鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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猫と勇者

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 エレナが街道を猛スピードで駆け抜けていた。
 アックスピーク、フッカのスピードに、追い抜く馬車からの視線を痛いほど浴びていく。
 特に急ぐように言われた訳ではない。だけどアックスピークで行けと言われたという事は、そういう事だ。
 これでも【スミテマアルバレギオ】の団員、ここで意地を見せないと。
 エレナは手綱を握る手に力を込める。
 気が付けば、目の前に中央セントラルが見えていた。
 大きな城門を抜け、目の前にそびえ立つ城を目指す。

「大きい」

 駆け抜けながら、言葉が自然と漏れていく。
 ミドラスより、平和で落ち着いた佇まいを感じる。
 幸せに溢れる光景が後ろへと流れて行った。
 
「止まれ」

 城の入口を守る衛兵ガードに止められる。
 エレナは怯む事なく、封蠟を見せた。
 真っ赤なその封蠟に描かれる蛇とサーベルタイガーの印。

「【スミテマアルバレギオ】の使いです! 急いで勇者様の関係者にお目通しをお願いします」

 少しばかり怪訝な表情を見せながらも衛兵ガードは直ぐに下がり、確認を取りに行った。
 エレナはフッカから降りて、大きな城門の前でじっと待つ。
 しばらくもせずに奥から体の大きな壮年のヒューマンが現れた。
 エレナの事を少し不思議そうに見つめたが、すぐに笑みを向ける。

「お嬢ちゃん、【スミテマアルバレギオ】の知り合いかい?」

 いかにも男性らしい声色で、静かに問われた。
 エレナは真っ直ぐな目で見つめ返す。

「いえ、私は【スミテマアルバレギオ】の団員です」

 男は少し驚いた顔をみせたが、すぐに笑顔を見せる。

「そうか。お嬢ちゃんは団員か。【スミテマアルバレギオ】のみんなは元気か? この間世話になったばかりなのだ。お! 名乗ってなかったな、失礼。私はクラカン。お嬢ちゃん名前は?」
「エレナ、エレナ・イルヴァンと申します。みんな元気ですよ」

 エレナが頭を下げると、嬉しそうに笑顔向ける。

「エレナか。随分としっかりしているな。では、行こう。こっちだ」

 豪奢な廊下。
 天井は高く、白い装飾の施された壁に、真っ赤なふかふかの絨毯が敷かれている。
 エレナは柔らかな絨毯を踏みしめながら、クラカンの後ろをついて行った。
 キルロさんの実家も凄いけど、これはちょっと次元が違うかも。
 厳かで荘厳。
 部屋の扉として見た事もない大きな扉を、両脇に控える衛兵ガードが開けてくれた。
 エレナは立ち止まる事なく、大きな部屋の中へ足を踏み入れる。
 いくつもの装飾を施す太い柱が両脇に並び、見上げると柔らかな色合いで塗られた天井画が一面に描かれていた。
 部屋の奥に進むと長いテーブルと椅子が置かれている。
 余りの豪華さに、場違い感から落ち着かない。
 一番奥の少し高くなった場所。
 そこに置かれている豪奢な椅子の側に、佇むふたりの男性が目に映る。
 ふたりとも栗色の巻き毛が特徴的。
 柔和な笑顔で佇む男性の瞳が、左右で色が違う事にエレナは少し驚いた。
 向かいに佇む男性はがっちりとした体躯で、凛とした強さを感じる。
 ピカピカの鎧を身に着け、エレナとクラカンを見つけると、ふたりとも嫌味のない笑顔を向けてくれた。
 笑顔を向けるその姿は、まるで一枚の絵画を切り取ったのではと思えるほど、絵になっている。
 エレナの緊張を察したのか、オッドアイの男性が歩み寄った。

「初めまして。アルフェン・ミシュロクロインです。【スミテマアルバレギオ】にはいつもお世話になっていますね。こんな可愛い団員がいたのは知らなかったけどね」

 柔らかな笑みと共に差し出された手を、エレナは両手で丁寧に包み込む。
 緊張の度合いが跳ね上がった。

「エ、エ、エ、エレナ・イルヴァンです。は、初めまして」
「そんなに緊張しなくていいよ。あっちは兄のアステルス」
「やあ!」

 アステルスは軽く手を上げる。
 エレナはアステルスに何度も頭を下げ、書状の存在を思い出し、慌てて懐から書状を手渡した。
 アルフェンはペーパーナイフで綺麗に封を開け、直ぐに読み始める。
 先ほどまでの柔和な笑顔は消え、真剣な表情で書状を睨んだ。
 アルフェンは上目でチラッとエレナを見つめた。

「エレナは詳細を聞いているのかい?」
「いえ、私は聞いておりません」
「そうですか。アステルス⋯⋯」

 読み終わるとすぐにアステルスに渡した。
 アステルスの笑顔もすぐに消え、アルフェンより分かりやすく険しい表情を見せていく。
 エレナもふたりの態度から重大な事が書いてあると予想がついた。
 沈黙の時間がしばらく続く、広い部屋に緊張感が漂い始める。
 エレナは所在なく、ソワソワしているとクラカンが椅子を引いてくれた。
 座り心地のいい豪華な椅子にチョコンと座り、ふたりの所作から目を離せない。
 アルフェンが口元に笑みを湛え、エレナに向いた。

