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追跡
煤けた顔
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真っ白なベッドで眠るエルフ達。
ハルヲの目に映るのは、やるせなさと憤りが胸の奥で鎮座して、気分はどうしようもなく晴れないみんなの姿。
「お疲れ様。ありがとう」
憤りを胸の奥へと押し込み、片づけを続ける店の従業員達に労いの言葉を掛けていく。
目の前でこぼれ落ちる命の欠片に触れて、一様に無力感に苛まれていた。
黙々と片付ける姿に巻き込んでしまったという負い目を感じて仕方ない。
拾った欠片も確かにある、そこに胸を張って欲しい。
シル達だってきっとそう思ってくれる、それは確証にも似た確かな思いだった。
「エレナ、お疲れ様。現場を仕切ってくれたんだって、大変だったでしょう? みんなが褒めていたわよ」
そう言いながらエレナの背中に手を回す、今じゃすっかりハルヲより大きくなって大人びてきた。
エレナは少しだけ笑みを見せ、ハルヲを心配させまいと強がって見せる。
「これでも【スミテマアルバレギオ】の一員ですから、その名に恥じないようにと頑張りました。混乱する現場はアルバで経験済みでしたから、役立つことが出来て良かったです。ハルさん、こちらは大丈夫ですから少しお休みになって下さい」
「ありがとう。お言葉に甘えておまかせしちゃうね」
ひとりひとり肩に手を置いて労っていく。
一同に口を揃えて休めと言われ、すごすごと引き下がった。
【ハルヲンテイム】で治療を引き受けたのは四名。
シル、ユト、マーラ、それと魔術師らしき男性。
腕や脚などが吹き飛んだ者は病院へと送った、流石に店で面倒みるには荷が重い。
回復を見込める者だけを受け入れた。
シル以外の三名を衝立でしっかりと仕切っている大部屋へ寝かした。
症状の重いシルは個室で面倒を見ていく。
回復には少しの時間と、ひとりになる時間が必要かもしれないと考えた。
一瞬、アルバにいるあいつを呼び戻す事も考えたが、エーシャがいれば充分だ。
三人が眠る大部屋へ様子見がてら顔を出すと、エーシャがヒールを落としている。
少し疲労の見える横顔を覗き、声を掛けた。
「エーシャ、大丈夫? あなたも少し休んで」
ヒールを掛け終わるとニコリと笑顔を向けてきた。それが強がりなのが分かり、苦笑いを返す。
椅子を差し出すとペタリと座り込んだ。
ふう、とひと息吐き出すエーシャの肩にそっと手を置く。
「エーシャ、ありがとう。助かったわ」
「でしょう。やるときはやるのよ。ハルもお疲れ。フェインが抱えて飛び込んできた時は、流石に焦ったわ」
エーシャは少しおどけて見せた。
こんな時でも明るく振る舞ってくれるのはありがたい、気分的に救われる。
エーシャにニコリと笑って見せると、エーシャもいたずらっぽい笑みを返してくれた。
「そういえば、フェインは?」
「湯浴みして、キノ達の様子を見てくるって言っていたよ。ハルも湯浴みした方がいいよ。顔が煤だらけだよ」
「え!? ホント?! ちょっと顔洗ってくる」
病室をあとにして、顔の煤を落とした。
真っ黒な顔で行ったらキノが何言ってくるか分かったものじゃない。
顔を擦ると所どころしみるように痛んだ、さすがに一回のヒールじゃ治りきらないわね。
キノ達を探して廊下を歩いていると、子供たちのはしゃぐ声が聞こえて来た。
サーベルタイガーの居住区へ足を運ぶと、クエイサー達が子供と戯れている。
動物たちと楽しそうにじゃれ合う姿にハルヲから自然と笑みが漏れていく。
クエイサーがハルヲを見つけると一目散に飛びついた、その姿にアルタスは感嘆の声をあげる。
「姉ちゃん! すげえー! サーベルタイガーと友達なのか!?」
「そうよ。ここの仔達はみんな友達よ、みんな仲良くしてあげてね」
妹のクレアはまだ子供のグランの頭をずっと撫でていた。
グランも気持ち良さそうに頭を預けている、その姿をクレアは微笑みながら見つめ返す。
「クレアはもう友達になったの?」
