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追跡
調教師と喧騒ときどきエルフ達
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不穏を告げる爆音はミドラスに帰還し、中央市場を抜けている時。
遠くで鳴り響く爆発音に街を行く人々全てが、爆音の鳴る方へと振り向いた。
ハルヲの頭の中で警鐘が鳴り響く、あれはマズイ音だ。人々と同じ様に爆発音へと向く。
北部、獣人街?
火事とかの類ではない、腹にズンと響く爆発音。
人々のざわめきが波のように大きくなっていく。
「フェイン、キノ! この子達を連れて店に! 店の子達にありったけの薬を持って獣人街へ急がせて! エーシャはこのまま一緒に来て。急いで!」
フェインとキノ、そして連れて来た狼人の兄妹アルタスとクレア。
ハルヲの激しい口調に、緊急事態だと悟った。
馬車から飛び降りハルヲンテイムへ急ぐ。
ハルヲとエーシャはそのまま馬車を走らせ獣人街を目指した。
「どいて! 邪魔よ! どいて!!」
現場が近づけば近づく程、野次馬の数は膨れ上がり道中を塞いでいく。
(なんだか、エルフの一団が巻き込まれているって話だぞ)
(エルフだってよ⋯⋯)
(⋯⋯⋯⋯エルフがよう)
そんな会話が野次馬から聞こえてくる⋯⋯まさかね。
獣人街になぜエルフが? 一団? パーティー?
いやいや。
否定する思いとは裏腹に不安は膨れ上がっていく。
「ちょっと通して! 治療師よ! 通しなさい!」
ハルヲの怒号が木霊する、燃えるにおいがする、近い。
煙が見えた、あの建物か。
共同住宅の三階部が派手な炎を吐き出している。
馬車を止め、エーシャの手を引いた。
建物を囲む野次馬を押しのけ、建物の入口へやっとの思いでたどり着く。
煙と怒号と混乱、統制の取れていない現場は混迷の具合を極めていた。
仕切る人間も、消火活動も救命活動も全てがおざなりになっている状況にハルヲのイラ立ちが頂点を極める。
「あんた達何やっているのよ!! がん首揃えてボサっと突っ立ってんじゃないよ! 家からありったけのバケツ持ってこい! 建物の中に人は?! いるの? いないの?」
ハルヲの怒号に静まり返り、顔見合わせる。
その姿にハルヲが怒りの形相を浮かべていく、ひとりの女性の猫が慌てて口を開いた。
「エ、エルフがいるかもしれません⋯⋯中に入ったのは見ましたが⋯⋯見当たりません⋯⋯」
ハルヲが入口を睨む、意を決し野次馬へ振り返る。
「あんたとあんたは私と来なさい、あなたはバケツをかき集めて水場から現場までバケツをリレーして運びなさい。ほらほら、モタモタしているとあんた家も燃えちまうよ! キリキリ動け!!」
馬車に積んであった耐火のローブを投げ渡し、ハルヲ自身もローブを被った。
耐火仕様とはいえ、熱さは伝わる。
すぐに脳天から汗まみれになり、吐き出す火の元へと現場を駆け上がって行く。
いた。
何人もの人間が炎の中横たわっている。
あれは!!??
カイナ! って事は⋯⋯。
ハルヲの心拍がハネ上がる。
「カイナ!! しっかりして!」
「ぅ⋯⋯」
「この子運んで、すぐ戻ってきて!」
シルの姿が見えない⋯⋯あれはユト! マーラ!
見知った顔が力なく倒れている姿に、心の粟立ちが止まらない。
気が付くと何人もの獣人が代わる代わる、倒れているエルフを運んでくれた。
意識の確認なんてしていられない、とりあえず運び出さないと。
必死の思いだけが突き動かす、ハルヲは思考を止め目の前のエルフを運び出す事だけに集中した。
肌は焼け、傷だらけのエルフを次々に運び出す。
足がもがれ、腕を失う力のないエルフ達。
狭い階段を幾人もの人間が命を繋ごうと必死に動く。
ハルヲの顔も熱風で今にも焼けそうだ、それでも前線でエルフを抱え、繋いでいった。
煙が立ち込め視界はゼロに限りなく近い、もういない??
いや、シルがいるはず。
ハルヲさらに奥へと一歩進む。
「姉ちゃん、あんまり奥行くな! 姉ちゃんがやられちまうぞ!」
後ろから獣人の男が声を荒げた、分かっている、でも、シルが⋯⋯。
炎の勢いも増してきた、顔を腕で覆い煙の渦巻く床を睨む。
シルどこ? お願い!
