鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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北へ

遭遇と接触

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 目に見えて黒素アデルガイストが濃くなっている。
 黒く霞む視界、黒い霧が嵐となって世界を覆っていた。
 襲いかかる黒く染まるゴブリンどもを切裂いていく。
 エンカウントの度に足止めを食らい、遅々として進まぬ足にイラ立ちを覚えがら、最後のゴブリンをロクの大槌が頭から潰した。

「これだけエンカウントが多いって事は、大型はいないって事か?」

 キルロが黒く霞む前方を睨む。霞む世界が視覚的な息苦しさを呼び起こした。
 森は枯れ、朽ちかけの木が立ち並ぶ。
 【吹き溜まり】でも、ここまでの終末感はなかった。
 薄気味悪さがまとわりつき、緊張の度合いが上がって行く。

「それを願おう。ただ、この様には【吹き溜まり】より厄介な臭いしかしないけどな」

 マッシュが眼鏡をクイっと直しながら、キルロと同じように前方を睨んだ。
 フェインが地図と照らし合わせ、北東を指差す。
 ミルバ達は作業しながら、こんな所を進んでいるのか。
 改めてその仕事ぶりに頭が下がる。

「また来るぞ!」

 猫人キャットピープルのピッポが西を睨む。
 獣人の目にしか映らないのか、キルロは必死に目を凝らしたが何も見えない。
 言われるがまま、剣を構えた。

「鰐だ! 足元警戒!」

 ピッポが再び叫ぶ。
 隠れる草葉も藪もない荒涼とした大地、丸見えなら造作ない。
 キルロの横を何かがすり抜けていく、凄まじいスピードを見せるのはアックスピーク、ヘッグに跨るエーシャ。
 すでに右手を青く光らせ、森鰐ヴァルトウィルムの群れへと突っ込んでいく。

「ヘッグ行くよー! 【氷槍グラシェフリーギ】」
「クアッ!」

 地面を駆ける鰐の行く手にエーシャが青い光を放つ。
 青い光はやがて冷気となり、鰐の到着を一瞬だけ待った。

「いっけー!」

 エーシャの掛け声と共に、地表から氷の針が次々に飛び出していく。
 鰐の群れがなす術なく串刺しとなり、氷の針が突き通ったまま動かなくなった。

「ほぅ」

 その光景にリブロが感嘆の声を上げる。
 リブロだけではなく、【ルプスコナレギオ(狼の王冠)】の団員達も一瞬で動かなくなった鰐の群れに目を剥いた。

「はっはーん、どうよ! ヘッグ!」
「クアー」

 得意満面のエーシャが後退しながらヘッグの首元を撫でていく。

「残りを片付けちまおう」

 マッシュが残党へ飛び込んだ。
 カズナとフェインも続いて行く。
 助太刀する間もなく、森鰐ヴァルトウィルムの残党を瞬殺した。

「よし、急ごう」

 キルロが声を掛ける、足止めが最小限で済んだ。
 前の時は苦労したんだけどなと、穴の開いた足の姿を思い出し、少しだけ苦い顔を見せた。
 以前のドレイク討伐時と風景があまりにも違う。
 キルロだけではなく、ここで辛い経験をした者は、変わり果てたこの荒涼とした世界を黙って見渡す。

「なあ、フェイン。デカイのとやり合ったのってこの辺か?」
「そうですね⋯⋯、もう少し南西です。そんなに遠くないですけどです」

 キルロの問い掛けに小さな地図を覗いた。
 改めて荒涼とした風景を見渡す。
 黒素アデルガイストが濃くなるだけで、ここまで荒れてしまうものなのか。

「とても人が住む環境じゃないわね。【吹き溜まり】より酷いわ」

 まるでキルロの声を代弁するかのようにハルヲが言葉を吐いた。
 その憤りを何にむければいいのか、困惑しているようにも見える。
 アッシモかセルバか、それともこの世界か。
 いちパーティーの影響だけで、ここまで世界が変貌してしまうとしたら恐怖すら感じる。
 この世界はそこまで脆弱なのか?
 歩を進める度に現実を突きつけられ、口数は減っていく。
 先頭を行くピッポが足を緩めた。

「パーティーがいるぞ」

 静かに前方を指した、間違いなくミルバ達だ。
 黙々と精浄を行っている姿が見て取れた。

「ミルバ!」

 キルロが叫ぶとミルバの大きな体が声の方へと振り返った。
 離れた所でも驚いた様子が分かる。パーティーのメンバー達も突然の訪問者に驚きを隠さない。

「【スミテマアルバレギオ】! どうしたこんな所に! わたしの事が恋しくなったか! ハハハハ」

 ミルバは開口一番、キルロの背中を大きな手の平でバンバンと叩く。
 手荒い歓迎に顔をしかめるが、いつも通りのミルバに安堵もした。
 ヤクラスがそんなミルバの姿に嘆息する。