「うーん、かなぁ?」
「この仔はグランっていうの。大きいけど、まだまだ子供なのよ。クレアのほうがお姉さんね」
「そうなの? そっかぁ、グランっていうのね」
慈しむように愛でる姿をじっと見つめる、先ほどまでの喧騒が嘘のように穏やかな時間がここには流れていた。
「フェイン、いろいろありがとう。また助けてもらっちゃったわね」
「お安い御用ですよ。いつも助けて貰っていますから」
「そう? そんな事ないでしょう?」
「ありますよ。そうだ、この子達の服を買ってこないとですね。私ちょっと行って来ますです」
「素直にお願いするわ」
「はい! キノー、買い物行く?」
「行くー!」
「キノも宜しくね。アルタス、クレア、湯浴み行くわよ。また後で遊んであげて」
ふたりは名残惜しそうに大型種の居住区をあとにした。
ハルヲはふたりを引き連れて片付けをしているみんなのところへと戻る。
大方片付いているのを確認してから、モモに声を掛けた。
「モモ、ごめん。この子達を湯浴みさせて一緒にご飯食べてあげて。今フェインが買い出しに行っているので時期に服抱えて戻ってくるから宜しくね。さあ、ふたりともこのお姉さんについて行って、湯浴みでさっぱりしたらご飯よ」
「さぁ、いっらっしゃい、ふたりとも。心配しなくても大丈夫だから、ほら」
モモはふたりの肩に手をやり湯浴み場へと向かった。
ハルヲが三人の背中をしばらく眺めていたが踵を返し、シルの眠る個室へ向かう。
憂鬱な気分が顔を出す、起きていたら伝えたくないことを伝えなくてはならない。
重い足どりで個室の前に立った。
意を決し、静かに扉を開く。
静かに眠る、シルの姿に伝えなくても済んだと少し安堵した。
点滴瓶を交換して、煤けた顔を濡れタオルで優しく拭っていく。
ピクリとシルが反応して、ハルヲは手を止めた。
起こさぬようにと静かに部屋をあとにする。
「⋯⋯ハル⋯⋯」
弱々しい声が呼び止めた。
どんな顔していいのか分からず複雑な表情で振り返る。
扉をそっと閉め直し、シルの傍らに腰かけた。
「もう、大丈夫よ。ここは私の店、病院じゃなくてゴメンね。カイナに頼まれちゃったからさ。でも、しっかり診るから安心して」
シルは力のない笑顔を見せ、ゆっくりと頷いた。
「ハルが助けてくれたのね⋯⋯」
「違うわ、フェインが助けてくれたのよ」
「⋯⋯嘘。あなたの服焼けてボロボロだもの⋯⋯」
シルらしい鋭い洞察力に、ハルヲが困ったように笑みを返した。
「現場に突っ込んで行ったら、出られなくなっちゃったのよ。それをフェインが助けてくれたの。だからフェインが助けたってのは本当よ」
「そう。フェインにもあとでお礼言わないとね。ハルもありがとう⋯⋯」
シルの礼に嘆息する。
助けられなかった、そんなバツの悪さしか感じない。
「⋯⋯ねえ、ハル。ウチのみんなはどうなっているの? 教えて」
天井を睨むシルが弱々しい口調ながら、言葉に強い意思が込められているのが伝わる。
ハルヲの厳しい表情から、ある程度のことは察しているのだ。
天井を睨んだまま、ハルヲの言葉をじっと待った。
「辛うじて動けるのは、今現在カイナだけ。そのカイナは現状を【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】に報告しに行っているわ。店に治療しているのは四人、シルとユト、マーラと茶髪の魔術師。残りは三人が今病院で治療中、腕や脚を失ってしまった人達があっちで治療を受けている。残りのふたりはごめんなさい、助けてあげられなかった⋯⋯」
俯くハルヲの右手にシルが手を重ねた。
弱々しく冷たい手にハルヲの気持ちがすこしばかりだが軽くなった。ハルヲはシルの手に左手を重ね、その手を見つめる。
「ハル。本当にありがとう。あなたのおかげよ、だから胸を張ってちょうだい。ちょっと疲れたから眠るわ」
「うん。ゆっくり休んで」
そう言ってシルは静かに目を閉じた。
ハルヲは静かに部屋を出ると後ろ手に扉を閉じる。
背中越しに漏れ聞こえる、シルの嗚咽。
悲しみ、悔しさ、もどかしさ、憤り、負の感情が病室を満たしているのが伝わる。
