鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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北へ

痕跡

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「だ、誰か⋯⋯、お母さんが⋯⋯お母さんが⋯⋯」

 顔面蒼白の猫人キャットピープルの少年が玄関先で崩れ落ちていく。
 住宅街にある何の変哲もない一軒家の玄関先。
 そこに似つかわしくない光景だった。
 只事ではない様子に猫人キャットピープルの青年が駆け寄って行く。
 玄関先から覗く部屋の奥に、倒れている足が見えた。
 
  しくじった。
 
  妖艶な瞳が悔しさで歪む、少年を玄関に置いたまま奥へと進み入る。
 一番奥の部屋の影。
 近づくと全容が、否が応でも目に映った。
 妖艶な瞳に映り込む絶命しているレミアの姿。
 目を見開き、眉間から流れ落ちた血はすでに乾き一筋の跡を作っている。
 間に合わなかった。
 【セルウスファンレギオ(鹿の牙)】を張り込もうとした矢先。
 あと半日早く到着していれば、結果は変わっていたかもしれない。
 こっちの動きを読んでいるかのごとく、先回りするさまに顔をしかめた。
 【蟻の巣】で失った人員がここに来て痛い、それまでもがヤツに味方しているように感じ、イラ立ちを隠さず舌打ちをする。

「クロル、坊主はどうする?」
「【セルウスファンレギオ】に一緒に連れていけ。レミアがちゃんとやっていればケツ持つやつがいるさ。いなかったら中央セントラルにでも任せればいい」

 クロルの言葉にヒューマンの男は少年の肩を抱き、【セルウスファンレギオ】の拠点に向かった。
 クロルは倒れるレミアを見つめ逡巡する。
 なぜ殺された? レミアはアッシモ達の動きを知っていた? または予想がつく? だから消した。
 何か残っているものはないか漁るか。

「ザザ! 【セルウスファンレギオ】に怪しいヤツがいないか探ってくれ。アッシモと繋がりがありそうなヤツがいたら好きにしろ。ラルボとカントラは【セルウスファンレギオ】の拠点を漁れ、文句は言わすな。カルダ、オットの所に走れ、レミアが殺された事を伝えろ。ケアスはオレとここを漁る、アッシモの痕跡を探すぞ」

 クロルの言葉に一同が散開していく。
 【セルウスファンレギオ】に何かあるとは思えない。ましてや、レミアがアッシモと繋がりがあった事さえ知らない可能性も高い。
 何かあるとしたらやはりここか。

「ケアス!」

 クロルは顎で一室を指すと、そのまま目の前の戸棚を漁り始めた。
 些細なものでもなんでもいい、ヤツの足取りに繋がる何かを⋯⋯。




(おいおい、どういう事だ?!)
(適当な事、ぬかしてんじゃねえぞ!)
(本当だとしたらヤバくないか?)

 困惑にして混乱。
  一歩間違えば騒乱になりかねない雰囲気が最北のレグレクィエス(王の休養)に漂っていた。
 シャロンが前に立ち、説明の声を上げた途端、疑惑と懐疑にその場が渦巻く。キルロ達は一歩下がった所に立ち、シャロンの背中越しに喧騒と向かい合っている。
 説明を求める怒号に罵声、理解し難い内容に思っていた以上の反発を受け、キルロ達もやれやれと頭を抱えた。
 シャロンもこれには苦い顔をするしかなく、落ち着くまでしばし待つ事しか出来ない。
 目の前に集まる【イリスアーラレギオ(虹の翼)】の団員達を中心に、シャロンと共にブレイヴコタン(勇者の村)から北上した中央セントラルの兵士達20名ほど。
 その他に10名ほどの【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】が剣呑な雰囲気を醸し出していた。
 【ノクスニンファレギオ】の団員達はメイレルの訃報に涙する者もおり、他の団員とは一線を画している。
 怒りの矛先をセルバに向ける者もいれば、その意見に懐疑的な視線を向ける者もいた。

「チッ!」

 ドルチェナが騒ぐ群衆に聞こえるように舌打ちし、そっぽを向く。
 瞳に冷ややかな怒りを湛え、横目で睨みつけた。
 マッシュと離れた所に立たされた事もあり、イラ立ちは頂点に達している。
 群衆のひとりがそれに食って掛かろうと前に出るとリブロが割って入り“まぁまぁ”と肩を叩いた。

「ああー! もうやかましいぞ! お前ら!」

 ユラにしては良く持った方だ。
 キルロは溜め息を持って成り行きを見守る。
 騒ぐ輩に今にも食って掛かりそうな勢いで、ユラは睨みを利かせていた。

「何だとてめえ!」
「いい年こいてガタガタ騒ぐな!」
「何だと!!」

 絵に描いた売り言葉に買い言葉の応酬に取っ組み合い寸前、収拾する気配が全く見えなかった。
 その様子にキルロは嘆息する。

「ああー、ああー、はい、はい」

 手を叩きながらシャロンの前に出て行った。
 頭に血が上った連中の視線を一斉に浴びていく。

「なぁ、この中でミルバと同じ【イリスアーラレギオ】はいるか?」
「それが何だってんだ!」
「おお、あんたは【イリスアーラ】か。ミルバ達は元気か?」
「元気じゃなかったら、前線に上がれねえだろうが」
「本当か? 本当に本当か? あんたは、ここ最近に前線のミルバを確認したって事か?」

