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鍛冶師と調教師ときどき勇者
フェイン・ブルッカ
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武骨な拳が頭蓋骨砕いた。
激流に打ちこむ一本の杭。
流れを変えんと抗っていた。
フェインの集中はいつもに増し、研ぎ澄まされていく。
降り注ぐ特大の矢ですら、激流へと叩き落し流れを止めるために利用する。
下か上か。
一瞬の迷いが終わりを告げる。
激流が血の飛沫を上げ、特大の矢が激流へ体を投げ打つ。
眼鏡の奥で瞳は力強く見開き、五感を解放していた。
自らの吐き出す呼吸の音、空気を切り裂く下降音。
自らの肉が削がれているのには気にも止めず、その武骨な拳を振り、鉄の踵を落としていった。
前へ、前へ。
歩みの進まない自分を卑下する。
しっかりやれ。
返り血なのか、自らの血なのか分からない程の赤。
跳ねた血なのか、吹き出した血なのか。
止める事なく振り続ける。
上。
下。
下。
上。
振り終わる前には次の一手を決定していく。
集中を上げる。
自分の呼吸が荒くなって来ているのに気が付かないほどの集中。
その危うさに気が付いたのは華奢に見える童顔のエルフただひとり。
普段の穏やかな表情とは違う顔を見せ、ひたすら前にしか向いていないフェインに最速で向かう。
軽い切っ先で次から次へとリザードマンを両断し、フェインのあとを追って行った。
もう少しが遠い。
童顔が焦燥感から険しくなっていく。
声を掛けるべきか悩む、この状況で集中を途切らすのはまずいかもね⋯⋯。
近づけば近づくほど肩で息をするフェインの危うさが強くなっていく。
ユトの顔は更に険しくなる。
拳の勢いが落ちてきた。
マズイね。
フェインの勢いと反比例するかのように激流の勢いは増し、降り注ぐ飛竜の数が増えていった。
リザードマンの牙が届き、飛竜の鋭いくちばしがフェインの肩口を掠り始める。
自らが傷つき、体力の限界が近い事にすら気が付いていない。
危うい、危険過ぎる。
意を決し、ユトはフェインの元へ飛び込む。
リザードマンがフェインの首元を捉えんと牙を剥く。
フェインの動きが一瞬止まる。
その刹那、空気を切り裂く音が頭上で鳴った。
ユトはフェインの体を蹴り、体軸をずらす。
フェインを狙うくちばしが、首元を捉えるリザードマンに向いた。
首元から剥がれるリザードマンに、安堵する間もなく激流が襲う。
リザードマンを捉えた飛竜の首を跳ね、フェインの隣に立った。
「ユト⋯⋯」
「カイナの借りを返しに来たよ。少しだけ時間を稼ぐ、息を整えたら一度下がるよ」
ユトは剣を振り続け、その一瞬でフェインに落ち着きをもたらしていく。
熱を帯びる首元からべったりと貼りつく血を感じ、フェインは大きく息を吐いた。
自分の状況を把握し、ユトの言葉を飲み込んだ。
「すいませんです。もう大丈夫です」
ユトはひとつ頷き、撤退を始めた。
前へ進むも、後ろへ進むも薙ぎ払い進む事には変わりはない。
ダメージの蓄積、じわりとフェインの動きを鈍化させていた。
一瞬遅れる反応、加わるダメージ。
血を流す体が、血が足らないと悲鳴を上げ出す。
道を切り開くユトに必死にすがる。
吐く息がみるみる荒くなるのが分かった。
武骨な拳は勢いが落ち、鉄の踵は空を切る。
ユトの素早い刃は的確に捉え、フェインの為の道を必死に作っていた。
このまま激流に乗って、レグレクィエス(王の休養)の入口を目指す。
必死に食らいつくフェインの足から力が抜けて行く、落ちそうになる体を気持ちで踏みとどめた。
大丈夫、ひとりじゃない。
眼鏡の奥の瞳に力を込めた。
「頑張ろう! もう少しだ!」
ユトの鼓舞がフェインに力をくれる。
フェインの踵が何度目かの空を切った。
あ!!
