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追跡
シロとクロ
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「さてと」
リブロは捕縛した猫人の両肩を押さえつけ椅子に座らせると、ヨルセンが縛り付けていった。
木目が剝き出しの簡素な待機所、衛兵は出払い誰もいない。
八人掛けの長めのテーブル、その端に座らせる。
リブロは傍らに立ち、ヨルセンは向かいに座り睨みを利かせていた。
猫人の鼻から口にかけて流れ落ちた血の跡はすでに乾き、これから自分が何をされるのか、畏怖の念が泳ぐ視線から伺える。
「何をしようとしていたのだ?」
ヨルセンのゆっくりとした冷たい声を投げかけると、猫人はさらに縮こまっていく。
その姿にヨルセンは嘆息し、続けた。
「名前は?」
「⋯⋯ガト」
消え入りそうな声で呟く、ガトと名乗るその男に兵士や間者としてのオーラはなかった。
普通の人間がこんなところで一体何をしようとしていたのか、ヨルセンには全く想像つかない。
もし盗賊ならアルバではなくヴィトリアを狙うはずだ。
「それで、ガト。もう一度聞く。何をしに来た?」
「⋯⋯」
俯き答えない。切れ者のオーラは感じないが、答えられないというのは何かを企んでいたという事だ。
黙り俯く姿にリブロが嘆息する。
「そらぁ、悪い事考えていたんだ、言えねえよな。ヨルセン、ナイフ貸せ」
ヨルセンからナイフを受け取ると、ガトの視界の片隅でチラチラと刃を光らせながら続ける。
「オレは駆け引きとか面倒臭いんだよ。とりあえず指一本ずついくか。全部で十本だ、その内話すさ。どれ、まずは⋯⋯親指いっちゃおうかなぁ~」
後ろ手に結ばれた右手の親指に、冷たい感触が当たるとガトは目を剥き震え出す。
「言う! 言う! 言う!」
「何だ? 言うのか? あ、でも本当の事言うか分からないから、取りあえず一本いっておくか~」
楽し気なリブロの声色にガトはさらに震えあがる。
目を剥き、ガタガタと椅子を鳴らし抵抗した。
「言う! 本当の事言う! 本当だ!」
「リブロさん、とりあえず話を聞いてみましょう」
「チッ、ヨルセンに言われたら仕方ない。兄ちゃん助かったな」
溜め息まじりのリブロの言葉にガトは、必死に頷いた。
ヨルセンが口角を上げガトを睨んだ。
「では、ガト。あなたはどこから来ました?」
「⋯⋯オーカ」
ヨルセンとリブロの表情が一変する。因縁深い言葉の登場に視線を交わし互いに厳しい表情を浮かべ合う。
「それで、何をしに来たのですか?」
「⋯⋯兎人か小人族を捕まえる⋯⋯ため⋯⋯」
消え入りそうな声で語る言葉にヨルセンはあからさまに嫌悪をし、リブロは派手に舌打ちをした。
「このクズが!」
リブロがガトの前髪を掴み、眼前で吐き捨てた。
「し、仕方がなかったんだ! ありついた仕事がおじゃんになって、金が必要になったんだよ!」
ガトがまくし立てると、やり場のない感情にボロボロと涙をこぼす。
「オーカなら別に仕事なんていくらでもあるでしょう? なんでまたそんな人攫いみたいなマネを」
「割のいい仕事を見つけて浮かれていたら、その仕事がなくなっちまった。飲み屋で落ち込んでいる所に、金になる話があるって言われてさ。聞いてみたら、ここに兎と小人がいるから攫って、金持ちに売ればいい金になるって聞かされて⋯⋯。もう二度と手は出さねぇ、本当だ。だから勘弁してくれ」
それだけ一気に言うとガトは頭を下げた。
ヨルセンがチラっとリブロを覗いた、リブロは逡巡する。
嘘はねえ、こいつは二度と手を出さないだろう。
ただ、たぶらかしているバカがいるって事だ。
リブロの深く逡巡する姿を見やり、ヨルセンが口を開く。