今は思う存分泣いて。
廊下の天井をひとつ仰ぎ見て、部屋をあとにした。
ハルヲの目に映るのは、やるせなさと憤りが胸の奥で鎮座して、気分はどうしようもなく晴れないみんなの姿。
「お疲れ様。ありがとう」
憤りを胸の奥へと押し込み、片づけを続ける店の従業員達に労いの言葉を掛けていく。
目の前でこぼれ落ちる命の欠片に触れて、一様に無力感に苛まれていた。
黙々と片付ける姿に巻き込んでしまったという負い目を感じて仕方ない。
拾った欠片も確かにある、そこに胸を張って欲しい。
シル達だってきっとそう思ってくれる、それは確証にも似た確かな思いだった。
「エレナ、お疲れ様。現場を仕切ってくれたんだって、大変だったでしょう? みんなが褒めていたわよ」
そう言いながらエレナの背中に手を回す、今じゃすっかりハルヲより大きくなって大人びてきた。
エレナは少しだけ笑みを見せ、ハルヲを心配させまいと強がって見せる。
「これでも【スミテマアルバレギオ】の一員ですから、その名に恥じないようにと頑張りました。混乱する現場はアルバで経験済みでしたから、役立つことが出来て良かったです。ハルさん、こちらは大丈夫ですから少しお休みになって下さい」
「ありがとう。お言葉に甘えておまかせしちゃうね」
ひとりひとり肩に手を置いて労っていく。
一同に口を揃えて休めと言われ、すごすごと引き下がった。
【ハルヲンテイム】で治療を引き受けたのは四名。
シル、ユト、マーラ、それと魔術師らしき男性。
腕や脚などが吹き飛んだ者は病院へと送った、流石に店で面倒みるには荷が重い。
回復を見込める者だけを受け入れた。
シル以外の三名を衝立でしっかりと仕切っている大部屋へ寝かした。
症状の重いシルは個室で面倒を見ていく。
回復には少しの時間と、ひとりになる時間が必要かもしれないと考えた。
一瞬、アルバにいるあいつを呼び戻す事も考えたが、エーシャがいれば充分だ。
三人が眠る大部屋へ様子見がてら顔を出すと、エーシャがヒールを落としている。
少し疲労の見える横顔を覗き、声を掛けた。
「エーシャ、大丈夫? あなたも少し休んで」
ヒールを掛け終わるとニコリと笑顔を向けてきた。それが強がりなのが分かり、苦笑いを返す。
椅子を差し出すとペタリと座り込んだ。
ふう、とひと息吐き出すエーシャの肩にそっと手を置く。
「エーシャ、ありがとう。助かったわ」
「でしょう。やるときはやるのよ。ハルもお疲れ。フェインが抱えて飛び込んできた時は、流石に焦ったわ」
エーシャは少しおどけて見せた。
こんな時でも明るく振る舞ってくれるのはありがたい、気分的に救われる。
エーシャにニコリと笑って見せると、エーシャもいたずらっぽい笑みを返してくれた。
「そういえば、フェインは?」
「湯浴みして、キノ達の様子を見てくるって言っていたよ。ハルも湯浴みした方がいいよ。顔が煤だらけだよ」
「え!? ホント?! ちょっと顔洗ってくる」
病室をあとにして、顔の煤を落とした。
真っ黒な顔で行ったらキノが何言ってくるか分かったものじゃない。
顔を擦ると所どころしみるように痛んだ、さすがに一回のヒールじゃ治りきらないわね。
キノ達を探して廊下を歩いていると、子供たちのはしゃぐ声が聞こえて来た。
サーベルタイガーの居住区へ足を運ぶと、クエイサー達が子供と戯れている。
動物たちと楽しそうにじゃれ合う姿にハルヲから自然と笑みが漏れていく。
クエイサーがハルヲを見つけると一目散に飛びついた、その姿にアルタスは感嘆の声をあげる。
「姉ちゃん! すげえー! サーベルタイガーと友達なのか!?」
「そうよ。ここの仔達はみんな友達よ、みんな仲良くしてあげてね」
妹のクレアはまだ子供のグランの頭をずっと撫でていた。
グランも気持ち良さそうに頭を預けている、その姿をクレアは微笑みながら見つめ返す。
「クレアはもう友達になったの?」
「うーん、かなぁ?」
「この仔はグランっていうの。大きいけど、まだまだ子供なのよ。クレアのほうがお姉さんね」
「そうなの? そっかぁ、グランっていうのね」