「そんなわけないだろうが。しかも、ドルチェナ達まで一緒なんて。どういう風の吹き回しだ?」
「すまんが作業の手を一度止めて、集まって貰っていいか? ミルバパーティーの無事を確認しにきたのと、大事な話を伝えに来た。いろいろ下界では起きていてな、どうしても早く伝えなきゃならなかったんだ」

 キルロの言葉にヤクラスがミルバと顔を見合わせた。
 その言葉からただならぬ雰囲気を感じ取り、一同は手を止め集まり出していく。
 みんなが集まった事を確認して、キルロは口を開いていった。




 レグレクィエス(王の休養)の入口。
 いつも通りふたりの見張りが立っている。
 いつも通りの作業を進め、いつも通り人が敷地の中を行き来していた。
 傍から見ればいつもと同じレグレクィエス(王の休養)の日常が流れているが、働く人々の目はギラギラと厳しさを見せている。
 有無を言わず前線に飛び込んで行った【スミテマアルバレギオ】の姿に、その厳しさを知る者達は彼らの言葉に嘘がない事を、今一度確認した。
 シャロンが陣頭指揮を取り作業を進める、いつも通りの光景。
 ただそこには、今にも爆発しそうなほどの緊張感が漂っていた。

「来たぞ!」
 
 入口を見張っていた狼人ウエアウルフが声を上げた。
 セルバのパーティーを遠くから確認する。
 否が応でも緊張感がさらに上がって行く。
 張り詰め、硬くなる一同にシャロンが声を掛けた。

「さぁ、みんな! いつも通りよ!」

 そう言いながらシャロンの心臓も高鳴りを見せていた。
 セルバのパーティーが見えて来る。
 腰まで届こうかというほどの長い銀髪を緩く結ぶ。
 歩く度に銀髪がゆっくりと揺れていた。
 背筋は伸び、切れ長の目から感情の薄い緑色の瞳が真っ直ぐ前を見据える。
 セルバを先頭に黙々と歩く八名のパーティー。
 優秀なのは言うまでもない、【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】の精鋭を集めたパーティーだ。

「お帰りなさい。本日も無事で何よりでしたね」

 シャロンの言葉に少し首を傾げた。
 セルバのその仕草にシャロンの心臓が激しい鼓動を見せる。
 
「ああ、シャロンもお疲れ様。いつもありがとう」

 通り一辺倒の挨拶を交わすと、シャロンは下がって行った。
 それを合図にセルバのパーティーをぐるりと取り囲む。
 セルバは動じる事もなく、視線だけを左右に少しばかり動かし眉間に皺を寄せた。
 明らかに不機嫌な仕草に、後ろに控えていたパーティーのメンバー達も左右に視線を泳がせていく。
 大きめのテントからゆっくりと、シルとユトが現れた。
 セルバはその姿に少し驚いた顔を見せる。
 弓なりの双眸から笑みは消え、厳しく冷えた視線をセルバに投げた。
 ユトもシルの後ろでセルバのパーティーを睨む。
 彼らがどれだけ厄介かも知ったうえで、厳しい目を向けた。
 セルバは良く知る顔の剣呑な雰囲気に嘆息する。

「シル。久しぶりにしては随分と邪険な出迎えじゃないか」
「あらそう? 歓待しているわよ。そっちから来てくれるなんて、いろいろと手間が省けたわ」

 淡々と抑揚を抑えたシルの声が、静まり返るレグレクィエス(王の休養)に響いた。
 セルバは顔を少し上げて、上目づかいでシルを見つめる。

「歓待ね⋯⋯。それじゃあ、私達は疲れているので、ゆっくりさせて頂こうか」
「あら、ヤダ。久しぶりなのにせっかちね。もう少しお話しましょうよ。あなたの話を聞かせてよ」
「何だか、そんな雰囲気には感じないが、気のせいか?」
「気のせい、気のせい。カイナの話やメイレルの話、あなたも聞きたいでしょう」

 シルは冷えた瞳のまま、口角を上げた。
 セルバの表情が一瞬動いた気もした。後ろに構えるパーティーメンバーの方が先にざわつきを見せる。
 それを見過ごさない、シルはさらに鋭く睨む。

「あらあら、後ろに控えているみんなはどうなのかしらね? あなた達も一緒に聞きたいでしょう⋯⋯⋯⋯なんでメイレルが殺されたかなっ!!」

 シルの叫びと共に一斉に飛び掛かる。
 その様子に慌てる事もなく、セルバ達が抜剣していった。
 シルは刃をセルバに向ける。
 セルバは返す刀で、シルに刃を向けた。
 シルとセルバが何度となく激しく切り結ぶ。

「シル、君は、何か、勘違いを、しているのではないか?」

 冷静な太刀筋を見せながら、セルバは淡々と問いた。
 シルは激しく撃ち返し、瞳に業火を宿す。

「勘違い? するわけがないっ!! はああああっー!」

 シルは吼え、激しい一撃を振り下ろした。
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