祈りにも似た思い。
手!?
床に伸びるしなやかな指先が、煙渦巻く中に浮かび上がった、なりふり構わず駆け寄る、力なくうつ伏せの姿だが分かる。
「シル! 今すぐ下ろすから!」
ハルヲがシルを抱きかかえ階段へ急ぐ。
大した距離ではない。
急げ。
しかし、体が言う事を聞いてくれず思うように進まない、なんで?!
しっかりしろ、階段は目の前だ。
うまく吸えない、空気が薄い。
吸っても、吸っても体に酸素がいきわたらない。
マズイ、体に力が入らない、酸素が足らない。
霞む視界に力の入らない足。
急がないと、頭がクラクラする。
力の抜けた膝から崩れおちていく、シルを抱えたまま床に膝をついてしまった。
クソ。
炎を纏った柱がふたりに襲いかかる、ハルヲは小さな体でシルへ覆いかぶさった。
目をつむり衝撃に備えるとゆっくりと鈍い衝撃が背中に走る。
ガラガラと背中越しに崩れ落ちる音が鳴り止まない。
一向に収まらない炎の勢いに建物が悲鳴を上げていく。
痛みはそれほど感じない、息苦しさと共にハルヲは目を閉じていった。
ヤクロウの目の前には積まれた書類ではなく、試験管やビーカーが机の上に所狭しと並んでいる。
実のサンプルを、作成した溶液につけてはその反応を逐一メモしていた。
「小僧、そこの赤いやつ取ってくれ。それじゃない、その反対の⋯⋯それそれ」
「ほらよ」
まずは成分を分解して、そこから効能についての予測をたてていくとの事だ。
どの成分がどう反応し、どう作用するのか。
小難しい話は一切分からない、キルロは傍らで邪魔にならならぬよう、見守るしか出来ない。
軽いノック音にキルロが扉を開いた。
リブロが顎で外を指す、キルロは静かに扉を閉めリブロに従い部屋をあとにする。
「どうした?」
「曲者ってわけじゃねえが、オーカのヤツが忍び込んでいた」
「曲者じゃん」
「いや、ど素人だ。何もしちゃいねえ。それどころか、とっ捕まえて話を聞いたら面白い話聞けたぞ」
リブロは軽く辺りを見回し、指でキルロを側へと呼ぶと、耳元で先ほど聞いた話をキルロへ聞かせた。
目を剥きリブロを見るキルロへ、ニヤリと笑い返す。
「思わぬところで、ってヤツだな」
「だろう」
「あ、中央に警備の増援願いしないと⋯⋯」
「大丈夫。ヨルセンがもうしているはずだ」
リブロはそれだけ言うとまたフラっとどこかへ出掛けてしまった。
慎重派のクックがけしかけたのか? いや、らしくない。
何か大きな動きを持ってここに何かするというよりは、小さな報復に近い⋯⋯嫌がらせ?
街を衛兵で溢れさすのは不安を煽る。
あ、そうか私服で護衛して貰えばいいのか、パっと見冒険者なら物々しい感じにはならない。
オーカのヤツが絡んでいるのは間違いない、クックじゃない誰かの指示?
そう考えるべきだよな。
やり方が粗い、気を付けるに越した事はないが、ヨルセン達で十分対処出来る。
そっちは任せてこっちはこっちの件を進めよう。
キルロはひとつ息を吐き出し、ヤクロウの元へ戻った。
(ハルさん! ハルさん! ハルさん!)
