229 / 263
北へ
直感と説得
しおりを挟む
テントの中では喧騒が続いていた。見えない何かを必死に探しもがいている。
黒素を濃くして、何を狙うのか。
マッシュの言っていた事はきっと正しい、デカイやつでここを狙う気だ。
それはみんなが理解出来る考え方である。
だが、ただ一人キルロだけは、みんなと違う答えを導き出した。
その答えに辿り着かないのは当たり前の事で、辿り着いた本人も確たる思いはあれど、確証には至っていない。
普通に考えれば辿りつかないし、思いもしない考えである事は間違いなかった。
今まで感じた事のない警鐘が、キルロの頭の中で鳴り続ける。
それはマッシュも同じ。
アントワーヌが反勇者のラスボスだとしたら。
最北の精浄をしていなかったら。
アッシモの力を利用して、出合った事のないヤバイ大型種がここを襲う可能性は簡単に想像がつく。
すでに一度経験済みだ。
あれはきっと本番へ向けてのリハーサルだったに違いない。
潰すのが目的⋯⋯。
いや、むしろここを足掛かりにして南下を試みる可能性だって考えられる。
ただ、ここにいる人達を説得する術を持ち合わせない。
一番、重要な『なぜ』が抜け落ちているのだ。
キルロの中に芽生える確たる思い、それをどうやって納得させる。
なんでヤツらはそんな事をしようと思う。思いだけが先走り、それを裏付ける言葉は深く沈んだまま口に出来ずにいた。
「難しい顔してどうしたの?」
「おわっ!」
シルがキルロの顔を、少し心配そうな表情で覗き込んで来た。
突然、現れたシルの顔に驚いてしまう。
シルはさらに気遣う顔をキルロに向けた。
「どうしたの? 本当に。らしくないわね」
「いやぁ⋯⋯、なんつうか、ちょっと確信と思える考えに至ったんだけど、ちょっと突飛でね。受け入れて貰えないんじゃないかと⋯⋯。どうしたものかなってね」
「ええ! 凄いじゃない。流石ね。で、その確信とやらを聞かせてちょうだい」
「いやぁ⋯⋯」
今、言っていいものか悩む。
シルはあえて、柔和な顔を向けてキルロの言葉を待った。
シルには聞いて貰うか、そうだついでにウチのメンバーにも話しておこう。
「シル、ウチのメンバーも呼んでいいか?」
「もちろん」
キルロは【スミテマアルバレギオ】に集合を掛ける。
テントの喧騒から一歩離れ、ユラやカズナは退屈そうにみんなの姿を眺めていた。
「退屈で仕方ないぞ。どうした?」
ユラが大きく体を伸ばしながら、キルロに向いた。
フェインやカズナ、エーシャもそれに倣う。
「悪いな。まぁ、単刀直入に。反勇者の頭が誰か考えに至った。勇者の長男、アントワーヌだと思う」
「ふーん。そいつをぶっとばせばいいんだな」
「ああ、そうだ」
「わかっタ」
「ちょっ、ちょっと待って! なんで?」
「それよ。それそれ」
ユラやフェイン、カズナは簡単に受け入れたが、流石にシルやエーシャは困惑の表情を見せる。
こうなる事は予想通りだ、黙って聞いていたマッシュがそれを受けて口を開いていく。
「なんでというより、消去法に近いのかも。まず、アッシモとセルバの後ろに誰かいるのはヤルバの口から割れていた。アッシモとセルバを束ねる事が出来るヤツ。今回の襲撃が予想通りの陽動だとすると、やはり大型種の襲撃を狙っている。アントワーヌが後ろで糸を引いていたら⋯⋯最北から黒素が溢れ出していったっておかしくはない。そうなれば、事は驚くほどスムーズに進むぞ」
シルは困惑し、混乱した。
状況から見ればそれも考えられるが、まさかという思いが強い。
難しい顔でキルロが佇んでいた理由が分かったが、にわかには信じきれなかった。
それは、勇者のパーティーに所属していたエーシャも同じ、過酷な環境での作業を強いられていたのは、身を持って知っている。
そんな思いをしている人がどうしてそんな事をしようというのか、頭の中が混乱していく。
困惑に混乱、キルロの言葉で無ければ聞き捨てて終わっている。
そんなふたりの様子を見て、ハルヲも嘆息した。
