鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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北へ

レミアとシャロン

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 オーカから北東に進むこと一日半。
 人目を留意しながらも最速で小さな国トーソンに入った。
 深くフードを被る三人組が月の明かりの下、静かに裏通りを進んで行く。
 人もまばらな中央通りを横目で見ながら、一軒のさほど大きくもない家の裏窓を叩いた。
 夜も深くなろうかという時間に突然聞こえた音に、【セルウスファンレギオ(鹿の牙)】団長の猫人キャットピープルの女が剣を片手にそっと窓を覗く。

「アッシモ?!」

 その薄汚れた姿に敗走である事は一目瞭然。
 やつれた顔を見せるアッシモだったが、瞳は鈍くギラつかせている。
 その鈍く光る瞳から、ここからまた何かを企んでいるのは明らかだった。

「レミア。すぐに馬車と食い物を用意しろ。食い物は馬車に放り込んでおけ」
「アッシモ、ヤバイって。オットの所が動いているよ」
「んなこたぁ、分かっている。さっさと準備すりゃあいいんだ。急げ。こいつは要らねえのか?」

 静かに吠えるアッシモが胸元から粉薬らしき束を見せる。
 レミアはベッドで眠る、我が子を一瞬見やると厳しい表情で天を仰いだ。

「ソシエタスの馬車を持って行け。今なら誰もいない」

 そう言って、レミアは台所へと走った。

「食い物はこれだけしかない。かき集めている時間はないわ」

 レミアは袋に詰めたパンと果実を、窓から差し出した。
 アッシモはそれを一瞥すると袋をひったくり、窓から下がって行く。
 クックはアッシモと入れ替わるように窓に寄ると、手にした剣で無防備なレミアの眉間をあっさりと一突きした。
 目を剥き、崩れ落ちるレミアを確認してその場をあとにする。

「アッシモ、先ほどレミアに見せていたアレは何ですか?」
「あれか? あれはただの栄養剤だ。レミアは子供の薬だと思っていたがな」
「レミアの子は病気なのですか?」
「みたいだ。血を抜いて、調べるフリしてよ。あの栄養剤を薬だって言ったら、大そう食いついてな。使えそうなネタだったんで栄養剤を薬だと言って渡し続けていた。医者じゃねえんだ、分かるはずないのにな。まあ、ここに来て役立つとはな」

 アッシモはニヤリと口角を上げる。
 暗闇を進み、馬車に乗り込んで行く。
 進路を北に取り、暗闇を進む。
 月明かりだけを頼りにクックが手綱を握った。
 アッシモは袋からパンを取り出し、クックにひとつ投げる。

「たいしてうまくねえな。腹減っているから、なんでもうまく食えると思ったが、こいつはイマイチだ」
「食べたくても、食べられないセロもいるのです。贅沢言うのはまた今度にしましょう」
「はぁ、うまいもんを食いたいね」

 アッシモは嘆息しながら、パンをまた齧った。




 無人のブレイヴコタン(勇者の村)を抜けて行く。
 村民に扮していた住人達は、本来の姿である中央セントラルの人間として最北に出払っていた。
 オット達もまだ【蟻の巣】に潜っているのか。
【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】の連中もここには見当たらなかった。
 静かで誰もいない村というのは、いつ来ても気分の良い所ではない。
 ゴーストタウンと化した村を抜けて、最北を目指す。
 黒素アデルガイストが少し濃くなっている気がした。いや、微妙にエンカウントが増えている事からも、間違いなく濃くなっているのが確認出来る。
 最北が拡散を抑え切れていないのか?
 キルロは馬車の後ろから遠ざかるブレイヴコタン(勇者の村)を見つめていた。
 このまま黒素アデルガイストが進行してしまえば、北方から徐々に人が住めなくなってしまう。
 中央セントラルやミドラスがゴーストタウン化したら⋯⋯そんな事を考えたら背筋がゾッとした。
 前線をミルバ達が必死に支えてくれているが、それをセルバが壊している。
 早く知らせないと。
 こっちが掴んでいると知られる前に、前線にいち早く辿り着くのが今やるべき使命で間違いない。
 

  ミルバ達のいる最北のレグレクィエス(王の休養)が見えて来た。
 キルロの心臓がイヤな高鳴りを見せる。
 セルバ達がいたら、いきなりドンパチになりかねない。
 いや、それはマズイ。
 あそこにいるやつらは、今何が起こっているのか知らない。
 最悪、セルバ達を懇意にしているパーティーがいたら、セルバに加勢してしまう。
 まずはシャロンだ。
 彼女を押さえ、事情を説明して協力を仰ぐ。
 シャロンがセルバを懇意にしていたら⋯⋯。
 ダメだ、ダメだ。
 そんな事を言い出したらきりがない。
 キルロは眉間に皺を寄せ唸っていた。