「ハルさんっ!!」
遠くで呼ぶ声? 聞き覚えのある声。
ゆっくり目を開けると青い空と燻る煙、煤だらけの真っ黒な顔をしたフェインが今にも泣きそうな顔で覗き込んでいた。
そうか、フェインが。
助かった。
焼けたのどがヒリヒリと痛む、上半身を起こし腰から回復薬を取り出して一気に飲み干す。
焼けたのどに薬が染み込むのが分かる。
「⋯⋯フ゛ェ゛⋯⋯」
声が出ない。
しゃがみ込むフェインの背中をポンポンと叩いて見せた。
「大丈夫ですか? 良かった。シルさんは命に別状はないようです。ただパーティーには重症者がたくさんです。手の施しようがなかった方も数名⋯⋯。それにシルさんも含めほとんどの人の意識が戻っていませんです」
黙って頷き、周りを見渡した。
エレナを中心に【ハルヲンテイム】の一同が統制の取れた動きで、駆けずり回っているのが見えた。
エーシャがヒールを落としている姿も目に入る。
その姿を頼もしく感じた。
また間に合わなかった、自戒の念に押しつぶされる。
落ち込むハルヲの小さな背中に、フェインがそっと手を置いた。
「フェイン⋯⋯ありがとう」
「いえいえです。声ガラガラですね」
ハルヲが軽く睨むとフェインはニコリと笑って見せた。
今はウジウジしている場合じゃない、切り替えよう。
落ち込むのはあとだ。
立ち上がり、動き回るみんなの元へ駆け寄って行く。
「任せちゃって、ゴメンね」
アウロに声を掛けると手を動かしたまま笑顔を返してくれた。
「ハルさん、大丈夫ですか? こちらは大丈夫ですよ。もう少し休んでいて下さい」
ハルヲに軽く手を上げて答える。
腕を押さえ座り込むひとりの女エルフが目に入った。
「カイナ! 大丈夫?」
「⋯⋯」
うつろ気にこの光景を見つめている。
力なくへたり込む姿に、いつもの凛とした雰囲気は無かった。
ハルヲを一瞥し、またこの光景を見入っている。
「腕を見せてみなさい」
「⋯⋯」
黙って差し出す左腕は、ものの見事に折れていた。
添え木を準備して骨接ぎをしていく。
まるで感情が抜け落ちたかのように瞳が濁っている。
「やられちゃった感じ⋯⋯?」
「⋯⋯そうね」
無理もない、きっと一瞬で壊滅状態だ。
抗う隙さえなく吹き飛んだはず。
感情を失った瞳でカイナは立ち上がり、現場を一瞥する。
力の無い瞳に映るのは傷つき横たわるエルフ達。
その様子を眺めつつ、カイナは口を開く。
「申し訳ないけど、あとお願いしていい? 取り急ぎ団長に報告しに行ってくる」
「それは構わないけど、あなた大丈夫?」
「大丈夫だ。報告が済んだらまた戻る。頼んだぞ」
そう言い残し、カイナは喧騒が包む現場をあとにした。
おぼつかないカイナの背中が小さくなっていく。
騒乱の現場は【ハルヲンテイム】の動きで、少しばかり落ち着きを見せ始めていた。
「⋯⋯⋯⋯なんてことに⋯⋯」
誰に言うでもなくやるせない思いが、溜め息と共にハルヲの口からこぼれていく。
遠くで鳴り響く爆発音に街を行く人々全てが、爆音の鳴る方へと振り向いた。
ハルヲの頭の中で警鐘が鳴り響く、あれはマズイ音だ。人々と同じ様に爆発音へと向く。
北部、獣人街?
火事とかの類ではない、腹にズンと響く爆発音。
人々のざわめきが波のように大きくなっていく。
「フェイン、キノ! この子達を連れて店に! 店の子達にありったけの薬を持って獣人街へ急がせて! エーシャはこのまま一緒に来て。急いで!」
フェインとキノ、そして連れて来た狼人の兄妹アルタスとクレア。
ハルヲの激しい口調に、緊急事態だと悟った。
馬車から飛び降りハルヲンテイムへ急ぐ。
ハルヲとエーシャはそのまま馬車を走らせ獣人街を目指した。
「どいて! 邪魔よ! どいて!!」
現場が近づけば近づく程、野次馬の数は膨れ上がり道中を塞いでいく。
(なんだか、エルフの一団が巻き込まれているって話だぞ)
(エルフだってよ⋯⋯)
(⋯⋯⋯⋯エルフがよう)
そんな会話が野次馬から聞こえてくる⋯⋯まさかね。
獣人街になぜエルフが? 一団? パーティー?