降り注ぐ特大の矢がユトに向く。
フェインは、すぐさまユトへと飛び込む。
「ユト!!!」
フェインの叫びに反射的に跳ねた。
「がはっ!」
ユトの左半身を大きく削った。
左腕は肩から大きく削られブラブラとぶら下がっているだけで、なんの機能も果たさない。
「このぉおおおお!」
上空へ舞い戻ろうとする飛竜に今度こそ鉄の踵を落とした。
左足も大きく抉れ、おぼつかない足を必死に動かしているユトの姿。
フェインは一瞬だけレグレクィエス(王の休養)の入口を睨むとユトを抱え、激流に乗って、駆け出した。
群がるリザードマンを蹴散らし、空から狙う飛竜を避けていく。
爪が背中を襲い、空を切る牙が眼前でガチっと音を立てる。
「フェイン、下ろしてくれ。大丈夫だ!」
「ダメです⋯⋯」
フェインはそれだけ答えるので手一杯だった。
搾りかすしか残っていない体力を、ユトを運ぶだけに使う。
ちりちりと痛む体は気にしない。
襲い掛かるリザードマンに集中をする。空から聞こえる風切り音に耳を研ぎ澄ます。
抱える腕にユトの生温かい血が伝わっていた。
ギリギリの体が悲鳴を上げた。
ガクっと一瞬膝が折れる。
「はあぁぁああ!」
フェインは今一度、気を入れ直す。
まだ⋯⋯。
まだ行ける。
上空からの風切り音に左に避ける、踵を落とす体力はもうない。
空っぽの体で何も出来ない無力感に悔しさが襲う。
力の入らない体に、血に飢えるリザードマンが群がった。
まだ、まだ、だめだ。
ユトを守るべく、フェインは大きな体を丸める。
飲まれるな。
激流に飲まれたユラの姿が脳裏を掠める。
牙が、爪が、容赦なく剝き出す。
折れる膝。
地面に着かぬよう、必死に耐える。
抗う術は既になく、耐える事しか出来ない。
荒い呼吸を繰り返し、蒼白のエルフを抱える。
「くそぉおおお!」
フェインが最後の力をふりしぼり咆哮を上げた。
折れる膝を奮い立たせる。
「立て!」
前方からの声に、顔を上げた。
大柄な体に大き過ぎる剣を振るうハーフドワーフの姿に、フェインは薄い笑みを浮かべる。
「良く耐えた! もう少しだ!」
ミルバの大剣がフェインとユトの道を作って行く。
空っぽの体は急ぐ事も出来ず、ゆっくりと歩を進めるので精一杯だった。
「こういう時はな、むやみに飛び込んではいかんぞ」
ミルバはゆっくりとすれ違うフェインに、己が言われた言葉を放つ。
薙ぎ払うミルバの横を抜けると目の前がクリアーになった。
あとは入口に飛び込めば⋯⋯。
「上!!」
入口から誰かの悲鳴にも近い叫びが届く。
集中の切れた体に空を切る下降音は届いていなかった。
反射的にユトを守ろうと被さるように地面へと体を投げる。
突き刺さる特大の矢に覚悟を決め、体に力を込めていった。
ドサッ。
感じたのは隣に何かが落ちた音。
閉じていた目をゆっくり開けて音の方を覗くと、突き刺さるはずのくちばしが地面に転がっている。
体をゆっくり起こすと、リベルが手をかざし微笑んでいた。
「大丈夫か!?」
入口から救護を担当している人々が次々に飛び出し、フェインとユトに手を貸していく。
空っぽの体は安堵と共に休息を欲し、フェインの意識は急速に途切れた。
一番奥のテントでじりじりともどかしい思いで落ち着きない動きを見せていた。
「少しは落ち着け。気持ちは分かるが、やるべき時に備えろ」
「この状況で落ち着けって言われて、落ち着けるか」
キルロはいかにも前衛な姿を見せるクラカンに苛立ちを隠さない。
キルロとキノ、アルフェンのパーティー、そしてアステルスのパーティーは戦場には赴かず、その時を待っている。
テント内に漏れ聞こえる喧騒が、上手く事が運んでいないと語っていた。
飛び交う怒号にキルロの焦燥感は煽られ、じりじりとした心持ちで浅く腰掛けている。
激流に飛び出そうとしていたキルロ達に、マッシュが待ったを掛けたのは戦闘開始の直前だった。
「団長と勇者さん達はまだだ。ここじゃない。ヤツらの事だ、これはあくまでも前菜。メインはこの後に待ち構えている。その時まで待て。ここはオレ達に任すんだ」