 キルロが厳しい視線を男に向けた。言い淀む男の姿に喧騒がざわつきへと変わって行く。
 その様子を見渡しながら、キルロは続けた。

「オレ達はミルバの姿を確認し、この現状を伝える為にここに来た。セルバの裏切りとアッシモの逃亡。セルバとアッシモは繋がっている。誰も見ていない前線でミルバ達が襲われない保証は? メイレルの殺害犯とセルバが合流しない確率は? なぁ、頼むよ、こんな所で騒いでいる場合じゃないんだ。この中にセルバやアッシモと繋がっているヤツがいるかも知れないが、そんな事今はどうでもいいほど時間を急している。分かるだろう」

 感情に流されず、朗々と語る姿にいつの間にか全員が耳を傾けていた。
 キルロはひとつ息を吐き出し、さらに続けた。

「セルバのパーティーをまずは締め出す。ミルバのパーティーに合流し、事の経緯を伝える。あんたらの力が必要だ。【ノクスニンファレギオ】のみんなも頼む」

 キルロは頭を下げた。
 剣呑な雰囲気はなくなり、いくばくかの困惑だけが残っている。
 キルロは顔を上げた。

「まずは、セルバにひと泡吹かそう」

 そう言って、ニヤリと笑みを浮かべる。
 目の前に集まる手練れ達の顔にやる気が見えてきた。
 
(まずはどうする?)
(セルバ達の帰りを狙い打ちか?)
(ヤツらはいつ戻る?)

 各々が口々に具体策を上げていく、その姿を見てキルロは一歩下がった。

「シャロン、あとは任す」

 下がり際にシャロンに耳打ちして、後ろで見守っていたみんなにひとつの大きなテントを指差すと、黙ってテントの中へ入って行った。
 天井の高い三角の大型テントの中、中心に据えた炉を囲み【スミテマアルバレギオ】と【ルプスコナレギオ】、【ノクスニンファレギオ】の連合パーティーが座り込んでいく。

「で、あんたここからどう出るの?」

 ハルヲの開口一番に、キルロは首を傾げて見せた。

「どうすっかね?」
「やっぱりあんた、考えなしだったか」

 ハルヲは首を何度も横に振り呆れた様を見せる。
 わかっちゃいたが、こうも予想通りだと怒る気も失せていく。
 少し考える素振りを見せていた、キルロが顔を上げた。

「【スミテマアルバレギオ】はミルバに合流しよう。出来るだけ早く」
「まぁ、そうよね」
「シル達はここに残って【ノクスニンファレギオ】のやつらを中心に、セルバを迎え撃ちしてくれないかな?」
「もちろん、いいわよ。望む所よ」

 シルの弓なりの双眸に火を灯す。
 ユト、マーラもシルに続き、瞳は静かに滾っていった。
 その様子を眺めていたドルチェナが軽く手を上げる。

「こっちはどうする?」
「オレは【スミテマアルバレギオ】についてくぜ」

 リブロは間髪入れず答えるとドルチェナが一瞥した。
 キルロは少し逡巡する。
 ひとり唸るキルロに視線が集中していった。
 膝をひとつ打つ。

「【ルプスコナ】は一緒に来てくれ、一緒に来て貰えると心強い」

 キルロの言葉にドルチェナの顔が紅潮していく、【ルプスコナレギオ】も静かに滾っていく。

「時間が惜しい、準備してミルバを追おう。フェイン、【イリスアーラレギオ】のマッパーにミルバの経路を確認してくれ」
「あ、はい。分かりましたです。あのう⋯⋯長男さん、アントワーヌさんのパーティーはどうするのですか?」

 フェインが遠慮ぎみに声を上げた、忘れていたわけではないがアントワーヌにはセルバも手を出せないと考えていた。
 シルは柔らかな双眸をフェインに向ける。

「フェイン、アントワーヌのパーティーが作業している最北に、セルバが行けるとは思えないのよ。私も聞いた話ってレベルなので確証はないけど、環境が過酷すぎてアントワーヌにちょっかい出すなんてきっと出来ないはずよ」
「そうなのですね」
「多分だけどね」

 シルは肩をすくめて見せた。
 フェインはシルの話に納得すると【イリスアーラレギオ】のマッパーの元へと急いだ。

「さぁ、こっちも急ごう。シル、レグレクィエス(王の休養)は頼む」
「まかせて」

 シルの弓なりの双眸がいつもの笑みを湛えた。
 その姿に安心し、キルロは立ち上がる。
 一同も立ち上がり、すぐに準備に取り掛かっていく。

「あ! ドルチェナ。おまえさんの見立てでセルバと繋がっているヤツはいたか?」

 マッシュからの呼び掛けに頬を緩ましたが、すぐに厳しい表情へと変貌していく。
 先ほどのシャロンが経緯を説明している時、レグレクィエス(王の休養)に駐留する【ノクスニンファレギオ】を注視していた。
 その様子を思い出しながら、口を開く。

「ふたりほど怪しい」
「そのふたりの事を任す。シャロンと連携して身動き取らすな。頼むぞ」
「お、おう。まかせろ!」

 顔を紅潮させながら、やる気に満ちた表情を見せる。

「おまえ達、ちょっと来い!」

 気合の入ったドルチェナの呼び掛けに、ハイハイと面倒くさそうに返事をして、ダラダラと【ルプスコナレギオ】が立ち上がっていった。
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