いやいや。
否定する思いとは裏腹に不安は膨れ上がっていく。
「ちょっと通して! 治療師よ! 通しなさい!」
ハルヲの怒号が木霊する、燃えるにおいがする、近い。
煙が見えた、あの建物か。
共同住宅の三階部が派手な炎を吐き出している。
馬車を止め、エーシャの手を引いた。
建物を囲む野次馬を押しのけ、建物の入口へやっとの思いでたどり着く。
煙と怒号と混乱、統制の取れていない現場は混迷の具合を極めていた。
仕切る人間も、消火活動も救命活動も全てがおざなりになっている状況にハルヲのイラ立ちが頂点を極める。
「あんた達何やっているのよ!! がん首揃えてボサっと突っ立ってんじゃないよ! 家からありったけのバケツ持ってこい! 建物の中に人は?! いるの? いないの?」
ハルヲの怒号に静まり返り、顔見合わせる。
その姿にハルヲが怒りの形相を浮かべていく、ひとりの女性の猫が慌てて口を開いた。
「エ、エルフがいるかもしれません⋯⋯中に入ったのは見ましたが⋯⋯見当たりません⋯⋯」
ハルヲが入口を睨む、意を決し野次馬へ振り返る。
「あんたとあんたは私と来なさい、あなたはバケツをかき集めて水場から現場までバケツをリレーして運びなさい。ほらほら、モタモタしているとあんた家も燃えちまうよ! キリキリ動け!!」
馬車に積んであった耐火のローブを投げ渡し、ハルヲ自身もローブを被った。
耐火仕様とはいえ、熱さは伝わる。
すぐに脳天から汗まみれになり、吐き出す火の元へと現場を駆け上がって行く。
いた。
何人もの人間が炎の中横たわっている。
あれは!!??
カイナ! って事は⋯⋯。
ハルヲの心拍がハネ上がる。
「カイナ!! しっかりして!」
「ぅ⋯⋯」
「この子運んで、すぐ戻ってきて!」
シルの姿が見えない⋯⋯あれはユト! マーラ!
見知った顔が力なく倒れている姿に、心の粟立ちが止まらない。
気が付くと何人もの獣人が代わる代わる、倒れているエルフを運んでくれた。
意識の確認なんてしていられない、とりあえず運び出さないと。
必死の思いだけが突き動かす、ハルヲは思考を止め目の前のエルフを運び出す事だけに集中した。
肌は焼け、傷だらけのエルフを次々に運び出す。
足がもがれ、腕を失う力のないエルフ達。
狭い階段を幾人もの人間が命を繋ごうと必死に動く。
ハルヲの顔も熱風で今にも焼けそうだ、それでも前線でエルフを抱え、繋いでいった。
煙が立ち込め視界はゼロに限りなく近い、もういない??
いや、シルがいるはず。
ハルヲさらに奥へと一歩進む。
「姉ちゃん、あんまり奥行くな! 姉ちゃんがやられちまうぞ!」
後ろから獣人の男が声を荒げた、分かっている、でも、シルが⋯⋯。
炎の勢いも増してきた、顔を腕で覆い煙の渦巻く床を睨む。
シルどこ? お願い!
祈りにも似た思い。
手!?
床に伸びるしなやかな指先が、煙渦巻く中に浮かび上がった、なりふり構わず駆け寄る、力なくうつ伏せの姿だが分かる。
「シル! 今すぐ下ろすから!」
ハルヲがシルを抱きかかえ階段へ急ぐ。
大した距離ではない。
急げ。
しかし、体が言う事を聞いてくれず思うように進まない、なんで?!
しっかりしろ、階段は目の前だ。
うまく吸えない、空気が薄い。
吸っても、吸っても体に酸素がいきわたらない。
マズイ、体に力が入らない、酸素が足らない。
霞む視界に力の入らない足。
急がないと、頭がクラクラする。
力の抜けた膝から崩れおちていく、シルを抱えたまま床に膝をついてしまった。
クソ。
炎を纏った柱がふたりに襲いかかる、ハルヲは小さな体でシルへ覆いかぶさった。
目をつむり衝撃に備えるとゆっくりと鈍い衝撃が背中に走る。
ガラガラと背中越しに崩れ落ちる音が鳴り止まない。
一向に収まらない炎の勢いに建物が悲鳴を上げていく。
痛みはそれほど感じない、息苦しさと共にハルヲは目を閉じていった。
ヤクロウの目の前には積まれた書類ではなく、試験管やビーカーが机の上に所狭しと並んでいる。
実のサンプルを、作成した溶液につけてはその反応を逐一メモしていた。
「小僧、そこの赤いやつ取ってくれ。それじゃない、その反対の⋯⋯それそれ」
「ほらよ」
まずは成分を分解して、そこから効能についての予測をたてていくとの事だ。
どの成分がどう反応し、どう作用するのか。
小難しい話は一切分からない、キルロは傍らで邪魔にならならぬよう、見守るしか出来ない。
軽いノック音にキルロが扉を開いた。
リブロが顎で外を指す、キルロは静かに扉を閉めリブロに従い部屋をあとにする。
「どうした?」
「曲者ってわけじゃねえが、オーカのヤツが忍び込んでいた」
「曲者じゃん」
「いや、ど素人だ。何もしちゃいねえ。それどころか、とっ捕まえて話を聞いたら面白い話聞けたぞ」
リブロは軽く辺りを見回し、指でキルロを側へと呼ぶと、耳元で先ほど聞いた話をキルロへ聞かせた。
目を剥きリブロを見るキルロへ、ニヤリと笑い返す。
「思わぬところで、ってヤツだな」
「だろう」
「あ、中央に警備の増援願いしないと⋯⋯」
「大丈夫。ヨルセンがもうしているはずだ」
リブロはそれだけ言うとまたフラっとどこかへ出掛けてしまった。
慎重派のクックがけしかけたのか? いや、らしくない。
何か大きな動きを持ってここに何かするというよりは、小さな報復に近い⋯⋯嫌がらせ?
