが光球を落とす。
 パニック一歩手前、崩壊すれば助かる者も助からない。
 光球を落としながら、ラランは周りを見渡す。
 次はどうすれば⋯⋯、その次は。
 切れる⋯⋯、集中が続かない。
 ギュッと目を瞑り、逃げ出したくなる心を押さえ込む。
 運び込まれる同胞に心を痛み。また、額の汗を拭う。
 ポンとふいに置かれた手の温もりを肩に感じた。

「重傷者はこちらに任せて」

 ヒルガ・ヴィトーロイン、稀代の治療師ヒーラー。包み込むような安心を覚える表情を浮かべ、真っ直ぐにララン見つめた。

「お願いします!」

 ラランはすぐに謝辞を述べ、自分の仕事へと戻って行った。
 ヒルガとアルタもすぐに重傷者の元へ急ぐ。
 アルタが駆けながら、ふいに本音を漏らした。

「キルロはいつもこんな事をしていたのか」
「私達も、やるだけの事はしなくてはね」

 いつもの柔和な表情は消え、厳しい顔を見せる。
 ふたりからは救うという思いだけが、溢れ出していた。

「そちらは中に運んで下さい! あなたはこちらをまず飲んで」

 エレナが回復薬の詰まった木箱を抱え、救護テントの外で負傷者の容態をチェックし、素早く振り分けていく。

「お嬢! 追加だ!」
「ありがとうございます! もっと下さい!」
「全く、人使い荒いな」

 ヤクロウが木箱一杯の回復薬を置き、頭を掻きながら再び薬の作成に戻っていく。
 ラランがその様子に少しばかり驚いていた。

治療師ヒーラーさん、中をお願いします。遅くなりましたが外は任せて下さい!」

 ハーフ猫人キャットピープルの頼もしい言葉に口元が緩む。
 その言葉に大きく頷いて見せた。

「お願い!」

 ラランは自らの戦場、救護テントの中へと、再び戻って行った。




 レグレクィエス(王の休養)の中央に鎮座する一団。
 その中の一人、エーシャのイライラは積み重なるばかりだった。
 運び込まれる人々の数を見やる度に、苛立ちを募らせていく。

「もう、行こうよ! てか、行く」
「ダメだ。待て」

 【イリスアーラレギオ(虹の翼)】団長のウォルコットがエーシャの腕を掴み、逸る隻眼のウィッチを諌めた。

「何でよ! このままだとヤバイよ、助けに行かないと!」
「ダメだ」

 隻眼が腕を掴むウォルコットを睨む。

「ひとりでも行く!」
「エーシャ! いい加減にしておけ」

 前衛ヴァンガードらしく、アルフェンの脇でどっしりと構えるクラカンがエーシャを一喝した。
 頬を膨らませ、クラカンを睨む。

「全く、悔しいのはお主だけではないんだ。私らだって、今すぐにでも飛び出したい⋯⋯」
「だったら⋯⋯」
「一番悔しい思いをしているのは、ウォルコットだ。運び込まれるほとんどが【イリスアーラレギオ】の者だ。悔しくないわけがない。お主なんかより、よっぽどもどかしい思いをしている。その男が今は動くなと言っているのだ。悟れ、そしてその思いを溜めて来たるべき時にぶちかませ」

 言い包められ面白くはないが、クラカンの言う事はもっともだ。
 エーシャは渋々と頷いた。

「ウォルコット、ゴメンよ」

 エーシャが頭を下げると、その姿を一瞥し入口から運び込まれる人々を眺める。

「あれは、アズワド、その向こうに運び込まれたのはルク。あ、今、運び込まれたのはビウスだ。いつもはおちゃらけているが、やるときはやるやつだ。⋯⋯悔しいに決まっているさ、今すぐにでも飛び出したい。でも、今じゃない。エーシャ、気持ちは嬉しい、同胞がやられている姿に怒りを覚えてくれて。まぁ、信じろ、ウチはそんなヤワじゃない。これくらいの事は乗り越えて見せる」

 ウォルコットはエーシャに一瞬鋭い眼差しを向け、またすぐに前を向いた。
 
「ワームだ!」

 入口から怪我人を運び込んだ男が叫ぶ、その言葉にウォルコットはすぐに反応を見せる。

「動けるやつ! 槍を運べ!」

 ウォルコットの指示に、片腕を吊る者が、何重にも頭に包帯を巻く者が、槍を目一杯抱え必死に前線へと駆け出した。




 前衛ヴァンガードの盾は崩れてしまった。前線が崩れていく。
 当初描いていた絵図は簡単に書き換えられ、見るも無残な落書きと化してしまった。
 机上の空論とは言うが、こうもあっさりと描いた絵図を上塗りされるとは。
 出し抜かれた怒りと、同胞を傷つけられた事への怒り。
 ミルバの心は今までにないほど、煮え滾っていた。