「なあ、ガト。あなたは逆についていると思った方がいいぞ。兎の戦士はこんなもんじゃ済まない。本当だ。手を出そうものなら腕の一本や二本じゃ足りない、今頃、敷地のどこかに埋まっていたかも知れない。これは脅しじゃなくて事実だ。兎人と弱い小人族がなぜ一緒に暮らしているか考えてみるといい。まぁ、稀少種に手を出そうものならアルバが全てを掛けて阻止するけどな」
ガトは黙って、何度も頷く。
「優しいお兄さん達で良かったな。さて、あんたは未遂だ、もう二度と手は出さねえよな」
「もちろんだ! 二度と考えねえ」
「よし、いい返事だ。仕事がねえって言っていたな、ちなみにおじゃんになった仕事ってなんだ?」
「近々、でかい工房だか工場だかが出来るって言って工員を募集していたんだ。その工房だか工場の計画が延期になって仕事がなくなっちまったんだ」
工房? 工場? マッシュがなんか計画を頓挫させたって言っていた。
この話の流れで関係ねえって事はないよな。
リブロはポンとガトの肩に手を置くと、ガトの体は反射的に硬直する。
「ちなみにその工房だかで何を作ろうとしていたんだ?」
「薬かなんか? としか聞いてねえ。ホントだ!」
「嘘なんてもう思わねえよ。もうぶん殴ったりしねえ、おまえが本当の事を言っているからな。そうだろう?」
「も、もちろんだ」
リブロはポンポンとまた軽く肩を叩き、にっこりと顔を近づけた。
ガトが少し怯えながら視線を交わす。
「なぁ、ガト。簡単な仕事を頼まれてくんないか? 危険もないし、あんたしか出来ない」
怯えた目つきでリブロを見つめる。
リブロはその姿に少し呆れてみせた。
「そう警戒しなさんな。オーカに戻ったら、オレの仲間にあんたをたぶらかしたヤツをこっそり教えろ、アイツって指さして終わりだ。それと計画が頓挫した工房の話をしてやってくれ。今みたいな分かる範囲で構わない。五万払おう。前金で一万、終わったら四万だ。ただ適当なヤツを指さしたらどうなるか分かっているな。遠目で指さして逃げちまって構わない。どうだ、簡単だろ?」
ガトが逡巡する、五万となると大金だ、二か月は普通に暮らせる。
意を決したガトが黙って頷いた。
「よし、契約成立だ。ヨルセンこいつの鼻を診てやってくれ。【猫の尻尾亭】って知っているか?」
「知っている。金持ちが行くところだ」
「そこの受付にこれから渡す書状を渡せ。あとは向こうがやってくれる。最初、警戒はされるがいきなりぶん殴ったりしないから大丈夫だ。危険な事はない」
「分かった。なぁ、本当にそれだけでそんな金くれるのか?」
「ちょっと待て⋯⋯⋯⋯ほら、まずは前金だ。嘘じゃねえ、残り四万もおまえがきちんとやってくれれば手に入る」
ヨルセンに治療を受けながら目の前に置かれた一万に目が輝いた。
「やる。絶対ちゃんとやる!」
「いい返事だ。おまえがちゃんとやれば必ず金は手に入る」
縄を解かれたガトは何度となく頷き、金をポケットにねじ込んだ。
「ガト、三日以内にウチのものに接触しろ。いいな」
「分かった。帰ったらすぐに【猫の尻尾亭】に行って来る」
「ならいい。頼んだぞ」
ガトはひとつ頷き待機所をあとにした、リブロの剣呑な表情を見てヨルセンも厳しい目でガトの背中を見つめた。
「大丈夫でしょうか?」
「分からん。まあ、なるようになるさ。ただ金に困っているのは本当だろ、ちゃんとやるんじゃねえか」
「だと、いいですね。しかし、さすが領主様のお付きをするだけの事はありますね。さすがでした」
「いや、だから⋯⋯。あ、もういいや。あんたもどうして優秀じゃないか。なかなか面白い散歩になったよ」
「それは良かった」
ふたりはニヤリと笑いあった。
ただならぬオーラを発するエルフの集団が、似つかわしくない獣人街を歩いていた。
ミドラスの北に位置する獣人だらけの街並みで、ひときわ目立つ存在感を示す。
注視する大衆の視線など気にする素振りは一切見せず、真っ直ぐに目的地へと【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】副団長のシルは獣人街を闊歩していた。
「せっかくミドラスに来たのに王子とスレ違いなんて、やる気オフね」
「ハハハ、しっかり頼むよ、副団長」
「そうです、シル様。しっかり頼みます」
「はいはいはいはい」
メンバーにたしなめられ、シルは面倒臭そうに右手をブラブラとさせた。
獣人達が怪訝な表情を浮かべる中、何の変哲もない集合住宅に辿り着く。
三階建てのそう大きくない建物を見上げ、面倒そうに嘆息した。
「シル様。ここです」
「気乗りしないけど、行くわよ」
シルの号令で最上階の三階の一室の扉を目指す。
狭い廊下に十名程がひしめき合った。
コンコン。
シルが軽くノックする。静かな木の音が部屋の奥へと響く。しばらく待ってはみたが返事は無かった。
扉に耳をそばだててみたものの、人のいる気配はやはり全く感じない。
拠点のひとつと言うには、あまりにもお粗末な感じしかしないボロボロの扉を睨む。
扉の前でシルが少し躊躇を見せる。
ハズレの気しかしない。
状況をどう鑑みても拠点とは思えない、開けるだけ無駄じゃない? これ。
「シル様? どうされましたか? 突入されないのですか?」
「シル、乗り気じゃないなら僕達だけで見てこようか?」
カイナとユトが扉の前に立った、カイナがノブに手を掛ける。
シルが後ろへと下がって行くとカイナが勢い良く扉を開いた。
『『『『ドオオオオォォォォォオオオオオーーーー』』』』
部屋が大爆発を起こし、火炎と熱風、そして吹き飛ぶ扉や瓦礫。
シルの意識は真っ黒に塗りつぶされる。
いきなりの爆発に獣人街はパニックに陥っていた。
集合住宅は黒い煙を盛大に吐き出し、その火力を見せしめる。
怒号飛び交う街の騒ぎも、今やシルの耳に届かない。
いくつにも折り重なるエルフ達で出来た山。狭い廊下が倒れるエルフで埋めつくされていた。
リブロは捕縛した猫人の両肩を押さえつけ椅子に座らせると、ヨルセンが縛り付けていった。
木目が剝き出しの簡素な待機所、衛兵は出払い誰もいない。
八人掛けの長めのテーブル、その端に座らせる。
リブロは傍らに立ち、ヨルセンは向かいに座り睨みを利かせていた。
猫人の鼻から口にかけて流れ落ちた血の跡はすでに乾き、これから自分が何をされるのか、畏怖の念が泳ぐ視線から伺える。
「何をしようとしていたのだ?」
ヨルセンのゆっくりとした冷たい声を投げかけると、猫人はさらに縮こまっていく。
その姿にヨルセンは嘆息し、続けた。
「名前は?」
「⋯⋯ガト」
消え入りそうな声で呟く、ガトと名乗るその男に兵士や間者としてのオーラはなかった。
普通の人間がこんなところで一体何をしようとしていたのか、ヨルセンには全く想像つかない。
もし盗賊ならアルバではなくヴィトリアを狙うはずだ。
「それで、ガト。もう一度聞く。何をしに来た?」
「⋯⋯」
俯き答えない。切れ者のオーラは感じないが、答えられないというのは何かを企んでいたという事だ。
黙り俯く姿にリブロが嘆息する。
「そらぁ、悪い事考えていたんだ、言えねえよな。ヨルセン、ナイフ貸せ」
ヨルセンからナイフを受け取ると、ガトの視界の片隅でチラチラと刃を光らせながら続ける。
「オレは駆け引きとか面倒臭いんだよ。とりあえず指一本ずついくか。全部で十本だ、その内話すさ。どれ、まずは⋯⋯親指いっちゃおうかなぁ~」
後ろ手に結ばれた右手の親指に、冷たい感触が当たるとガトは目を剥き震え出す。
「言う! 言う! 言う!」
「何だ? 言うのか? あ、でも本当の事言うか分からないから、取りあえず一本いっておくか~」
楽し気なリブロの声色にガトはさらに震えあがる。
目を剥き、ガタガタと椅子を鳴らし抵抗した。
「言う! 本当の事言う! 本当だ!」
「リブロさん、とりあえず話を聞いてみましょう」
「チッ、ヨルセンに言われたら仕方ない。兄ちゃん助かったな」
溜め息まじりのリブロの言葉にガトは、必死に頷いた。
ヨルセンが口角を上げガトを睨んだ。
「では、ガト。あなたはどこから来ました?」
「⋯⋯オーカ」
ヨルセンとリブロの表情が一変する。因縁深い言葉の登場に視線を交わし互いに厳しい表情を浮かべ合う。
「それで、何をしに来たのですか?」
「⋯⋯兎人か小人族を捕まえる⋯⋯ため⋯⋯」
消え入りそうな声で語る言葉にヨルセンはあからさまに嫌悪をし、リブロは派手に舌打ちをした。
「このクズが!」
リブロがガトの前髪を掴み、眼前で吐き捨てた。
「し、仕方がなかったんだ! ありついた仕事がおじゃんになって、金が必要になったんだよ!」
ガトがまくし立てると、やり場のない感情にボロボロと涙をこぼす。
「オーカなら別に仕事なんていくらでもあるでしょう? なんでまたそんな人攫いみたいなマネを」
「割のいい仕事を見つけて浮かれていたら、その仕事がなくなっちまった。飲み屋で落ち込んでいる所に、金になる話があるって言われてさ。聞いてみたら、ここに兎と小人がいるから攫って、金持ちに売ればいい金になるって聞かされて⋯⋯。もう二度と手は出さねぇ、本当だ。だから勘弁してくれ」
それだけ一気に言うとガトは頭を下げた。
ヨルセンがチラっとリブロを覗いた、リブロは逡巡する。
嘘はねえ、こいつは二度と手を出さないだろう。
ただ、たぶらかしているバカがいるって事だ。
リブロの深く逡巡する姿を見やり、ヨルセンが口を開く。
「なあ、ガト。あなたは逆についていると思った方がいいぞ。兎の戦士はこんなもんじゃ済まない。本当だ。手を出そうものなら腕の一本や二本じゃ足りない、今頃、敷地のどこかに埋まっていたかも知れない。これは脅しじゃなくて事実だ。兎人と弱い小人族がなぜ一緒に暮らしているか考えてみるといい。まぁ、稀少種に手を出そうものならアルバが全てを掛けて阻止するけどな」
ガトは黙って、何度も頷く。
「優しいお兄さん達で良かったな。さて、あんたは未遂だ、もう二度と手は出さねえよな」
「もちろんだ! 二度と考えねえ」
「よし、いい返事だ。仕事がねえって言っていたな、ちなみにおじゃんになった仕事ってなんだ?」
「近々、でかい工房だか工場だかが出来るって言って工員を募集していたんだ。その工房だか工場の計画が延期になって仕事がなくなっちまったんだ」
工房? 工場? マッシュがなんか計画を頓挫させたって言っていた。
この話の流れで関係ねえって事はないよな。
リブロはポンとガトの肩に手を置くと、ガトの体は反射的に硬直する。
「ちなみにその工房だかで何を作ろうとしていたんだ?」
「薬かなんか? としか聞いてねえ。ホントだ!」
「嘘なんてもう思わねえよ。もうぶん殴ったりしねえ、おまえが本当の事を言っているからな。そうだろう?」
「も、もちろんだ」
リブロはポンポンとまた軽く肩を叩き、にっこりと顔を近づけた。
ガトが少し怯えながら視線を交わす。
「なぁ、ガト。簡単な仕事を頼まれてくんないか? 危険もないし、あんたしか出来ない」
怯えた目つきでリブロを見つめる。
リブロはその姿に少し呆れてみせた。
「そう警戒しなさんな。オーカに戻ったら、オレの仲間にあんたをたぶらかしたヤツをこっそり教えろ、アイツって指さして終わりだ。それと計画が頓挫した工房の話をしてやってくれ。今みたいな分かる範囲で構わない。五万払おう。前金で一万、終わったら四万だ。ただ適当なヤツを指さしたらどうなるか分かっているな。遠目で指さして逃げちまって構わない。どうだ、簡単だろ?」
ガトが逡巡する、五万となると大金だ、二か月は普通に暮らせる。
意を決したガトが黙って頷いた。
「よし、契約成立だ。ヨルセンこいつの鼻を診てやってくれ。【猫の尻尾亭】って知っているか?」
「知っている。金持ちが行くところだ」
「そこの受付にこれから渡す書状を渡せ。あとは向こうがやってくれる。最初、警戒はされるがいきなりぶん殴ったりしないから大丈夫だ。危険な事はない」
「分かった。なぁ、本当にそれだけでそんな金くれるのか?」
「ちょっと待て⋯⋯⋯⋯ほら、まずは前金だ。嘘じゃねえ、残り四万もおまえがきちんとやってくれれば手に入る」
ヨルセンに治療を受けながら目の前に置かれた一万に目が輝いた。
「やる。絶対ちゃんとやる!」
「いい返事だ。おまえがちゃんとやれば必ず金は手に入る」
縄を解かれたガトは何度となく頷き、金をポケットにねじ込んだ。
「ガト、三日以内にウチのものに接触しろ。いいな」
「分かった。帰ったらすぐに【猫の尻尾亭】に行って来る」
「ならいい。頼んだぞ」
ガトはひとつ頷き待機所をあとにした、リブロの剣呑な表情を見てヨルセンも厳しい目でガトの背中を見つめた。
「大丈夫でしょうか?」
「分からん。まあ、なるようになるさ。ただ金に困っているのは本当だろ、ちゃんとやるんじゃねえか」
「だと、いいですね。しかし、さすが領主様のお付きをするだけの事はありますね。さすがでした」
「いや、だから⋯⋯。あ、もういいや。あんたもどうして優秀じゃないか。なかなか面白い散歩になったよ」
「それは良かった」
ふたりはニヤリと笑いあった。
ただならぬオーラを発するエルフの集団が、似つかわしくない獣人街を歩いていた。
ミドラスの北に位置する獣人だらけの街並みで、ひときわ目立つ存在感を示す。
注視する大衆の視線など気にする素振りは一切見せず、真っ直ぐに目的地へと【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】副団長のシルは獣人街を闊歩していた。
「せっかくミドラスに来たのに王子とスレ違いなんて、やる気オフね」
「ハハハ、しっかり頼むよ、副団長」
「そうです、シル様。しっかり頼みます」
「はいはいはいはい」
メンバーにたしなめられ、シルは面倒臭そうに右手をブラブラとさせた。
獣人達が怪訝な表情を浮かべる中、何の変哲もない集合住宅に辿り着く。
三階建てのそう大きくない建物を見上げ、面倒そうに嘆息した。
「シル様。ここです」
「気乗りしないけど、行くわよ」
シルの号令で最上階の三階の一室の扉を目指す。
狭い廊下に十名程がひしめき合った。
コンコン。
シルが軽くノックする。静かな木の音が部屋の奥へと響く。しばらく待ってはみたが返事は無かった。
扉に耳をそばだててみたものの、人のいる気配はやはり全く感じない。
拠点のひとつと言うには、あまりにもお粗末な感じしかしないボロボロの扉を睨む。
扉の前でシルが少し躊躇を見せる。
ハズレの気しかしない。
状況をどう鑑みても拠点とは思えない、開けるだけ無駄じゃない? これ。
「シル様? どうされましたか? 突入されないのですか?」
「シル、乗り気じゃないなら僕達だけで見てこようか?」
カイナとユトが扉の前に立った、カイナがノブに手を掛ける。
シルが後ろへと下がって行くとカイナが勢い良く扉を開いた。
『『『『ドオオオオォォォォォオオオオオーーーー』』』』
部屋が大爆発を起こし、火炎と熱風、そして吹き飛ぶ扉や瓦礫。
シルの意識は真っ黒に塗りつぶされる。
いきなりの爆発に獣人街はパニックに陥っていた。
集合住宅は黒い煙を盛大に吐き出し、その火力を見せしめる。
怒号飛び交う街の騒ぎも、今やシルの耳に届かない。
いくつにも折り重なるエルフ達で出来た山。狭い廊下が倒れるエルフで埋めつくされていた。
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