鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と治療師ときどき

ときどき勇者

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 緑色の薄い光線がするどい鎌のように巨人を襲った。
 盲目の巨人に避ける術もはなく、体でその大鎌を受け止める。
  ザクリと胸部を深く抉るその鎌は巨人にとって間違いなく致命傷となり得る程の切り口を見せた。

『オオオオオオオオー!』

 断末魔がこだまする。
 パックリと大きく開いた胸部から、激しく血を噴き出すと腕を闇雲に振り回す。
 その姿は恐怖に支配された子供のようでもあり、酷く滑稽に見えた。
 ハルヲがゆっくりと弓を構え、弦を引いていく。
 狙いすました二本の矢が断末魔をあげる口腔へと突き刺さり、断末魔は小さな呻きとなった。
 ハルヲは追い打ちをかけるようにさらに矢を放つ。
 単眼へ、口腔へと間髪入れずに放ち続ける。
 口からはいくつもの矢を生やし、避ける事を忘れた巨人の顔へ、いとも簡単に突き刺さっていった。
 動きは緩慢になっていき、振り回す腕に力はなく遠目でマッシュ達が見つめる。
 ハルヲも構えた矢をゆっくりと下ろしていった。
 巨人は振り回していた腕の勢いのまま、地鳴りを伴い横倒しになっていく。
 抉れた胸からダクダクと血が流れ地面を汚す。
 起き上がるかもしれないと、倒れているサイクロプスを遠目からしばらく睨んだ。

「ふぅ」

 ユラが一息つきながらしゃがみ込むと空気が弛緩していく。その姿にその場にいる人間達は一息ついていき、疲れ果てた体はその場でしゃがみ込んだ。
 もうブラフじゃないよな。
 横たわるサイクロプスを見つめ、終わりを実感すると鉛のように体は一気に重くなっていった。

「お疲れ様。コレは随分とタフな相手だったみたいね」

 薄い紫色の長い髪をゆるくひとつにしばり、切れ長の目に長くとがった耳。
 それなりに年を重ねていそうだが、見た目から年齢が想像つかない。
 透明感と聡明さを合わせ持つ理知的な美しい横顔を見せるエルフ。
 どこの誰かは知らないが助かった。
 ハルヲも、マッシュも労いをくれたエルフを見やり頷いてみせる。

「助かったわ。ありがとう」
「だな。どでかいの一発かまして貰えて終わることが出来たよ」
「お役に立てて何よりです。ラースクライツァ・シスラカン、ラースとお呼びくださって構いません。アルフェンパーティーで魔術師マジシャンをしております。クラカンとミースを救ってくれてありがとう。あなた達のことはいつもアルフェンから聞いていますわ」
 
 口元に微笑を称えラースは答えた。
 ハルヲとマッシュは顔を見合わせふたりとも首を横に振る。

「私達は何も出来なかったの。クラカンとミースを助けたのは【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】の連中よ。彼らを労ってあげて」
「ラース、そういう事だ。オレらは結局、たいした事はしていないよ」

 ふたりの言葉を受けてラースが少し渋い顔を見せた。

「まぁ、いいですわ。そういう事にしておきましょう。向こうも片付くでしょうし、長居は無用、話しは【蟻の巣】でゆっくり伺うとしましょう」




 血を被るオッドアイの優男に、キルロが声を掛ける。

「よぉ! 久々だな。だけど、最後は頂くよ」

 そう言い放つと、首元に出来た穴へ右手で剣を突き刺した。
 峰に装備されている爪を引っ掛け、喉の肉を裂く。 
 空気が漏れる度にブシュブシュと呼吸の度に血が噴き出していった。
 口まで空気が来ない、咆哮するも口をパクパクと動かすだけで声にならない。

「はああっー!」

 喉を押さえ苦しむ巨人が前に屈んだ。
 フェインが目を剥き、折れた一角の根元へ踵を落とす。
 激しい衝撃に根元が額にめり込み、巨人は声にならない絶叫を上げる。
 苦しみから逃れようと地面をのたうち回り、やがて動かなくなった。
 キルロは痛む左肩を押さえ、動かないサイクロプスを睨む。
 もうブラフは勘弁だぞ。
 ウルスがゆっくり近づきめり込んだ一角へ大槌を振るった。
 さらにめり込む一角にサイクロプスはなんの反応も見せない。

「もう、大丈夫じゃろ。おつかれさん」

 キルロは思い切り息を吐き出し、天を仰いだ。
 ここにはいないアッシモに、ここまで振り回されるとは、心の中に苦い感情しか沸いて来ず、すっきりとしない心持ちはここにいる誰もが感じているに違いない。
 疲れ果ててしゃがみ込む事しか出来ず、やり切った充足感はなかった。
 やり切れない思いだけが、心の底から湧き出す。
 キルロは何度目かの溜め息をつき、アルフェンの元へ歩み寄った。

「助かったよ」

 アルフェンは珍しく苦い表情を見せ、首を横に振った。

「遅すぎたね。もっと、もっと早く到着しなくちゃいけなかった。生き残ったのはここにいる人達だけでしょう? この代償は余りにも大きいよ」
「それはオレ達も同じだ。もっと早く来てれば救えた命もあったろうに⋯⋯」

 アルフェンのオッドアイは悲しみを映し出す、キルロもすっきりとしないこの心持ちをなんとかしたいと願うことしか出来なかった。

「さっさと【蟻の巣】に行こう。次また来たら対処出来ない」

 キルロの言葉に反対する者はいない。
 たった数Mi進むのにどれだけの代償を払ったのか。
 重い腰を上げれば目指した洞口にはすぐにたどり着く、口を開く者はおらず、黙々と足を引きずり続けた。