マッシュにほだされ、テントの奥で待つハメに。
もちろん、その言葉に納得もしたが、この何も見えない状況のもどかしさ。
また、置いてきぼりだし。
口を尖らし、ふてくされても結果は変わらない。
「マッシュ・クライカの読み違いはきっとないよ。信じて待とう」
アルフェンは穏やかに声を掛けた。
信じろと言われたら立つ瀬がない。
キルロは口元に手をやりじりじりとした時を過ごす。
激流に打ちこむ一本の杭。
流れを変えんと抗っていた。
フェインの集中はいつもに増し、研ぎ澄まされていく。
降り注ぐ特大の矢ですら、激流へと叩き落し流れを止めるために利用する。
下か上か。
一瞬の迷いが終わりを告げる。
激流が血の飛沫を上げ、特大の矢が激流へ体を投げ打つ。
眼鏡の奥で瞳は力強く見開き、五感を解放していた。
自らの吐き出す呼吸の音、空気を切り裂く下降音。
自らの肉が削がれているのには気にも止めず、その武骨な拳を振り、鉄の踵を落としていった。
前へ、前へ。
歩みの進まない自分を卑下する。
しっかりやれ。
返り血なのか、自らの血なのか分からない程の赤。
跳ねた血なのか、吹き出した血なのか。
止める事なく振り続ける。
上。
下。
下。
上。
振り終わる前には次の一手を決定していく。
集中を上げる。
自分の呼吸が荒くなって来ているのに気が付かないほどの集中。
その危うさに気が付いたのは華奢に見える童顔のエルフただひとり。
普段の穏やかな表情とは違う顔を見せ、ひたすら前にしか向いていないフェインに最速で向かう。
軽い切っ先で次から次へとリザードマンを両断し、フェインのあとを追って行った。
もう少しが遠い。
童顔が焦燥感から険しくなっていく。
声を掛けるべきか悩む、この状況で集中を途切らすのはまずいかもね⋯⋯。
近づけば近づくほど肩で息をするフェインの危うさが強くなっていく。
ユトの顔は更に険しくなる。
拳の勢いが落ちてきた。
マズイね。
フェインの勢いと反比例するかのように激流の勢いは増し、降り注ぐ飛竜の数が増えていった。
リザードマンの牙が届き、飛竜の鋭いくちばしがフェインの肩口を掠り始める。
自らが傷つき、体力の限界が近い事にすら気が付いていない。
危うい、危険過ぎる。
意を決し、ユトはフェインの元へ飛び込む。
リザードマンがフェインの首元を捉えんと牙を剥く。
フェインの動きが一瞬止まる。
その刹那、空気を切り裂く音が頭上で鳴った。
ユトはフェインの体を蹴り、体軸をずらす。
フェインを狙うくちばしが、首元を捉えるリザードマンに向いた。
首元から剥がれるリザードマンに、安堵する間もなく激流が襲う。
リザードマンを捉えた飛竜の首を跳ね、フェインの隣に立った。
「ユト⋯⋯」
「カイナの借りを返しに来たよ。少しだけ時間を稼ぐ、息を整えたら一度下がるよ」
ユトは剣を振り続け、その一瞬でフェインに落ち着きをもたらしていく。
熱を帯びる首元からべったりと貼りつく血を感じ、フェインは大きく息を吐いた。
自分の状況を把握し、ユトの言葉を飲み込んだ。
「すいませんです。もう大丈夫です」
ユトはひとつ頷き、撤退を始めた。
前へ進むも、後ろへ進むも薙ぎ払い進む事には変わりはない。
ダメージの蓄積、じわりとフェインの動きを鈍化させていた。
一瞬遅れる反応、加わるダメージ。
血を流す体が、血が足らないと悲鳴を上げ出す。
道を切り開くユトに必死にすがる。
吐く息がみるみる荒くなるのが分かった。
武骨な拳は勢いが落ち、鉄の踵は空を切る。
ユトの素早い刃は的確に捉え、フェインの為の道を必死に作っていた。
このまま激流に乗って、レグレクィエス(王の休養)の入口を目指す。
必死に食らいつくフェインの足から力が抜けて行く、落ちそうになる体を気持ちで踏みとどめた。
大丈夫、ひとりじゃない。
眼鏡の奥の瞳に力を込めた。
「頑張ろう! もう少しだ!」
ユトの鼓舞がフェインに力をくれる。
フェインの踵が何度目かの空を切った。
あ!!