「ああああああああ!」

 雄叫びと共に、肉感的な体躯が繰り出す大剣の圧が上がっていく。
 飛び散る血の跡が、大柄な体躯を汚していった。
 体に飛びつくゴブリンをものともせず、地面を蠢く物を薙ぎ払う。
 刃の圧はどんどんと上がっていき、体にはいくつもの傷を作る。
 まとわりつくゴブリン共々薙ぎ払った。
 地面に転がるワームの躯を踏みつけ、ミルバの剣は敵の脅威となる。
 険しい表情で地面を伺うと、蠢く影に飛び込んだ。

「ミルバに続け! ミアン、ジッカ、弓師アーチャーのフォローを頼む」

 ヤクラスの言葉にふたりは頷くと何人かに声を掛け、下がる弓師アーチャーの元へ駆け出した。
 ヤクラスの言葉に団員達の士気が上がる。
 滾るミルバの背中に後押しされ、団員達の勢いは上がっていく。

「うわぁああああ⋯⋯」
「誰か! オルがやられた! 下げてくれ!」
「クソ! 誰かいないのか!」

 叫びは止まらない。
 恐怖と怒りが混じり合う。
 不快な音は鳴り止まず、それを止められないもどかしさも止まらない。
 恐怖を勇気で塗り潰す。
 勇気を与える大きな背中が滾る。
 その背中が、まだ行けると自らの背中を押した。
 肉をすすろうと口が迫る。
 恐怖と共に叩きつけ薙ぎ払う。
 その隙をついたゴブリンの爪が、牙が、肉に食い込んだ。
 地を這う粘着質な音が止まらない。
 肉と血をすする不快な音が届く。
 心音と自分の吐き出す息の音しか聞こえなくなる。

「槍だ! 持ち替えろ!」

 ヤクラスの叫びに何人もが、我に帰った。
 隙を見て、槍を手にしていく。反撃の狼煙が燻り始める。

「頑張れ」

 槍を抱える負傷した者達が前線へと駆け出す者達へ、激励の声を掛けた。
 そんな事しか出来ない自分達にもどかしさを感じながら、自らの思いを仲間に託していく。

「まかせろ」

 強がる仲間の姿に頷き、そしてまた手渡す。

「頼むぞ」

 仲間に槍と自らの思いを渡していった。




 西方の枯れた森をパーティーが進む。
 戦場から大きく西に逸れたドルチェナ達【ルプスコナレギオ(狼の王冠)】の使ったルートを進んで行く。
 黒い外套にすっぽりと姿を隠すパーティーが、足早に歩を進めていた。
 枯れた木は身を隠すには心許ない。一段の黒い影が森からチラチラと覗く。
 
 確認を取れたルートを進むだけ、簡単に事は進む⋯⋯。
 砂嵐のように黒素アデルガイストが視界を狭くする。
 狼人ウエアウルフの目を持ってしても、先を見通すのは難しかった。
 パーティーは言葉を発する事もなく黙々と足を動かしていく。
 自分の呼吸音だけが耳朶を掠める。
 静かすぎるほど静かな枯れた森。
 朽ちるのを待つだけの木が、カラっと静かな音を立て、枝を落とした。
 すでに中身の無い枝が地面に落ちる。
 微かな音が地面に枝が落ちた事を告げた。
 あまりの静けさと朽ちる木の姿に死を連想させる、生を感じる事の出来ない場所。
 そんな薄気味悪さがこの森を覆っていた。
 先頭を行く狼人ウエアウルフが些細な空気の変化を感じ、警戒のサインを送る。
 パーティーの足はより一層の警戒を見せ慎重に運ぶ。

「⋯⋯チッ」

 先頭の狼人ウエアウルフが静かに舌を鳴らした。

「いたぞー!」

 武器を構える人の数およそ二十。
 待ち伏せしていたのは、間違いなかった。
 こちらに向かって駆け出して来る。
 誰もが外套の下で武器を握りしめた。
 集団の後ろで、ゆっくりとこちらへ向かう男が三人。
 両手に手斧を握る眼鏡の男がほくそ笑む。

「残念だったな。いい線行っていたと思うがツメがもうちょいって所か?」

 わざとらしい溜め息と共に眼鏡の男が吐き出す言葉。
 その言葉に男の口元が外套の下で不敵に歪んだ。
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