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鍛冶師と調教師ときどき勇者

スミテマアルバレギオ

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「セルバか⋯⋯、何か思い当たる節はないのか?」

 怒りを隠さないリベルにマッシュが問い掛ける。セルバがアントワーヌやアッシモと共に行動する理由。
 誰もがいつ間にかに、勇者が世界を潰そうとしている異常さを受け入れていた。
 何が起こってもおかしくないと覚悟を決める。
 ざわめきも影を潜め、誰かが言葉をすれば、すぐに耳を傾けていく。
 アントワーヌの野望に付き従うアッシモの図は、予想とはいえ見る事が出来た。
 セルバがなぜそこに付き合っているのか。

「そんなの簡単じゃない、どうせエルフだけの街でも貰えると思って付き合っているのよ」

 唐突に横で遊んでいたはずのシルが割って入った。
 キルロやハルヲも自然と話の輪に加わると、マーラが耳元で事の経緯を囁く。
 ふたり揃って驚いた表情を見せ、驚愕の声を小さく上げていた。

「なんでそう思う?」
「ウォルコットは知らないのかしら? アイツが選民思想者って。まぁ、上っ面は問題なく人付き合いしていたみたいだけど、腹の中じゃエルフ以外は人とは思ってないわよ、あのクズ」
「シルとは水と油、良くぶつかっていたわよね」

 リベルは頬に手を当て、穏やかな口調で口元に笑みを浮かべた。
 それはまるで昔を懐かしむかのようでもあったが、今は憎むべき対象。瞳は相変わらず冷えた怒りを見せている。

 シルも口元に不敵な笑みを湛え、弓なりの双眸は冷ややかに滾っていた。
 ふたりのエルフが発する青い炎に震えあがるほどの情念を感じ、キルロは肩をすくめる。

「街⋯⋯それだけの為にこんな危ない橋渡るかな? 金さえあれば土地買って、そこに街作ればいいんじゃないのか? アルバみたいに」
「確かに、でもウチ【イリスアーラレギオ(虹の翼)】でも、流石に街を作れるほどの金はないぞ。【スミテマアルバレギオ】がおかしいだけで、一介の副団長にそれだけの金が作れるとは思えん」
「おまえさんの言う通りセルバって考えるとそうだが、反勇者ドゥアルーカって考えると国家予算に匹敵する額が一時流れていたぞ。金だけならそれで、どうにでもなっていたはずだ」

 ウチっておかしかったのか、ウォルコットが言うと現実味が増すな。
 しかし、問題が金だけならマッシュの言う通り【ヴィトーロインメディシナ】から相当な額が流れていた、それだけで街のひとつやふたつ、その気になればどうにでもなったはず。
 だとしたら、何欲する?
 シルが言うのだ、方向性は間違ってはいないはず。
 キルロは天を仰ぎ見て逡巡した、セルバが危ない橋を渡ってまで欲しい物⋯⋯。

「あ!」
「なんだ? ハルヲ?」
「国じゃない? エルフの国。エルフしかいない居住区ってエルフの隠れ里しかないでしょう。あとは街に出て、普通の人と暮らす。世界を見渡しても、エルフが代表を務めている国はない。人や獣人、ドワーフはあってもなぜかエルフはいない。街はお金で作れても、国は無理でしょう。ただ一回世界がリセットされれば、国を作るのなんて容易いんじゃない」

 シルとリベルの冷えた視線が、ハルヲに向いた。
 それが何を意味するかは一目瞭然。
 このふたりがそうと思うのであれば、その確率は飛躍的に上がる。

「決まりだな。まぁ、間違っていた所で止めるだけだ。アントワーヌは救済者メシアになり替わり、アッシモがそれを知識の力で後押しして自らの力を誇示したい。セルバはそれに手を貸し、理想の国を手に入れる」

 キルロが一気にまくし立てた、誰もが目に鋭さが宿る。
 やる事はひとつ、止めるだけだ。
 みんなの意思がひとつになっていく。
 互いに目を配らせ、視線を交わし心に燃料を投下していった。

「それとキルロ・ヴィトーロイン、あなたに⋯⋯」

 アルフェンが口を開いた時だった、テントの入口が勢い良く開かれ、犬人シアンスロープの男が飛び込んで来た。

「敵襲!! リザードマンの大群と上空に飛竜ワイバーンの群れも確認!」

 犬人シアンスロープが言い終わる前に、全員が立ち上がった。
 テントの外へと飛び出して行き、すぐに迎撃の準備に入る。

弓師アーチャーはシルの元へ急げ! 頼むぞ! ハルヲ、弩砲バリスタ出すぞ!」
「ヌシのところも弩弓バリスタあるのか! 並べて、飛竜ワイバーン迎え撃つぞ!」

 キルロとリグは頷き合い弩弓バリスタの準備を急ぐ。
 みんなが走り回り、罵声が飛び交う。
 混乱しそうなところを各団長、副団長が叫びを上げギリギリのところで踏みとどまった。

前衛ヴァンガード! 来い! 続け!」

 大楯を握り締めるリグの元へ、各パーティーの前衛ヴァンガードが集合していく。

「ちょっと行って来るぞ」
「気を付けろ」

 ユラがキルロの言葉に頷き、リグの元へ駆けて行った。

弓師アーチャー! 山ほど弓を用意しろ! 地上も空中も好きにさせないよ!」

 シルの怒号が響く、自らも弓を構え前方を睨む。
 入口付近に固まる弓師アーチャーの脇に二台の弩砲バリスタを準備していく。
 【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】、【スミテマアルバレギオ】の少し小さめの弩砲バリスタが準備され、ハルヲと猫人キャットピープルのエッラが、弩砲バリスタに座り、空中へ狙いを定めた。