降り注ぐ特大の矢がユトに向く。
フェインは、すぐさまユトへと飛び込む。
「ユト!!!」
フェインの叫びに反射的に跳ねた。
「がはっ!」
ユトの左半身を大きく削った。
左腕は肩から大きく削られブラブラとぶら下がっているだけで、なんの機能も果たさない。
「このぉおおおお!」
上空へ舞い戻ろうとする飛竜に今度こそ鉄の踵を落とした。
左足も大きく抉れ、おぼつかない足を必死に動かしているユトの姿。
フェインは一瞬だけレグレクィエス(王の休養)の入口を睨むとユトを抱え、激流に乗って、駆け出した。
群がるリザードマンを蹴散らし、空から狙う飛竜を避けていく。
爪が背中を襲い、空を切る牙が眼前でガチっと音を立てる。
「フェイン、下ろしてくれ。大丈夫だ!」
「ダメです⋯⋯」
フェインはそれだけ答えるので手一杯だった。
搾りかすしか残っていない体力を、ユトを運ぶだけに使う。
ちりちりと痛む体は気にしない。
襲い掛かるリザードマンに集中をする。空から聞こえる風切り音に耳を研ぎ澄ます。
抱える腕にユトの生温かい血が伝わっていた。
ギリギリの体が悲鳴を上げた。
ガクっと一瞬膝が折れる。
「はあぁぁああ!」
フェインは今一度、気を入れ直す。
まだ⋯⋯。
まだ行ける。
上空からの風切り音に左に避ける、踵を落とす体力はもうない。
空っぽの体で何も出来ない無力感に悔しさが襲う。
力の入らない体に、血に飢えるリザードマンが群がった。
まだ、まだ、だめだ。
ユトを守るべく、フェインは大きな体を丸める。
飲まれるな。
激流に飲まれたユラの姿が脳裏を掠める。
牙が、爪が、容赦なく剝き出す。
折れる膝。
地面に着かぬよう、必死に耐える。
抗う術は既になく、耐える事しか出来ない。
荒い呼吸を繰り返し、蒼白のエルフを抱える。
「くそぉおおお!」
フェインが最後の力をふりしぼり咆哮を上げた。
折れる膝を奮い立たせる。
「立て!」
前方からの声に、顔を上げた。
大柄な体に大き過ぎる剣を振るうハーフドワーフの姿に、フェインは薄い笑みを浮かべる。
「良く耐えた! もう少しだ!」
ミルバの大剣がフェインとユトの道を作って行く。
空っぽの体は急ぐ事も出来ず、ゆっくりと歩を進めるので精一杯だった。
「こういう時はな、むやみに飛び込んではいかんぞ」
ミルバはゆっくりとすれ違うフェインに、己が言われた言葉を放つ。
薙ぎ払うミルバの横を抜けると目の前がクリアーになった。
あとは入口に飛び込めば⋯⋯。
「上!!」
入口から誰かの悲鳴にも近い叫びが届く。
集中の切れた体に空を切る下降音は届いていなかった。
反射的にユトを守ろうと被さるように地面へと体を投げる。
突き刺さる特大の矢に覚悟を決め、体に力を込めていった。
ドサッ。
感じたのは隣に何かが落ちた音。
閉じていた目をゆっくり開けて音の方を覗くと、突き刺さるはずのくちばしが地面に転がっている。
体をゆっくり起こすと、リベルが手をかざし微笑んでいた。
「大丈夫か!?」
入口から救護を担当している人々が次々に飛び出し、フェインとユトに手を貸していく。
空っぽの体は安堵と共に休息を欲し、フェインの意識は急速に途切れた。
一番奥のテントでじりじりともどかしい思いで落ち着きない動きを見せていた。
「少しは落ち着け。気持ちは分かるが、やるべき時に備えろ」
「この状況で落ち着けって言われて、落ち着けるか」
キルロはいかにも前衛な姿を見せるクラカンに苛立ちを隠さない。
キルロとキノ、アルフェンのパーティー、そしてアステルスのパーティーは戦場には赴かず、その時を待っている。
テント内に漏れ聞こえる喧騒が、上手く事が運んでいないと語っていた。
飛び交う怒号にキルロの焦燥感は煽られ、じりじりとした心持ちで浅く腰掛けている。
激流に飛び出そうとしていたキルロ達に、マッシュが待ったを掛けたのは戦闘開始の直前だった。
「団長と勇者さん達はまだだ。ここじゃない。ヤツらの事だ、これはあくまでも前菜。メインはこの後に待ち構えている。その時まで待て。ここはオレ達に任すんだ」
マッシュにほだされ、テントの奥で待つハメに。
もちろん、その言葉に納得もしたが、この何も見えない状況のもどかしさ。
また、置いてきぼりだし。
口を尖らし、ふてくされても結果は変わらない。
「マッシュ・クライカの読み違いはきっとないよ。信じて待とう」
アルフェンは穏やかに声を掛けた。
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