「エレナ・イルヴァン。【スミテマアルバレギオ】の今後の事を何か聞いているかい?」

 穏やかだか、凄みを感じる言葉に気圧される。
 深呼吸して真っ直ぐに向いた。

「シルさん達と北に行くと仰っていました。今、急ピッチで準備をしています」

 アルフェンはエレナの言葉に何度も頷いた。

「ご苦労様でしたね。ゆっくり休んでいくといい」
「ありがとうございます。でも、【スミテマアルバレギオ】の仕事がまだ残っていますので失礼致します」
「そうですか。やはり忙しいのですね、ちなみにどちらに?」
「アルバです」

 エレナの力強い返事にアルフェンも大きく頷いた。

「エレナ・イルヴァン。いろいろありがとう道中気を付けて」
「ありがとうございます」

 エレナは頭を下げた。
 部屋をあとにしようかと歩きだしたが、ふと足を止め、振り返った。

「あのう、勇者様ですよね。ハルさんやキルロさん、みんなを宜しくお願いします」

 エレナが深々と頭を下げた。
 今のエレナに出来る事はこれだけ。
 アルフェンもアステルスも少し面食らったがすぐに笑顔を向けた。

「まかされました。全力で彼らを助力しますよ、約束しましょう」

 アルフェンの言葉にアステルスも頷いた。
 柔らかに語る言葉に力強さを感じる。
 エレナはその言葉に破顔すると部屋をあとにして、一路アルバを目指した。




 大型馬車が連なり、街道をひたすら北へと進路を取った。
 眠る者、膝を抱える者、外を覗く者。
 概ね、口数は少なく、今は静かに滾らせていた。
 約一名、【ルプスコナレギオ(王の王冠)】の犬人シアンスロープシモーネ・ビガンを除いて。

「ねえねえ、これ何?」

 シモーネは布を被った小山を指差した。
 ハルヲは首を傾げ、キルロを顎で指す。

「【スミテマ】団長、これなに? なに?」

 手綱を握っているキルロの肩越しにシモーネが突然顔を出してきた。

「うわっ! 近い、近い! びっくりさせるな。どれ? ああ、それか。それは弩砲バリスタだ」
「開けて見てもいい?」
「ああ、構わない」
「おい、シモーネ止めんか」
「いいって言ってんだから、いいじゃん。じゃーん! おほー! すごい!」

 ロクの制止も聞かず、シモーネが布をめくると真新しい真っ黒な弩砲バリスタが現れた。
 荷台からはちょっとしたどよめきが起こる。
 初めて見る黒の弩砲バリスタを一同がしげしげと眺めていく。
 背中越しに感じたどよめきに、キルロは少し照れていた。

「ウチ専用だな。ハルヲしかきっと扱えない」

 ロクが首を傾げた、通常の弩砲バリスタなら弓師ボウマンだったら扱える。
 【スミテマアルバレギオ】専用とな?
 ロクは訝しげにその黒い弩砲バリスタを眺めた。
 シモーネは後ろ手に回すと頬を膨らます。

「えー、そうなの? 撃ってみたかったな」
「パワーがないと固くて弦が引けないんだ。ドワーフ並みのパワーがいるぞ」
「ドワーフじゃ、矢が当たらないじゃん」
「そう、だからウチ専用なんだよ」
「うん? あ! それで【スミテマ】副団長専用か! いいなぁ。私もなんか専用欲しいなぁー」

 マイペースなシモーネにロクは嘆息する。
 どうやらこの自由人のお目付役を仰せつかっているらしい。
 ハルヲも初めて聞いた話に、改めて弩砲バリスタを眺め直した。




 二頭の騎馬、道無き森を駆け抜けていた。
 絶えず後ろを振り返り、また前を向く。
 傷だらけの体に、泥まみれの姿。
 吐く息の荒さから、体力の消耗見るからに明らかだった。

「追ってきている気配はないな」
「今のところはですけどね。セロ、起きなさい」

 気を失い、地面にうつ伏せていたセロを拾い、混乱に乗じて逃げた。
 薄っすらと目開けていく、顎の砕けたセロはうまく話せない。
 ただ、その瞳には復讐を誓う悔しさを浮かべていた。
 
「追手はオットの所か。面倒くせえな」
「そうだと思います。どこか当てはあるのですか?」
「とりあえず一度立て直して、仕方ないがヤツらと合流するしかあるまい」

 アッシモが嘆息しながら言葉を吐いた、良策とはいえないが今取れるべき策がそれしか見つからなかった。

「セルバのところですか。私もあの方は得意ではありません」
「なかなかイカレ具合だからな。ただ、こうなると仕方あるまい」

 アシッモ達はまた道無き森へと消えて行った。
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