鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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勇者

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 純白の白精石アルバナオスラピスが、キラキラと燭台の橙色を反射させた。
 質素なテーブルに簡単な料理とわずかな酒が準備されると金髪の男アントワーヌ・ミシュロクロインを先頭にぞろぞろと席に着いて行く。

「ごちそうだね」
「ここではな。前祝いだ、セルバも乾杯くらい付き合え」

 セルバは嘆息しながら腰を下ろした。
 アッシモがみんなのカップに酒をなみなみとついでいく。

「さぁ、前祝いだ。アントワーヌ、音頭を取ってくれ」

 アントワーヌはカップを片手にゆっくりと立ち上がり、眼鏡の奥で瞳を静かに滾らせた。
 穏やかとは程遠い、寒気が起きるほどの冷酷な笑みを浮かべ一同を見渡した。

「そうだね。じゃあまずは、新たなる創造主に」

 アッシモに視線を向けると、アッシモはカップを軽く上げそれに答えた。

「新たなる理想郷に」

 セルバに視線を向けると、セルバは一瞥してそれに答え、口を開いた。

「新たなる救済者メシアの誕生に」

 セルバとアッシモが視線を向けると、アントワーヌはカップを掲げた。
 セルバとアッシモはアントワーヌが掲げたカップに、コツッとカップを当て、一気に飲み干していく。
 アントワーヌのパーティー一同はその様子を退屈に眺め、やっとかという顔で料理に手をつけていった。
 淡々と静かな宴。
 宴と言うにはあまりに冷たい雰囲気が漂っている。喧騒も、明るい笑い声も何もない淡々とした宴。
 そんな雰囲気とは裏腹にアントワーヌ、アッシモ、セルバの心は沸き立っていた。
 長年の準備が報われる、その時が刻一刻と迫っているのを感じる。
 予定より早まった感は否めないが、胸の高鳴りは止まらなかった。

パーティーの始まりだね」

 アントワーヌが冷酷な笑みを口元に浮かべ、冷たい滾りを見せていく。




 最初から引っ掛かったというキルロの言葉にヤクラスは肯定も否定もせず、眉をひそめ逡巡する素振りを見せた。
 ミルバはあからさまに不機嫌を装い、ウォルコットもキルロの考えには同調出来ず考えあぐねている。
 【イリスアーラレギオ(虹の翼)】の代表代理でもあるリベルもまた、キルロの言葉に懐疑的なひとりだった。

「アントワーヌがそうだという決め手はなんだったのかしら?」
「決め手ねえ⋯⋯」

 閃きと言った所で信用はして貰えない、どうして閃いたかを考えよう。
 ゆっくりと思考を巡らせる。

「最初に感じた違和感が根っ子にあって⋯⋯、ヤルバの証言、マッシュの予想⋯⋯、それらをふまえて閃いた名がアントワーヌだった。その最後のピースに当てはめると恐ろしいほどに違和感がなくなっていった。それと同時に頭の中で警鐘が鳴りまくった⋯⋯」
「動機が見えないのよね」
「リベル、あんたの言う通り動機が分からん。だから、ミルバやウォルコットが懐疑的な見方するのも分かる。だけど、オレの考えが当たっていたら⋯⋯いや、きっとそうなんだ。ヤバイ事になるぞ。前回の大型種の同時襲撃はきっと今回のリハーサルに過ぎない。ミルバ、リグ、分かるだろう? あんなの非じゃない程ヤバイのが来るかも知れないんだ」

 さすがに前回の襲撃を引き合いに出すとミルバの熱も落ち着き、考えこんでいく。
 リグはずっと黙って聞いていた、肯定も否定もせず静かに事の成り行きを見守っている。

「確かにアレはきつかったのう。あの時よりヤバイやつの襲撃を受けるならアントワーヌ云々ってのは、もう関係なくないか?」

 リグがもっともらしく手ぶりをつけて言った。
 確かにリグの言っている事は正しいのだが、統一見解を持たず対峙するのは危険な感じがする。
 ただ、漠然と対峙してはいけない。
 今までとは違う、それを伝える事が出来ずキルロは悶々と頭を抱えた。
 二分するテントの中、険悪という分けではない。
 ただ、思考の共有が出来ずバラバラだ。
 各々が勝手気ままに意見を述べ合い、意見が衝突する。
 ここを守りたいという事には違いないのにひとつになれない。
 
 パン!