「さぁて、一匹残らず叩き落してやる」

 エッラがひとつ伸びをした。
 ハルヲはぶっつけ本番に少し緊張の様を見せている。
 大きく息を吐き出し、空を仰ぎ見た。

「ハルちゃん、初めてか? 弓より時間の差が出るから気持ち早めに打てばいいだけだ。簡単、簡単」

 エッラがニコリと笑ってみせた。
 ハルヲも笑顔を返し、少しだけ緊張が解ける。

「ハルヲ、いつも通りだ」

 キルロがハルヲの肩にそっと手を置き、次へと駆けて行った。
 ハルヲはひとつ頷き、弦を引いていく。

魔術師マジシャンはこっちよ! 上空を狙える人は上を優先! 空も地上も好きにさせてはダメよ」

 リベルの元へ魔術師マジシャンが集まり出す。
 ヘッグに跨る、エーシャもそこに加わった。
 隻眼が真っ直ぐ前を見据え、睨む。

「エーシャ頼むぞ!」

 キルロが親指を立てて見せると、エーシャもそれに返す。

「まかせてよ!」

 二カっと白い歯を見せ、キルロに答えて見せた。

「さぁて、残りはこっちだ。前衛ヴァンガードが押さえ込んだら一気に叩くぞ!」

 ウォルコットの掛け声に戦士ファイター達が集まった。
 マッシュとカズナの肩に手を回し、フェインに笑顔を向ける。

「帰ったら、みんなで打ち上げしよう。マナルやヤクロウ、ネスタ、【ハルヲンテイム】のみんなも呼んで騒ごうぜ」
「そらぁ、いい案だ」

 フェインもカズナも笑顔を向ける。

「だから、みんな無茶だけはするな」
「ハハハ。そっくりそのまま、おまえさんにその言葉を返すよ」

 言い返されたキルロが、マッシュを一瞥する。
 ほんの一瞬の弛緩。
 緊張がじわじわとみんなを覆い始め、レグレクィエス(王の休養)がヒリついた空気が流れ込む。
 心臓はどんどん高鳴りを上げて行き、口から飛び出しそうなほど脈を打つ。
 何度となく深呼吸を試みて高鳴りを抑えようとした。
 地平線が蜃気楼のように揺らめく、枯れた木々をなぎ倒し今にも足音が響いて来そうだ。
 黒素アデルガイストが、まるで黒い砂嵐のように視界を遮る。
 さらに濃く、黒が侵略して行く。
 遠くから甲高い哭き声が届くと、魔術師マジシャン達が一斉に詠唱を始めた。
 霧が地面を覆うように、黒い波が押し寄せて来る。
 弓師アーチャー達が弓を構え、ギリギリと弦を引く手に力を込めた。
 足音が地鳴りとなり、ただでさえ届かない陽光がさらに北から遮られていく。
 地表に闇を落とす飛竜ワイバーンの群れ。
 地上では黒く塗り潰された地面が蠢く。感情の分からぬ瞳の白い部分が薄く浮かび上がり、地上に白い点をいくつも作っていた。
 縦長の瞳孔に意思も感情も感じない、本能だけが不気味に浮かび上がっている。

「ありゃあ、齧っているな」

 マッシュが前を押し分け、前方に目を凝らした。

「構えろ! 射程に入ったら、出し惜しみなしだ!」

 キルロが叫ぶ。
 マッシュやカズナが握る手に力を込める。
 フェインは前髪を軽く掻き上げ、瞳を鋭くさせていった。
 ハルヲは空を睨み、エーシャは高らかに声を上げた。

「いっくよー! 【雷嵐ブロンテテンペスト】!」

 エーシャが放った雷玉が、真っ直ぐに飛竜の舞う空へと向かう。
 バチバチと雷光を放ちながら、風船のように大きく大きく膨らんでいくと、家ほどの大きさまで膨らんだ。
 空中で一瞬静止すると、雷鳴を轟かせ破裂。目が眩むほどの雷光が四方八方に伸びていった。
 その雷光は飛竜ワイバーンの翼を貫き、焼き、翼をもいでいく。
 地面に向かう特大の雷。打ちつける雷光の刃。何匹ものリザードマンが四肢を吹き飛ばし、空中へと跳ね上がっていった。

「続きますよ!」

 リベルの合図で一斉に魔術師マジシャン達が色とりどりの光を放つ。
 焼き払い、吹き飛ばし、風が斬り刻んで行く。
 跳ね上がるリザードマンに、地面へと落ちる飛竜ワイバーン
 それでも数に物を言わせ、じりじりと迫ってくる様は変わらなかった。




「始まったか」

 眼鏡を直しながら、アントワーヌは呟くように言う。
 ゆっくりと立ち上がり、合図を出した。

「行くぞ」

 淡々と粛々と焦る事もなく、武器を携え、洞内をあとにする。
 アッシモ、セルバ達もアントワーヌに続く。
 最後に出て行くクックが、燭台を蹴り倒すと、洞内にゆっくりと火の手が上がっていき、全てを無に帰した。
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