「本に触れた瞬間、入口が塞がれ、真っ暗闇の中に唸る何かがひしめき合った。夜目の効く獣人達でも、真っ暗過ぎて何が起こっているのか分からず、唸る何かが襲いかかって来た。むやみに動くなと言ったのだが、ひとりがパニックを起こすともう収拾がつかん。あれは地獄だ。思いたくはないが同士討ちもあったかもしれんな。それなりに修羅場を超えて来た自負はあるが、それでもあれは地獄だった」

 上半身を起こし、訥々とつとつとクラカンが語る。
 無数に転がっていたダイアウルフも認識出来ないまま暗闇で剣を振るい、抗い続けたのか。
 自分だったら生き延びる自信はゼロだ、良く生還出来たものだ。
 クラカンの話を聞きながらそんな事をぼんやりと考えた。
 【蟻の巣】に戻るとクラカンとミースは少しずつ回復の兆しを見せ、心をすり減らし過ぎた犬人シアンスロープのココは所在なく宙を見つめている。
 その瞳は今だ濁ったまま、心をごっそり持っていかれ、ぼんやりとしゃがみ込んでいた。

「キルロ!」

 手招きするハルヲの元へ左肩を押さえ向かった。

「良かったわね、アルフェンの治療師ヒーラーのスヘルよ。ヒール掛けてくれるって。ちょっとこれ咥えて。ユラ!」

 木の枝を口に咥えさせられ、ユラが首を傾げながらやって来た。
 真っ白な法衣に身を包む小柄なヒューマンの女性が可愛らしい笑顔を称えキルロへ手を上げた。

「初めまして、団長さん。【癒白光レフェクト・レーラ】」
「ユラ、ちょっとキルロの体押さえて」
「? ぉう⋯⋯?」

 スヘルの詠唱を皮切りにユラが体を押さえた。
 身動き取れない感じにイヤな感じしかしない。

「先に申し訳ないと言っておくわね。魔力切れて麻酔出来ないのよ。せぇの!」

 ハルヲがキルロの左肩の整復を始めた。

「ぐぅうぉぉぉぉぉっぉおっつ⋯⋯」

 容赦のないハルヲの力が壊れた左肩を襲う。
 いてええええええ!! 
 声にならない呻きを上げ続け悶えるが、ユラががっちりホールドしていた。
 涙目でハルヲを見つめるが、微笑みを返すだけで容赦する様子は皆無だった。

「スヘル、お願い」

 呻くキルロに白光球が落ちていく、痛みがじわじわと消えていくと暖かさを肩に感じ始めた。
 涙を流しながらハルヲに頷くと咥えた木の枝を放り捨てた。

「もう、大丈夫だ⋯⋯」

 その言葉にユラも離れていく。

「スヘルもありがとう、助かったよ」

 上半身を起こし、肩をゆっくり回しながら治ったことを確認していく。
 痛かった。ここいちで一番危機を感じた。

「麻酔って偉大だな」
「そう? でも、これを麻酔なしでは普通やらないわよね」
「へ?! んじゃ、あとで良かったじゃん」
「時間経つと変なつき方しちゃうから、早めにやっとかないと」

 それを言われると何も返せない、涙を拭いて顔を上げた。
 【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】の補給のおかげで、前線でもしっかりと休養を取る事が出来る。
 キシャのおかげだな。
 回廊を上って行くマッシュの姿が見えた。その姿をキルロはじっと見つめていた。
 ハルヲがそれに気づき、声を掛けようとするのをキルロが止める。
 肩に置かれたキルロの手の意味を汲み取ると、ハルヲは黙ってキルロに視線を向けた。
 

 マッシュは深い溜め息をつき、二階の回廊に並ぶ適当な洞口に入りひとりとなる。
 うす暗い小さな空間で額に手を置く。
 実感がないんだよな。
 ベタベタな関係ではなかった。でも、そこにいるのが当たり前だった。
 当たり前のものを失った喪失感、その実感が沸いて来ない。
 ??
 空間の奥から物音が聞こえる。
 まだ何か隠れているのか?
 ナイフを構え、ゆっくりと進む。
 それはまるですすり泣くような⋯⋯。
 ??
 泣くようなじゃないな、泣いている、誰だ?

「おーい」

 ランプをかざすとうずくまる女の姿。
 顔をうずめ泣き続ける。

「フェイン?! 何やっているんだ?」
「マジュッザン⋯⋯⋯⋯? うわああああん」

 マッシュの顔を見るなり、さらに声を上げて泣いた。
 顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

「ギジャザンがぁああああ⋯⋯、ギジャザンがぁぁぁあああ、優しく⋯⋯、してくれた⋯⋯、のに⋯⋯、何で⋯⋯、何で⋯⋯」
「そらぁ、オレにも分からん。はぁ、キシャのために泣いてくれるか。ありがとう」

 マッシュがフェインの肩に優しく手を置くと、フェインはさらに嗚咽を漏らす。

「おセンチになろうかと思っていたが、フェインがオレの分も悲しんでくれたみたいで、なんだかスッキリしたよ」
「ふぇ?」

 涙でぐしゃぐしゃの顔を向けられて、マッシュは思わず吹いてしまった。
 フェインの肩をパンパンと軽く叩く。

「涙を拭いたら、戻ろう」

 その言葉にフェインは黙って頷いた。
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