「ふたりの気持ちは分かるわ。考えが突拍子もなくて私もまだイマイチついていけてないもの。ただ、残念な事にこういう時のあいつの直感は、ほぼほぼその通りよ。いつもそれに振り回されるのだから。そして何故か、いい結果を生んじゃうのよねぇ」
ハルヲは肩をすくめ、苦笑いを見せた。
エーシャは眉をひそめ、身をよじる。
「ああん! 考えるの止めた! 団長に乗るよ。考えたって分かんないし、ハルの言っている事がきっと正しい」
ニカっとハルヲに笑みを向けると、ハルヲは少し困った笑みを返した。
シルも宙を仰ぎ、大げさに頭を抱えて見せる。
そのまま硬直していたが、溜め息と共に体を緩めた。
「ああー! もう! 何にせよ、王子にそんな顔は似合わないわよ。私も乗るわ、だからそんな顔しないで。いつも通りあなたはあっちだって、指を指せばいいのよ」
シルはキルロの背中に手を置き、いつもの柔らかな弓なりの双眸を見せた。
キルロが一同の顔を見渡すと、すっきりとした顔を見せる一同の表情。その表情にキルロの顔も自然と晴れていき、何度となく頷き、顔を上げた。
「そうか。みんなありがとう。もし考えが違っていたらどうしようかとも思うけど、その時はその時か。あとはここにいる人達を説得出来るかどうか。いやぁー自信ないなぁ」
「なるようになるわよ」
「ハルヲにしては珍しいな」
「だって、それしか言いようがないじゃない、こんな突拍子もない考え」
ハルヲは諦め顔で言い放つ、一同もハルヲに激しく同意を見せた。
何にせよ、力強い味方がいる、仲間がいる。
臆する事なく言うだけだ。
「はぁ? 貴様は何をほざいている? 自分の言っている事が分かっているのか?」
「まぁまぁ、ミルバそう噛み付くな。ただミルバがそう言うのはもっともだと思うがね」
いきなり躓いた。
開口一番怒られる。
アントワーヌの直属【イリスアーラレギオ(虹の翼)】にとって、受け入れがたい考えだ。
それは分かりきっていた事、ここを説得出来ないと何も始まらない。
後ろに控えてくれた【スミテマアルバレギオ】とシルも、ミルバの勢いに苦笑いするしか出来なかった。
「私からもいいかしら。ウォルコットやミルバと同じく、にわかには信じられないわね。シルがあっさりと受け入れたのは気にはなるけど」
「リベル、別にあっさりって訳じゃないわ。ちゃんと話しをして納得したのよ」
あれをちゃんと話したって言うのは少しばかりはばかれるが、【スミテマアルバレギオ】以外の人間が受け入れてくれているという事実は大きい。
しかも所属の【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】はアントワーヌ直属。
その意味でもシルの存在は心強かった。
ある意味劇薬にも近い、キルロの思考。
間違っていたら、とんでもない事になる。
「私達は【スミテマアルバレギオ】に従う」
ドルチェナはあっさりと手を上げた。
ロクやピッポなどは驚いてドルチェナに目を剥く。
「そう言って貰えるのはありがたいが、良く考えて貰っていいんだぞ」
「いや⋯⋯、マ⋯⋯ッシュが⋯⋯信じ⋯⋯⋯⋯るなら⋯⋯⋯⋯私も信⋯⋯じ⋯⋯⋯⋯る⋯⋯」
最後の方にはドルチェナは俯いて何を言っているのか良く分からなかったが、そうそうに受け入れて貰えたのはありがたい。
「最北がどれだけ過酷か知らんから、そんな事が言えるのだ!!」
ミルバの熱は治まらない、やはり一番説得が難しいと思っていたが予想通りだ。
ただ、のんびりと説得している時間はきっとない。
こちら側も早々に手を打つべきなのだ。
「ちょっといいか? なぁ、キルロよ。アントワーヌが怪しいって最初に思ったのは、いつなんだ? 今、思いつきで話しているのか?」
ミルバを遮るようにヤクラスが割って入る。
その言葉に眉間に拳を当て、思考を必死に巻き戻して行く。
アッシモの時もそうだった、思い返せば最初に出会った時、すでに引っ掛かった。
アントワーヌは⋯⋯。
一回しか出会っていない。
