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追跡

似顔絵

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 狭い路地裏から鋭い視線を向ける女と男。
 街を行く酔った人間を人知れず睨み続けていた。
 ターゲットは猫。
 いかつい体躯を持つ猫人キャットピープルを求めていた。
 酩酊し、気分の大きくなった輩は愉快な声を高らかに上げている。
 喧騒と笑いが通りに溢れ出し、賑わいを作っていく。
 フラフラと所在なく歩く男達は、店からこぼれる灯りに吸い込まれて行った。

何時いつまでこんなに人いるの?」

 人懐っこい笑顔にえくぼを作る。
 犬人シアンスロープの女は眠そうなまなこで通りを覗いた。

「なんじゃ、シモーネ。もう飽きたんか」
「飽きたというか。ヒマ?」
「それを飽きたというのじゃ。覚えておけ」

 ロクの言葉が彼女に響く事はなく、相変わらず眠そうな眼で通りを眺めている。

「ロク、あいつは?」

 ドルチェナが通りを歩く猫人キャットピープルを顎で指した。
 酔っている分けでもなく、通りをゆっくりと歩いている。
 ロクがドルチェナの影から覗いた。

「ありゃあ、違う。別人だ」
「そうか」

 樽の積まれた店と店の間、身を隠すにはちょうど良いが、長い時間居座る分けにもいかない。
 三人は次の場所へと移動する。
 フラフラと歩く酔っ払いの隙間を縫い、身を隠せそうな場所を求め視線を泳がした。
 ロクが立ち止まる。
 ロクの視線の先にひとりの猫人キャットピープルが写る。
 あれか。
 ドルチェナの口角が上がる。
 ロクの肩を叩き、ハンドサインを送るとシモーネとドルチェナは静かに闇へ紛れて行った。

「ようよう、あんた。この間稼げる話があるって言っていたよな」
「ああん? あんたに声掛けたか?」
「カウンターで声掛けたろう。穴掘りじゃねえから、いいって断ったじゃろ」
「ああ! あんときの。なんだ、どうした?」

 猫人キャットピープルが思い出すと、剣呑な雰囲気が消えていく。

「いやぁ、穴掘りの仕事がさっぱり見つかんなくてよ。金もねえし、どうしたもんかと考えていたら、あ! ってあんたの事を思い出したんだよ。金が必要なんじゃが、話聞かせてもらえんかのう?」
「そうか。構わんよ。適当な店に入ろうか」
「あー、今金ないから知り合いのツケが利く店でいいか」
「どこでも構わない。そこ行こうや」
「こっちじゃ」

 ロクが猫人キャットピープルを路地裏へと案内する。
 猫人キャットピープルが少し警戒を見せると、ロクが笑顔を向けた。

「ツケの利く店なんて表にある分けなかろう。そういう店じゃよ」
「なるほどね。無許可の店か」

 猫人キャットピープルが安堵の溜め息を漏らした瞬間を狙ったかのごとく、猿轡さるぐつわが嵌められ、同時に頭から布を被せられた。
 パニックを起こす猫人キャットピープルをうつ伏せに地面へ打ち付ける。
 視界を失った猫人キャットピープルの混乱は恐怖へと変わっていった。
 待ち伏せしていたドルチェナとシモーネの電光石火の束縛。
 後ろ手に腕を縛り上げ、首元に冷たいナイフの刃を当てる。

「そんじゃあ、ツケの利く店に行こうかのう」

 もごもごと何かを叫ぶが、誰にもその声は届かない。
 冷たい刃に少し力を込めると、無駄な抵抗を諦めて大人しく歩き出した。




 なんとも言えない重い空気がこの部屋が纏っている。
 【ハルヲンテイム】の椅子とテーブルしかない客間に部屋着のエルフとハルヲ達、それとアルタスとクレアのふたりも椅子に腰掛けていた。

「こんな結果になって、シル達には申し訳ない事をしたわ。ただ、やっぱり見過ごす訳にはいかなかった。残念ながらカイナが反勇者ドゥアルーカと繋がっている可能性は否定出来ない。その分けを話していきましょう」

 ハルヲが語りかける。
 一同の視線がハルヲに向いていく。
 この短時間で長年付き添った仲間を失い、信頼していた者が裏切った。
 そうやすやすと受け入れられるものではない。
 沈痛な面持ちのシル達に、それでも今伝えないとならない、逃げたカイナの捜索という新たなミッションが出来てしまったのだ、時間の猶予などなかった。

「ふぅー」

 パン!

 ハルヲが大きく息を吐き出し、両頬を自ら叩き気合を入れ直した。
 一番しんどいのはシル達、私達が動かないでどうする。
 よし。
 ジンジンと痛む頬に頭を切り替え、青い瞳に力を込める。
 ハルヲの目に鋭さが戻った。

私達スミテマアルバあなた達ノクスニンファの目となり、足となる。だからお願い手を貸して」

 ハルヲの懇願、その心内に強い意志を感じさせた。
 シル達は揃って頷く、ハルヲ達を信じると誓い、それと同時に先ほどの行いを再び悔やむ。
 それに気がつくとハルヲは、シルの手に自分の小さな手を重ねた。
 その小さな手の温もりが大きな安堵を呼び起こす。
 ハルヲはそのまま続けた。

「事の始まりは、シル達が助けに来てくれた【吹き溜まり】の件。あいつらは森の隠れ家で人を使った実験をしていた。そこを潰し、ヤツらを【吹き溜まり】へと追い詰めた。片付いたあともいろいろバタバタで、実験小屋は手付かず。今回、実験小屋の洗い直しと実験により亡くなった方々の弔いをしに森の小屋へ向かったの」

