鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と治療師ときどき

単眼の巨人ー③

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 地面に叩きつけられた長い耳が、力なく揺れた———。
 
  疾走するマッシュとユラの目に飛び込んだ予断を許さぬ状況にマッシュが叫ぶ。

「団長――!」

 ここ一番で頼りにする男の名を叫ぶ。
 キルロは反射的に声の方へと視線を移す。ピクリとも動かないカズナの長い耳が、地面へ力なく垂れている。拍動が一気に上がり全身の毛が泡だった。
 巨人は自身に突き刺さっていた矢を握り締め、力のない長い耳へジリっと距離を詰めて行く。
 
  ヤツの足は半壊ってところか? 
 距離を詰める様に疾走感はない、重そうに足を引きずる様はブラフではないだろう。
 杖を握り締め、ユラがスピードを上げていく。
 だが、すぐそこが遠い。
 手が届きそうで届かないもどかしさに苛む。
 長い耳へとにじる寄る巨躯が自らの射程に入ったと歓喜の表情を見せた気がした。
 鼻息荒く、うつ伏せに倒れ込むカズナを喜々と見下す。
 マズイぞ!
 巨人が矢を握る長い手を振りかざした。
 
  届かん。
 マッシュは脚が千切れろと地を蹴り続ける。
 届く方法が見つからない。
 奥歯を噛み締め、蹂躙する様を見るしかないのか。
 握る矢がカズナの心臓を狙い、振り下ろしていく。
 大楯を握り、ユラが矢尻へと飛び込む。
 ユラが飛び込みながら、顔をしかめた。
 
 間に合わねえ!

「【電撃フルメン】!!」

 鞍上より放ついかづちの一矢。
 カズナを見下す単眼をエーシャが睨む。
 その雷矢が巨人の腕を射抜くと、矢を握る腕が小さく揺れた。
 振り下ろす腕の軌道が兎の心臓からずれていく。
 弱かったか。
 エーシャがその様子に顔をしかめる。
 軌道の逸れた矢尻は、無情にもカズナの腕を突き破った。
 貫通した矢尻を引き抜くと腕に開いた穴から血が止めどなく溢れ落ちていく。
 カズナは目を剥き、痛みに覚醒する。

「ぉおおぐぉっ⋯⋯」
 
 痛みに呻くその姿に巨人が再び矢を振りかざす。
 
 ガンッ

 大楯と矢尻が激しくぶつかり合う。
 火花を散らしカズナを狙う矢を跳ね返した。

『『『ブオオォォォォー!!』』』

 思い通りにいかないもどかしさを何度となく大楯にぶつけてゆく。
 大楯を支えるユラの体に盾から激しい振動が何度となく襲う。

(この馬鹿力がぁ)

 呻いているカズナをかばうように大楯を構えるユラ。その頭上から矢尻とはちがう重い衝撃が襲う。
 体ごと地面にめり込みそうだ。
 重い衝突音を何度も鳴らす。その度に体中の骨が軋みそうな程の衝撃にユラが奥歯をギリリと噛み締める。
 巨人は矢を捨て、握り締める拳を大楯に何度となくぶつけていた。自分の獲物が思い通りに行かないもどかしさをぶつける。
 持たねえぞ。
 連続する拳の豪雨をひたすら耐える。
 盾から聞こえる衝突音が鳴り止む事はない。
 ユラに降り続ける拳の様を横眼に、マッシュが巨人の足元へと転がり込む。
 巨躯を支える足首の腱に向けて刃を斬り込んだ。
 大木に斧を叩きつけるように腱に向けて刃を叩きつけていく。
 固い表皮を削り、肉を削ぐ。
 皮が破れ、肉を抉った。
 足元に現れた痛みを与える者を、邪魔だとばかりに蹴り上げる。
 見え見えだ。
 マッシュは蹴り上げる太い足を避けると軸足の甲へと長ナイフを突き立てる。
 体重を乗せた刃は皮の薄い足の甲へズグリとめり込み、足の肉へと斬り込んだ。
 
『ゴォォォオオオ』

 巨人が呻く。その一瞬の隙、すかさずユラはカズナを巨人から引き剥がしにかかった。
 痛みに呻くカズナの襟首をつかみ地面を必死に引きずる。
 
「ユラ!」

 キルロが手招きする木の影へ急ぐ、キルロも飛び出しふたりでカズナを引きずって行った。
 
「状況は!?」
「アイツにぶっ飛ばされた、そのうえに腕を矢で刺されちまった」

 カズナの左腕から止めどなく流れ落ちる血が引きずった跡をなぞっていた。
 腕より足がやばそうだ、避ける時に上げた足があらぬ方向へ曲がりブラブラと力なく揺れる。
 代わる代わる傷つくパーティーに、キルロは顔を厳しくさせていく。

「ハルヲーーー! ユラは戻ってくれ、こっちは大丈夫だ」
「まかしたぞ」

 ユラはひとつ頷くと再び巨人の元へと駆けて行く。ひとり奮闘するマッシュを援護すべく駆け出して行った。




 エーシャは鞍についている小さなレバーを引き上げた。
 カチリと歯がかみ合う音が鳴り、あぶみに伸びる鉄線ワイヤーが足の甲を締め付ける。
 固定した足が、アックスピークとの一体感を増していく。
 ウルスがひとり対峙している姿を睨み、ヘッグの首をひとつ叩いた。