 ハルヲが小さな手を鳴らした。
 一同の視線がハルヲに向く、ハルヲの青い瞳がその視線全てと対峙する。
 猛る事もなく、ハルヲはその視線を受け止め、淡々と冷静な視線で見渡した。

「リグが言ったように危機はすぐそこに来ている。キルロが言ったように大きな力を持つ者が後ろに控えている。ただ、ウォルコットやミルバはその大きな力がアントワーヌというのは受け入れ難い。リグやリベルもかしら? では、ウォルコットやミルバ、リグもリベルも、アッシモやセルバを束ねる程の力を持つ者は誰だと思う?」

 朗々と語るハルヲの声が静まり返るテントに響いた。
 ハルヲはウォルコットやミルバの方に向き、答えを待つ。

「オレ達の知らない誰かが、バックにいてもおかしくはない。今まで表に出なかっただけでずっと深く潜って暗躍していた可能性はあるんじゃないのか」
「ウォルコットの言う通り、力を持つ者イコール勇者というのは短絡すぎるきらいはあるわよね」
「リベルの言う通りだ、最北で過酷な仕事をこなしているのだぞ。そんな事をする訳がない!」

 ハルヲは黙って頷きながらウォルコット達の話を聞いた。
 ウォルコットとリベルは冷静に分析し、ミルバは感情的に意見をぶつける。
 冷静に見えるふたりだが、アントワーヌである可能性を必死に排除しようとしているようにもハルヲは感じた。

「まあ、一番は動機が分からない。なぜそんな事をする? そこにつきる」

 ウォルコットの言葉にリベルも頷き、ミルバは激しく同意した。
 ハルヲもその言葉を淡々と受け止め、三人を見つめた。

「でも、アッシモもセルバも分かってないわよ。何でそんな事をするのか。三人はご存知? ウォルコット、アッシモも大きなソシエタスの団長だった男。何でこんな事をするのかしら? リベル、セルバはあなたと同じ【ノクスニンファレギオ】、しかも最前線を任せられた副団長よ。どうしてかしら? ミルバ、アッシモもセルバも前線で作業に従事していたわよ。アントワーヌほどじゃないにせよ、きっと過酷よね。アントワーヌと何が違うの? なぜアントワーヌだけが候補から外れるの? その根拠があれば私達も別の方向でもちろん考えるわよ。どう?」

 ハルヲは一気にまくし立てた。
 三人は難しい顔で深く思考を始める、ミルバはいち早く首を振り考えるのを諦める。
 
「ワシらは【スミテマアルバレギオ】に乗るぞ」

 リグは横目でハルヲを覗く。
 その言葉にハルヲが一番驚いて見せた。

「そうこなっくっちゃな」

 ナワサやコクーといったリグのパーティーも賛同の声を上げる。
 その姿にウォルコットは深い溜め息をついて難しい表情を見せていた。
 ハルヲはその姿にあと一押しあればと考えるが、そのあと一押しが見当たらない。
 天を仰ぎ手詰まり感が覆う、ここまでか。

「いやぁ、遅くなったね」
「大体の話は漏れ聞こえる声で分かったよ」

 輝く金髪を携える男がふたり、テントの入口をくぐった。
 一斉に視線を浴びるふたり。
 アステルス・ミシュロクロインとアルフェン・ミシュロクロイン。
 柔和な笑顔を湛え、穏やかな表情を見せていた。
 いや、ちょっと今はマズイな、キルロはふたりの顔を見るなり顔をしかめる。
 大体の話は分かっているって事は、ウチらがふたりの兄弟を疑っているのを分かっているって事だ。
 アントワーヌ直属の人間ですら説得出来ていないのに、当人の家族、兄弟を説得出来る材料を持ち合わせていない。
 言い訳もする気はないが、どう言葉を掛ければいいのか⋯⋯。
 そんなキルロの希有をよそにふたりはいつもの通りに見える。
 アステルスとアルフェンのふたりは、顔を見合わせるとひとつ息を吐き出した。
 柔和な表情を崩さず、キルロの前へ歩み寄る。
 ふたりは目配せすると真剣な表情を見せ、背中に背負うマントを翻しながらキルロの前に突然跪いた。
 
 へ??
 
 突然の事に何が起きたのか分からず、横にいるハルヲを見るとこの訳の分からぬ状況からそっと離れるように身を引いた。
 巻き添え食って注目を浴びたくないという本能が働いたのかも知れない。
 
 
 へ? え? 
 

 周りの人間達はざわめき出し、キルロを良く知る人間ほど困惑の色を深めていく。
 マッシュもさすがに驚愕の表情を浮かべ、カズナでさえあんぐりと口開けた。
 フェインはその光景にくぎ付けとなり、ユラは相変わらず。
 シルはキラキラとした表情でキルロを見つめ、キノはいつの間にかキルロの側に寄り添う。
 
「ちょっ⋯⋯⋯⋯」

 話し始めようとするキルロに、ふたりは揃って顔を上げ、キルロを見上げた。
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