 ハルヲは一気に語った。
 ゆっくりとした口調で落ち着きを持ってシル達へ伝える。
 細かい事を言わずともあの【吹き溜まり】を経験した者達。
 凄惨な現場と伝えなくても容易に想像がつくだろう。

「あそこはひどかったよねぇ」
「ですです」

 エーシャもフェインも思い出して顔をしかめる。
 ハルヲはそれに苦笑いを浮かべ、続けた。

「そんな場所で出会ったのがこの兄妹。アルタスとクレアよ。ふたりは人目から逃れるようにあそこをねぐらにしていた。信じられないくらい劣悪な環境だったけどね。頑張ったわね」

 そう言うと、アルタスに微笑んだ。
 アルタスは照れ笑いを浮かべ、そっぽを向く。
 褒められ慣れてないのが見え見えだ。

「それじゃあアルタス、このお姉さん達にあなたが見た事を教えて上げて。まずはどこから見ていたの?」

 アルタスは一瞬俯いたが直ぐに顔を上げていく。アルタスなりにハルヲへの恩返しが出来ると考えていた。

「ふたりでいつもの通りに小屋の中で休んでいたんだ。なんか外から声が聞こえたから、急いで床下に潜った。オレ達は入口から出入りしないで、床下から外に通じる穴を使っていたんだ。その穴から焼けた小屋の方を見たら、男と女のエルフがなんかゴソゴソしていた。ひとりはさっきここにいたおかっぱの女で、もうひとりは金っぽい銀色の髪の男だった」

 シル達【ノクスニンファ】の一同が顔を見合わせ、顔色を蒼くしていく。
 その姿にハルヲはシル達にとって追い打ちになる事実だと悟る。
 シルが深く息を吐き出し、頭を切り替えていく。

「ねえ、アルタス。その銀髪のエルフってこの辺まで髪があって先の方をゆるく結んでいた?」
「エルフの姉ちゃん、なんで分かったの? 知り合いなの?」

 シルは自らの肩口を指して、アルタスに問いかけた。
 大概、悪い予想は当たる。
 シルは額に手をやり、頭を抱える。
 ユトやマーラ、ハースも同じだ。
 淡い期待は簡単に砕け散った。
 厳しい表情でアルタスの言葉を反芻する。

「セルバロナグス・アークロフィール」

 顔上げシルが発した言葉に【ノクスニンファ】のメンバーの顔が、一瞬で険しくなった。
 シル達と近しい所にいるエルフ⋯⋯いや、【ノクスニンファレギオ】に所属しているエルフだという事が、容易に想像がつく。
 勇者絡みの動きなんて筒抜けか、【ノクスニンファレギオ】自体は? 大丈夫?
 ハルヲの中に不安が過っていく。

「【ノクスニンファレギオ】の副団長よ。現場の仕切りは彼。最北に近い所で仕事に従事しているはず⋯⋯なんでこんな南に彼がいた? ⋯⋯現場を離れて大丈夫なのか?」

 シルの言葉に少なくない衝撃がハルヲ達にも走った。
 シルの言葉は自身に問うかのように呟きへと変わり、尻切れになっていく。
 副団長か⋯⋯。
 
「でもさ、でもさ、まだ【ノクスニンファ】の副団って決まった分けじゃないでしょう?」
「この状況で、カイナと反勇者ドゥアルーカの潰れた拠点で落ち合うなんて、シルの言った人物が一番しっくりきてしまうんだよね」

 エーシャの言葉をユトがかき消してしまった。
 
「何か紙と書く物をお借りしたい」

 ハースが手を上げると、ハルヲがメモ用紙と鉛筆を渡した。
 サラサラと手早く描いていくと、メモにひとりの似顔絵が現れる。
 言わなくとも分かる、きっと副団のセルバだ。
 書き終えたハースがテーブルの真ん中へ、スっと差し出した。

「うまいものね。アルタス、どう?」

 ハルヲに即され、テーブルの似顔絵を手に取った。
 横にいるクレアも覗き込む。
 ふたりは時間掛けて似顔絵を覗くとふたり揃って頷いた。

「この絵そっくり。兄ちゃん、絵うまいな」

 ハースは眉をひとつ上げて答えた。
 これでほぼ間違いなくなった、アルタスとクレアが適当な答えを告げているとは考え辛い。
 アルタスが指摘したカイナが逃げたという事は、ふたりの思い違いの可能性は限りなくゼロ。
 ヤツらに風穴開けた。
 だが、シル達のダメージは増すばかりだ。

「アルタス、小屋の時になんか話し声は聞こえた?」
「あんまり、ちょっと遠かったし。オレ達、耳いいけどバレないようにって、そっちで必死だったからなぁ」
「まぁ、そうよね」
「あ! 『これが⋯⋯』とか『⋯⋯大丈夫』とかって言っていた気がする」
「そう、ありがとう」

 なんだろう? これが⋯⋯、大丈夫⋯⋯、さすがに分からないわね。

「あのう、シルさん達はカイナがそうだとして、思い当たる節はないのですかと思います」
「思い当たる節ね⋯⋯」

 シルは逡巡する、ユトもマーラもハースも今まで過ごした長く濃い時間の記憶をたぐり寄せていく。
 心のどこかに信じたくない心があると中々難しい。

「いつも、いつも、側にいたからね。逆に反勇者ドゥアルーカだったとして一体いつ連絡取っていたのかと思うくらいよ」

 シルの言葉を受けて、フェインは少し考えると小首を傾げる。

「それって、シルさんが監視されていたって事になりませんですか?」

 あ! そうだ。
 確かにフェインの言っている事は一里ある。
 シルも驚きを隠さなかった。
 言われてみれば、そんな見方も出来る。
 一同が顔を見合わせていく、最悪のシナリオは簡単に書けてしまうものだ。

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