だが、会った瞬間睨み合った。
アルフェンの時は、睨み合う事すらなく互いを受け入れている。
アントワーヌとのあの状況⋯⋯、武器も持たずフラフラしていたこちらに敵対心を剝き出しだった。
こちらは中から現れたのにだ。
ただ、それでも勇者のオーラを感じればすぐにこちらが気付いたはず。
名乗りを上げるまで、それと気がつかなかった。
そうか。
違和感は最初からあったのだ。
「アントワーヌとは一回チラっとすれ違っただけだ。今、思えばその時すでに違和感はあった。アステルスやアルフェンから感じ取れる勇者のオーラみたいなものを、アントワーヌからは感じ取っていなかった」
ヤクラスの目を真っ直ぐ見据え、キルロはしっかりとした口調で答える。
わずかながら、テント内にどよめきが起こった。
マッシュはその言葉に口角を上げる。
「決まりだな」
「そうみたいね」
ハルヲも同じ事を思った。
その直感に賭ける価値は大いにあると。
洞窟内の空間が少しばかり慌ただしかった。
アッシモやクックが矢継ぎ早に指示を飛ばしている。
セルバやカイナ達も、自らの準備に余念がなかった。
始まる。
今まで、温めていたものを一気に開放する時間が近づいている。
淡々とこなしていても、その昂ぶりはヒシヒシと伝播し、洞内のテンションは否が応でも上がっていった。
「いい感じじゃないか」
洞口から唐突にパーティーが現れた。
細身の騎士に陰鬱なエルフの女、うす笑いを浮かべる猫人の男と狼人の女、屈強な体を見せる大楯を構えるヒューマンの男の後ろから、眼鏡を掛けた金髪巻き毛の男が顔を覗かす。
「やっと、おでましか」
アッシモが声を掛けると眼鏡の男は苦笑いを返す。
「なかなか大変だったんだ。そう言わないでよ」
「首尾良く進んでいるのか?」
「もちろん。ばっちりだよ」
一瞥するセルバに満面の笑みを返す。
「さすがに疲れたのでちょっと休むよ。時間は充分にあるしね」
「ああ、構わないさ」
アッシモに軽く手を上げ、眼鏡の男達は奥へと消えて行った。
黒素を濃くして、何を狙うのか。
マッシュの言っていた事はきっと正しい、デカイやつでここを狙う気だ。
それはみんなが理解出来る考え方である。
だが、ただ一人キルロだけは、みんなと違う答えを導き出した。
その答えに辿り着かないのは当たり前の事で、辿り着いた本人も確たる思いはあれど、確証には至っていない。
普通に考えれば辿りつかないし、思いもしない考えである事は間違いなかった。
今まで感じた事のない警鐘が、キルロの頭の中で鳴り続ける。
それはマッシュも同じ。
アントワーヌが反勇者のラスボスだとしたら。
最北の精浄をしていなかったら。
アッシモの力を利用して、出合った事のないヤバイ大型種がここを襲う可能性は簡単に想像がつく。
すでに一度経験済みだ。
あれはきっと本番へ向けてのリハーサルだったに違いない。
潰すのが目的⋯⋯。
いや、むしろここを足掛かりにして南下を試みる可能性だって考えられる。
ただ、ここにいる人達を説得する術を持ち合わせない。
一番、重要な『なぜ』が抜け落ちているのだ。
キルロの中に芽生える確たる思い、それをどうやって納得させる。
なんでヤツらはそんな事をしようと思う。思いだけが先走り、それを裏付ける言葉は深く沈んだまま口に出来ずにいた。
「難しい顔してどうしたの?」
「おわっ!」
シルがキルロの顔を、少し心配そうな表情で覗き込んで来た。
突然、現れたシルの顔に驚いてしまう。
シルはさらに気遣う顔をキルロに向けた。
「どうしたの? 本当に。らしくないわね」
「いやぁ⋯⋯、なんつうか、ちょっと確信と思える考えに至ったんだけど、ちょっと突飛でね。受け入れて貰えないんじゃないかと⋯⋯。どうしたものかなってね」
「ええ! 凄いじゃない。流石ね。で、その確信とやらを聞かせてちょうだい」
「いやぁ⋯⋯」
今、言っていいものか悩む。
シルはあえて、柔和な顔を向けてキルロの言葉を待った。
シルには聞いて貰うか、そうだついでにウチのメンバーにも話しておこう。