慈しむように愛でる姿をじっと見つめる、先ほどまでの喧騒が嘘のように穏やかな時間がここには流れていた。
「フェイン、いろいろありがとう。また助けてもらっちゃったわね」
「お安い御用ですよ。いつも助けて貰っていますから」
「そう? そんな事ないでしょう?」
「ありますよ。そうだ、この子達の服を買ってこないとですね。私ちょっと行って来ますです」
「素直にお願いするわ」
「はい! キノー、買い物行く?」
「行くー!」
「キノも宜しくね。アルタス、クレア、湯浴み行くわよ。また後で遊んであげて」
ふたりは名残惜しそうに大型種の居住区をあとにした。
ハルヲはふたりを引き連れて片付けをしているみんなのところへと戻る。
大方片付いているのを確認してから、モモに声を掛けた。
「モモ、ごめん。この子達を湯浴みさせて一緒にご飯食べてあげて。今フェインが買い出しに行っているので時期に服抱えて戻ってくるから宜しくね。さあ、ふたりともこのお姉さんについて行って、湯浴みでさっぱりしたらご飯よ」
「さぁ、いっらっしゃい、ふたりとも。心配しなくても大丈夫だから、ほら」
モモはふたりの肩に手をやり湯浴み場へと向かった。
ハルヲが三人の背中をしばらく眺めていたが踵を返し、シルの眠る個室へ向かう。
憂鬱な気分が顔を出す、起きていたら伝えたくないことを伝えなくてはならない。
重い足どりで個室の前に立った。
意を決し、静かに扉を開く。
静かに眠る、シルの姿に伝えなくても済んだと少し安堵した。
点滴瓶を交換して、煤けた顔を濡れタオルで優しく拭っていく。
ピクリとシルが反応して、ハルヲは手を止めた。
起こさぬようにと静かに部屋をあとにする。
「⋯⋯ハル⋯⋯」
弱々しい声が呼び止めた。
どんな顔していいのか分からず複雑な表情で振り返る。
扉をそっと閉め直し、シルの傍らに腰かけた。
「もう、大丈夫よ。ここは私の店、病院じゃなくてゴメンね。カイナに頼まれちゃったからさ。でも、しっかり診るから安心して」
シルは力のない笑顔を見せ、ゆっくりと頷いた。
「ハルが助けてくれたのね⋯⋯」
「違うわ、フェインが助けてくれたのよ」
「⋯⋯嘘。あなたの服焼けてボロボロだもの⋯⋯」
シルらしい鋭い洞察力に、ハルヲが困ったように笑みを返した。
「現場に突っ込んで行ったら、出られなくなっちゃったのよ。それをフェインが助けてくれたの。だからフェインが助けたってのは本当よ」
「そう。フェインにもあとでお礼言わないとね。ハルもありがとう⋯⋯」
シルの礼に嘆息する。
助けられなかった、そんなバツの悪さしか感じない。
「⋯⋯ねえ、ハル。ウチのみんなはどうなっているの? 教えて」
天井を睨むシルが弱々しい口調ながら、言葉に強い意思が込められているのが伝わる。
ハルヲの厳しい表情から、ある程度のことは察しているのだ。
天井を睨んだまま、ハルヲの言葉をじっと待った。
「辛うじて動けるのは、今現在カイナだけ。そのカイナは現状を【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】に報告しに行っているわ。店に治療しているのは四人、シルとユト、マーラと茶髪の魔術師。残りは三人が今病院で治療中、腕や脚を失ってしまった人達があっちで治療を受けている。残りのふたりはごめんなさい、助けてあげられなかった⋯⋯」
俯くハルヲの右手にシルが手を重ねた。
弱々しく冷たい手にハルヲの気持ちがすこしばかりだが軽くなった。ハルヲはシルの手に左手を重ね、その手を見つめる。
「ハル。本当にありがとう。あなたのおかげよ、だから胸を張ってちょうだい。ちょっと疲れたから眠るわ」
「うん。ゆっくり休んで」
そう言ってシルは静かに目を閉じた。
ハルヲは静かに部屋を出ると後ろ手に扉を閉じる。
背中越しに漏れ聞こえる、シルの嗚咽。
悲しみ、悔しさ、もどかしさ、憤り、負の感情が病室を満たしているのが伝わる。
今は思う存分泣いて。
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