「えい」

 シルの真っ白な人差し指が、キルロの眉間に優しく触れる。
 驚いた表情を見せるキルロに、シルが柔らかな笑みを浮かべた。

「ダメよ王子、そんなに皺寄せちゃ。難しく考えすぎないで行かないと。特にあなたの場合はね」

 微笑むシルの言葉に嘆息する。
 悔しいが考えた所で、良策なんて確かに浮かばない。

「確かに。考えた所でどうにもなんねえもんなぁ」
「そうそう。王子は思うようにやればいいのよ」

 シルはニコリと笑顔を向け、キルロは後ろ手に幌へ寄りかかる。
 レグレクィエス(王の休養)がもう目の前だ。
 最北、この世界を支えている最前線。
 否が応でも馬車内の緊張の度合いは上がっていく。

「着いたらシャロンを探す。シルとドルチェナも一緒に来てくれ」
「あんただけで大丈夫? なんだろう、この不安な感じ」

 ハルヲがキルロを覗き込む。
 キルロはふてくされながら、言葉を続けた。

「大丈夫だよ、心配すんなって。ハルヲとマッシュ、リブロ、ユトの四人で根回しを頼む。いきなりセルバが裏切り者って大声上げても、ポっと出のオレ達の言葉を信じきれないやつもいると思うので、先んじて話をして貰いたい」
「構わんよ。と言うかそれが賢明だな」

 マッシュは顎に手をやり、厳しい目をした。
 セルバやセルバを懇意にしている者がいた場合、こっちの状況が向こうに筒抜けになってしまうと考えられる。
 慎重さが求められるが、悠長に構えている時間もなしだ。
 なかなか難儀だ、少なくともセルバのパーティーが出払っている事を祈るしかない。
 レグレクィエス(王の休養)の入口に馬車は連なったまま飛び込んだ。
 荷台からキルロは真っ先に飛び降り、辺りを見渡していく。
 突然の訪問者にざわつきを見せるが、顔を現わしたのがキルロで剣呑な雰囲気は落ち着いた。
 ただ、予期せぬ訪問に怪訝な表情を浮かべる者が多い。
 キルロは構う事なく見渡しながら大声を上げた。

「シャロン! シャロンはいるか!?」

 テントの間から壮年の女性が顔を出す。
 良く日に焼けた皺を刻む精悍な女性、久々の予期せぬ対面に笑顔の中に困惑が見て取れた。

「お久しぶりです。どうされました? 随分と突然ですね」
「急な話がある。ちょっと場所を移したい」

 キルロの逼迫した雰囲気に何かを察したシャロンが、ひとつのテントへ手招きした。
 シルとドルチェナと共にそのテントの中へと消えて行く。
 四人が円座になるとキルロはすぐに口を開いた。

「セルバは反勇者ドゥアルーカだ。ヤツらを排除しないとミルバや、あんた達も危ない」
「ええ? ちょっとどういう事ですか? えー? そんな⋯⋯まさか⋯⋯」

 シャロンは困惑の色を濃くし、混乱した。
 予想していた通りだ。
 自分達より関わり合いが深いだけに、余計に信じられないのも分かる。

「ウチの団長がられたの。あなたもメイレルは知っているでしょう? 犯人は十中八九ウチにいたカイナ。そしてその背後にセルバがいる」

 メイレルの訃報にシャロンは目を剥いた。
 額に手を当て、混乱の姿を見せる。
 顔は蒼ざめ、言葉を失っていた。
 ドルチェナがシャロンを一瞥する。

「おい、しっかり頼むぞ。ヤツらが気付く前に、こちらの態勢を整えないと、こっちが潰される。こっちが情報を掴んだ事は遅かれ早かれ、向こうにも伝わる。先手を打てるうちに打つぞ」
「シャロン、ドルチェナが言った通りだ。ショックは理解出来るが先手を打たないと、ここも打撃を受ける可能性が高いんだ。みんなの協力が必要だ、宜しく頼む」

 キルロはシャロンに頭を下げた。
 その姿にシルもゆっくりと頭を下げると、ドルチェナもそれにならった。

「ああ、もう頭を上げて下さい。エルフにまで頭を下げられてしまったら、やるしかありませんね。何人かセルバと懇意にしている人間がこちらで作業をしています。その者の処遇が難しいですね」
「縛りあげるってのも、抵抗あるな」
「そうなのか? 縛っておくのが早いではないか」
「でも、エルフじゃなかったら、セルバは仲間にしないと思うわ」
「ドルチェナのやり方だとシロだった時のフォローが大変だ。シル、そうだとしても共闘はあるんじゃないのか? 現にアッシモとは繋がりがあるし⋯⋯」
「その辺は私に任せてもらえますか? 私の目には、ただ仲が良かっただけで、反勇者ドゥアルーカの可能性はないと思いますので」

 キルロはシャロンに頷いてみせた。
 ドルチェナは相変わらず表情を余り変えないが、少しばかり不満がありそうに見える。
 シルがその様子を見て、口を開いた。

「ドルチェナ、多分その懇意にしている人達がエルフじゃなかったら繋がっている可能性は低いわ。セルバはエルフ以外を下等生物と見下す、偏った選民思想の愚か者だから。その思想をカモフラージュする為に仲良しのフリしていた可能性が高いと思う」
 
 シルは厳しい瞳を見せながらも、ドルチェナには穏やかに語っていった。 
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