「シル、ウチのメンバーも呼んでいいか?」
「もちろん」
キルロは【スミテマアルバレギオ】に集合を掛ける。
テントの喧騒から一歩離れ、ユラやカズナは退屈そうにみんなの姿を眺めていた。
「退屈で仕方ないぞ。どうした?」
ユラが大きく体を伸ばしながら、キルロに向いた。
フェインやカズナ、エーシャもそれに倣う。
「悪いな。まぁ、単刀直入に。反勇者の頭が誰か考えに至った。勇者の長男、アントワーヌだと思う」
「ふーん。そいつをぶっとばせばいいんだな」
「ああ、そうだ」
「わかっタ」
「ちょっ、ちょっと待って! なんで?」
「それよ。それそれ」
ユラやフェイン、カズナは簡単に受け入れたが、流石にシルやエーシャは困惑の表情を見せる。
こうなる事は予想通りだ、黙って聞いていたマッシュがそれを受けて口を開いていく。
「なんでというより、消去法に近いのかも。まず、アッシモとセルバの後ろに誰かいるのはヤルバの口から割れていた。アッシモとセルバを束ねる事が出来るヤツ。今回の襲撃が予想通りの陽動だとすると、やはり大型種の襲撃を狙っている。アントワーヌが後ろで糸を引いていたら⋯⋯最北から黒素が溢れ出していったっておかしくはない。そうなれば、事は驚くほどスムーズに進むぞ」
シルは困惑し、混乱した。
状況から見ればそれも考えられるが、まさかという思いが強い。
難しい顔でキルロが佇んでいた理由が分かったが、にわかには信じきれなかった。
それは、勇者のパーティーに所属していたエーシャも同じ、過酷な環境での作業を強いられていたのは、身を持って知っている。
そんな思いをしている人がどうしてそんな事をしようというのか、頭の中が混乱していく。
困惑に混乱、キルロの言葉で無ければ聞き捨てて終わっている。
そんなふたりの様子を見て、ハルヲも嘆息した。
「ふたりの気持ちは分かるわ。考えが突拍子もなくて私もまだイマイチついていけてないもの。ただ、残念な事にこういう時のあいつの直感は、ほぼほぼその通りよ。いつもそれに振り回されるのだから。そして何故か、いい結果を生んじゃうのよねぇ」
ハルヲは肩をすくめ、苦笑いを見せた。
エーシャは眉をひそめ、身をよじる。
「ああん! 考えるの止めた! 団長に乗るよ。考えたって分かんないし、ハルの言っている事がきっと正しい」
ニカっとハルヲに笑みを向けると、ハルヲは少し困った笑みを返した。
シルも宙を仰ぎ、大げさに頭を抱えて見せる。
そのまま硬直していたが、溜め息と共に体を緩めた。
「ああー! もう! 何にせよ、王子にそんな顔は似合わないわよ。私も乗るわ、だからそんな顔しないで。いつも通りあなたはあっちだって、指を指せばいいのよ」
シルはキルロの背中に手を置き、いつもの柔らかな弓なりの双眸を見せた。
キルロが一同の顔を見渡すと、すっきりとした顔を見せる一同の表情。その表情にキルロの顔も自然と晴れていき、何度となく頷き、顔を上げた。
「そうか。みんなありがとう。もし考えが違っていたらどうしようかとも思うけど、その時はその時か。あとはここにいる人達を説得出来るかどうか。いやぁー自信ないなぁ」
「なるようになるわよ」
「ハルヲにしては珍しいな」
「だって、それしか言いようがないじゃない、こんな突拍子もない考え」
ハルヲは諦め顔で言い放つ、一同もハルヲに激しく同意を見せた。
何にせよ、力強い味方がいる、仲間がいる。
臆する事なく言うだけだ。
「はぁ? 貴様は何をほざいている? 自分の言っている事が分かっているのか?」
「まぁまぁ、ミルバそう噛み付くな。ただミルバがそう言うのはもっともだと思うがね」
いきなり躓いた。
開口一番怒られる。
アントワーヌの直属【イリスアーラレギオ(虹の翼)】にとって、受け入れがたい考えだ。
それは分かりきっていた事、ここを説得出来ないと何も始まらない。
後ろに控えてくれた【スミテマアルバレギオ】とシルも、ミルバの勢いに苦笑いするしか出来なかった。