「ヘッグ頼むわよ。避けまくってね」
「クァッー」

 首を低くし最速で森を疾走する。
 白い影がスルスル木々の間を抜け爆走した。

「【電撃フルメン】」

 爆走する鞍上で静かに呟き手の平に雷の矢を準備する。
 狙うはひとつ目、あの憎らしい単眼を潰してやる。
 白い聖鳥がエーシャを射程圏内へと超速で運んで行く。
 
「いっけぇえーー!」

 雷矢が単眼へと一直線に、ウルスの頭上を光速で抜けていく。
 バリっと電気を跳ねさせながら貫くは単眼。
 金色に光る矢が単眼を捉えると金色の光が単眼と共にはじけた。

『ブオォオオオオオオオオオオオ』

 単眼から血の涙を流す。
 天を仰ぎ咆哮する。
 
「よし! 【電撃フルメン】」

 エーシャはその様子に拳を握り再び詠唱を始めた。
 視界を奪い、断然有利に展開できる。
 添木を当てたままのフェインもその様子に突っ込んで行った。
 鉄の踵を膝頭へ打ち込むもうと足元へと滑り込んで行く。
 ウルスもまた巨人の腹へ大槌をフルスイングした。
 巨人の膝が、腹が、壊れる。
 
 はずだった。

 巨人の足はフェインを蹴り上げる、フルスイングした大槌を大木のような腕が叩き落とす。
 フェインは避ける間もなく蹴り上げられ再び地面へ体を叩きつけ、ウルスはすぐに後ろへと跳ねた。
 
  何がどうなっている? 見えないはずじゃ?
 困惑するウルスへ、巨人は間髪入れずにボロボロの棍棒を振りきった。
 ウルスが大槌でかち上げ、再び巨人と対峙する。
 フラフラとフェインが立ち上がると巨人がフェインへと、足を引きずりながら駆け出した。
 その姿にウルスが叫ぶ。

「娘! 逃げろ!」
 
 バリっと金色の矢が再び巨人を襲う。
 巨躯に光の矢が突き刺さり、肉を焼き体から細い煙を吐いた。
 
『オオオオオオオオオ』

 怒りに咆える。
 足を止め、巨人を睨むエーシャに顔を向けた。
 
「ヘッグ!」

 エーシャの掛け声にヘッグが駆け出し、巨人の背中へと回り込む。
 もう一回詠唱を!
 巨人がくるりと後ろを振り返った。
 え?! なんで? 
 エーシャの一瞬の逡巡。
 巨人が棍棒を投げつけた、ヘッグはすぐに駆け出す。
 棍棒の勢いになすすべなく、直撃必死の一撃がふたりを襲う。
 エーシャがヘッグを庇うように、首に覆いかぶさると、重い衝撃がエーシャの背中を襲った。

「かはっ!」

 エーシャの口から吐き出された血が、ヘッグの真っ白な毛を赤く染め上げる。
 力なく首にもたれかかるエーシャを感じ取り、ヘッグが疾走した。
 巨人から逃げろと、ヘッグは本能的に離脱を図る。
 苦しそうな吐息が首から伝わり、木々をすり抜けるスピードをさらに上げていった。

 
 

「足は添木がいるわね」
「分かった」

 ハルヲがカズナの脛を診ながら、険しい表情を見せていた。
 綺麗に折れているのか曲がるはずのない脛がゆらゆら揺れる。
 腕の方が見た目は酷いが、脛の方が酷くやられていた。
 ハルヲは治療に追われる様に巨人の強さを痛感する。
 
「【癒復回光《レフェクト・サナティオ・トゥルボ》】」

 添木をした脛の骨接ぎをして、強めのヒールを落として行く。
 苦痛に歪むカズナの顔から緊張が解けていった。
 ハルヲと目を合わし、安堵の息を漏らす。
 
「助かっタ」
「無理するなよ」

 カズナが再び巨人の元へと駆けて行く。キルロはその様子を眺めながら狡猾な巨人について逡巡する。
 アイツは嘘をつく。そんなモンスターを聞いた事がない。いや、ここ(【吹き溜まり】)で常識が通用すると思うのが間違っている。何が起こってもおかしくはないと考えろ。
 見かけによらず頭脳派ってことなのか? モンスターのくせに? 
 あのいかつい姿さえブラフなのか⋯⋯⋯全てが嘘⋯⋯。

「ちょっと! あれ!」

 ハルヲの呼ぶ声に我に帰る。

「おいおいおい」

 首元を赤くするヘッグの姿があった。
 鞍上のエーシャは力なくヘッグの揺れに合わせ、体を揺らしているだけだった。
 何かを探すようにヘッグは首を忙しなく動かしキョロキョロとしている。
 その緊迫した様相にハルヲは声を上げた。

「ヘッグーー!!」

 ハルヲを見つけると一目散にハルヲの元へと駆けてきた。
 
「エーシャ! 大丈夫?!」

 鞍のレバーを落とし、ハルヲはすぐにエーシャを下ろした。

「いててて⋯⋯⋯ドジっちゃった⋯⋯」

 エーシャが力無く笑う、その姿がより痛々しさを増す。
 ハルヲがすぐに全身を診ていく、背中に激しい打痕が法衣を着ていても分かった。
 また背中か、背骨を診る骨接ぎは必要なさそう。それでもひびは入っちゃっているか。ヘッグのスピードが少しだけ衝撃を逃がしたのかな?
 もしそれがなかったら致命傷だったかもね。

「キルロ! ヒール!」

 付近を警戒していた、キルロに声を掛ける。
 辛そうなエーシャの姿に溜め息を漏らしながら静かに詠唱した。

「【癒白光レフェクト・レーラ】」

 落ちていく光球を見つめながら、持久戦の様子を見せ始めた展開にイヤな感じしかしない。
 このまま削られ続けたらこちらが折れるぞ、なにか打開策を見出さないと。
 遠目で暴れる巨人の姿を睨み、キルロは唇をきつく結んだ。
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