街を衛兵で溢れさすのは不安を煽る。
あ、そうか私服で護衛して貰えばいいのか、パっと見冒険者なら物々しい感じにはならない。
オーカのヤツが絡んでいるのは間違いない、クックじゃない誰かの指示?
そう考えるべきだよな。
やり方が粗い、気を付けるに越した事はないが、ヨルセン達で十分対処出来る。
そっちは任せてこっちはこっちの件を進めよう。
キルロはひとつ息を吐き出し、ヤクロウの元へ戻った。
(ハルさん! ハルさん! ハルさん!)
「ハルさんっ!!」
遠くで呼ぶ声? 聞き覚えのある声。
ゆっくり目を開けると青い空と燻る煙、煤だらけの真っ黒な顔をしたフェインが今にも泣きそうな顔で覗き込んでいた。
そうか、フェインが。
助かった。
焼けたのどがヒリヒリと痛む、上半身を起こし腰から回復薬を取り出して一気に飲み干す。
焼けたのどに薬が染み込むのが分かる。
「⋯⋯フ゛ェ゛⋯⋯」
声が出ない。
しゃがみ込むフェインの背中をポンポンと叩いて見せた。
「大丈夫ですか? 良かった。シルさんは命に別状はないようです。ただパーティーには重症者がたくさんです。手の施しようがなかった方も数名⋯⋯。それにシルさんも含めほとんどの人の意識が戻っていませんです」
黙って頷き、周りを見渡した。
エレナを中心に【ハルヲンテイム】の一同が統制の取れた動きで、駆けずり回っているのが見えた。
エーシャがヒールを落としている姿も目に入る。
その姿を頼もしく感じた。
また間に合わなかった、自戒の念に押しつぶされる。
落ち込むハルヲの小さな背中に、フェインがそっと手を置いた。
「フェイン⋯⋯ありがとう」
「いえいえです。声ガラガラですね」
ハルヲが軽く睨むとフェインはニコリと笑って見せた。
今はウジウジしている場合じゃない、切り替えよう。
落ち込むのはあとだ。
立ち上がり、動き回るみんなの元へ駆け寄って行く。
「任せちゃって、ゴメンね」
アウロに声を掛けると手を動かしたまま笑顔を返してくれた。
「ハルさん、大丈夫ですか? こちらは大丈夫ですよ。もう少し休んでいて下さい」
ハルヲに軽く手を上げて答える。
腕を押さえ座り込むひとりの女エルフが目に入った。
「カイナ! 大丈夫?」
「⋯⋯」
うつろ気にこの光景を見つめている。
力なくへたり込む姿に、いつもの凛とした雰囲気は無かった。
ハルヲを一瞥し、またこの光景を見入っている。
「腕を見せてみなさい」
「⋯⋯」
黙って差し出す左腕は、ものの見事に折れていた。
添え木を準備して骨接ぎをしていく。
まるで感情が抜け落ちたかのように瞳が濁っている。
「やられちゃった感じ⋯⋯?」
「⋯⋯そうね」
無理もない、きっと一瞬で壊滅状態だ。
抗う隙さえなく吹き飛んだはず。
感情を失った瞳でカイナは立ち上がり、現場を一瞥する。
力の無い瞳に映るのは傷つき横たわるエルフ達。
その様子を眺めつつ、カイナは口を開く。
「申し訳ないけど、あとお願いしていい? 取り急ぎ団長に報告しに行ってくる」
「それは構わないけど、あなた大丈夫?」
「大丈夫だ。報告が済んだらまた戻る。頼んだぞ」
そう言い残し、カイナは喧騒が包む現場をあとにした。
おぼつかないカイナの背中が小さくなっていく。
騒乱の現場は【ハルヲンテイム】の動きで、少しばかり落ち着きを見せ始めていた。
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