「私からもいいかしら。ウォルコットやミルバと同じく、にわかには信じられないわね。シルがあっさりと受け入れたのは気にはなるけど」
「リベル、別にあっさりって訳じゃないわ。ちゃんと話しをして納得したのよ」
あれをちゃんと話したって言うのは少しばかりはばかれるが、【スミテマアルバレギオ】以外の人間が受け入れてくれているという事実は大きい。
しかも所属の【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】はアントワーヌ直属。
その意味でもシルの存在は心強かった。
ある意味劇薬にも近い、キルロの思考。
間違っていたら、とんでもない事になる。
「私達は【スミテマアルバレギオ】に従う」
ドルチェナはあっさりと手を上げた。
ロクやピッポなどは驚いてドルチェナに目を剥く。
「そう言って貰えるのはありがたいが、良く考えて貰っていいんだぞ」
「いや⋯⋯、マ⋯⋯ッシュが⋯⋯信じ⋯⋯⋯⋯るなら⋯⋯⋯⋯私も信⋯⋯じ⋯⋯⋯⋯る⋯⋯」
最後の方にはドルチェナは俯いて何を言っているのか良く分からなかったが、そうそうに受け入れて貰えたのはありがたい。
「最北がどれだけ過酷か知らんから、そんな事が言えるのだ!!」
ミルバの熱は治まらない、やはり一番説得が難しいと思っていたが予想通りだ。
ただ、のんびりと説得している時間はきっとない。
こちら側も早々に手を打つべきなのだ。
「ちょっといいか? なぁ、キルロよ。アントワーヌが怪しいって最初に思ったのは、いつなんだ? 今、思いつきで話しているのか?」
ミルバを遮るようにヤクラスが割って入る。
その言葉に眉間に拳を当て、思考を必死に巻き戻して行く。
アッシモの時もそうだった、思い返せば最初に出会った時、すでに引っ掛かった。
アントワーヌは⋯⋯。
一回しか出会っていない。
だが、会った瞬間睨み合った。
アルフェンの時は、睨み合う事すらなく互いを受け入れている。
アントワーヌとのあの状況⋯⋯、武器も持たずフラフラしていたこちらに敵対心を剝き出しだった。
こちらは中から現れたのにだ。
ただ、それでも勇者のオーラを感じればすぐにこちらが気付いたはず。
名乗りを上げるまで、それと気がつかなかった。
そうか。
違和感は最初からあったのだ。
「アントワーヌとは一回チラっとすれ違っただけだ。今、思えばその時すでに違和感はあった。アステルスやアルフェンから感じ取れる勇者のオーラみたいなものを、アントワーヌからは感じ取っていなかった」
ヤクラスの目を真っ直ぐ見据え、キルロはしっかりとした口調で答える。
わずかながら、テント内にどよめきが起こった。
マッシュはその言葉に口角を上げる。
「決まりだな」
「そうみたいね」
ハルヲも同じ事を思った。
その直感に賭ける価値は大いにあると。
洞窟内の空間が少しばかり慌ただしかった。
アッシモやクックが矢継ぎ早に指示を飛ばしている。
セルバやカイナ達も、自らの準備に余念がなかった。
始まる。
今まで、温めていたものを一気に開放する時間が近づいている。
淡々とこなしていても、その昂ぶりはヒシヒシと伝播し、洞内のテンションは否が応でも上がっていった。
「いい感じじゃないか」
洞口から唐突にパーティーが現れた。
細身の騎士に陰鬱なエルフの女、うす笑いを浮かべる猫人の男と狼人の女、屈強な体を見せる大楯を構えるヒューマンの男の後ろから、眼鏡を掛けた金髪巻き毛の男が顔を覗かす。
「やっと、おでましか」
アッシモが声を掛けると眼鏡の男は苦笑いを返す。
「なかなか大変だったんだ。そう言わないでよ」
「首尾良く進んでいるのか?」
「もちろん。ばっちりだよ」
一瞥するセルバに満面の笑みを返す。
「さすがに疲れたのでちょっと休むよ。時間は充分にあるしね」
「ああ、構わないさ」
アッシモに軽く手を上げ、眼鏡の男達は奥へと消えて行った。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる