上 下
192 / 263
追跡

観察と狼

しおりを挟む
 【ルプスコナレギオ(狼の王冠)】団長ドルチェナ・クンは、キルロから視線を逸らし、俯いていた。
 なんだか変な感じだ、呼んでおいてそっぽを向くなんて⋯⋯。

「ドルチェナだっけ? 初めましてだよな」

 キルロは改めて挨拶をすると、チラっとこちらを見やりまたそっぽを向いた。

「おう。そうだな⋯⋯初めましてだ」

 このなんだかコミュニケーションの取りづらい狼人ウエアウルフの女。
 対処法を誰か教えてくれ。
 ルックスは眉目秀麗、獣人らしくスラっとしており灰色の毛並みが狼らしさを際立たせている。
 首元辺りで斬り揃った、少しウエーブの掛かる髪が窓からの光を反射しキラキラと輝いていた。
 会議中も発言する事なく、退屈そうに背もたれに体を預けていたのを思い出す。

「どうした? 何か用があるんじゃないのか?」
「そ、そうなのだ⋯⋯、あのな⋯⋯」

 もじもじと言いづらそうに口ごもった。
 相変わらず視線を交わす事もなく、俯き加減でそっぽを向いている。
 その様子にキルロは首を傾げる事しか出来なかった。

「??? なんだ???」
「そ、そのなんだ。マ、マッシュ・クライカは元気か?」

 ドルチェナは早口でまくしたてた。
 マッシュ? うん?

「あ! マッシュの知り合いか? 元気だぞ。相変わらずじゃないかぁ?」
「そ、そうか! 元気ならいいんだ、良かった。うん。良かった」

 ドルチェナはやっとキルロに、はにかむ笑顔を向けた。
 ?? それだけ?

「アハハハ、相変わらずドルチェナは可愛いね。彼女はね、マッシュのファンなんだよ」
「オット! 何を言っているのだ! 止めろ」

 ライーネと打ち合わせをしていたオットが戻って来るとデレているドルチェナにニヤリと怪しい笑みを向けた。
 アッシモの捜索について話し合ったのか。
 ドルチェナもオットとは仲良いみたいだ、気兼ねない感じがふたりから伝わってくる。
 気が付くとこの豪奢な部屋に三人しか残っていなかった。

「ふたりとも見知った仲なのか?」
「そうだよ。ドルチェナは元々ウチにいたからね。彼女はとても優秀なんだ」

 オットがここまで言うなんて、間違いなく優秀なのだろう。
 ただ、今の所は残念感しか伝わってこないけど。
 そうか元々【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】にいたから、出入りしていたマッシュの事を知っているのか、ん? でもファンってなんだ???
 キルロは腕を組んで首を傾げる、オットがその姿に笑みを浮かべる。

「ドルチェナの【ルプスコナレギオ】はウチから派生したソシエタスなんだ。まぁ、端的にいえば裏仕事のお手伝いをお願いするためのソシエタス。いろいろと助けて貰っているのさ。今日の会議でもひとつお願いしていてね。ドルチェナ、どうだった?」

 オットが振るとドルチェナの顔つきが変わった。
 今までのオドオドした感じは消えて、厳しい顔を見せる。
 ただ、その口元には薄い笑みを浮かべ、それは不敵な表情にも見えた。

「オットがライーネに食いついた時、少しばかり安堵の表情を浮かべて、オットや【スミテマアルバ】が口を開いている時はかなり集中して耳をそばだてていたよ」
「やはりね」
「え?! 何? なんの話?」

 キルロが困惑していると、ドルチェナが困った顔をオットに向けた。
 オットは満面の笑顔をキルロに向けるがその口元は歪む、不敵ともいえる笑顔で口を開く。

「【セルウスファンレギオ(鹿の牙)】団長のレミア・クスは覚えているかい?」
「そらぁ、さっきまでそこにいたからな。ライーネと仲のいい猫人キャットピープルの女だろう」
「僕はね、彼女がアッシモと繋がっている可能性を考えたのさ」
「あ⋯⋯」

 会議のやり取りの中でオットがどこかのソシエタスを疑っているのは分かったがどこかまでは分からなかった。
 【セルウスファンレギオ】を疑っていたのか。

「まぁ、消去法だったから自信がなかったんだ。アッシモが会議の情報を欲しているのは間違いない。会議出席者の誰かと繋がるはず。メイン所の【イリスアーラレギオ】、【ノクスニンファレギオ】、【ブルンタウロスレギオ】には接触しない。出来ない。そうなるとサブのどこか。レミアの【セルウスファンレギオ】、ライーネの【ソフィアレイナレギオ】、それとドルチェナの【ルプスコナレギオ】。ドルチェナに接触するほどバカじゃないし、ライーネはあからさま過ぎて危険。そうなればレミアに接触するのが妥当かなってね」

 なるほど。
 そうなるとアッシモはレミアになんかしらの“飴”を準備したのか?
 逡巡するキルロにオットが続ける。

「ドルチェナには会議中レミアの動きを注視して貰って、反応する言葉や会話からアッシモと繋がる可能性があるかどうか観察して貰ったんだ。彼女の観察眼は群を抜いて素晴らしいからね」

 褒められたドルチェナがドヤ顔でキルロを見つめる。
 なんのアピールだよ。
 でも、確かにオットが言うと説得力がある、ドルチェナの観察からクロと判断したって事か。

「あれ? もしかして、最初ライーネに突っかかって行ったのはレミアの反応を見るため?」
「アハ、さすが。そうだよ。僕がライーネに食いつけば何かしらの反応を見せると思ってね。あそこのふたりは仲がいいんだ。レミアがシロなら疑う僕に憤るし、それこそ安堵の表情を少しでも見せればクロの可能性は飛躍的に上がる。分かりやすいだろ」

 オットの中ではすでにアッシモとの再戦はすでに始まっていたのだ。
 ポンとオットが何かに気が付いたように、わざとらしく手を打った。
 何かまた悪だくみでも思いついたのか?

「キルロ、ドルチェナに手伝って貰ったらどう? 僕の所はライーネが手伝ってくれるから今の所、手伝って貰う事がないんだ。【ルプスコナレギオ】は僕が言うのもなんだけど優秀だよ! きっと君達のお役に立てる、どうだい?」

 確かに、オットのお墨付きならなんの文句もない。
 少しばかり逡巡したが、断る理由は見つからなかった。

「ドルチェナはいいのか? ドルチェナが良ければ是非お願いするよ」

 オットは勝ち誇ったようにドルチェナに視線を向ける。
 なぜか、はにかむドルチェナがそこにいた。

「わ、私達は構わないぞ。よ、宜しく頼む」

 顔を上気させ食い気味にキルロへ答えた。

「よ、宜しく頼むよ【ルプスコナレギオ】さん」
「それで、いつそちらに伺えばいい? 明日か? 明後日か?」
「落ち着けって。まぁ、一度打ち合わせも兼ねてウチのメンバーと顔合わせしておくか」
「そうだな! なるべく早くしよう!」
「わかった、わかったって。連絡するから、早いうちに顔合わせしよう」
「絶対だぞ」

 このやり取りをオットが腹を抱えて見ていた。
 面白がっているだけかよ。
 とはいえ、優秀なソシエタスを貸し出す形になるがオットはいいのか?
 ただでさえ人数が減っているというのに⋯⋯。

「なぁ、オット。いいのか? 【ルプスコナレギオ】の人員は今の【ブラウブラッタレギオ】には貴重なんじゃないのか?」
「心配ありがとう。確かに貴重だけどウチもそこまで脆弱じゃないよ。それに今はライーネ達に活躍して貰わないと。アッシモの残した書類の解読は彼女達にしか出来ないからね」

 確かに。
 解読は必須だ、ヤツが何を知っているのか、何をしりたいのか、何が出来るのか、何をしたいのか⋯⋯。
 ヤツを丸裸にする事で見えてくる事が必ずある。
 とはいえ、ウチらが出来る事ってなんだ?
 ま、考えるだけ無駄か。
 なるようになるってやつだ。




 【ハルヲンテイム】の療法室リハビリルームにフィリシアの声が響く。

「頑張って! もう少し! もう少し!」
「くぅ~っつ!」

 エーシャが不完全な右脚を曲げては伸ばし、立っては座り、フィリシアの監督の元で額に大粒の汗を浮かべていた。
 前回の【吹き溜まり】での探索でもう少しだけでも、脚が言う事を聞いてくれればという場面に何度も遭遇し、自らハルヲに頼みリハビリの量を大幅に増した。
 その影には同じように義足持ちになったオットの存在がチラホラ見え隠れする。
 右脚が残っていたとはいえ、義足の反発力を味方にしてかなり上手く動いていると聞かされれば、元々の負けず嫌いに火が点き再び奮起したのだろう。
 エーシャは荒い息を整え、額の汗を拭った。

「エーシャ頑張るね」

 右脚の様子を診ながら笑顔を向けた。
 仰向けに高い天井を眺める、足りない、もっとやらないと。
 グっといきなり眉間を押された。
 フィリシアがふいに顔を覗き込む。

「ダメよ、エーシャ。眉間に皺寄ってる。笑顔、笑顔」

 そう言ってまた笑顔を向けた。

「うん」

 エーシャも笑顔を返し、ふたりで笑う。
 またフィリシアに助けられた。
 笑い合っているところにふいに扉が開く。
 キノが扉のところで仁王立ちしていた。

「エーシャ終わった?」
「キノ、ダメでしょうノックしないと」
「あい!」

 キノの中でエーシャは恐ろしい存在なのか常にいい返事を返す。大仰に敬礼するキノの姿がフィリシアにはツボすぎて、いつもやり取りをクスクスと見守っていた。

「キノ、どうしたの? もう終わるけど」
「キルロが呼んできてって」
「どうかしたの?」
「なんか、ドギマギした狼のお姉ちゃんを紹介するって言ってた」

 ??
 ドギマギした狼のお姉ちゃん??
 フィリシアと顔を見合わせ、困惑しながらもエーシャはキノのあとについて行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...